摩訶不思議探偵局〜偏食主義の理由〜
事件関係者リスト
光安那由他(みつやす なゆた)…【依頼人代理】
光安 京(みつやす けい)…【依頼人】
日高 清(ひだか せい)…【ナゾの男】
偏食主義の理由〜推理編
次の日、土曜日。午前9時過ぎ。真実、謎事、澪菜、そして那由他の4人がカップ麺を買い込む男――日高のアパートの前に集まっていた。
「どうしてオレまで」
「だって、怪しい男と接触しようとしてるんだから、男手は1人でも多い方がいいでしょ?」
だったら何故真解を連れて来ないのか。謎事が聞くと、
「正直、お兄ちゃんは腕力はね……」
真解にぞっこんの真実であるが、真解の欠点はちゃんと認めているようだ。むしろ、愛しているからこそ弱みもよくわかっているのかもしれない。
「それに、お兄ちゃんには京さんの方に行ってもらったから」
那由他の姉、京は今週は月曜から金曜までバイト詰めだったが、今日は久々の休みで家にいる。真解はそちらにいくつか質問をしに行くことになったのだ。
4人が肩を寄せ、真実の言葉に耳を傾ける。
「アパートを見てもらえばわかると思うけど、カップ麺を毎日20個食べるような大家族が住める広さがあるとは思えないわ。表札にも1人分の名前しかないから、たぶん大学生が1人で下宿してるんだと思う。
今日は男を丸一日見張るわ。もしかしたらスゴイ大食漢なのかもしれないし、昼間に誰かが来るのかもしれない。色んな可能性があるから、とにかく今日は情報を集めることに専念しましょう」
3人が同時にうなずいた。
その後真実から簡単に作戦の説明があり、真実と謎事はアパートの裏、澪菜と那由他は表を見張ることになった。幸いなことに、アパートの正面には道路を挟んで小さな公園がある。砂場とベンチしかないが、そこに座ってれお喋りでもしてれば、ただの中学生カップルにしか見えない。
「オレ達は? 駐車場にたむろするのか?」
「そうね。ま、誰も怪しんだりしないでしょ。じゃ、午前9時半、作戦開始!」
4人は二手に分かれた。
「あら、カーテンが閉まってる」
真実は早速窓を覗き込んだが、室内の様子はわからなかった。
「電気もついてないわね。もう出かけたのかしら?」
「まだ寝てるんじゃないのか?」
「だといいんだけど」
窓に耳をつけたが、特に何も聞こえない。
ジッと耳をそばだてる少女と、その横で壁に寄りかかる少年。はっきり言って相当怪しい。
「何かアクションがあるまで待つしかないわね」
真実はふぅ、と息を吐いて窓から離れた。
「でも、もう9時半よ。こんな時間まで寝てるかしら?」
「休みの日なら寝てるだろ? オレは寝てるぞ」
「そんなの謎事くんだけよ」
「メイちゃんも寝てるって言ってたぞ」
「……ふぅん、そう。よく知ってるわね?」
真実がニヤッと笑いながら言った。
「メ、メイちゃんが言ってたからな」
「よく覚えてるわね」
「い、いや…」
真実は壁に寄りかかり、流し目で謎事を見る。謎事は狼狽しながら、明らかに言い訳を考えている。たっぷり10秒考えたあと、
「たまたまだよ」
結局無難な言い訳に落ち着いたようだ。
「ま、好きな人に関することは、なんでも覚えたいものよね」
「………そうだな」
観念したように、謎事がため息をついた。真実はもう一度、意地悪っぽくニヤッと笑う。
「本当に好きなの?」
「ま…まぁ…」
「ふぅん…。なんか謎事くんってさ、一途だけど押しが弱そうだよね」
「は?」
謎事から間の抜けた声が出た。
「スキスキオーラ出しまくってるのに全然行動しないし、今だって口ごもっちゃうし」
ズイッと真実は謎事に顔を近づけた。
「そんなんじゃダメよ。もっと強引に行かなきゃ!」
「あ、えっと……」
「ウジウジしてる男って、わたし嫌いなのよね。最近そういう人多いじゃない?」
謎事はただただ「えっと…」とモゴモゴ言っているだけだ。
「受動的と言うか、消極的と言うか……。もっと、積極的に行動しないと! 恋愛に関することじゃなくてもそうよ」
「そ、そうか」
「せめて自分のことだけでも、自力で行動できるようにしないとダメよね。甘えん坊が多いんだから、全く」
「でもそれは真実の好みであって、メイちゃんもそうとは…」
