摩訶不思議探偵局〜美少女探偵の事件簿〜
今回、容疑者リストは省きます。

摩訶不思議探偵局〜彼の犯行、彼女の推理〜推理編

 2階の男子トイレの入り口には、「KEEP OUT」「立ち入り禁止」と書かれた黄色いテープが貼られていた。そのテープを、時々警官が狭そうに潜り抜ける。病院のトイレなんて、そんなに広いわけではないのだから、捜査するには窮屈だろう。不定期にトイレの中からカメラのフラッシュの明かりが漏れている。
 警官たちは忙しいようで、真実には気付いていない。それを良い事に、真実はテープを潜って中を覗いた。トイレの中には、既に神崎の死体は無い。もう運び出したようだ。凶器に付いた血痕を分析しているぐらいだから、死体が既に運び出されていても、なんの不思議も無い。
「こら! そこで何してる!」
 突然後ろから怒鳴られて、真実はビクッと体を飛び上がらせた。振り返ると、警官が1人、立っている。
真実「あ、その…わたし、探偵で…」
警官「探偵だかなんだか知らないが、こんなところに来るな!」
 警官は強引に真実の襟を掴むと、そのままトイレの前から引き離し、廊下へと投げ出した。
真実「ひっど〜い! 女の子を乱暴に扱いすぎじゃないの!? 職務強要ざ〜い!」
警官「うるさい、そっちこそ公務執行妨害じゃないか!」
 余談だが、「職務強要罪」は刑法第95条第1項、「公務執行妨害」は刑法第95条第2項である。つまり、2つは同じ条項の別な項目なのだ。どちらも3年以下の懲役、または3年以下の禁固である。
 横瀬も皆木も、もちろん兜もいない以上、この現場を覗く事はできないだろう。もっとも、覗いたところで何か収穫があるとも思えない。
 仕方が無い。真実は再び、1階の待合室へと戻っていった。

 次はどこに行こうかと真実が考えていると、「真実ちゃん!」と声をかけられた。声のした方を向くと、江戸川が手を振っていた。
江戸川「なんだ、こっちにいたのね。さっき学校行ったんだけど、真実ちゃんいなくて…」
真実「すみません…。で、江戸さん。何か情報が入ったんですか?」
江戸川「ええ、まぁね。あの辺人通りが少ないから、ちょっと量は少ないけど…」
 そう言って、革のコートの内ポケットから手帳を取り出した。江戸川は、いつ会ってもこのコートを着ている。同じ物をずっと着ているのか、それとも同じ物がいくつもあるのか、問うた事が無いので真実は知らない。
江戸川「犯人は、目立つ格好をしていたみたいね。黒いセーターに、いわゆるブルージーンズを履いて、頭に黒い被り物をしてたそうよ」
真実「被り物…? あの、強盗とかがよくしてる?」
江戸川「そ。どこで買ってくるんだか知らないけど。それから、少し大きめの、黒いカバンを脇に挟んでたそうよ」
 江戸川は手帳のページをめくった。
江戸川「身長は170cmぐらい。『被り物を取っていた』と言う証言は得られたけど、残念ながらその人は、顔は見てなかったみたいで、性別はわからないわ。体格から、『多分男だと思う』って全員が言ってたけど…証拠になるかどうか」
真実「顔を見た人は?」
江戸川「いたら、性別だってわかってるわよ」
真実「あ、そうですね…」
江戸川「それから……そう、真実ちゃんの家を出て、この大泉病院の方角へ走って行ったらしいわね」
真実「こっちへ!?」
江戸川「…と言っても、実際にこの病院に入って行くところを見た人はいないから、あくまで“方角”だけどね。要するに、あなたの家から南南西よ」
真実「そうですか…」
 しかし、それでも病院の方へ来たのなら…。今起こっている殺人事件と、真解を刺した犯人は、本当に同一人物かもしれない。
江戸川「今のところわかったのは、この程度よ。多分、警察も同程度しかつかめてないと思うわ」
真実「…わかりました。ありがとうございます」
江戸川「いいわよ。…それより真実ちゃん。なんだかこの病院、警察が多くない? 何かあったの?」
真実「あ、実は…」
 真実は、今ここで起こっている殺人事件について話した。真解を手術した医者が殺された事、そしてその医者を殺した凶器と、真解を刺した凶器が同じ物である可能性が高い事。それを聞くと、江戸川は一度驚いた顔をした後、あごに手をやって「ふぅん…」と言った。
真実「でも、おかげで犯人は絞り込めると思います」
江戸川「どうして?」
真実「神崎医師が殺されたのは、今日の午前1時…つまり夜中なんだそうです。そんな時間帯に、外部の人間が入って来れるとは思えません。つまり、犯人はこの病院の内部にいるって事になるはずなんです」
江戸川「そう言われてみればそうね…。でも、この病院に何人の人間がいると思うの? 医者だけならまだしも、入院患者も含めると…」
真実「いえ。神崎医師を殺したのと、お兄ちゃんを刺したのが同一人物だとすれば、入院患者が犯人ではありえません。入院患者が、そうそう簡単に外に出れるとは思えませんから」
江戸川「なるほどね…。つまり犯人は、真解くんが殺された時間と、神崎医師が殺された時間の両方にアリバイの無い、この病院の医療関係者…」
真実「ええ。…お兄ちゃんはまだ死んでませんけど」
江戸川「あっ、そうだったわね」
 ハハ、と江戸川はバツが悪そうに笑った。

