摩訶不思議探偵局〜箱泥棒〜 主な登場人物
実相真解(みあい まさと)…【探偵】
実相真実(みあい まさみ)…【探偵】
相上謎事(あいうえ めいじ)…【探偵】
事河謎(ことがわ めい)…【探偵】


箱泥棒〜真相編

 店内に有線で流れる音楽が、明るいラップから、しっとりとしたバラードに変わった。魔女の呪いで、恋人を花に変えられてしまった男の歌だ。男は呪いを解こうとするが、その呪いは魔女自身にも解けない。男は懸命に花の命を伸ばそうとするが、最終的には枯れてしまうという、悲恋の話である。
 そんな話はどうでも良い。静かな曲なので、真解の話も聞き取りやすい。真実たちは、ナゾが解けたらしい真解に、視線を集めた。
「今の話で、犯人の目的がわかったの?」
「断言は出来ないけどね」と頷く真解。それから声を落として、「それと、たぶん犯人も」
「え、誰!?」
 真実は辺りを見渡した。すぐ近くには、立ち読みをしている女子高生がいるだけだ。しかし、本棚で見えないだけで、立ち読みの客は、まだ何人もいる。
「話す前に、外に出よう」
 どうして、と小首を傾げる真実に、真解は小さな声で言った。
「犯人が、まだこの店の中にいるからだ」


