摩訶不思議探偵局〜ハートの奪い合い〜 事件関係者リスト
実相真実(みあい まさみ)
相上育覧(あいうえ いくみ)
及川美雪(おいかわ みゆき)
霧島 澪(きりしま れい)


ハートの奪い合い〜チップの扉・解答編

 及川の持ってきたゲーム「チップの扉」。及川が考えた「正解」を、「はい」「いいえ」で答えられる質問だけして当てる、というシンプルなゲームである。ただし、質問のたびにチップを1枚、場に出さなければならない。
 ここまで行われた質疑応答は、次の9つ。

Q1.飼っている人はいる? A1.はい
Q2.活発に動き回る? A2.いいえ
Q3.水中で暮らしてる? A3.いいえ
Q4.飼ってる人の大半は、食用または研究用? A4.いいえ
Q5.動物園にいる? A5.はい
Q6.細長い? A6.いいえ
Q7.細い? A7.いいえ
Q8.地名由来? A8.はい
Q9.日本の地名由来? A9.はい

「それじゃ、実相さん。10個目の質問は?」
 及川の問いに、真実は勝ち誇った笑みを浮かべて、答えた。
「質問は、しないわ」
「え?」
「解答するわ」
 澪は首を捻った。澪には全く、正解が見えていない。だが、真実はわかったという。
 真実は、及川を睨め付けると、告げた。

「それは、ヒラドツツジですね?」

「!」
 及川が目を見開く。だが、何も答えない。
「澪くん」と真実。「その封筒、開けてみて」
「ん、ああ」
 糊付けされた封を半ば強引に破く。中から出てきたポストカードを見ると、そこには小さな、しかししっかりした濃い線で文字が綴られていた。普段は品行方正で大人しいのに、その実、中身は強気な及川のような字だ、と澪は思った。
「どう、澪くん。あってる? ヒラドツツジ」
 真実はもう一度、一文字一文字区切るように宣言した。
 澪はポストカードに書かれた単語を見た。そこには、はっきり書いてある。
『ヒラドツツジ』
 と。
「んん、どうやら、あってるみたいだね」
「……クスッ」
 くすくすくす、と真実が笑った。そして及川を睨みつけた。
「わたしの勝ちね、及川さん!」
「ぐっ……!」
 及川は机の上で拳を握り締め、歯噛みした。また負けた。「限定ジャンケン」でも負けて、自信のあった「チップの扉」でも……!
「あ、あの…」
 状況にそぐわず、おずおずと手を挙げたのは育覧だ。3人の視線が彼女に注がれる。澪は「どうしたの?」と聞いたが、真実も及川も、育覧が言いたいことはわかっていた。
「わたし、知らないんですが。ヒラドツツジなんて……」
 及川はそれには答えない。バツが悪そうに、窓の方を見ていた。代わりに、真実が答える。
「知ってるはずよ。知らないはずないわ」
「でも……」
「知らないのは名前だけ。ほら、顔と名前が一致しない人っているでしょ。それと同じ」
 まだ困惑顔の育覧に、真実が言う。
「ヒラドツツジと言うのは、観葉植物の一種よ。街路樹としてもよく見かけるし、庭先に植えてる家も多いわ。駅からうちの学園までの道にも植わってるし、学園の中庭にあるわ。春先に赤やピンクのラッパ状の花を咲かせる、背の低い木よ」
