摩訶不思議探偵局〜偏食主義の理由〜 事件関係者リスト
光安那由他(みつやす なゆた)…【依頼人代理】
光安 京(みつやす けい)…【依頼人】
日高 清(ひだか せい)…【ナゾの男】

偏食主義の理由〜真相編
 月曜日。放課後。真解たち、具体的には真解と真実、謎事、メイ、澪菜、那由他は、那由他の姉の京がバイトするスーパーの休憩所に集っていた。
「確信も確証も無いけれど、日高の目的はわかった」
 真解が話し出す。
「念のため言っておくけど、たぶん犯罪は関係ない」
「えー、なんで?」
 真実が不服そうに言った。
「もしそういう後ろ暗いところがあるなら、カップ麺を20個買うなんて、目立つ行動をするわけないだろ?」
「……あ、そうか」
「でも、その男が昨日とおとといはカップ麺を買わなかった」と澪菜。「なのに、今日は買うってどういうこと?」
「それでお兄ちゃんは、わたしにヒントとして『今日は何曜日か?』って言った。どういう意味?」
 真実はまだわかっていないようだ。「今日?」と那由他は首を傾げた。
「月曜日?」
「それは本当に“今日”でしょ。わたしが聞かれたのはおととい。だから答えは『土曜日』。…でもそれが何?」
「土曜と日曜に無くて、先週の火曜から金曜、そして今日にあるものは?」
 全員しばらく考えたあと、
「学校だ」
 と謎事が言った。
「確かにそうだけど、違う」
 真解は1つ咳払いした。
「日高の行動を振り返ってみよう。那由他のお姉さんが最初に彼を目撃したのはいつだ?」
「先週の火曜日」
「そう。そして火曜から金曜まで、毎日ほぼ同じ時間に現れた。土日もほぼ同じ時間にスーパーに来た。でも、カップ麺は買わなかった。そこでボクは考えたんだ。『火曜から金曜までと、土日の違いはなんだろう』って」
 やっぱり平日かどうかだろ、と謎事は思ったが黙っておいた。誰からも答えが出ないようなので、真解は続けた。
「先週の火曜から金曜まで、そして今日。これは、『那由他のお姉さんがバイトに入っている日』だ」
「……ふぇっ!?」
 那由他が変な声を上げた。顔を上げて、レジに立つ京を思わず探す。
「まさか、お姉ちゃんに何かしようとしてるんじゃ?」
「…まあ、当たらずとも遠からず、かな」
「ええ!?」
「だけど犯罪じゃない。さっきも言ったけど、そういう後ろ暗いところはあの男には無い」
「でも、それじゃあ?」
「うん…ボクがこの推理に到達したのは、那由他のお姉さんの証言がきっかけだ。お姉さんは、男のカップ麺の個数を正確に覚えていた。21個だとか、19個だとか」
「それが?」
「でも、カップ麺が大量に入ったカゴを見ても、そこに何個入ってるかなんて、わかんないだろ? じゃあ、お姉さんはどうやってその個数を知ったんだろう?」
「数えたんじゃないの?」
「レジが忙しいのに?」
「………まさか!」
 真実は気づいたようだ。
「ボクはお姉さんに聞いたんだ。『もしかしてその男、毎回お姉さんのレジに並んでるんですか?』って。…答えはイエスだったよ。そして、お姉さんは日高のカゴからカップ麺を1個ずつ取り、取り出すたびに1個2個と数えたんだそうだ。火曜から金曜までずっと」
「え、でも…」とメイ。「それが、どうしたんですか?」
「真実が言うには、レジに並ぶ彼は異様に目立っていた。お姉さんも『変な人』としっかり記憶していた。つまり、日高の目的はカップ麺じゃない。『那由他のお姉さんに自分の存在をアピールすること』だったんだ」
「どうしてわざわざそんな事を?」
「…あ、オレわかったかも」
「なんだ、謎事?」
「もしかして日高って、那由他のお姉さんに一目惚れしたんじゃないのか?」
 それを聞いて、那由他はポカンとした。
「そんな、うちのお姉ちゃんに、まさか…」
「性格は知らないけど」と真実。「美人よね、お姉さん」
「それは見た目だけで、中身はとても…」
 どうやら謎事の推理を受け入れがたいらしい。だが、謎事の推理は真解のそれと同じだった。
「謎事と同じ事を、ボクも考えた」
「え」
「お姉さんは、日高の事を知らなかった。日高も、お姉さんについては何も知らないんだろう。たまたま買い物に来たスーパーのレジで、綺麗な女の人を見つけて……それで、好きになった。でも、彼女と自分には全く接点が無く、どうアプローチしていいのかわからない。困った彼は、とにかくまず自分の存在を知ってもらおうと、今回の奇行に走った」
 そこで真解は一呼吸置いた。
「…これが、この事件の真相だ」