「まずは、犯人の目的を話そう。そうすれば、犯人の目星も自ずと付く」
 店を出て、真解たちは駅に向かって歩き始めた。歩道は4人が広がっても他人の迷惑にならないくらい広かったが、4人は固まっていた。真解の話を聞くためだ。車道を頻繁に車が通るため、肩を寄せないと時々声が聞こえなくなる。
「犯人は、何故箱だけを盗んだのか。……さっきも言ったとおり、断言は出来ない。でも、可能性の提示は出来る」
「で、その可能性って?」
 真実が顔を近づけた。真解は半歩下がった。
「箱を盗む理由は、大別すれば2つに分けられる。1つ、箱そのものが欲しかった。2つ、箱を盗むことで起こる何かが目的だった」
 3人は少し考えてから、確かにそうだ、と頷いた。箱を盗む目的は、箱そのものか、箱以外か、そのどちらかしかない。
「では、箱そのものを欲しがる理由は何か。ボクがパッと思いつく可能性は、次の2つだ」
 真解は右手を前に突き出して、人差し指を1本挙げた。
「1つ。犯人がゲームのコレクターと言う可能性。ほら、よくいるだろ? ソフトそのものだけでなく、箱も大事にしまっているような人」
「確かに、いるな」
 と謎事。真実はわからないようで首をひねっているが、「まあ、いるか……」と呟いた。
「で、もう1つは?」
「2つ」真解は中指を挙げた。「箱を得ることで、より高く売ろうとした可能性だ」
 今度は3人とも、揃って首を傾げた。真解が解説する。
「さっき謎事が言ってたな? 同じソフトが、箱のあるなしで全然違う値段で売られてたって」
「ああ」謎事は頷いてから、「あ!」と言った。
「そうだ」ニヤリ、と真解は笑った。「箱があるソフトの方が、高い値段で売られていた……と言うことは、買い取りもその分高い値段で行われているはずだ。つまり犯人は、自分の持つソフトをより高く売るために箱を盗んだ、と考えられる」
 なるほどねー、と真実は呟いた。
「で、お兄ちゃん。箱以外の理由は?」
「うん。それは、箱が盗まれると何が起こるか、を考えれば明白だ」
「?」
 真実が首を捻って考え出した。謎事とメイも顔を見合わせて考えている。
「あっ」と真実。「そっか。箱だけ盗まれれば、ソフトだけ残る。ソフトだけ残れば、ソフトだけ売られる」
「そうだ」
 真解が後を継いだ。
「さっきも言ったとおり、同じソフトであっても箱のあるなしで違う値段で売られる。それが犯人の目的だ。犯人は『魔獣狩人』のソフトが欲しかった。それも安く……あるいはタダで。しかし、店頭にソフトは出ていない。だから箱だけ盗んで、ソフトを店頭に出させることにした」
 なるほど、と頷いてから、謎事が首を傾げた。
「待てよ。タダで手に入れるってどういう意味だ?」
「そのままだよ。ソフトを盗むって意味だ。盗むためにも、ソフトは店頭に出てくれないと困る」
「だとすると……」とメイが呟いた。「犯人は、ソフトも盗むつもりなんでしょうか? それとも、ソフトは買う気でいるのでしょうか?」
 その質問に、謎事が答えた。
「箱を盗んだくらいなんだから、ソフトも盗むつもりなんじゃねぇのか?」
「そうかな?」と真実。「箱はレジから離れたところにあるし、防犯カメラの死角になってる。だから簡単に盗めると思う。でも、ソフトがあるのはレジのすぐ横だし、防犯カメラもあるでしょ? 盗むより、買った方が安全じゃないかな? 言い訳も出来るし」
「言い訳?」
「仮に店員の誰かが犯人の目的に気付いて、そのソフトの購入者を尋問してもさ、『自分はたまたまこのソフトを買っただけだ!』ってシラを切れば、それ以上追及されないでしょ?」
「あ、そうか」
 謎事を納得させてから、真実は真解に向き直った。
「お兄ちゃんは、どう思う?」
 真実の質問に、真解は肩をすくめて見せた。
「さすがに、今回は情報量が少ないからね。今言った以上のことはわからない。いま挙げた3つの可能性のうち、どれが真相かもわからない」
 それを聞いて、真実は残念そうに眉を下げた。いくら真解を信じきっている真実でも、真解にだってわからないことがあることぐらい、承知している。解けないものは解けない。それは受け入れるしかない。
「あれ、でも待ってよ、お兄ちゃん。さっきお兄ちゃんは、犯人の目的がわかれば犯人もわかるって言ったよね?」
「うん」
「いま、可能性とはいえ目的はわかった。じゃ、犯人は誰?」
 その質問に、真解は頭をかいた。
「1つ目、2つ目の可能性が真相なら、犯人は誰かわからない」
「え?」
 メイが目を丸くした。が、真実がすぐに反応する。
「じゃあ、3つ目ならわかるわけね」
「うん」真解は頷いてから、「犯人は、アルバイトの『ますうら』だ」
 その答えに謎事とメイは驚いたようだが、真実は小さな声で呟いた。
「名前のある容疑者、1人だけだったからね……」
「何だって?」
「気にしないでいいよ、お兄ちゃん」
「そんなことよりよ」と謎事。「なんで店員が盗むんだ?」