 江戸川が聞き込みに戻った後、真実はまた1人になった。待合室のベンチに座り、行き交う人々や警官を見る。横瀬か皆木が通りかかったら、捕まえて情報を得るつもりだった。
 見ていると、結構色んな人間が通るものだな、と真実は思った。それに、待合室からはナースステーションも見える。看護師たちが結構忙しそうに動き回っている。真解の病室にやってきた、猪狩や白鳥も、中で歩き回っていた。
 座り続けること1時間ほどだろうか。入り口の自動ドアが開いて、横瀬が中に入ってきた。
真実「横瀬警部補!」
 立ち上がると同時に叫び、真実は走って横瀬の腕を掴んだ。
横瀬「何だ!? 何か用か?」
真実「なにか、新しい情報は入りましたか?」
横瀬「…先ほど、五十嵐医師を警察に連れて行き、被害者の傷を見てもらった。あまりハッキリはしていなかったが、お前の兄貴が負っていた傷と、大して違いは見つけられなかったようだ。ついでに凶器の血痕のDNAと、お前の兄貴のDNAを検査にかけた」
真実「どうでした?」
横瀬「結果が出るのは数日後だ。遅けりゃ2週間後だな」
真実「そんなにかかるんですか?」
横瀬「ああ。探偵の癖にそんな事も知らんのか」
「横瀬警部補!」
 再び、横瀬を呼ぶ声がした。「今度は何だ!?」と横瀬が声の主に答える。警官が、横瀬のもとに駆け寄ってきた。
警官「えっと、神崎実(みのる)殺害と、実相真解殺害未遂を行ったのが同一人物だと仮定し、アリバイを調査したところ、こんな結果になりました」
 警官は手帳を取り出して該当ページを開き、横瀬に手渡した。真実も背伸びをして、それを覗き込む。
警官「入院患者は全員、アリバイ有り、です。病院関係者以外はこの待合室を通らなければ病院外へ出れないのですが、もしここを通れば、必ず看護師の誰かに目撃されているため、少なくとも実相真解殺害未遂はできません」
 真実が覗き込んだその手帳には、次の4人の名前が記されていた。
 猪狩広恵
 白鳥成海
 出嶋 笑
 五十嵐千明(ちあき)
警官「また、神崎実を殺害するためには、深夜に病院内部にいる必要がありますが…この病院の警備状況から、外部の者が夜中に侵入する事は不可能です」
横瀬「昼間に入って、そのまま夜までどこかに隠れている、と言う可能性は?」
警官「絶対無い、とは言い切れませんが…防犯カメラには怪しい人物は映っていませんし、神崎実がトイレの奥で倒れていて、かつ抵抗した跡が無いとなると、顔見知りの犯行と考えるのが妥当かと」
横瀬「なるほどな。この4人は、まだ病院内にいるのか?」
警官「はい。五十嵐千明を横瀬警部補が連れ出した以外は。この病院は全ての出入り口の防犯カメラがついていますが、そこにも確かにこの4人は映っていません」
横瀬「よしわかった。それじゃぁ、これから全員に尋問するから、少なくともそれが終わるまでは全員外に出すな」
警官「ハッ。わかりました」