「来ましたよ」
 メイがレジの方を見て言った。今日は、日高がカップ麺を買っている。そして今日も、京のいるレジに並んでいる。
「目立ちますね」
「ああ」
 メイと謎事は素直な感想を述べた。
「このあとどうするんですか? もしも真解の推理どおりなら、わたし達が介入する必要はないのでは?」
「それなんだけど…」珍しく真解が口ごもる。
「一応、推理が正しいかどうかだけ確かめたい。もし違ってて、真実が想像するような大事件が起こったら、後味が悪い」
 そんなことはあり得ない、と理屈ではわかっていても、四六時中真実と一緒にいるせいか、思考パターンが真実に汚染されてきていた。とにかく悪い方へ悪い方へと考えてしまう。
「確かめるって言っても、どうするんだ?」
「直接尋ねるしかないだろうな」
「だ、誰が?」
「………」
 それは非常にやりたくない役だ。全く見知らぬ男性の前に突然現れて、「あなた、あの3番のレジの人に惚れてるでしょ?」と尋ねないといけない。合ってればまだいいものの、外れてたら恥しかかかない。合ってても恥しかかかない。
「ま、でも、犯罪関係じゃないなら、声をかけても平気でしょ。わたしが聞いてくるね」
 堂々と真実が席を立った。そのまま真っ直ぐ、スーパーから出ようとしている日高に近付いていった。
「あの、すいません。日高さんですよね?」
 日高がスーパーを出て少し行ったところで、真実は声をかけた。
「はい?」
 と日高は振り返り、そして言葉を詰まらせた。
「え、あ、えっと……?」
 振り返ると、そこにいたのはワンパクな感じの見知らぬ女子中学生。そんな子に声を掛けられた理由がわからず日高は混乱したが、真実がすぐに説明した。
「わたし、光安京さん…あの3番のレジの女性の知り合いです」
「え、あ…あぁ!」
 ようやく自分の身に何が起こったのか理解したようだ。日高は爽やかに微笑んだ。こうして笑うと、ただの好青年にしか見えない。
「どんなご用かな?」
 日高は屈み込んで、真実と目の高さを合わせた。挙動不審の変な男に見えたが、意外と良い人かも知れない。
「京さんが、あなたの行動があまりに奇妙なので、一体何の目的だろうとわたしに相談して来ました」
「行動って、このカップ麺?」
 スーパーの袋を軽く持ち上げる。
「はい。あり得ないぐらいカップ麺を買う男がいるって」
「うん、これはちょっとね…」
「キモいって言ってました」
「は!?」
「ちょっと待て真実ぃ!!」
 心配して様子を見ていた謎事が飛び出してきた。あとから真解たちも慌てて出てくる。
「変なこと言うな!」
「だってぇ! あり得ないでしょ、こんな行動! もっとまともな方法もあるはずよ!?」
「あたしも真実ちゃんの意見に賛成かな」と澪菜。
「確かに目立つけど、意味わかんないし。積極的なのか消極的なのか、ハッキリしなさいよ」
 正直、真解も同意見だった。相当な引っ込み思案で、経済的にかなり余裕がある人間、だと解釈していたが。
「え〜と…」
 突然の展開に、日高が立ち往生していた。その様子に気付き、真解は騒ぐ真実と澪菜を黙らせて、日高に頭を下げた。