「店員と言っても、アルバイトだからね。ソフトが欲しかったら、買うか盗むしかない」
 買うと盗むを選択肢として並べるのは、倫理的にどうだろうか、と謎事は思った。
「待ってください」とメイ。「真解はさっき、ソフトを店頭に出させるために箱を盗んだと言いましたが……店員なら、店頭に出ていなくとも盗めるのではないですか?」
「店頭に出てない商品を盗めるのは、店員だけだ。だから、店頭に出てない商品を盗んだら、一発で足が付く」
「! ……それもそうですね」
 言われてみればその通りだ。簡単なことに気付かなかったのが恥ずかしかったのか、メイは少し顔を伏せた。
「でも、どうしてわかったんですか?」
 トラックが道路を走り抜けて、メイの髪を乱した。その髪が元に戻り、静かになったところで、真解は話し始めた。
「犯人はソフトをどうやって手に入れるのか? 買うのか、盗むのか。そのどちらなのかはわからないが、そのどちらだとしても、ソフトが店頭に出る必要がある」
「そうですね」
「でも、もし客が犯人だとしたら、ソフトが『いつ』店頭に出るのか、知ることが出来ない。何故なら、店員がいつ箱がなくなったことに気付くか、わからないからだ」
「あ、そうか」と真実。「もしかしたら、次の日まで気付かないかも知れないのね」
「それがどうしたんだ?」と謎事が首をひねった。「別に、いつ出てもいいんじゃねえの?」
「人気のソフトは、すぐに売れる。店頭に出た直後に手に入れないと、せっかく箱を盗んだのに、誰か別の人に買われてしまう恐れがある」
 説明を聞いて、謎事も納得したようだ。真解は続ける。
「だから、犯人は店員の誰か。いまあの店には、店長とますうらさんしかいなかった。店長ならそもそも盗む必要がないんだから、犯人はますうらさんだろう」
 なるほど、と3人とも納得したようである。
 犯人の目的は、箱ではなくソフト。ソフトを店頭に出させるために、箱を盗んだ。可能性の1つだが、納得できる動機だ。そして犯人は、ソフトが店頭に出るタイミングを操作できる人間。つまり、店員。
「ますうらさんなら、店員の目を盗んでソフトを盗むことも可能だろう。なにしろ、本人が店員なのだから。それに、店員に尋問される危険を冒すことなく、ソフトを買うことも出来る。なにしろ、本人が店員なのだから」
 聞いてしまえば簡単な、身も蓋も無い話である。
「以上、考えられる可能性は3つ。1つ、箱が欲しかった。2つ、箱を盗んでソフトを高く売ろうとした。3つ、箱を盗んでソフトを安く買おうとした。そして、もし3つ目が真相なら犯人はますうらだ。……もしかしたらもっと別な可能性があるかもしれないけど、状況的にこの辺りが妥当だと思う」
 なんだか歯切れの悪い真相編だと真実は思った。なんとかならないだろうか。
「どの可能性なのか、決定する証拠はないの?」
 そうだなぁ、と真解は俯いて考えた。それからすぐに顔を上げると、
「1つ目の可能性が真相だったら、どうしようもない。2つ目が真相なら、数日以内にこの近隣の中古屋に『魔獣狩人』が箱付きで売られるはずだから、その売った人物が怪しいと言える。3つ目が真相なら、このあとbooksサトーの『魔獣狩人』が即売れるだろう」
 一応、決定する方法はある、と言えるわけだ。
「でも、ボクらにはどうしようもないな。犯人を捕まえたところで、ろくな証拠があるわけでもないし」
 仮に捕まえたところで、犯人が言い逃れするのは容易い。『魔獣狩人』の箱を持っていたところで、それがbooksサトーから盗まれたものかどうか、判断できないからだ。
「ちなみに余談だけど」と真解は付け加えた。「さっきメイが感じたらしい視線は、おそらく犯人の物だ。自分が狙っていた『魔獣狩人』の箱を謎事が取ったのを見て、思わず2人に近づいたんだろう」
 それを聞いて、メイはホッとしたようだ。
「てっきり、あの『立ち読み自由』のシールを貼った人の視線かと思いました」
 そういえば、あのシールは誰が何のために貼ったのだろうか。やはり店長が、女子中学生を愛でるために貼ったのだろうか。などと話しているうちに、駅に着いた。駅舎に入り、改札へ続く階段を上る。真実によると、この階段は23段あるらしい。
 真解たちは階段を上りながら、銘々カバンから定期券を取り出す。
 そのとき、メイが立ち止まって振り返った。
「どうしたんですか、謎事くん」
 謎事の歩みが、妙に遅い。メイたち3人よりも、何段も後ろで俯いていた。真解と真実も振り返り、謎事の元に寄る。
「……なんかさ」
 謎事は頭を掻いた。跳ねた癖毛が、指に掻き乱される。まだ明るい日差しを反射して、茶色に輝いた。
「前に、父さんが言ってたんだ。万引きって、店に被害を与えるだけじゃなくて、経済全体にも影響を与えるって」
 真実は目を瞬かせたが、メイはすぐにピンと来たようだ。
