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汗と涙と血を結晶化させると?

1;問題提起
私が運営するもう1つのサイト『キグロマサナオ 雑学の館』にこんな雑学を掲載している。
---- ここから ----
汗と涙と血を結晶化させると?
よく、ものすごい努力と苦労をして作った物を、「汗と涙と血の結晶」などと言います。
さて、では実際に「汗と涙と血」を結晶化させると、どうなるのでしょうか?
---- ここまで ----
この雑学、汗と涙と血の成分を解説したあと、末尾を「汗と涙と血の結晶を、こちらにも報告してくださると、ありがたいです」で締めくくっている。
しかし、これではいかん。アマチュア科学者として、ここは己の汗と涙と血を使って実験しようではないか!

2;準備
今回は結晶である。準備としては、スライドガラスと顕微鏡だろうか。
実は我が家にはこのどちらも既にある。小学生の頃6年間購読していた学研の『科学』と『学習』についてきたものだ。


写真1 『4年の科学』8月号の付録「150倍ズーム顕微鏡」である


ただしスライドガラスが1枚しかなかったため、東急ハンズにて10枚210円のスライドガラスを購入してきた。
あとは実際に汗と涙、そして血を採取し、それを結晶化させればいいのである。
いざ、実験!

3;予備実験
と思ったが、まず予備実験として塩の結晶を作ってみよう。
結晶としては雪の結晶と双璧をなす有名なものだが、小学生の頃1度作ったきり結晶なんぞ作った事がない。
と言うわけで、作ってみる。
食塩と水を少量ずつ混ぜ合わせ、食塩水を作成。
それをスライドガラスの上にスポイトで3滴垂らし、丸1日置いておく。
すると、このようになった。


写真2 スライドガラスの上の塩の結晶




写真3 拡大すると、こんな感じである(×150)


よし、それでは本当の実験に取り掛かろう。

4;実験その1〜汗〜
さて、まずは汗を採取しなければならない。
熱中症の心配をしつつも、締め切った部屋の中で1時間ばかし本を読んでいた。
…が、確かに汗はかいているが、スポイトで取れそうな汗をかいてくれない。
無理矢理スライドガラスに汗をこすり付けてみたが…う〜む、微妙である。

ところが次の日、外から帰って来ると玉のような汗が頬を伝った。
このチャンスを逃すべからず。早速スポイトで汗を採取し、スライドガラスの上にたらした。
乾燥した状態の写真を撮ろうとしたのだが、あまりにも色が薄いため、写真に写らなかった。
なので、顕微鏡写真だけで我慢してほしい。
さぁ、どうなっているか。早速顕微鏡で覗いてみると…。


写真4 ???(×150)


…なんだろうか、これは。
小さな塩の結晶らしき物が点在してはいるが、小さすぎて形が良くわからない。
この顕微鏡は150倍にしかする事ができず、よってこれ以上鮮明な画像は得られない。
そしてよくよく観察してみると、ところどころに毛のような黒い物体が見つかった。おそらく体毛だろう。
少し不完全燃焼気味なカンがあるが、これはこれでよしとして次の実験を行おう。

5;実験その2〜涙〜
今回の実験は、実は汗と涙を同時進行で行ったのだが、レポートとしては別に書くことにしよう。
しかし涙だ。そうそう出るものではない。
いや、実際には常に目の表面を覆っているらしいが、採取できるほど流すのは難しい。
役者はいつでも好きな時に涙を流す事ができる。これのコツは、「目を見開き続ける事」だそうだ。
だが実際にやってみると、これが意外に難しい。
また湿度が高いためなのか、1分ほど開いていても目が乾いた感じがしない。
弱ったな、と思いつつも夜になったので眠る事にした。
そして大きなあくびを1つすると…涙が出た。
このチャンスを逃すべからず。何とか涙を目の外に追いやり、それをスポイトで採取。
スライドガラスに載せ乾燥させたのが次である。


写真5 随分、妙な見た目である


細かい繊維のような物が見て取れる。もしや空気中のホコリが附着してしまったのだろうか。
だが、汗や食塩水の時はこのような現象は起こらなかったので、涙の中のなにかの成分がこのように現れたのかもしれない。
早速顕微鏡で見てみよう。
すると、驚くなかれ。いや驚け。
私の目の前に、摩訶不思議な文様が現れた!


写真6 なんじゃこりゃぁ!?(クリックで一部拡大)


最初に見た時、本気で「なんだこりゃ!?」と叫んだ。
写真では伝わらないが、実際にこの目で見たときはかなりの衝撃を受けたのだ。
一見したところ結晶のようだが、一体全体何物だろうか。
だが私には、この構造に見覚えがあった。早速、高校の理科の資料集を紐解き、ページをめくった。


写真7 参考文献;フォトサイエンス化学図録/数研出版(172ページ)


勝手に写真を掲載してよかったのかどうかわからないが(法律は専門外である)、どことなく似ていると思わないだろうか。
この図は「アミノペクチン」というデンプンの一種の模式図である。
もちろん、私はこの図を覚えていたわけではなく、上の摩訶不思議な文様を見た時「どことなく有機化合物っぽい」と思っただけである。
有機化合物とは、「炭素と結合した化合物」の総称であり(ただし二酸化炭素などを除く)、このような複雑な構造をしている物が多い。
最初に紹介した私の姉妹サイトには、「涙にはたんぱく質が含まれる」と書いてある。
ならばおそらく、この文様の正体はたんぱく質なのだろう。
ところが。それから2〜3日して再び顕微鏡を覗くと、文様が消えていた。


写真8 あ、あれ?


