摩訶不思議探偵局〜のどかな休日〜

今回、容疑者リストは省きます。

摩訶不思議探偵局〜のどかな休日〜非日常編

 家に帰って来ると、真解は洗面台で手を洗いすぐに中2階に行ったが、真実はキッチンへ向かった。喉が渇いたので水を飲もうと思った。キッチンには母親の美登理がいたが、まだ夕食を作り始めてはいないようだ。
 真実は食器棚を開けたが、自分の湯飲みがない。皿洗い機の中かな、と思って開けたが、機械の中は朝食と昼食のお皿が入っているだけで湯飲みはなかった。
真実「あれ? おっかしいな…」
美登理「どうしたの?」
真実「湯飲みがない」
美登理「湯飲み? どこかに歩いて行ったのかしら」
 そんなわけあるかい。
 真実は「記憶少女」だ。前日の記憶を呼び起こし、湯飲みがどこにあるのか推理した。そうだ、そう言えば、確か父親の解実が“3階”に持って行ったきり、戻していない。湯飲みはあそこにある!
 そうとわかれば善は急げだ。キッチンを抜け出してドタドタと“3階”へ上る。
真実「お父さん!」
解実「おや、もうご飯か?」
真実「わたしの湯飲み!」
解実「え? あ」
 自分の机の上に置かれた、真実の湯飲みを手に取った。そう言えば、下に戻すのを忘れていた。
解実「はっは、ごめんごめん」
真実「まったく…」
 真実は湯飲みを受け取ると部屋を出かけたが、いやちょっと待て。
 真実の湯飲みは2つある。そして食器棚には、2つとも無かった。と言う事は、もう1つの湯飲みがまだ見つかっていない。
真実「お父さん、もう1個あるでしょ」
解実「もう1個? いや…」
 解実は机の上を見渡した。会社の書類、写真立て、仕事用のノートパソコン、電気スタンド、筆記具、そして真実のより一回り大きい湯飲み。机の上なんて、ひと目で見れる。念のためパソコンの後ろや写真立ての裏も見たが、真実の湯飲みは無い。
解実「無いよ。見てのとおりだ」
真実「え、ウソォ」
解実「ウソも何も、見ればわかるだろう」
 確かにそうなのだ。真実(しんじつ)はそこにあるとおりだ。
真実「…別なところにあるのかなぁ?」
 首を傾げて、真実は部屋を出て行った。ここにないとすれば、候補は自分の部屋か。真実は“2階”に行き、部屋の扉を開けた。ベッドの上で寝そべってマンガを読んでる真解に話しかけた。
真実「お兄ちゃん。わたしの湯飲み、知らない?」
真解「湯飲み?」
 部屋の中を見渡したが、
真解「ここには無い」
真実「そう、よねぇ…」
 首を傾げながら、真実は1階まで降りていった。
美登理「湯飲みはあった?」
 キッチンでは、美登理が夕食の準備を始めていた。トントンと、包丁でカボチャを切る音が聞こえる。
真実「1つだけ。でももう1つが無い」
 キッチンに入り、流し台の中を見る。
 冷静に考えてみて、一番の候補はこのキッチンだ。誰もキッチンから湯飲みを持ち出していないとすれば、ここにあるはずだし、湯飲みが勝手に歩いてどこかにいくわけがない。
 流し台の中には、今切っているカボチャのヘタとタネが捨ててある(この家には三角コーナーは無く、生ごみは全て排水溝のネットに引っかかる仕組みになっている)。まな板を持ち上げて流し台の排水溝の中も覗き込んだが、空だ。
 もう一度皿洗い機の中を見てみたが、やはり湯飲みはない。皿洗い機の中のカゴを取り出して首を突っ込んでみるが、そこにもない。皿洗い機の下の狭い隙間も見てみたが、流し台に放水するためのホースがあるだけだ。
美登理「食器棚にあるんじゃないの?」
 美登理に言われて食器棚を開けて探すが、やはり無い。もしかしたら別なところにあるのかも、と思ってお皿用の棚やガラスのコップ用の棚、お椀用のところなどを覗いてみたが、湯飲みは無い。
真実「無い」
美登理「変ね。無いはず無いのに」
真実「でも無いんだもん」
美登理「どこかに持って行っちゃったのかしら?」
真実「……家中探してみる」
 真実はそう言い残してキッチンを出て行った。