「そう? でも、わたしはメイちゃんの親友だし、しかも女同士よ? こういう話もしてると思わない?」
「! し、してるのか!?」
「さぁ?」
クスクス、と笑いながら真実は謎事から体を離した。
その時だった。
シャッと音がしてカーテンが開いた。部屋の住人、日高が起きたらしい。真実たちは慌てて窓枠の下に身を隠した。
日高が窓から顔を出し、辺りを見渡す。どうやら真実たち(主に真実)の声で目を覚まし、うるさい中学生を探しているようだ。しかし結局窓枠の下には気がつかず、窓を閉めて部屋の中に引っ込んだ。
「………あ、危なかったわね」
「あ、ああ」
真実は頭を少し上げ、室内を覗いた。
思ったとおり、部屋はそんなに広くない。2人以上が生活するにはきつそうだ。日高は窓と反対側に歩いていた。そちらに台所が見える。そして台所には、スーパーのビニール袋が積んであった。京の働くスーパーのものだ。
日高はビニール袋に手を突っ込み、カップ麺を1個取り出した。蓋を開けかやくを入れ、電気ポットからお湯を注いだ。
「やっぱり食べるみたいね」
「本当に毎日20個も食べるのか?」
「他に誰かいる様子もないし……あっ」
日高がこちらを振り返った。真実たちは慌てて頭を引っ込める。
「この張り込み方は無理があるんじゃないか? もう少し遠くから監視するわけにはいかないのか?」
「そんな事しなくても平気よ」
そう言うと、真実はカバンから50cmほどの細長いチューブを取り出した。
「じゃーん」
「なんだそれ?」
「光ファイバーを利用した、監視スコープよ」
「は?」
「原理的には、胃カメラと同じね。このチューブの中に光ファイバーが通してあって、こっちから覗くと反対側のレンズを通して物が見えるの」
真実が接眼レンズを覗き込み、謎事の顔に対物レンズを近づける。
「それで、どうするんだ?」
「わたし達は窓枠の下にしゃがみこんだまま、レンズだけを窓の前に持っていけば…」
真実はチューブをCの形に曲げ、接眼レンズを覗き込む。
「ほら、頭を出さなくても室内が覗けるし、レンズは小さいから向こうからは気づかれにくい」
「なるほど…」
いわゆる「探偵の七つ道具」ってヤツなのか、と謎事は思った。
「……ベッドに寝転がりながらテレビを見てるわ。3分待ってるみたいね」
「3分待つか」
張り込みに必要なのは根気と忍耐だ。2人は黙ったまま3分待った。
「あ、動き出した」
「食べ始めたのか?」
「ええ。極々普通に、テレビ見ながらカップ麺食べてるわ」
「もう1つ作る様子は?」
「……ないわね。1つしか食べない気かしら」
では、一体何故20個ものカップ麺を買うのか。
「さっき、スーパーのビニール袋が台所にあったよな? それ、空になってるか?」
「え、う〜ん……そんなことないわ。まだ山ほど入ってる感じ」
「なら、やっぱり食べてないんだな、カップ麺」
「そういうことになるわね」
どういうことだろう。カップ麺を大量に購入しているが、そのほとんどを余らせている。一度の食事でも、1個しか食べないようだ。
「あ、カップ麺食べ終わった」
「もう1つ食べそうか?」
「そんな気配は無いわね。普通にテレビ見てるわ」
謎事は思わず頭を抱えた。この男の目的はなんだ。
「…ねえ、わたし思ったんだけど…」
真実がチューブから目を離し、謎事の隣に座り込んだ。
「もしかしたら、食べるのが目的じゃないんじゃないかしら?」
「へ?」
「だから、例えば、そう……カップ麺のカップを何かに使おうとしてる、とか」
「何か、ってなに?」
「う〜ん……バラバラにした死体をつめる、とか?」
「こえーよ!」
「えー、でも、防水性バッチリだし、2つを向かい合わせに貼り付ければ、かなりいい死体安置場所になると思うんだけど」
「だけど部屋の中に死体なんて無いだろ」
「これから殺すつもりなのかも」
「………」
謎事は再び頭を抱えた。このままだと真実が暴走しかねない。
「人間の死体をカップ麺に入るまでバラバラにする時間があるなら、普通にどこかに埋めた方が早くないか?」
「それじゃ、そのうち発見されちゃうじゃない。カップ麺に詰めて、ゴミと一緒に出した方が確実…」
「………」