「そうですね。もし一冊の本が万引きされれば、その本を売っていたお店だけでなく、その本を卸した出版社や印刷会社、著者などにも不利益になります。これは、どんな商品であっても同じことです。たった1つの物を盗むだけで、多くの関係者に被害を与えることになります」
「そう言うことらしい。あと父さんが言ってたのは、もし泥棒が増えたら、それまで泥棒じゃなかった人たちも、『盗まない方がバカバカしい』って考えるようになって、泥棒になるって」
 謎事の父親がこんなことを話したのは、謎事に対する教育のためだろう。謎事がこの場面でその教えを思い出すところを見ると、父の教育は立派に成っていると言える。
 しかし、真実はまだ謎事の言いたいことに合点がいかないようだ。
「で……それがどうしたってのよ?」
「3つ目の可能性だよ。もし3つ目の可能性が真相なら、犯人はますうらなんだろ? だったら、なんとかしてますうらを反省させることは出来ねえかな? たとえば、いまの真解の推理を、ますうらに言うとか……」
「それはボクも考えた」
 と、真解が腕組をしながら言った。
「でもボクは、2つの理由でそれを棄却した。1つ、あくまで可能性に過ぎないこと。2つ、ますうらの報復が怖い」
「報復?」と真実。
「相手はゲームを万引きするような大学生だ。それを指摘したら、何を仕出かすかわかったもんじゃない」
「そっか。逆上して、襲い掛かってくる可能性もあるわけね」
 真実は頷いて、
「じゃ、店長に言えば良いんじゃない? わたし達のことは伏せてって言えば、ますうらは誰が告げ口したのかわからず、わたし達は安全でしょ? 店長は危険だけど、大人相手に逆上することもないんじゃない? それにこれなら、推理が外れてても問題ないじゃない」
 しかし真解は首を振った。
「店長がボク達の話を信じるかどうかがわからない。一応、推理が当たっているとすれば、証拠はあるけど」
「え、あるの!?」真実は目を輝かせた。「ならそれを……」
「問題は、その証拠をますうらが持っているってことだ。店長だけに話すには、ますうらがいなくなるのを待たなくちゃいけない。でも、ますうらがいなくなったら、証拠を処分されてしまう」
「ちなみに」眉根を寄せながら、真実が聞いた。「その証拠って?」
「もちろん、ますうらが盗んだ箱だ。店内で処分することは出来ないはずだから、まだ自分で持っているはずだ。『ソフトはレジで入れます』のテープと一緒に」
 しかし、もしますうらが帰ってしまったら、その箱の証拠能力は失われてしまう。「これは、ほかの店で買ったものだ」と言い張られたら、それまでだからだ。
「あ、じゃぁさ」真実は両手をパン、と叩いた。「今回は見逃すとして、次回捕まえたら?」
「どういうことだ?」
「さっき店長が、『また』って言ってたでしょ? 同じ犯行が繰り返し行われている証拠よ。つまり、ますうらはまたやる可能性が高い。だから、今回は見逃して、ますうらがいなくなったあと店長に告げれば、次回は捕らえられるわ」
 だが謎事は、真実の案に難色を示した。今回すら、見逃したくないようだ。真解も、別な理由で反対した。
「そもそも、店長がボク達の『話』ではなく、『ボク達』を信頼するかどうかがわからない」
「どういうこと?」
「盗まれたのはゲームソフトだ。容疑者はアルバイトの大学生より、4人組の中学生だろう」
 正確には、盗まれたのは箱である。だが店長は、「犯人は、箱が空だと気付いていない」と思っている。もし真解たちが戻ってきていまの話をしても、「こいつらが盗んで、だけど箱が空だと気付き、疑われないためにこんな話をでっち上げた」と思われる可能性がある。
 駅の階段の真ん中で、4人は黙り込んでしまった。時々通り過ぎる高校生や主婦らが、真解たちを不審な目で見る。だが真解は気にせず、口元に拳を当て、俯いた。
 謎事の言いたいことはわかった。謎事は社長令息として、つまり製品を作る者の息子として、万引きを働く輩を許せないわけだ。なんとしてでも、今回の犯行を食い止め、ますうらを捕まえたい。
 一方で真解は、ますうらの逆恨みが怖い。だから自分たちでますうらを告発することは出来ないし、自分たちが告発したとますうらにバレることも避けたい。そして、店長に協力を仰ごうにも、店長が自分たちを信用してくれる保証がない。それにそもそも、自分の推理があっている確信がない。
〔いや、待てよ〕
 真解は顔を上げた。どんな方法を考え付いたのだろうか。期待に満ちた眼差しで、3人は真解を見た。しかし真解は、方法の代わりに疑問を口にした。
「真実も、謎事と同じ意見か?」
 すると真実は、キョトンとした。少し思案するように、ヘアピンのナイフをいじる。正直なところ、真実はどうでも良かった。だが、真解の作戦には興味があった。だから、頷いた。
 それを見て、真解は答えた。
「なら、上手くいくかもしれない。……あまり、気の乗る方法じゃないけどね」


