摩訶不思議探偵局〜彼の犯行、彼女の推理〜
今回、容疑者リストは省きます。

摩訶不思議探偵局〜彼の犯行、彼女の推理〜再会編

 病室のドアが開いて、昨日も来た猪狩看護師が入ってきた。
猪狩「おはよう」
真実「あ、おはようございます…」
 真実は今日も、病室にやって来ていた。微笑む猪狩に、軽く頭を下げる。
 余談だが、「おはよう」と言う挨拶は、夜明けから正午まで使える挨拶である。「おはよう」と言うのは、「朝にする挨拶」であり、「朝」とは、夜明けから正午までの事を言うので、「おはよう」は夜明けから正午まで使えるのである。現在時刻は正午を目の前に控えた11時30分過ぎなので、まだ「おはよう」が使える。
猪狩「お嬢さんは…妹さん?」
真実「はい、そうです」
猪狩「……今日、学校は?」
真実「サボりました」
猪狩「…いいの?」
「さぁ?」と言う風に、真実は首を傾げた。実を言うと、これまでも事件が起こってサボった事は何回かある。そもそも学校で事件が起こって休校になった事も、何度もある。学校を休むのは、真実にとってはなんの抵抗も無い事だった。
猪狩「お兄ちゃんはあたしたちに任せて、あなたは学校へ行ったら?」
真実「いえ、いいんです」
 コンコンとノックの音がして、病室のドアが再び開いた。真実が視界に捉えた人は、白衣を着ていて、胸のところには『白鳥成海』(しらとりなるみ)と書かれたネームプレートがついている。
猪狩「白鳥さん…。どうしてここに?」
白鳥「少し気になったので…」
「あっ」と真実は言った。確かこの人は、真解の手術に立ち会っていた看護師だ。聞くと、手術に立ち会ったのは今回が初めてだったそうで、ずっと気になっていたそうだ。
真実「今のところ、特に異変はありませんよ」
白鳥「そう? ならいいんだけど…」
 白鳥は何かを考えているように、2、3度瞬きをして、目を泳がせた。
白鳥「……それじゃ、戻りますね」
 それだけ言うと、白鳥はそそくさと部屋から出て行った。
猪狩「なんか、様子がおかしかったわね。白鳥さん」
 そう言われても、普段の白鳥さんを知らない真実にとっては、様子がおかしかったのかどうか、判断しにくい。どことなく動揺していたような気は、確かにしたが。
 猪狩は室内を整え、真解の体についた計器をいくつかチェックした後、「何かあったら、すぐにナースコールしてね」と真実に告げて、部屋を出て行った。
 真実は再び、真解と2人っきりになった。
 真実は特に何をするでもなく、ベッドの横にずっと座って、真解の顔を眺めていた。相変わらず、苦悩に満ちた寝顔だ。しかし考えてみれば、真解は普段寝ている時も、どこか苦悩に満ちた表情をしている気がする。真実は楽天的で堅牢なのに対し、真解は悲観的で繊細な面がある。双子の兄妹なのに、何故こんなに正反対なのか、といつも考える。
 コンコンとノックの音がして、三度病室のドアが開いた。白鳥が再び、顔を覗かせた。
真実「白鳥さん? どうしました?」
白鳥「あの…ちょっと、来てくれる?」
真実「…? いいですけど…?」
 真解関連で何か伝える事があるのかな、と真実は思った。
 だが、実際には違った。
 白鳥に連れられて1階に下りて、真実はやっと騒ぎに気付いた。
 この病院の面会時間は午前9時からだから、真実がここに来た時には、既に警察が大勢いたはずである。現に、真実は何人か警官を見かけた事を覚えていたが、事件よりも真解の事の方が気になって、無視していたのだ。
横瀬「おや…白鳥さん、そちらの子は?」
白鳥「えっと、お見舞いに来ていた子で…。刑事さんが、なるべく多くの人の話を聞きたい、と言っていたので連れてきたんですけど…」
横瀬「そうですか。お見舞い…」
 横瀬が真実に目を向けた。真実は、どこかで聞いた事がある声だな、と思ったが、すぐには思い出せなかった。
横瀬「この病院の面会時間は、何時からです?」
白鳥「9時から、ですけど…」
横瀬「9時、ね…。有益な証言が得られるとは思えないが…一応、聞くだけ聞くか」
