摩訶不思議探偵局〜ハートの奪い合い〜 事件関係者リスト
実相真実(みあい まさみ)
相上育覧(あいうえ いくみ)
及川美雪(おいかわ みゆき)
霧島 澪(きりしま れい)


ハートの奪い合い〜作戦会議編

 遊学学園の最寄り駅には、平日なら放課後に学生たちの集うファーストフード店が何店舗もある。
 土曜日午後1時。澪は、待ち合わせ場所であるそれらのファーストフード店のひとつの前に、佇んでいた。今日は土曜日なので、学生は少ない。普通に昼食を食べに来ているOL風の人たちが多い。
 澪は、黒のタートルネックにデニムパンツ、キャスケット帽というシンプルな格好だ。駅舎の端、支柱に寄りかかりながら、駅から出てくる人の流れをボーッと眺める。時折、女子中学生らが澪の方をチラチラ見て、黄色い小声で何か話しては、去っていく。澪はモテるのだ。
 しばらくすると、人の流れの中から1人の女子小学生が飛び出してきた。本日の待ち合わせの相手、相上育覧である。白い長袖のTシャツに灰色のカーディガンを羽織り、デニムのショートパンツとニーソックスを穿いている。茶髪の三つ編を左右に揺らしながら、こちらに駆けて来た。
「すみません、お待たせしましたっ」
「いや、時間ピッタリだよ。僕もさっき来たところ」
「そ、それならなによりです」
 育覧はペコペコと頭を下げる。
 澪と育覧は面識はあるが、これまであまり話したことはない。小学生のはずだが、素行は中学生かそれ以上に見えるな、と澪は思った。社長の伯父を持つ、芸能人の小学5年生。どんな世界観の中で生きているのだろう。
「それじゃ、とりあえず入ろうか」
「はい」
 2人は目の前のお店に入っていった。
 念のため言うと、これはデートではない。作戦会議だ。真実が提案したゲーム『ハートの奪い合い』に出題するゲームを考えるため、集まったのである。もっとも、周りの人間にはそうは見えないだろう。……単に、仲の良い兄妹が食事をしている風にしか見えない。
 澪と育覧は、ハンバーガーやらポテトやらコーラやらをトレイに載せて、適当な2人用の席に着く。まだ少し混んでいるが、これから減るだろう。長時間話し込んでいても、追い出される心配はない。
「すみません、霧島さん。変なことに巻き込んでしまって」
「真実に巻き込まれるのは、もう慣れてるよ」
 苦笑しながら澪が言う。
「僕よりも、育覧ちゃんの方が災難なんじゃないの?」
「う……そうですね」
 ハンバーガーを手に、ため息をつく。
「なんでこんなことになったんでしょう?」
 好きになった相手が悪かったんだろうなぁ、と澪は思った。
「どうして真解のことを、好きになったの?」
「えっ?」
 育覧は大きな瞳を丸くした。目の下を赤く染め、胸元に垂れる三つ編を指先でいじる。俯き加減で、上目遣いに澪を見た。どうやら照れているようだが、見ている澪の方が照れくさくなる所作だった。
「その……わたし、少し前に殺人事件の犯人にされかかったことがあるんです。いくらわたしじゃないって言っても、誰も信じてくれなくて。危うく、逮捕されそうになったんです」
 そこから先は、聞かなくてもなんとなくわかる。しかし、澪は黙って続きを聞いた。
「でもそのとき、真解お兄ちゃんだけ信じてくれて……わたしが無実だってことを、証明してくれたんです」
「さすが真解だね」
「はい」
 素直にうなずく育覧は、なんだかとても嬉しそうだった。見ていると、無性にからかいたくなって来る。
「初恋なの?」
「えっ、あっ、その……」
 ますます顔を赤くして、顔を伏せてしまった。ここまで露骨に反応するとは思わず、澪の方が恥ずかしくなってきた。視線を宙に彷徨わせる。
「……なのに、真実お姉ちゃんのせいで…」
 低い声で、育覧が話し出した。
「そもそも、真実お姉ちゃんもどうかと思いますよ! 真解お兄ちゃんとは、実の兄妹なんですよね?」
「うん」
「いいんですか?」
 ダメだろうなぁ、いろいろ。言葉にする代わりに、苦笑して見せた。
「ゲームを作れなんて突然言われても…それに、これに負けたらお兄ちゃんを諦めろ、なんて無茶ですよね?」
 そう思う、と言う意思表示に頷いてみせる。
「でも、逆に考えてごらんよ」
「逆、って?」