「お騒がせして、すみません。正確には、相談を受けたのはボクです。彼を経由して相談を受けました」
 真解は那由他を手で示した。那由他が日高に向かって軽く会釈する。
「彼は、京さんの弟です」
「弟さんがいたのか…」
「はい。相談を受けたボク達は、ここ数日、あなたの行動を調べさせていました」
「え、調べたって?」
「……び、尾行したり、張り込ん、だり…」
 真解の声が、次第に小さくなる。後ろ暗い事だとわかっているようだ。
「…君たちは、それはやって良い事だと思ってるの?」
「ごめんなさい!」
 もう一度、深々と頭を下げる。
「でも、あなたの目的はわかりました。日高さん、あなたは京さんのことが…?」
「……その通りだよ。光安さんに一目惚れした。だからこんな『あり得ない行動』に打って出た」
 どうやら真実の言葉が胸に刺さったらしい。ウソー、と那由他がつぶやいた。
「やめた方がいいですよ! お姉ちゃん、見た目は綺麗だけど、中身はデンジャラスと言うか、バイオレンスと言うか…」
「あんた、そんな風に思ってたんだ?」
 背後から声がした。ギョッとして振り返る。そこには渦中の人物、光安京が立っていた。騒ぎを聞きつけて、様子を見に来たようだ。
「あ……」
 日高は京を…那由他の頭を掴む京を見て、言葉を詰まらせた。京は日高をチラリと見て、
「あなた、えっと、ヒダカセイさん、だったっけ?」
「はい」
「私に惚れてるって?」
「………」
 日高は軽く深呼吸したあと、京の目を見て、
「はい、愛してます」
 わあぁ、と少女たちがどよめく。日高も顔が赤い。京はさり気無く視線を逸らして、
「そう。でも、お断りさせてもらうわ」
「え……」
「私、あなたみたいに消極的な人は嫌いなの。…ああ、ある意味行動的だけど、でも、後ろ向きに行動的だから、どっちにしろタイプじゃないわ。もっと積極的な人じゃないと」
 あーあ、と真解たちは思った。自分をアピールしようとした行動が、裏目に出てしまった。日高も一気に沈んだ顔になった。
「……お酒、買って行っていいですか」
「そうね、こんな日は飲んだ方がいいわ。いらっしゃいませ」
 日高にとって、今日は散々な日だろう。いきなり見知らぬ少女にキモいと言われ、自分の精一杯の行動をあり得ないと言われ、しかも失恋した。トボトボとスーパーの入り口に歩いていたが、ふとその足を止め、京を振り返った。
「やっぱりやめた。1人で飲むより、綺麗な女性と飲んだ方が楽しい」
「え?」
「一緒に居酒屋にでも行きませんか、このあと」
「……あ、私に言ってる?」
 他に誰がいると言うのか。少女たちがざわつき始める。
「でも私、明日も授業あるし」
「じゃあ、金曜にでも。またスーパーに来ますよ」
「私、金曜はバイトないから」
「なら時間もたっぷりありますね。都合いいじゃないですか」
「そうは言っても、私未成年だし」
「居酒屋でも、お酒以外の飲み物はありますよ」
「………。はぁ、わかったわ、しょうがないわね」
 わあぁ、と少女たちが再びどよめいた。
 日高にとって、今日はいい日だろう。

