摩訶不思議探偵局〜ハートの奪い合い〜
主な登場人物
実相真実(みあい まさみ)…【探偵】
相上育覧(あいうえ いくみ)…【真実の後輩】
及川美雪(おいかわ みゆき)…【真実の同級生】
霧島 澪(きりしま れい)…【真実の同級生】


ハートの奪い合い〜事件編

このゲームには、必勝法がある

 中学3年生、と言えば受験生である。実相真実(みあいまさみ)たちも中学3年生であり、受験生である。とはいえ、遊学学園は幼稚園から大学までのエレベータ式であるため、受験らしい受験をせずに内部進学する者も多い。
 だが、それでも進路指導はしなければならない。そういうわけで、及川美雪(おいかわみゆき)は放課後、空き教室で担任の龍川教乃(たつかわきょうの)と進路相談をしていた。
「及川さんは、外部志望なのよね?」
「はい」
「そうね、及川さんの成績ならその方がいいと思うわ」
 及川は、クラスで1位2位を争う成績上位者だ。ほとんどの成績上位者は、遊学学園よりレベルの高い学校を目指して外部進学する。及川もその例に漏れなかったようだ。
 事前に書いてもらった志望調査書をもとに、龍川が及川の意思確認をしていく。親御さんの意向は、志望校は絞れてるのか、などなど。
 及川は絵に描いたような優等生である。成績優秀、品行方正、容姿端麗。背中までの黒いさらさらのロングヘアと白のセーラー服が清楚さを醸し、今年の遊学学園中等部のパンフレットの表紙を飾った。進路に関しても既にしっかりと考えているようで、相談自体は10分程度で終わった。及川は空き教室を出ると、教室に向かった。
 今日の進路指導は自分でラストだから、教室にはもう誰も残っていないはずだ。カバンを取ったら、とっとと帰るつもりでいた。
 だから、教室のドアを開けたとき、軽く驚いた。
「お疲れ様」
 実相真実が、及川の席に座っていた。それも、机の上に。及川のカバンを抱えて。
 薄く栗色に染めたショートカットの髪。前髪の右半分を、桜の花を模した桜色のヘアピンで右に留めている。確か今朝は、左だった。気分で変えるようだ。口元に、はにかんだ様な笑顔を浮かべているが、目は笑っていない。悪戯好きの猫のような目で及川を見据え、挑発する様な視線を放っている。
 もし、及川と真実が、一緒に帰るような仲なら驚かなかっただろう。しかし、2人は級友と言うだけで、普段は滅多に話はしない。
「……私になんか用?」
「うん、物凄く用」
 フワリ、とスカートを広げながら机から飛び降りる。遊学学園の女子の制服は、ブレザーとセーラー服(白、黒)があり、どれか好きな服を選べる。真実はブレザーだ。紺色のブレザーに朱色と黒のチェック模様のスカート、胸元の赤いリボン。セーラー服との共通点は胸につける小さな校章と黒いハイソックスだけで、違う制服の2人が並ぶと、同じ中学だとはなかなか気づかない。
 真実はカバンを抱えたまま及川に歩み寄ると、顔を寄せた。
「近いんだけど」
「小声で話した方がいいと思うから」
「……?」
「あなた……お兄ちゃんのことが好きでしょ?」
「え…」
 なんで、と及川が凍りつく。いや、気づいて当然か。真実は常に真解の傍にいるのだから。
 最近、及川は気がつくと真解の方を見ていた。授業中でも、休み時間でも。そして時々、真解が振り返ると、思わず視線を逸らしてしまう。
 そんなことをしていたら、真実にバレるのは当然だ。
「……だったらなんだって言うのよ?」
「認めたわね」
「別に、隠すつもりもなかったし」
「あ、そう」
 ようやく真実が及川から顔を遠ざける。
「それで? 『わたしのお兄ちゃんを奪わないで』って?」
「うん、端的に言うとそうなるわ」
 バカじゃないのか。
「……それで、私が『はいわかりました』と言うとでも?」
「言わないでしょうね、たぶん」
「わかってるじゃない」
「うん。でもね、わたしもお兄ちゃんが好きなの。及川さんより何百倍も」
「あんた、妹じゃない」冷めた声で、及川が告げた。「妹が兄を好きなんて、そんなの許されると思ってんの?」
「当たり前よ。愛に血縁なんて関係ないわ!」
 むしろそれが一番関係あるだろ。だが聞く耳を持つ真実ではない。
「それともう1つ。実はね、わたしと及川さん以外にも、お兄ちゃんを好きな子がいるの。しかも小学生で」
 小学生て。及川は眉をひそめた。いつの間に交流があったのか。
「つまり、わたしと及川さんとその子で、わたしたちはいま四角関係にあるわけ」
「ふぅん。だから?」
「だからね、ここは穏便に事態を収束させたいの。面倒な恋愛のイザコザとか、いがみ合いとか、したくないし」
「それは同感ね。でも私は簡単には降りないわよ」
「もちろん。わたしも、その子もそうよ。だからね」
 そこで真実はニヤリと笑って間を取った。
「…ゲームをしようと思うの」
 及川は一瞬、意味がわからなかった。げえむ?
「ゲームって、なによ。DS?」
「違う違う。別にそれでもいいけど、いわゆるテーブルゲームよ」
 なんとなく、真実の言いたいことがわかってきた。
「要するに、3人でゲームをして、負けた人は実相くんを諦めろってこと?」
「その通り!」
 バカじゃないのか。
「嫌よそんなの」
「え、なんで?」
「実相さんが用意したゲームでしょ? 絶対あなたが有利に決まってるじゃない」
「チッチッチッ、甘いわね」
 真実はわざとらしく指を振った。なんとなくバカにされてるようで、及川は唇を尖らせた。どうも、相手のペースになっている気がしてならない。
「詳しいことは明日話すけど、ゲームは2人にも作ってもらうから大丈夫」
 真実が及川にカバンを渡した。どうやら、今日はもう帰れ、と言うことのようだ。
「それじゃ、明日の放課後、教室に残ってね」
「……まだ、ゲームを受けるなんて言ってないけど?」
「参加するかしないか、ルールを聞いてから決めたって別に良いでしょ? 聞くだけ聞いてよ」
 真実はそれだけ言い残すと、自分のカバンを持って教室を出て行った。