でも、と謎事は思った。突飛な考えではあるが、方向性は間違っていない気がする。事実、日高はカップ麺を食べていないのだから。だとすれば、食べること以外に目的があることになるし、カップ麺を購入して手に入るものと言えば、カップ麺のカップぐらいしかない。
真実は自分の説に満足しながら、再び部屋の中を覗き始めた。
午後になった。真解は、目の前の白い門柱のドアフォンを押した。門柱には「光安」と表札がある。那由他の家だ。
「いらっしゃい」
玄関の扉が開いて、大学生らしい綺麗な女性が出てきた。
「きみが真解くん?」
「はい、初めまして。…那由他のお姉さんですか?」
「ええ、そうよ。初めまして。どうぞ、お入り」
「お邪魔します」
真解は門を押し開け、敷地へと入っていった。
那由他の家は、特に広くも狭くも無かった。平均的な住宅街に佇む平均的な一軒家だ。家の中に入ると、2階の部屋に通された。内装からして、京の部屋らしい。
お菓子とか持ってる来るからちょっと待ってね、と言って京は部屋を出て行った。その間、真解は部屋にあった座椅子に座り、あれが那由他のお姉さんか、とボンヤリ考えていた。今回の件を強引に那由他に押し付けた辺り、どこか澪菜に似ているな、と思った。好奇心のベクトルが変な方向に向いてる辺り、真実にも似ている。
まだ帰ってこないようなので、キョロキョロと部屋の中を見渡した。それなりに片付いた部屋だが、物が多くて少しゴチャゴチャしている。具体的には、本や服だ。本棚や洋服ダンスはあるが、床に無造作に置かれた服や本も多い。
「……線形代数、ってなんだ?」
すぐ横に落ちてた本のタイトルを見てつぶやく。「代数」はわかるがその前の「線形」がわからない。表紙には矢印や意味不明な記号が描かれている。よく見ると、数学の本が多いようだ。『解析学入門』『よくわかる微分方程式』『写像とその応用』……真実が来たら、喜びそうな部屋だ。
「あら、数学に興味があるの?」
扉が開いて、紅茶とクッキーをお盆に載せた京が入ってきた。
「あ、いえ、別に」
注視していた本の表紙から、顔を離す。
「あっそう、それは残念」
お盆を床に置くと、京は真解の向かいにクッションを持ってきて座る。真解は「ありがとうございます」と言いながら、紅茶を手に取った。
「大学生なんですよね?」
「ええ、そう。遊学学園大学の1年生。あなた達の先輩ね。理学部の数学科に通ってるわ」
だから数学の本が多いのか。
「そんなことより、例の男よ。どう、何かつかめた?」
「今のところわかったのは2つ。1人暮らしらしいと言うことと、あと名前は日高清だそうです」
「1人暮らしか…」
大家族という推理が外れてガッカリしたらしい。紅茶を一口飲むと、クッキーに手を伸ばした。
「それより、こちらからいくつか聞きたいんですが」
「そうね、そのために来たんだったわね。で?」
「まず念のため聞いておきますが、日高清と言う名前に聞き覚えは?」
「う〜ん……無いわね。顔に見覚えもないし」
「そうですか。じゃあ2つ目ですが、男が来る時間は大体決まってますか?」
「そうねぇ、いつも私がバイトに入ってるときだから、大体決まってるかしら。夕方4時とか5時とかね。割と混む時間だから、迷惑なんだけどね」
もしかしたらその時間が重要なのかも知れないな、と真解は思った。
「あと、カップ麺20個と言うのは数えたんですか?」
「ええ、そうよ」
まさかとは思ったが、本当に数えていたとは。見た目で「20個ぐらい」ではない辺り、やはり真実に似ている。
「あ、でも毎回20個だったわけじゃないわ。だいたい20個ぐらい、よ」
「19個だったり、21個だったりってことですか?」
「ええ。その男、今週の火曜日から出現するようになったわけだけど、火曜は確か22個だったかな。水曜が19個で、木曜が21個、金曜が20個よ、確か」
真解は目を丸くした。
「それは、正確な値ですか?」
「私の記憶が確かなら」
「……どうやって数えたんですか? 買い物カゴに入ってるカップ麺を見ただけで、わかるんですか?」
「いいえ、まさか。わかるわけないわ」
「え、それじゃぁ…」
どうやって、と聞きかけて気がついた。真解は一瞬うつむいて、考えを整理した。
「もしかしてその男……○○○○んですか?」
京はキョトン、として答えた。