「ほら、これだよ。見たことあるでしょ?」
 と澪が一枚の写真を手渡した。どうやら、封筒に入っていたらしい。
 写真には、中庭の茂みが写っていた。その“茂み”こそが、ヒラドツツジである。
「確かに、ありますけど……でも、及川さんは、わたし達が絶対知ってるものだって…!」
「私は」バツが悪そうに窓の方を見ながら、及川が言った。「名前を知ってる、なんてひと言も言ってないわ。それでも、見たことがあるなら、知っていることに間違いはないでしょ?」
「確かに……そう、ですけど……。でも待ってください。及川さんは、『生き物』だって言いましたよね?」
「生き物じゃない。植物だって、立派な生命よ」
「あぅ……」
 もう反論のネタは無くなったようである。育覧は素直に口をつぐんだ。
「でも」と澪。「真実は、よくヒラドツツジだってわかったよね? どうして?」
「簡単なことよ。そもそもわたしは、最初から正解は植物だろうと睨んでたの」
「え、どうしてですか?」
 育覧が尋ねる。真実は、育覧と澪を交互に見ながら言った。
「及川さんが、例題として『チワワ』を挙げていたから」
「は?」澪は首を傾げた。「どうして、それで?」
「わたしが一番疑問だったのは、『どうして及川さんは、わたし達が絶対知っているものを正解に持ってきたのか?』と言うことよ。その理由は、わたし達をミスリードする自信があったから」
「でも、ミスリードと言っても」澪が口を挟む。「質問には正直に答えないといけない。ミスリードしようがないじゃないか」
「そう。だから及川さんは、最初のルール説明の時点で、わたし達をミスリードした。正解の例としてに『チワワ』を挙げ、ヒントの例として『これは生き物です』と挙げた。そして、実際に最初のヒントとして、『これは生き物です』と宣言した。そしたら、『生き物』=『動物』というすり込みがされるのは当然よね。さっきの育覧ちゃんみたいに」
 育覧は黙って俯いた。
「もちろん、生き物には動物と植物以外にもいるわ。細菌や原核生物なんかは、動物にも植物にも該当しないとされる。だからわたしは、最初の質問で『活発に動くかどうか』を尋ねた」
「動かないなら、植物だと?」
「ええ。それに及川さんは、『活発とは、どの程度のことを言うのか』を確認せずに、『いいえ』と答えたわ。これはもう、ほとんど動かない生物だと考えて間違いない。それでいてわたし達が確実に知っているものなら、植物と考えるのが妥当よね」
「あ、あの」育覧がおずおずと手を挙げた。「真実お姉ちゃんの2つ目の質問ですけど……」
「わたしの2つ目…『食用または研究用』ってやつ?」
「はい。それが『いいえ』というのは、結局どういう意味だったんですか?」
 真実は少し考えてから、澪に手を伸ばした。
「紙と鉛筆、貸してくれる?」
「あ、ああ」
 手にしていたメモ用紙とシャーペンを、真実に渡す。真実はすぐに、メモ用紙にペンを走らせた。