 なんだか、ムカつく刑事だと真実は思った。
横瀬「嬢ちゃん、名前は?」
真実「実相真実…ですけど」
横瀬「ミアイ? …どっかで聞いた事のある名前だな」
真実「わたしも、刑事さんの声、どっかで聞いた事がある気がします」
皆木「横瀬、知り合いなの?」
横瀬「バカ言うな。知り合いなら、『聞いたことある名前だな』なんて言うか」
皆木「それもそうね」
真実「ヨコセ……?」
 真実は首を傾げた。ヨコセと言う名前、そしてこの声、この口調…。
真実「思い出した!」
横瀬「でかい声出すな、娘。何を思い出した?」
真実「あなた、横瀬警部補でしょ! 横瀬神海警部補!」
横瀬「…なんで知ってるんだ?」
真実「覚えてませんか? レストラン・カプリチオでの殺人事件!」
横瀬「……?」
真実「ほら、あの、40歳ぐらいのおばさんが、電話で名探偵と会話しながら事件を解決したやつですよ!」
 その瞬間、横瀬もミアイと言う名前を思い出した。そうだ、確かあの時のおばさんの名前は、ミアイミドリと言った。
横瀬「まさか貴様、その時の電話の向こうにいた“名探偵”かっ!?」
真実「名探偵はわたしのお兄ちゃん。わたしはお兄ちゃんの妹よ」
 以前、何かのアニメのCMで、「お兄ちゃんの妹なの」と言うセリフが出てきた。「お兄ちゃんの妹」って、自分は女なのだから、「お兄ちゃん」がいるのならば、自分は「妹」でしかあり得ないわけで、「お兄ちゃんの妹なの」と言う自己紹介は、果たして自己紹介になっているのか、「キュリー夫人の夫」と同じではないのか、とゴチャゴチャ考えてしまった。しかし、たった今、真実に「お兄ちゃんの妹よ」と言わせてしまった。なんだか、負けたような気分だ。
横瀬「妹、ね。じゃぁ、ご自慢の兄貴はどこにいるんだ?」
真実「3階で意識失ってる」
横瀬「…なんの病気だ?」
真実「病気じゃないわよ。刺されたの。何者かに」
横瀬「へぇ…今度は名探偵が被害者ってわけか」
真実「なによ、その言い方…。警察の癖に、被害者を笑うわけ!?」
皆木「お嬢ちゃん、落ち着いて。横瀬も、どうしてそういう言い方するのよ!」
 皆木が2人の間に割って入った。危うく喧嘩になるところだったが、未遂に終わったようだ。
皆木「ごめんね、お嬢ちゃん。この男の言う事は、無視していいから…」
真実「あの、あなたは?」
皆木「私は皆木弥生。横瀬と同じ警部補で、今はコンビを組まされてる」
真実「ふぅん…」
 真実の方も自己紹介を済まし、やっと事件の話を始める事ができた。
真実「そもそも、何が起こったんですか?」
皆木「殺人事件よ。事件が発覚したのは、今日の午前6時頃。発見者は看護婦の出嶋さん。神崎って言うお医者さんの刺殺死体が発見されたのよ」
真実「神崎…って、お兄ちゃんを手術したお医者さん!?」
皆木「え、そうなの…?」
 本当に、真解の行く先々で事件が起こる。今度は、真解を手術した外科医が標的となってしまった。
皆木「そう…。とにかく、その人が胸にナイフを突き立てられて、死んでいた…。殺害現場は2階の男子トイレ。死亡推定時刻は今朝の1時ごろ、と出てるわ」
真実「今朝1時…」
 当然、真実はそんな時間にこの病院にはいない。何かを目撃しているはずも無く、有益な証言は何一つ出せなかった。
皆木「そう…。ま、仕方ないわね。ありがとう」
「警部補!」
 警官の1人が、2人を呼んだ。「なんだ?」と横瀬が答えた。
警官「被害者の胸に突き刺さっていたナイフですが…」
横瀬「指紋でも見つかったか?」
警官「いえ。拭き取った後はありましたが、指紋は全く…。それよりも、気になる事が」
横瀬「なんだ?」
警官「被害者の血液とは別の血液が検出されました」
横瀬「なに?」
警官「被害者はO型なのですが、O型の血液の他に、刃に付着してから20時間以上経過していると思われる、A型の血液が検出されました」
皆木「間違いないの?」
警官「はい」