 翌日。放課後。
 教室には、4人の人物が残っていた。
 首謀者の真実と、呼び出された及川、相上育覧(あいうえいくみ)、そして霧島澪(きりしまれい)だった。
「この小娘が、実相くんに惚れた小学生?」
 及川が、傍らに座る少女を指さして言うと、真実が「ええ、そうよ」と答えた。
 “小娘”は、小等部の制服(こちらは白のセーラー服のみだ)を着て、ちょこなんと椅子に座っていた。綺麗に染めた茶髪を1本の緩い三つ編にして、胸に垂らしている。その胸にはまだほとんど膨らみが無く、及川は小ばかにするように鼻を鳴らした。反対に、育覧は黙ったまま大きな瞳で及川を見ている。
「ふぅん。…興味ないけど、名前は?」
「あれ、知らないの?」
 真実が首を傾げた。育覧はやや眉根を下げる。ショックを受けたようだ。
「一応、少しはテレビに出てるんですけど…」
「………私、テレビってあんまり見ないから」
 いまどきの女子中学生にしては珍しい発言だろうか。しかしどうやら、目の前の小娘は子役アイドルらしいとわかった。言われてみれば、整った顔立ちをしているし、大きな瞳は可愛らしさを醸している。
「一応紹介しておくわね」と真実。「彼女は相上育覧ちゃん。謎事くんの従妹で、この学校の小学6年生」
 育覧は甲斐甲斐しくお辞儀をした。
「で、この小娘がいるのはいいとして、なんで霧島くんまでいるわけ?」
「僕もよくわからないまま、真実に呼ばれたんだけどね」
「まさか、霧島くんも実相くんのこと好きなの!?」
「いやいやいや、そんなわけないでしょ!」
 チッ、と及川は小さく舌打ちをした。何故舌打ちをされるのか、澪には理解不能だった。
「澪くんには、公正さを保つための審判として来てもらったわ。澪くんなら中立の立場を取るはずでしょ?」
「わからないわ。実相さんが買収してるかも」
「そんなこと、してないわよ」
「あなたが言っても、無意味よ」
「う〜ん…」真実はわざとらしく悩むポーズをとり、「じゃあ、誰かが不正をしてるのを発見したら、その時点で不正をしていた人の負けにしましょう」
 なるほど、それなら文句ないな、と及川は思った。そのルールだと澪がいる意味がないが。
「さて、それではいよいよゲームを発表しましょうか」
 真実が言うと、及川も育覧も心なしか真剣な目になった。真実はニヤリとして言った。
「ゲームの名前は、『ハートの奪い合い』」
「………は?」
 聞いたこともないゲームだ。なんだそれは。と思っていると、真実がカバンからプラスチックのケースを取り出した。中に小物が入っているようで、ジャラジャラと音がする。
 蓋を開けると、中からコイン状の黒いプラスチックのチップがたくさん出てきた。その表面にはピンクのハートマークが1つずつ描かれている。
「ルールは簡単。わたし、及川さん、育覧ちゃんの3人がそれぞれゲームを考えてきて、そのゲームをプレイする。そしてその勝敗でチップを分配する。最終的に、獲得チップ数が最も多い者が勝者。1位が2人のときは…ま、この話はなかったってことで」
「あの」育覧が手を挙げる。「わたし達がそれぞれゲームを考える、って言いました?」
「ええ、そうよ」
 それは及川も気になっていた。確か、昨日もそんな感じの事を言っていた。
「考えたんだけど、わたしがゲームを用意したんじゃ、2人とも絶対納得しないでしょ?」
 及川がうなずく。
「だから、3人でそれぞれ考えることにしたわけ」
 真実は黒板に歩み寄ると、チョークを取って図を描き始めた。