 真実は、急いでbooksサトーに戻った。真解たち3人は、booksサトーのすぐ近くの喫茶店に入った。この作戦を実行するのは、真実1人なのだ。
 真実が店に入ると、丁度店長が『魔獣狩人』のソフトを金網に吊り下げているところだった。吊り下げ終わると、店長が振り返った。真実と目が合う。
「いらっしゃいませ」
 黄色い歯を見せながら、店長が笑顔で言った。そのまま、スタッフルームに引っ込む。
 真実は金網の前に立った。いま吊り下げられたばかりのソフトを見る。値段は1500円。真実はそのソフトを手に取ると、少女マンガコーナーに向かった。そして、ソフトを手にしたまま、立ち読みを始めた。
 真解の打ち出した作戦は、いたってシンプルなものだった。ますうらは、犯行の半分を既に終えている。しかし、肝心のソフトはまだ手に入れていない。だから、そのソフトをこちらが握ってしまえば、ますうらの犯行を阻止できる。ますうらが帰るまでソフトを隠し、帰ったところで店長にすべてを打ち明ける。それが、真解の作戦だった。
 ますうらは、本棚の整理でもしていたらしい。真実が入って来たときにはレジにいなかったが、立ち読みを始めたタイミングで、ますうらがレジに立った。少女マンガコーナーはレジの目の前にある。真実はレジから見えないよう、左手の中にソフトを隠した。
〔万引きしてるみたい〕
 と真実は思った。
 ますうらが帰るまで、ソフトを守り抜かねばならない。もちろん、真実たちはますうらがいつ帰るのか、知らない。もしかしたら、閉店まで帰らないかもしれない。だから、ある程度時間が経ったら、諦めて「買って帰って来い」というのが真解の指示だった。
 しかし、それから30分もしないうちに、その時がやってきた。
「それじゃ、お先に失礼します」
 と言うますうらの声が、スタッフルームからかすかに聞こえた。真実は、立ち読みしていたマンガで顔を隠しつつ、入り口を見る。エプロンを取り、青いバッグを肩に担いだ大学生らしい格好のますうらが、出て行くところだった。
〔……それじゃ、行かなきゃ〕
 キリの良い所までマンガを読んだところで、真実は顔を上げた。
 レジには、店長だけが立っている。年のころは60くらいだろうか。分厚いレンズの眼鏡は、よく見ると上半分と下半分で曲率が異なっている。遠近両用めがねのようだ。髪の毛は真っ白だが、髪はないよりもある方が圧倒的に若く見える。だから、もしかしたら70なのかもしれない。定年退職し、昔からの夢だった古本屋を経営している……と言うのが、ありそうな線か。
 そんなことを思いながら、真実はレジに向かった。
「いらっしゃいませ」
 と店長が笑顔で言う。
「あの、すみません」と、真実は店長に話しかけた。「さっき、パッケージが盗まれたって言ってましたよね?」
「え?」
 あまりに唐突だったため、店長は一瞬、理解が遅れたようだ。バーコードリーダーを取ろうとした手が、静止する。目をぱちくりさせた後、柔和に微笑んで言った。
「ああ、言った。それがどうしたのかな?」
「わたし、わかったんです。犯人の目的」
「え?」
 再び、店長の動きが止まる。真実は気にせずに、手にしたソフトをレジに置いた。
「これです」
「……どういうことかな?」
「パッケージだけ盗むと、ソフトが残りますよね? そしたら、ソフトは安く売りに出されることになります。犯人の狙いは、それだったんです」
 真実の説明を聞いて、店長は「あ…」と言った。まるで、それが大宇宙の真理を指し示す物であるかのように、まじまじとソフトを見つめた。
「もちろん、他の可能性もあります。例えば、箱があればソフトは高く売れます。犯人の狙いは、そっちかも知れません」
 店長はソフトを手に取ると、呟いた。
「なるほど、な……」
 あれ、随分あっさり信じたな、と真実は思った。真解はあんなに心配していたのに。
「そして」真実は続けた。「おそらく犯人は、店員さんの誰かです。たぶん、ますうらさん」
「鱒浦、か。うん、そうかもしれないな」店長は白髪頭をポリポリと掻いた。「パッケージが盗まれるのは、いつも奴がいるときだった。だから、私も奴が怪しいと思っていた」
 身も蓋も無い推理だ、と真実は思った。
「とにかく、これでわかった。ありがとう、お嬢ちゃん」
 どういたしまして、と真実は軽く頭を下げた。