「これで真実を負かすことができたら、真実は真解から引かざるを得ないわけだ」
「それはそうですけど……真実お姉ちゃん、約束守りますか?」
 どうだろう。今まで、特に真実に裏切られた経験はないと思うが。
「少なくとも、自分の用意した舞台で負けたら、負けを認めるんじゃないかな?」
「認めなかったら、人間失格ですよね」
「うん、そうだね」
 そこまで言ってないけど、と心の中で付け加える。
「ところで、ゲームは何か考えてきたの?」
「それなんですけど……」
 育覧は目を伏せた。胸に垂らした三つ編の先端を、指でいじる。
「実は、全く考え付かなくて…」
「あ…そうなんだ」
「そもそもこれ、変なルールですよね?」
「どうして?」
「だって、そうじゃないですか」顔をあげた。「わたしが考えたゲームを、わたしはプレイしないんですよね?」
「そうだね」
「あの2人にゲームをプレイさせて、勝者から敗者にチップが渡る…つまり、わたしは全くの無関係なわけです。『2人が勝負するためのゲームを考えろ』と言われても、なにをどう考えればいいのか…」
 育覧はポテトを一本引っ張り出して食べた。澪も一本掴んで口に入れる。
「育覧ちゃんは、ルールを1つ忘れてる」
「え、なんですか?」
 顔を上げて澪を見た。澪はコーラを一口飲んで、ポテトを流す。
「チップの分配は、合理的でさえすればよい。ってことはね、例えばこんな分配にすればいいんだよ。『引き分けのときは、出題者にチップ3枚ずつ支払うこと』…とか」
「え、え…あ、そうか! 確かにそうですね! わたし、ゲームは必ず勝敗が決まるって思い込んでました」
「やっぱりね。だから、僕らが考えるべきゲームは、『必ず引き分けになるゲーム』なんだ」
「すごいですね、霧島さん!」
 いや、そんなにすごくないけど、と澪は思ったが、褒められて悪い気分はしない。
「でも、『引き分けなら出題者に…』って、合理的なんでしょうか? 合理的って言うなら、『もう1勝負』とか『チップの交換なし』とかの方が合理的なような…」
「いやいや、合理的だよ。育覧ちゃんはもう1つ、ルールを忘れてる」
「え?」
「合理的かどうかの判断は、全て僕に委ねられてる。だから、僕が合理的だって言えば、全部合理的なんだ」
「あ! そういえばそうでした」
「それに多分、及川も真実も、この作戦で来ると思うよ」
「どうしてですか?」
「どうしても」
「?」
 澪はニコリと笑って、ハンバーガーを食べた。
 実は真実からルール説明を受けた次の日に、真実と及川それぞれから「引き分けのときに出題者にチップを渡すのは、合理的よね?」と確認を受けたのだ。当然澪も、その作戦は考え付いていた。だから2つ返事で合理的だと答えておいた。ついでに「私が相談に来たことは、他の2人に言わないでね」と念を押されたので、誰にも言っていない。
「あるいは」と澪。「出題者に圧倒的有利な出題者対プレイヤーのゲームでもいい」
「どういうことです?」
 と育覧は首を傾げた。
「ああ、えっとね…」と澪は一瞬宙を見上げる。「パチンコは知ってるよね?」
「はい」
「あれって、ずっとパチンコ台に向かって、一人で玉を打ち続けるだけだから、一見すると1人用ゲームに見えるでしょ?」
「ええ、そうですね」
「でも、実は違う。出題者…つまり、ゲームの元締めとなるパチンコ店のオーナーがいて、そのオーナーとプレイヤーの戦いなんだ」
 育覧は黙って首を傾げる。澪はえ〜と、と言葉を選んで考えた。
「パチンコをやるためには、まず現金を玉に換える必要がある。ゲーム終了後、プレイヤーは玉を再び現金に戻す。このとき、プレイヤーが最初の玉の数より多い数の玉を持っていれば、プレイヤーの勝ち。プレイヤーは最初に支払った額よりも多くの現金を手に入れることが出来る」
「はい」
「一方、プレイヤーが最初の玉の数より少ない数の玉しか持っていなければ、プレイヤーの負け。プレイヤーは最初の額より少ない現金しか得られない。では、この減った分はどこに行くのか。どこだと思う?」
「えと…あ、そうか、パチンコ店のオーナーさんなんですね!」
「その通り」
 澪はコーラを一口飲む。
「つまり、パチンコは『玉を増やそうとするプレイヤー』と『玉を減らそうとするオーナー』の戦いなわけだ」