「ええ、そうよ。言ってなかったかしら?」
夕方になった。
「ルービックキューブ!」
と那由他が叫んだ。
「ブラジル」
「る、る、る……ルネサンス!」
「スタイル」
「るるる……ルーレット!」
「トイプードル」
「ううう〜……」
涙目になりながら那由他はうなった。意外に負けず嫌いなのかもしれない。
余談だが、しりとりでは相手に「る」を回すと有利になる。「る」で始まる言葉は多くないからだ。逆に自分が「る」で回されたときは、「ルール」と言って切り返してやろう。相手が慌てて「ルービックキューブ」などと言おうものなら、しめたものである。
そのとき、澪菜の携帯電話が鳴った。発信元は真実だ。
『澪菜ちゃん? 男が出掛ける準備を始めたわ。尾行してくれる?』
「オッケー、わかったわ」
それだけ言ってケータイを閉じる。しばらくアパートを見ていると、日高が部屋から出てきた。
「つけるわよ、那由他」
「あ、うん」
日高からある程度距離を保ちながら、ゆっくりとあとを追う。昨日もやったことで、澪菜たちも馴れていた。
「ねえ、澪菜」
「なに?」
「思ったんだけど、あの男の目的を知りたいなら、直接あの男に聞けばいいんじゃないかな?」
「バカね」と澪菜が那由他を一瞥する。
「もし後ろ暗いことが目的だったら、どうするのよ? 教えてくれるわけがないし、あたし達に危険が及ぶでしょ。そんなことより…」
澪菜が前方をあごで示す。
「やっぱりスーパーね」
気がつくと、日高の目的地についていた。
「またカップ麺を買うのかな?」
「そりゃ、何も買わないのにわざわざスーパーには来ないでしょ」
ボクは何も買わないのにショッピングにつき合わされるよ、と那由他は澪菜に皮肉ろうとしたが、やめた。過去に何度も言ったことで、いまさら言っても何も変わらないことはわかりきっていた。
昨日も日高を待ち伏せした、レジが見渡せる場所に2人は座った。
「……毎日毎日カップ麺を20個も買ったら、相当な金額になるわよね?」
「そうだよね。1個120円ぐらいだとしても、20個で2400円にもなるもんね」
「それが火曜からだから、既に4日か。1万円近く使ってる計算になるわね」
「相当なお金持ちなのかな?」
「そんな風には見えないけど……え?」
澪菜が唐突に立ち上がった。
「どうしたの?」
「男が出て行っちゃったわ。…何も買わないで」
「へ?」
何も買わないのに、わざわざスーパーに来たらしい。
夜。真解と真実は自分たちの部屋で、結果を報告しあっていた。真解は京と話して得た情報、そして真実は一日中アパートの部屋を見ていて得た情報と、澪菜たちの情報。
「結局、男は1人暮らしだったし、誰かが訪ねてくることも無かった。そもそも、カップ麺を全然食べない。どういうことかしら?」
真実は首を傾げたが、真解は大きく1つため息をついた。
「見えたよ」
「え、ウソ!」
「確証も確信もないけどね。でも、ボクの推理どおりだとすれば、全部説明できる」
「全部、って?」
「カップ麺を買う理由、そして今日に限ってカップ麺を買わなかった理由、その他諸々。ちょっと異常だとは思うけど、相当引っ込み思案で、経済的にかなり余裕があるのだとすれば、説明できる」
真実は眉をひそめる。「????」と言う表情だ。
「もしボクの推理どおりなら、おそらく日高は明日もカップ麺を買わない。でも、明後日は買う」
「え、なんで!?」
「あの男は…」
「あ、待って、ヒント頂戴」
「………」
真解は少し考えてから言った。
「今日は何曜日か?」
「……へ?」
Countinue
〜舞台裏〜
はい、事件編終了です! 次回はいよいよ真相編。男の目的はわかったでしょうか?
謎事「恐ろしく地味な事件だよな」
平和でいいじゃん。
真実「う〜ん…もうちょっと派手な方がわたしは好きかな」
さて…いつもなら推理の募集をするのですが、今回はしません。
真解「なんでだ?」
景品を用意するのが面倒になったからです。
真解「おい…というか、景品が出てたのか」
うん。摩探の外伝とかを送ってたんだけど、ちょっとね…。
では、また次回。
作・黄黒真直
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