 数日後、真実は事の結末を知るために、三度booksサトーを訪れた。今日も1人である。
 店長は真実を見るなり、黄色い歯を見せて笑顔を作った。
「あれから、どうなりましたか?」
「うまくいったよ、お嬢ちゃん」
 あれから店長は、防犯カメラの向きを少し変えたと言う。いままではゲームコーナーが死角となっていたが(パッケージしかないから、盗む人間がいるとは思っていなかったらしい)、死角とならないようにした。そして、その変更を「鱒浦にだけ」伝えた。すると、パタリと犯行が止まったという。
「あの、防犯カメラで犯行の瞬間を捕らえて、警察に突き出したりとか……」
 店長は大げさに首を振って、「そんなことはしない」と言った。随分、甘い裁量だなぁ、と真実は思った。
「あと、お嬢ちゃんには、これをやろう」
 そう言うと、店長はレジの下から、紙の束を取り出した。名刺くらいの大きさの紙が、紙テープで止めてある。ざっと50枚くらいだろうか。そこには、「50円引き」と書かれていた。
「この店の割引券だよ」
「あ、ありがとうございます」
 優しい……と言うか、甘い人だな、と真実は思った。よく考えると今回の件、真実は特に何もしていないのだ。単に、真解の推理を伝えたに過ぎない。ますうらの犯行を止めたのも、結局は店長の手腕である。真実が割引券をもらう義理は無いが、せっかくくれるというので、真実はありがたく頂戴した。今後は、この本屋をちょくちょく利用しよう、と決めた。
「あ、それと、ひとつ聞いても良いですか?」
「なにかな?」
 ここ数日、真実の頭にはずっと、ある疑問が引っかかっていた。
――何故、店長は真実の話を、ああもあっさり信じたのだろう?
 真解は、自分たちの話も、自分たち自身も、店長から信用されないに違いない、と言っていた。その考えには、真実も同意した。なのに、店長はあっさりと真実の話を信じた。
 それによく思い出してみると、真解は最初こそ「信じてもらえない」と主張していたが、作戦を考え出してからは、そんな心配は一切していなかった。つまり、真解は「真実は店長から信用される」と確信していたようなのだ。
 いったいそれは何故なのか。真解に問いただしても、苦笑いするだけで答えてくれなかった。
 だから真実は、直接店長に聞いた。
「どうしてこの間、店長さんはわたしの話を信じてくれたんですか?」
「? どういうことかな?」
「だって、わたしはパッケージが盗まれたとき、お店にいたんですよ? 十分、容疑者の1人だと思うんですけど……」
「ああ、なるほど」店長は、黄色い歯を見せて笑った。「簡単な話だ。パッケージが盗まれるのは、この間が初めてじゃなかった。だが、お嬢ちゃんがうちに来たのは、初めてだった。だから、お嬢ちゃんは犯人ではない、ということだ。お嬢ちゃんと一緒に来ていたセーラー服の子は前にも見たが、犯行時に居合わせたことはない。だから彼女も犯人ではない」
 厳密には、前の犯人が真実ではないからと言って、今回の犯人も真実ではない、と言う証拠にはならない。だが、店長が真実を信じるには、十分な理由になったようだ。
「……って、あれ? え、まさか、お客さんの顔、全員覚えているんですか?」
 真実が驚いて尋ねると、店長は「いや、まさか」と笑った。
「でも、それじゃ、どうしてわたしが初めて来たってわかったんですか?」
「お客様の顔は、全部覚えているわけじゃない」
 しかし、と言って店長は目を細めて真実を見た。
「店に来た女子中学生の顔は、全部覚えている」