 そのまま、真実の湯飲みは夕食の時間まで見つからなかった。夕食の席で、真実は湯飲みがなくなった事を告げ、真解に意見を求めた。
真解「って言われてもなぁ…」
 真解はご飯を口に運んだ。
 今日の夕食は焼肉だ。ホットプレートのプレートには、普通用と焼肉用の2種類がある。穴の開いた焼肉用を使えば、手軽に焼肉をする事が出来る。
解実「今使ってるのは違うのか?」
真実「さっきも言ったじゃない。もう1つあるのよ」
解実「ああ、そうか」
真解「よく探したのか?」
真実「探したわよ!」
 真実は今日探した場所を次々と言った。
真実「まずキッチンでしょ。お父さんの部屋、わたし達の部屋。この3つに無いから、まず1階のトイレとリビング。テレビやソファーの裏も見たけど、やっぱり無い。庭も、庭の物置もザッと見てみたし、応接間も見たけど無かった。お風呂も然り。2階はわたし達の部屋しかないでしょ?」
 そこで真実は真解を見た。「あった?」と真実が聞くと、真解は「いや、無いと思うけど」と答えた。
真実「でしょ? そしたらあとは3階。まずお父さんの部屋を徹底的に調べて」
 解実は、真実が回りでウロチョロしてて仕事に集中できなかったのを思い出す。
真実「お母さんの部屋も、2人の寝室も、3階のトイレも調べた」
解実「それで?」
真実「…無かった」
真解〔よくまぁ、短時間にそれだけ調べたな…〕
 真解は感心しながら肉を取る。豚肉か牛肉か、真解には区別がつかない。
解実「実はキッチンにあるんじゃないのか?」
真実「キッチンはもう何回も調べた。ホントにとことん」
美登理「おかげで料理の邪魔だったわ」
解実「真実、邪魔はダメだな」
真実「邪魔して無いもん!」
 膨れながら、野菜類を皿に取る。ピーマン、カボチャ、タマネギ、サツマイモ……。
 余談だが、ピーマンやタマネギが辛い原因は硫化アリルである。硫化アリルは熱に弱いため、十分加熱したピーマンやタマネギは辛くなく、むしろ甘い。キグロも小さい頃タマネギが苦手だったが、この知識を得てからはとにかく火を通してから食べるようにして克服した。白いタマネギが薄く透き通るまで加熱すれば、もう完璧である。タマネギが苦手な方はお試しあれ。
真解「そもそも、湯飲みはいつからないんだ?」
真実「さっき。タマの散歩から帰って来てから」
真解「それまではあったのか? 最後に湯飲みを確認したのは?」
真実「えっと…」
 真実は「記憶少女」だ。必死に、最後に湯飲みを確認した時を思い出した。
真実「確か、昨日の夕ご飯の時にはあったでしょ。で、朝ご飯ではマグカップを使ったし、昼もスパゲッティだったから湯飲みは使わなくて…。だから、最後に確認したのは昨日の夕ご飯の時ね。
 …あ、違う。確かわたし、昨日の夜その湯飲み使った」
真解「じゃあ、昨日の夜から今日帰って来るまでに何があったか、を考えればいい」
真実「そうだけど…」
 何があったんだろう。
 湯飲みはキッチンにあったのだから、美登理が知っているはずだ。そう思って美登理に聞いてみたが、
美登理「私だって、四六時中キッチンにいるわけじゃないもの。知らないわよ」
 と冷たく言った。
 余談だが、今の美登理のセリフで「私」と言う字を「わたし」と言う読みで使ったが、実は「私」と言う字に「わたし」と言う読みは無い。「わたくし」と言う訓と「シ」と言う音があるだけである。
真実「何か覚えてないの? お母さんが最後に湯飲み見たの、いつ?」
美登理「さぁ、いつだったかしらねぇ…。私は湯飲みを見るために生きてるわけじゃないし…」
 普通の日常生活において、湯飲みなんてそんなに注意を向ける代物ではない。注意を向けていなければ、最後に見たのがいつかなんてわからない。
美登理「たぶん、昨日の夕ご飯の時にはあったんだけど…」
真実「それ、今わたしが言った」
美登理「そうよねー」
 正直湯飲みなんてどうでもいいじゃない、と美登理は少し思っていた。
真実「あ、そうだ!」
 唐突に真実は席を立ち、中2階に上っていった。
美登理「食事中に立ち歩いちゃダメよ!」
 と美登理がエチケットのしつけをしたが、既に真実に声は届かない。ドタドタと階段を駆け上ったかと思うと、すぐにドタドタと降りてきた。
真実「ジャーン! 見てこれ」
 真実が手に持っていたのは、今朝方真実が一生懸命作っていた物だった。
真解「なにそれ?」
真実「嘘発見器! わたしが作ったの!」
解実「嘘発見器? どうやって作ったんだ?」
真実「原理を知ってれば簡単よ。人はウソをつくと手のひらにわずかに汗をかく。汗をかくと電気を通しやすくなるから、人体を流れる電流の量をリアルタイムで調べれば、その人がウソをついているかどうかわかる。古い電流計を分解して、電池と繋いで作ったの」
 しかし、嘘発見器を使って何をしようというのか。真解は(いや、美登理も解実も)だいたい予想はついていたが。
真実「さ。ひとりひとり、こことここを持って、わたしの質問に答えて!」
 まず美登理が持たされた。真実は「全ての質問に『いいえ』で答えてね」と言うと、
真実「『わたしは真実の湯飲みを隠しました』」
美登理「『いいえ』」
 反応は無い。本音のようだ。
真解〔そんなので見つかるのか?〕
解実「そもそも、その発見器は信用できるのか?」
真実「テストしろってこと? そうね…じゃ、『わたしは夫を愛しています』」
美登理「『いいえ』」
 針が動いた。反応あり、である。
解実「…なるほど、信用できる」
真解〔それで納得するのかよ!?〕
真実「それじゃ、次はお兄ちゃんね。――よし。『ボクは妹を愛してます』」
真解「『いいえ』」
 反応は無かった。