1.「食用」「研究用」
2.「食用ではない」「研究用」
3.「食用」「研究用ではない」
4.「食用ではない」「研究用ではない」

「食用か研究用か考えると、この4パターンがあるの、わかる? 例えば1番なら、食用の人もいるし、研究用の人もいる。4番なら、食用の人はいないし、研究用の人もいない」
「は、はい」
「『食用または研究用』と言うのは、このうち1、2、3番全てを指すフレーズなの」
「そうなんですか? 2番か3番だけなんじゃ……」
「違うわ。普通、『AまたはB』と言った場合、論理的には1番から3番までを指す」
 育覧は首を傾げていたが、真実は無視して続けた。
「それに対する返事が『いいえ』だった。これは、『1番、2番、3番のいずれでもない』と言う意味になるの。だから、あの質問から得られる情報は……」
「4番、食用の人も、研究用の人も、どちらもいない」
「その通り」
 ニコリ、と真実はほほ笑んだ。
「植物で、食用でも研究用でもなかったら、それは観賞用に他ならない。つまり、園芸植物に的が絞れるってことね」
「で、でも」三つ編を揺らして、育覧が訴える。「及川さんは、動物園にいるって言ってましたよ!」
「動物園にいるのは、動物だけとは限らない。サルの檻には太い木が植わってるし、普通に雑草も生えている」
「それに」と澪が続ける。「ヒラドツツジは背が低いから、檻と通路の間に植わってたりする。遊歩道の左右に植わってることも多いしね」
「そういうこと」
「……」
 育覧だって、少しは“動物”以外の可能性も考えたのだ。イモムシとか、ミミズとか。しかし、「動物園にいる」と聞いて、それらの可能性をすべて排除してしまった。
「そのあとの『細長いか』って質問は、なんだったんですか?」
「観葉植物だとわかっても、そこから先に全く進めなかった。だから、考え方を変えてみたの」
「?」
「さっきも言ったけど、及川さんは明らかにわたし達をミスリードしている。でも、回答でウソはつけない。なら、ルール説明の段階でミスリードするしかない。すると、『わたし達が必ず知っている』というのも、怪しい。わたしはこれを、『わたし達が名前を知っている』と言う意味だと思い込んでいたけど……」
 真実は、及川をチラリと見た。
「よく考えたら、及川さんはひと言もそんなこと言わなかった。それに気付いたとき、わたしはある仮説を思いついた。『正解は、わたし達がよく見かけるけど、名前を知らないものなんじゃないかしら』ってね」
 そして事実、育覧はヒラドツツジの名前を知らなかった。
「でも、それと『細長い』と、なんの関係が?」
「名前を知らないけど、見たことのある、観葉植物。そしたら、甲子園球場を覆っているようなツタ植物か、遊歩道とかに植わっている街路樹か、どちらかしかない」
「細長ければ、ツタ植物…ですか」
「そう」
「じゃあ、最後の『地名から』っていうのは?」
「遊歩道の周りの、いわゆる『茂み』は、ツツジが多いの。サツキツツジとか、ヒラドツツジとかね」
「ヒラド……」
 今回の「正解」だ。
「それでわたしは、及川さんが『絶対知っている』と言ったことから考えて、駅からこの学園までの道のりのどこかに生えている植物じゃないだろうか、って考えたの。それで、駅からの風景を全部思い出してみたら」
 真実は、ニヤリ、と笑った。
「植え込みの中に、ヒラドツツジの説明プレートがあるのを思い出した。そこには、『ヒラドツツジは、長崎県平戸(ひらど)市が原産』だと書いてあったわ」
「よく覚えてましたね、そんなこと…」
 真実は記憶力が自慢だ。どんな細かいことでも、ちょっと見ただけで覚えられる。だから真実は、理系少女を自負するくせに、歴史や漢字の成績も桁外れに高い。国社数理英はパーフェクトだと言っていい。その代わり、音楽や美術の成績は壊滅的である。
 ちなみに、真解は推理力はあるが、学校の勉強にはうまく活かせていないようである。国語の成績がやや良いが、他はどれも平均レベルだ。テスト前になると、真実が真解に数学を教える光景を、教室でもよく見かける。
「わたしが知ってるツツジは、サツキツツジとヒラドツツジの2つしかない。たぶん、通学路にあるのもこの2種類だと思う。だから、あとはこのどちらかなのかを探ればよかった」
「はぁ……」
 育覧も澪も、素直に感心していた。真実は2人を見て、今まで浮かべていた勝ち誇った笑みを消し、安堵の笑みを浮かべた。
「ま、運が良かっただけ、と言われれば、その通りだと思うわ。たぶん、正解がヒラドツツジじゃなかったら、わからなかったと思うもの。本当に」そこで真実は、及川と視線を合わせた。「運が良かっただけ、だわ」
 及川の口から、ギリ、と小さな音がした。歯軋りだ。私の運がひたすら悪かっただけだと言うのか。及川は真実を睨みつけたが、真実には怯む様子がない。
「及川さんは、わたし達が不正解したあと、正解を発表して、『名前を知らないだけで、見たことあるはずよ』って勝ち誇るつもりだったのかも知れないけど。残念だったわね」
 ギリギリギリ。古いハンドルを無理やり回すような、嫌な音がした。どうやら図星だったようだ。
「とにかく」と真実。「ゲームは終わったわ。この場にある9枚のチップは、正解者の物。つまり、わたしの物ね?」
「……そうね」
 持ってけドロボー。及川が小声で呟くのを、澪は聞き逃さなかった。