横瀬「どう言う事だ? 凶器に2種類の血がついている場合、大抵は被害者ともみ合った時についた犯人の血なのだが…20時間以上経過しているのならば、その可能性は潰える」
皆木「って事は、被害者が刺される前に、別な人物が刺されていた、と考えられるわね。…20時間以上、前に」
 そこで真実は、ピンと来た。
真実「! お兄ちゃん!」
横瀬「あ? なんだって?」
真実「それ、お兄ちゃんの血よ! お兄ちゃんA型だし、刺されたのは昨日だし!」
皆木「昨日の…いつ?」
真実「昨日の…4時には、既に刺されてたんです」
横瀬「4時」
 横瀬は腕時計を見た。
横瀬「約20時間前か。微妙だな」
皆木「でも、もしそうだとしたら、この子のお兄ちゃんを刺した犯人と、神崎医師を殺した犯人は、同一人物って事になるわよね?」
横瀬「同一人物とは限らない。同じ凶器が使われた、と言うだけだ」
皆木「だけど、別な人間が同じ凶器を使うとも考えにくいし…。この子のお兄ちゃんの傷と、被害者の傷を比べましょう。それから、とりあえず、この子のお兄ちゃんが刺された事件、調べてみましょう」
真実「わたしの家に行けば、まだ事件の捜査、してると思いますよ」
横瀬「だろうな。じゃあ、誰かを行かせるか、あるいは我々が行くか…」
皆木「それじゃ、私が何人か引き連れて行って来る。横瀬は、この子のお兄ちゃんの傷と、被害者の傷を比べるよう、鑑識に言っておいて」
横瀬「わかった」
真実「ちょ、ちょっと待って」
 その場を立ち去ろうとする2人を、真実は慌てて止めた。
「なんだ?」「なに?」と、2人が同時に聞いた。
真実「お兄ちゃんの傷って、もう縫い合わせてるのに…照合できるの?」
横瀬「そう言われてみればそうだな。…仕方が無い。お前の兄貴を手術した医者に、被害者の傷を見てもらおう」
皆木「そうね…どうせ、後でDNAでも使って詳しく検査する事を考えれば、それで十分かもね。…お嬢ちゃん、誰が手術したか、覚えてる?」
真実「神崎医師…ですけど」
横瀬「死んでるぞ。1人で手術したわけではあるまい? 他に医者はいなかったのか」
皆木「できれば、看護師じゃない方がいいんだけど……」
 真実はちょっと考えてから、
真実「確か…五十嵐(いがらし)って言う女医さんがいた気がしますけど」
横瀬「五十嵐か。よし、捜してみよう」
皆木「えっと、マサミちゃん…だっけ?」
真実「はい」
皆木「わかった。ありがとう、マサミちゃん」
 そういうと、皆木はその場を立ち去って、横瀬も後を追うように奥へ引っ込んでいった。
 真実は1人取り残され、どこに行こうかな、と考えた。
 真解の病室に行くか、2階の殺害現場に行くか、或いは一旦家に帰るか……。
 結局真実は、2階の殺害現場に行く事にした。

Countinue

〜舞台裏〜
今回の話、意外と長くなりそうかな、と思っているキグロです。こんにちは。
まぁ、短いつもりが長くなるのはいつもの事で、力不足を感じます。はい。
と言うか、「1編だいたい5000文字」の制限をはずしちゃえば、全部1編にまとまる(大して読みづらくない分量で1編に出来る)のですが。

真実「そう言えば、お兄ちゃんが一向に目覚める気配がないんだけど?」
そうだねぇ…。今回は、受験で中断した摩探が再開する、記念すべき回なのに…。
真実「主人公が寝たまんま」
寝てるんじゃない。意識不明の重体なんだ。
真実「こう言うのって、良くあるパターンは、プロローグでお兄ちゃんが刺されて、次の編で目覚めるところから始まる、ってのじゃない?」
初めはそうやって書いてたんだ。
真実「そうなの?」
ただ、そうなるとやたら冗長になるって言うか、いつもと何も変わらないジャン、と思って。
真実「いいじゃない、別に」
よくない。この事件で21話目だから、そろそろ違うパターンの話も書きたいな、と思ったんだよ。
真実「お兄ちゃんが解決しない事件?」
……ま、それは読んでのお楽しみ。

では、また。

作;黄黒真直

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