「わたしが考えたゲームは、及川さんと育覧ちゃんの2人が。及川さんが考えたゲームは、育覧ちゃんとわたしが。育覧ちゃんが考えたゲームは、わたしと及川さんがプレイする」
 自分で言った事を、簡潔に図にまとめていく。黒板に白い三角形が描かれ、その各頂点に棒人形が立った。
「チップは、最初に3人に10枚ずつ配るわ。基本的には、このチップを賭けることでゲームが進行することになるわね」
「賭ける枚数はどうするの?」
「それは、ゲームの出題者が決めて。例えば、敗者が勝者に5枚渡す、みたいに。あるいは、ゲームにチップを使ってもいいわ」
「……投げるんですか?」と育覧。
「……そうしたければしてもいいけど。ポーカーみたいに、チップを賭けて直接戦うゲームにしてもいいし、あるいは七並べみたいなゲームにして、パスのときにチップを1枚出さなきゃダメ、みたいにしてもいいわ」
「とにかく、チップの賭け方は出題者が自由に決めれるわけね」
「そう。でも、『勝っても負けても出題者にチップ10枚』とか、そういう無茶苦茶なのやめてね。一応合理的に頼むわ」
「合理的かどうかの判断はどうするのよ?」
「だから、そのために澪くんがいるのよ」
 真実がチョークで澪を指し示す。
「言っておくけど澪くん、あなたの役割は結構重要だからね。公平公正な判断を頼むわよ」
 澪は渋々といった感じで、「わかった」と答えた。
 真実がチョークを置き、2人を見据える。
「で、ゲームの内容なんだけど…出来れば、頭脳戦が可能なものにしてね」
「頭脳戦? どうして?」
「だって、あのお兄ちゃんを奪い合うのよ? あの名探偵のお兄ちゃんを。名探偵の彼女になるんだったら、それ相応の頭がないとね」
 なるほど、一応筋は通っている、と及川は思った。それに、及川も頭には自信があった。運と勘だけが頼りのゲームより、頭脳を活用するゲームの方が勝率は高いに違いない。特に、小学生の小娘に知能で負ける気がしない。
「以上で説明は終わりだけど、何か質問は?」
 及川が手を挙げた。
「出題順はどうするの?」
「そうね……」真実はチラリと他の2人を見やると、「じゃ、最初が育覧ちゃん、次は及川さん、最後がわたし。いい?」
 勝手に決めた。
「別にいいけど」
「あの、でも、ゲームを作ると言っても、どうすれば?」
「うん、いきなり言っても難しいと思う。だから、育覧ちゃんには特別に、サポーターをつけるわ」
「え?」
 真実はスタスタと澪に歩み寄ると、澪の左肩に右手を置いた。
「……僕が彼女と一緒にゲームを考えろ、ってこと?」
「そういうこと。よろしくね、澪くん」
 真実は可愛らしくウインクした。育覧も頭を下げながら「よろしくお願いします、霧島さん」と言った。
「何も、完全にオリジナルのゲームじゃなくていいわ。既存のゲームでも十分よ。ただし、さっきも言ったけど出来る限り頭脳戦であることが条件。いい?」
 真実が2人の顔を交互に見た。
「わかりました」
 育覧が答えた。及川は思案顔で、腕を組む。
 真実が考えたゲームなら、真実が勝てるように仕組まれているはずだ。しかしこのルールなら、及川にも勝機があるように見える。
 それに、このゲームで真実に勝てれば、邪魔なライバルを消すことが出来る。
「……わかったわ」
 2人が了承したらしい事を確認すると、真実は宣言した。
「ゲーム本番は一週間後。それまでに各人、ゲームを考えてくること。…以上、解散!」
 こうして、3人の少女による『ハートの奪い合い』が始まった。