「なるほどぉ」
 育覧は本気で感心している。どうやら、その事を全く知らなかったようだ。もしかしたら、小さいうちから芸能界入りしているせいで、世間知らずなところがあるのかもしれない。
「ただ、そのパチンコ台ってのが曲者で、プレイヤー側が圧倒的不利になるように作られている。つまり、ほとんどのプレイヤーが玉を増やすことができないってわけ。そうすると、オーナーが1人で丸儲けできるわけだ」
 現実のパチンコがどの程度勝てるものなのか、澪はよく知らないが、少なくともオーナーに不利になるようには作られてはいないだろう。
「で、僕らもこういう『出題者が圧倒的に有利な、出題者対プレイヤーのゲーム』を作ればいい、ってこと」
「なるほど…」
「このゲーム形式だと、育覧ちゃんもゲームに参加することになる。だから、例えば育覧ちゃんが得意な頭脳ゲームがあれば、それを持ってくればいいわけだ。何かある?」
「えっと……」
 育覧は首を傾げて考えた。考えて、考えて、考え抜いて、
「特にありません……」
 と小さな声でつぶやいた。
「……まぁ、普通はそうだよね。僕もないし」
 明るく笑ってみせる。
「それに、他にもこんなゲームが考えられる」
「まだあるんですか?」
「うん。プレイヤー対プレイヤーのゲームなんだけど、出題者にチップを払わざるを得ないゲームだ」
「プレイヤー対プレイヤーなのに、出題者が絡むんですか?」
「そう。例えば、この間真実が例として七並べを挙げてたでしょ?」
「ああ…そういえば」
 たしか、「七並べで、パスをするときにチップを1枚渡す」みたいなゲームを例えに挙げていた。
「それで、チップを渡す相手を出題者にしてしまえばいい」
「ありなんですか、それ」
「僕がありって言えば、ありなんじゃないかな?」
 あ、そうか、と育覧は思った。独裁主義とは、なんと便利な制度なのか。
「まとめると、僕らが考えるべきゲームは、次の3つのうちのどれかってことになる」
 澪が右手を出し、指を上げながら言う。
「『プレイヤー対プレイヤーの、必ず引き分けになるゲーム』『出題者対プレイヤーの、出題者が圧倒的に有利なゲーム』『プレイヤー対プレイヤーの、出題者にチップを払わざるを得ないゲーム』」
「う〜ん…」
 3本上がった澪の指を見ながら、育覧がうなる。
「一番作りやすそうなのは、『チップを払わざるを得ないゲーム』ですかね。何かするたびに出題者にチップ1枚払わないといけない、とすれば楽かも…」
「ただ、あんまり変なルールは、さすがに合理的って言いにくいからね」
 澪の独裁とは言え、あとの2人から反発が上がれば押し通すわけにもいかないだろう。
「それで、僕が考えたのは…」
「えっ?」
 育覧が驚いて顔を上げた。
「考えてきてくれたんですか?」
「あ、うん。一応。簡単なカードゲームだけどね」
 まさか、既に考えてあるとは。というか、だったらそれを最初に教えてくれればよかったのに、と言いそうになって、育覧は口を紡いだ。今までの話は、どういうゲームを作るべきか、と言う講釈だった。それを知ってからゲームを聞いた方が、話が早いと澪は判断したのだろう。澪は、育覧が作るべきゲームの形式がわかっていないことに気付き、わざわざ説明してくれたわけだ。
「実は僕、こんなカード持ってるんだ」
 と言って、澪はカバンからカードを何枚か取り出してテーブルに置いた。普通のプラスティックカードだ。育覧はそれを手にとって見た。裏は真っ黒だが、表には絵とアルファベットが描かれている。それが何を意味するかは、一目見てすぐにわかった。
 育覧が手にしたカードに描かれていたものは、人の手の絵だった。大きく開いた手が描いてあり、その上に『P』と書かれている。他のカードもすぐに確認した。握り拳が描かれたカードには『G』とあり、Vサインが描かれたカードには『C』とあった。
「これって…ジャンケン、ですか?」
「そう。ジャンケンの手が描かれたカード。このカードを出すことで、ジャンケンが出来る」
「はぁ…」
 育覧はしばらくカードを見たあと、
「で、どんなゲームなんですか?」
「うん。ちょっとした心理戦…名付けて『限定ジャンケン』だ」
 そして澪は説明を始めた。