 真実から割引券を譲り受けた謎事は、その後はちょくちょく、booksサトーを利用しているようだ。

Finish and Countinue

〜舞台裏〜
今回は、いつもとちょっと違う感じにしてみたキグロです。こんにちは。
謎事「ナゾを解いたあとに、さらに問題が出てくるとは思わなかったな」
問題を出したのは、きみだけどね。
真実「っていうか、キグロ、なにこれ!」
え、なにこれって、何が?
真実「これじゃわたし、色仕掛けで信用させたようなものじゃない!」
……正直、こんな作戦を考え付いたオレってどうなのかな、と書いてて思った。

ところで。今回のお話は、実は2つの実話を元に作られています。
真実「まさかキグロ、あんた盗んだんじゃ……」
そんなわけないでしょ。でも、実際に古本屋に行ったときに、「あれ、これ、箱だけ盗めばソフトが安く手に入るんじゃね?」と思いまして。それを形にしたのが本作です。
謎「実行はしてませんよね?」
無論です。
謎事「もう1つはなんだ?」
ネットで読んだ話なんですけどね。「近所の古本屋に、『女子中学生、立ち読み自由』って張り紙がしてあって、引いた」と書かれていたので、それを利用しました。
真解〔あれは、キグロが考えたわけじゃなかったのか〕
ボクは女子でもなければ中学生でもないのでわかりませんが、女子中学生の真実やメイなら、確かに引くだろうなぁ、と思いまして。
謎「その2つから、こんな話が出来上がるんですね」
と言うか……正直、3年以上のブランクがあるせいで、「ミステリーを考える思考回路」が明らかに衰えている気がします。だから、何か種がないと、実が成らないというか……。
謎「……大変ですね」

そういえば最近、「『推理力』ってなんだろう?」という思索をめぐらせています。
真解「どういう意味だ?」
以前に何度か書いた気がするけど、君達4人って、ボクが「探偵に必要だ」と思っている能力を、1人に1つずつ振り分けているのよ。
メイちゃんは「知識」、謎事は「観察力」、真実は「記憶力」、そして真解が「推理力」。
で、前の3つはわかるけど、「推理力ってなんだ?」と思ってしまったのですね。
謎事「考える力、とかじゃねえの?」
んー、そうも思ったんだけど……。実は、数学に「推理」という用語が登場するのですよ。
謎事「そうなのか?」
うん。簡単に言うと、「推理」とは「仮定から結論を導くこと」で、要するに「論理的思考」のことなんですね。
なので、「推理力」というのはいわゆる「論理的思考力」のことだ、と結論付けました。
真解〔……考えた割には普通の結論だな〕
で、連載再開以後、実はこれをちょっとずつ意識して、大学で習った記号論理学の知識なんかを活用しているのですが、どうでしょう?
謎「例えば、なんですか?」
例えば今回だと、「A∨¬A=1」とか。
真実「あ、なるほど」
謎事「なにが『なるほど』なんだ?」
そんなわけで、『摩探』はこれからも手探りで成長を(あるいは退行を)続けていきます、というお話でした。

……しかし、この「1人に1つずつ能力を割り振る」って設定は、いかにも中二病だよなー、と思う今日この頃。
では、また次回。

作;黄黒真直

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