真実「あ〜もう、わたしの湯飲みどこ行っちゃったのよ」
 ベッドの中で、真実がわめいていた。
 真解と真実の部屋には2段ベッドがある。上が真実で、下が真解。上で騒ぐ真実に、下で眠たい真解が言った。
真解「昨日から今日にかけて無くなったのは確かなんだから、もう一度、昨日と今日の事を思い出してみたら?」
真実「わかった。じゃあ全部言うから、お兄ちゃん、推理して」
 なんでボクが…と思ったが、聞きたくなくても声は聞こえてくる。仕方が無い。可愛い(しかしわがままで迷惑な)妹のために推理してやるか。
 真実は、昨日と今日に起こった出来事を、事細かに話した。細かい点を完全に飛ばすと、案外そこにヒントがあったりする。かと言ってあまりに細かすぎると、語りきるのに48時間必要になってしまう。真実はそこを調整しながら、うまく要約して話していく。国語能力は高いようだ。
真実「で、今に至ってるわけだけど、どうお兄ちゃん。何かわかった?」
真解「そうだな…。考えるから、ちょっと待ってろ」
 そう言って寝てしまおうとも思ったが、可哀想なので考えることにした。
 真実の湯飲みが消えた。これは、ある意味事件だ。それも、普段出遭っているような殺人事件に比べれば、おそろしく平和な事件だ。
 湯飲みが自分で歩いてどこかに行くわけは無い。また、煙のように消えてしまうわけも無い。誰かがどこかに隠したか、あるいはどこかへ転がって行ってしまったか。しかし、自然にどこかへ行ってしまっただけなら、真実の徹底的な捜索で見つかるはずだ。それが見つかっていないと言う事は、誰かが隠した、と言う事を意味している。ところが真実の嘘発見器によれば、誰も隠してはいない(もちろん、信用に値するかどうか不明だが)。仮に誰かが隠したとしても、何のために隠したのか不明だ。泥棒が入ったにしても、湯飲みだけ持っていくのは妙である。
 しばらく考えた後、真解はポツリと言った。
真解「見えた…。そう言うことか…。真実、湯飲みの場所、わかったぞ」
 真解がそう言った時、妹は既に可愛い寝息を立てていた。

Countinue

〜舞台裏〜
はい、と言うわけで今まで全くやった事の無いタイプの事件に取り組んでみました。キグロです。
真実「どこ行ったのよ、わたしの湯飲み」
だから、それを推理するんだってば。
次回は真相編ですので、推理の募集を行います。
推理のあて先は、【kiguro2@yahoo.co.jp】に直接送っていただくか、「摩探HP跡地」のメールフォームにて送ってください。
(推理の募集は終了いたしました)
間違っても掲示板等に書かないように。
また、今回も例によって商品なし。これからずっと無いかも…。
真解「なんでだ?」
正直面倒…じゃないな。えっと、まぁ、気にするな。
真解「……」

そう言えば、気付いたんだけど。
真解「なんだ?」
前回、端から端まで文章が言っちゃうと読みづらい、と言う話をしたけれど…。
真実「してたね」
ウインドウを最大サイズにしないで、ある程度小さめの大きさにして『摩探』を読めば、読みやすくなるんじゃないかな。
真解「……読者に頼るなよ」

では、真相編で会いましょう。

作;黄黒真直

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