Countinue

〜舞台裏〜
なんとか伏線1本回収したキグロです。こんにちは。
謎事「伏線……って、どれのことだ?」
それを言うと伏線にはならないんだけど…まあ、3年間も休止してたから、たぶん読者も忘れてるでしょうねー。
真解〔だからどれだよ〕
実は、及川さんは過去に2回ほど登場しているのです。1回はセリフだけだけど。
謎事「え、いつだ?」
そもそも、及川さんは一体いつから真解のことが好きだったのでしょう?
謎事「えっと…」
謎「…そういえば、以前真解が電話越しに事件を解決したことがありましたね」
メイちゃん正解。あとの1回は、前々作『偏食主義の理由』です。探してみてください。

そして、予告通り(?)今回は真実の描写も書きました。
謎事「髪染めてたんだな」
うすーく、だけどね。個人的には、及川さんやメイちゃんみたいな緑の黒髪より、若干茶色が入った栗色くらいの髪の方が好きなのです。
真解〔何の話だよ〕
謎「ヘアピンもつけていたんですね」
ただのショートカットじゃつまらないし、何かアクセントが欲しいなぁ、と思いまして。結果、こうなりました。
謎事「描写といえば、制服も登場したな」
はい。ちなみに、ブレザーのモデルはボクの母校の高校の制服です。地元でも「女子の制服が可愛い」と言うことで有名な高校だったので、まあそれを着せておけば間違いないかなと。
真解〔何の間違いだ?〕

実は最近、『ライアーゲーム』(ドラマ)だの『カイジ』(アニメ)だの『論理少女』(漫画)だのを観まして。「摩探でも是非頭脳戦を!」と思ったのですね。
真解「それでこんな話…」
伏線張ったのはこれらを観るずっと前…確か『スパイラル〜推理の絆〜』(漫画)を読んでた頃だと思いますが、とにかく「いつか頭脳戦を書くぞ!」と決めて伏線を張りました。
謎事「そう考えると、だいぶ前だな」
そうだねぇ。ただ、摩探で頭脳戦とか騙し合いとかをやる最大のネックは、摩探は基本的に「問題編と解答編をキッカリ分ける」というルールを設けてることですね。
謎「そうだったのですか?」
そうだったのですよ、実は。過去に数回しか崩れてないはず。今回も、ギリギリまでこのルールに則って書くことにしてます。

謎事「なあ、今回の舞台裏に真実がいないぞ?」
大丈夫。今回本編に君たち3人出てこないから。
3人「!?」

では、また次回。

作;黄黒真直

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