代わりに、汗同様小さな粒が点在している。
もう一度文様を見て、そして文様の正体を探るべく、再び涙を流す事にした。
今度のチャンスはタマネギを切った時だ。硫化アリルが目に入り、涙が出てくる。
このチャンスを逃すべからず。早速スポイトで涙と採取し、乾燥させる事にした。
……が。[写真8]のように小さな粒が点在しているだけで、[写真6]のような文様は現れなかった。
むむっ、何故だ? 考えられる可能性は3つ。
1つ目は、あの文様が涙の成分とは無関係である可能性。
2つ目は、あくびをした時に出る涙の成分と、タマネギを切った時に出てくる涙の成分が異なる可能性。
3つ目は、あの文様が硫化アリルと化学反応を起こして消滅してしまった可能性である。
「涙の成分は場合によって異なる」という説がある。
悲しい時に流す涙とあくびをして流す涙では、微妙に成分が違うらしい。
あくびをして涙が出るのは、顔の筋肉が涙腺を圧迫し、中の涙が押し出されるため。
タマネギを切って涙が出るのは、目に入った硫化アリルを流し去ろうとするためだ。
出てくる理由が違う以上、成分が違う可能性もある。
仕方がない。もう一度あくびをしようか。

…が! 何故だ。再びあくびをして得た物にも、やはりあの文様は存在しない。
科学において重要な事の1つは、「再現性」である。
「同じ条件下ならば、何回やっても同じ結果が出る」とき、科学ではそれを「正しい」とみなすのである。
要は、「今までずっとこうだったんだから、これからもこうに違いない」と考えるのだ。
今回の実験では文様に再現性が存在しなかった(もっとも、細かい条件が異なっていたのだが…)。
と言うわけで、文様の正体が非常に気になるが、涙の結晶は[写真8]のようである。

6;実験その3〜血〜
さて、いよいよ最後は血である。
まず最初に出てくる問題として、どうやって採取しようか、と言う事がある。
2番目は、結晶を見るためには、血液の液体成分のみを取り出した方がよい、と言う事である。
そもそも結晶と言うのは、分子が規則正しく整列したものである。
塩を水に溶かし乾燥させる事で結晶ができるのは、塩が水に溶けた時に一度イオンになり、乾燥する事で分子になり、そして整列してくれるからである。
血液の結晶を観測するためには、邪魔な赤血球や白血球などの結晶や、血小板などを取り除いておかなければならない。
しかしそれをどうやるか、である。
ろ過すれば良い、と初めは考えた。
ところが調べてみると、毛細血管の太さは一番細いところで0.001mm。一方ろ紙の網の目の隙間は、0.01mm。
毛細血管の方が、ろ紙よりも細いのである。その毛細血管を通る赤血球を、ろ紙でろ過できるわけが無い。
というわけで、ろ紙を使うのは無理である。

問題は以上の2点だったが、1点目の方はすぐに解決した。
どうやって採取しようか考えていると、ヒゲ剃りの途中で唇を思いっきり切ってしまったのだ。
ダラダラと流れ出る血液。咄嗟に思った。
このチャンスを逃すべからず。早速スポイトで血液を採取し、スライドガラスの上に載せた。
その状態でしばし放置し、乾燥させたのが次である。


写真 ロールシャッハテスト…ではない


もちろん血球を取り除くなどの作業は一切行っていないので、結晶を見ることはできない。
だが、これはこれで観察してみる価値はあるだろう。
顕微鏡にセットして、覗き込むと、次のような物が見えた。


写真 凝固した血液の150倍写真


小さな黄色い粒々が無数にあるのがお分かりだろうか。
おそらくは、これが血球なのだろう。数が多い事から、赤血球だと思われる。
こうしてみると、赤血球はやたらと大量にある事がわかる。
所狭しと黄色い粒が埋め尽くしており、他にもあるはずの血球の姿は見えない。
本来の目的の「結晶」ではないが、これはこれで面白い映像ではないだろうか。

7;結論
と、言うわけで結論。
以下が、私の汗と涙と血の結晶である!


写真 汗の結晶




写真 涙の結晶その1




写真 涙の結晶その2




写真 血の結晶



8;感想
今回冒頭で紹介した記事は、汗と涙と血の成分を紹介するために書いた記事である。
それをわざわざ「結晶にしたら?」と書き始めたため、話がややこしくなった。
今回の実験、私は正直言って最初の記事通りの事が起こると思っていた。
汗はまんま塩の結晶ができるだろうし、涙も然り。
血はどうなるかわからなかったが、どす黒い塊になるだけでは、と思っていたのだ。
ところが、実際にやってみると全然違ったのである。
よく「○○に決まってるジャン!」と言ったフレーズを耳にするが、本当にそうに決まっているのか、一度考えてみると良い。
「○○」だと思うのならば、そうである事を証明しなければならない。違うと思うなら、違う事を証明しなければならない。
頭の中で考えた事と実際に起こる事が全く異なる、と言うのはよくある事である。
だからこそ科学者は「頭の中で考えた事」が正しいのだと、実験によって証明するのである。
そう言う意味で、今回は良い実験だったと言えるだろう。

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2007年09月15日 レポート公開 inserted by FC2 system