「さて」チップが11枚になった真実が言う。「いよいよ、最後のゲームね」
 するとおもむろに席を立ち、自分のカバンに歩み寄った。そこから、紙を何枚か取り出す。B5の紙が2枚、ハガキくらいの大きさの正方形の紙が2枚の、計4枚だ。B5の紙には、片面になにか書いてあるようである。
「それじゃ、澪くん。ちょっと立って?」
「ん?」
 澪は言われるがまま席を立ち、真実に勧められるがまま、先ほどまで真実が座っていた席――育覧の正面の席に座った。
「で、及川さんも立って」
「は? なんで?」
「いいから、ほら」
 真実に腕を引っ張られるように、及川は席を立った。真実は手にした紙のうち、B5の紙と正方形の紙を1枚ずつ机に置くと、
「それじゃ、育覧ちゃん、澪くん。わたし達は今から別の教室に行くから、わたし達が部屋を出て1分したら、紙をめくってね。ゲームのルールは、そこに書いてあるから」
「んん、わかった」
 澪がうなずくのを見て、真実は及川の腕を引っ張って教室を出て行った。
 廊下には、誰もいない。シン、と静まり返った廊下は、ひどく細長く見える。北向きの窓からは、藍色の空が見えた。ほとんど夜だ。
 余談だが、「夕焼け」というと赤いイメージだが、実際には虹と同様の七色を観察することが出来る。西の空ほど赤く、東の空ほど紫色に近くなるのだ。理屈の上では、その中間で緑や黄色の空を見ることも出来る。事実、気象条件が良ければ、この時間帯には彩雲と呼ばれる虹色の雲を観察することも出来る。
「ねえ」と及川。声が廊下に響く。「なんなのよ? どういうゲームなのよ?」
「すぐにわかるわよ」
 真実は廊下の一番奥の部屋に入った。先週、及川が進路相談をしていた教室だ。誰もいない教室に、真実はズカズカと入り込んでいく。整然と並ぶ机の一番前、教卓の目の前の席に、及川を座らせた。その目の前に、B5の紙と正方形の紙を置く。
「さて」教壇に乗り、真実は教卓に手を着いた。「それじゃ、紙をめくって。始めて」
 まるでテストみたいだ。及川は言われるがまま、B5の紙と、正方形の紙を裏返した。
 正方形の紙には、何も書いてなかった。表裏ともに真っ白だ。
 一方、B5の紙には、短い文章が書いてある。
 まるでテストみたいだ。
 及川は一通りB5の紙に書かれた文章を読むと、顔を上げ、教壇で微笑む真実を睨みつけた。
「あんた、これって……」
 真実はニヤリと笑うと、高々と宣言した。
「ラストゲーム、『少女のジレンマ』!」

所有チップ数【真実11枚、及川6枚、育覧13枚】

Countinue

〜舞台裏〜
「問題編」に比べ、やや短く終わった「解答編」でした。キグロです。
謎事「というか、前作と今作は、今までより微妙に長くね?」
あ、気付いたか。その通り。実は前作『ストーカー殺人事件』より、さりげなく1編あたりの長さを長くしてます。
今回は、以前の長さに戻ってしまいましたね。
謎「どうして長くしたんですか?」
今までの長さで書くと、今作『ハートの奪い合い』がものすごい長さになることが予想されたからです。
真解「前作が長くなった理由は?」
……実は、前作『ストーカー殺人事件』は、今作の次の話の予定でした。
真解「は?」
ですが、「限定ジャンケン」を書いているときにちょっと詰まり、「気晴らしに、別の話書くかぁ」と思って書き始めたのが、前作『ストーカー殺人事件』なのです。
謎「順番が入れ替わってしまった、ということですか」
はい。実を言うと、『摩探』は結構こういうことが起こってます。書いたは良いけど没にした話、ってのも何本かあるし。
んで、今作でこの長さで書くのに慣れてしまったせいで、前作もこの長さになってしまったのです。
真解〔なんだか、いい加減だな……〕

んで、その「解答編」ですが……前回の舞台裏で予告したとおり、若干ご都合主義的な展開になってしまいました。
しかも、真実は通学路の様子をヒントにしたのに、本編にはこれまで一度も、通学路の様子が描写されたことがないと言う、アンフェアぶり。
今作はなんだか、力量不足をふんだんに発揮している気がします。
真解〔その日本語は、おかしくないか?〕

さて、長かった「ハートの奪い合い」も、いよいよ最後のゲームまでやってきました。
真解「今度のゲームは長いのか?」
いや、短いですね。だから、もうあとちょっとです。読者の皆様、もうしばらくお付き合いください。
そして次のゲームこそは、ロジカルにビシッと決めてみようと思います。
謎「……」
どうかした?
謎「この状況で、名前が『少女のジレンマ』と言うことは、ゲーム内容は……」
ストーップ! ……まあ、知ってる人にはバレバレだと思いますが、ゲーム内容を推理することも、今作の楽しみの1つではないでしょうか?

では、また次回。

作;黄黒真直

少女のジレンマ編を読む

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