 真実は、再び真解の病室に戻ってきた。
 真解が寝ているベッドの横に椅子を持ってきて座り、ジッと真解の寝顔を眺める。ベッドに顔を寝かせ、真解に話しかけた。
真実「ねぇ、お兄ちゃん…」
 当然、真解は何も答えない。相変わらず、意識不明の状態が続いている。
真実「お兄ちゃん、早く目覚めてよ…。このままじゃ、犯人に逃げられちゃうよ…」
真解「……………」
真実「…もう犯人の正体は、わかってるんだから…。お兄ちゃんを刺したのも、神崎さんを殺したのも、あの人に違いないって、わかってるんだから…。でも、証拠が無いの…」
 真解は黙ったまま、目をつむり、苦悩に満ちた表情をしている。
真実「状況証拠はあるから、ハッタリかければ何とかなるかもしれないけど…。でも、シラを切られたら終わり。有力な物的証拠が、何一つ無いの…」
真解「……………」
真実「お兄ちゃん。お願い、早く目を覚まして…。お兄ちゃんならきっと、何かを見つけられるはず…」
真解「……………」
真実「……。キスしたら目覚めるかな?」
 真実は椅子から立ち上がって、真解に覆いかぶさるように身を乗り出した。真解の顔の真正面に自分の顔を持ってきて、そっと唇を近づける。そのまま口付けを…しようとして、止めた。
 真解のまぶたが、かすかに動いた。
真実「お兄ちゃん…!」
真解「………?」
 うっすらと、真解が目を開けた。しばしの間、自分の目の前にある物がなんなのかわからなかったようだが、わかるとすぐに、
真解「真実…? お前‥何やってるんだ……?」
 と、かすれた声で真実を問いただした。
 名探偵の、復活だった。

Countinue

〜舞台裏〜
こんにちは、意外に長くなってしまったな…と思っているキグロです。
真実「遂に目覚めたね、お兄ちゃん!」
うん、まぁね。
真解「…最後のシーンは、なんだったんだ…?」
恐ろしい事に、最近ああいうシーンに慣れてきたよ。これからいっぱい書けるかも。
真解「止めてくれ…死んだ方がマシだ…」
そんな事軽々しく言うなよ。

さて、今回で事件編は終了。次回は真相編です。
いつもどおり、ここまでで今回の事件を解決する全ての鍵が登場しています。
後は、いつもどおり推理力と記憶力と観察力と知識を駆使すれば、必ず犯人の正体をあぶりだす事ができるハズです。
そして、いつもどおり推理を募集します。
応募方法は、メールで。
【kiguro2@yahoo.co.jp】に直接送っていただくか、
摩探公式HP跡地】より送ってください。
(推理募集は終了いたしました)
今回は、特に商品はありません。
「へっ、解けたぜ、ざまーみろ!」と言う気持ちをお送りください(かといって本当にこんな文面を送ってきたら、キグロは泣きます)。
間違っても、掲示板等に推理を書き込まないようにしてください。
今回はかなり簡単かな、と思ってます。摩探史上一番簡単かも。
真実「そうなの?」
まぁ、真実に解けるぐらいだし。
真実「失礼ね。わたしだってお兄ちゃんの血を引いてるんだから、推理力は抜群よ」
いや、引いてないだろ、血…。

謎事「今回は、真実が活躍してたな」
うん。たまにはいいジャン、こう言うのも。
真解「確かに楽だったけど…」
真実「わたしも、お兄ちゃんに負けないぐらい、名探偵かも??」
謎「いずれは、謎事くんが活躍したり、わたしが活躍する話も出てくるんですか?」
……。それは考えた事が無かったな。そのうちやってみようか。
真解「……待て。ってことは、そのたびにボクは殺されかけるって事か?」
或いは、誘拐されるか、逮捕されるか…。
真解「…死んだ方がマシだ」
そんな事軽々しく言うなよ。

では、推理お待ちしております。

作;黄黒真直

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