Countinue

〜舞台裏〜
ハートの奪い合い、作戦会議編終了。次回からいよいよ、ゲームが始まります!
真解「結局どうなるんだ?」
え、なにが?
真解「『問題編と解答編をキッカリ分ける』ってのが摩探のルールなんだろ? そうなってるのか?」
う〜ん……ま、一応、「澪くんがどんなゲームを考えたか?」は次回までのお楽しみなので、そうなってるといえばそうなっているのでは。
謎事「そんなのわかるわけないだろ」
まぁ、そうなんだけど。でも一応ヒントは出てたでしょ?
謎事「そうだけどよ」

ところで、『カイジ』を知っている方はわかったと思いますが、最後に出てきた「限定ジャンケン」は、『カイジ』に登場する同名のゲームがモデルになっています。
謎事「同じルールなのか?」
いや、『カイジ』の限定ジャンケンは100人以上の大人数でやるゲームだから、2人じゃ無理。どちらかというと『カイジ』に出てくる「Eカード」に似てるかな。
…実を言うと、真実の提案した「ハートの奪い合い」は、『論理少女』の第1巻から着想を得ています。
真解「第1巻では、どんなゲームが出てくるんだ?」
まんま「ハートの奪い合い」です。チップ制じゃなくて得点制、ってところだけ違うかな。
こんな感じで、今回の話は随所に『ライアーゲーム』とか『カイジ』に影響を受けたシーンが出てくる予定です。
謎事「ざわ・・・ざわ・・・」
いや、それは出てこないけど。っつーかカイジ知ってるのか、お前。

そして今回は、澪と育覧の描写も書きました。澪くんは、服装だけだけど。
真解「顔とか髪型の描写は?」
うーん……実は、澪くんは「とにかくカッコイイ男の子」という設定なんですよね。
真解「だから?」
だから、どんな顔がカッコイイのかわからない以上、澪くんの描写は不可能なのです。
真解「おい」
服装に関しても、果たしてあれで「イケメンオーラ」が放てているのかどうか、ナゾ。

では、また次回。


オマケの1コマ
育覧「あれ、霧島さん。このカード、変ですよ?」
澪「ん? 変ってなにが?」
育覧「だって、『チョキ』なのに『C』って書いてあります。『T』じゃないんですか?」
澪「………」
澪〔可愛いなぁ〕


作;黄黒真直

限定ジャンケン編その1を読む

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