「あー、変な事件だった」
 スーパーからの帰り道、真実がぼやいた。
「ま、最後は面白かったけど」
「どうなるのかしらね、あの2人」
「う〜ん……わたしはお断りだけどなぁ……」
 人間、大事なのは第一印象だと言う。そのあとの印象がどんなに良くても、第一印象が悪いといつまでも悪い印象が残るらしい。
「しばらくは、金ヅルとして利用されるかもしれないわね。お金はあるみたいだから」
 酷い言われようだなぁ、と真解は思った。
 それより、と真実は謎事にさり気無く近付いて耳打ちした。
「どう、謎事くん。決心はついた?」
「なんの決心だ?」
「メイちゃんのことよ」
「………」
 黙りこくる謎事を見て、真実は軽くため息をついた。
「ホント、謎事くんって一途だけど押しが弱いわね」
「悪かったな」
「別に悪くないけど…。ま、自分のことは自分でやらないとね」
 そう言って、真実は謎事から離れ、真解の腕を取った。
 真解はそれを、思いっきり振り払った。

Finish and Countinue

〜舞台裏〜
はい、と言うわけで、『摩探』らしい平和な事件だったのではないでしょうか。
真解「なんで『摩探』が平和な事件なんだ?」
摩探…と言うか、ボクが書く小説はどれも「緊張感がない」らしいです。言われてみるとそんな気もします。
謎「確かに…ミステリで人が殺されるのは、緊張感を持たせるためだと何かで読んだことがありますね」
だからいっそ、人を殺さない話を書こうかと思いまして。
真実「それでこんな話に」

ところで、『摩探』再開にあたってちょっと『摩探』の設定とかを読み返して見たのですが。
真実「どうしたの?」
まー、すごい設定だこと。
真解「そうか?」
うん。中学生が探偵、ってのはまだいいとして…重度のブラコン、クールな美少女、それに惚れるスポーツ少年、小さい男の子と彼を引きずる快活な女の子、新聞記者の娘にイケメン少年……。中学生8人組だけでも、色んな設定考えたなぁと。
真解〔小さい男の子って、那由他のことか?〕
謎「クールな美少女…というのは」
謎事「メイちゃんのことだろ」
謎「それに惚れるスポーツ少年…」
謎事「わああああ!!」
真実「イケメンって誰。澪くん?」
うん。あんまそういう描写ないけどね。
真解〔重度のブラコンってところには突っ込まないのか……〕
で、色々読み返して感じたのはさ、これはいわばパズルなのではないかと。
真解「は?」
つまり、過去のボクに出題されているのですよ。「これらの登場人物を使って、面白い話を書け」と!
真解「…ポジティブだな」
しかもよ、「いつかこういう話を書こう!」と思って張り巡らしたまま回収してない伏線がいくつかあるのよ。これからしばらくは、その回収作業をすることになるかな。
真実「どのぐらいあるの?」
2〜3個かな? 澪菜と那由他をくっつけたときも、今回みたいな話を書く事を想定してたからね。
真実「今回みたいな、って?」
澪菜と那由他を2人1組にして、尾行とか張り込みとかさせる、って。
真実「ああ…なるほど」
だから、用意された登場人物をいかにうまく使って、うまい話を書くか…と言う、新手のパズルが手に入ったと言うことで。
楽しんでます。
真解〔……就活とか言ってなかったっけ、こいつ〕

ちなみに、今回の話は実話が元になってます。
真実「キグロ、こんなわけわかんないことやったの…?」
なんでだよ。違うよ、カップ麺をやたら買ってる人を見て、それで思いついたんだよ。
謎事「男だったのか?」
いや、普通に主婦だったから、たぶんただの買い置きだと思うけど。
真解〔それでネタにされた主婦も迷惑だな……〕
もうひとつちなみに。
今回の「奇妙な出来事がある女性の周りで頻発する事件」は、本当はいずれメイちゃんでやろうと思っていたものでした。
謎「え、わたし?」
うん、そしてもちろんその犯人はメ
謎事「わああああ!!」

では、また。

作;黄黒真直

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