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ジュールの実験でカップ麺を作る
1;問題提起
物理学史上の有名な実験の1つに、「ジュールの実験」と呼ばれるものがある。
ジェームズ・プレスコット・ジュールという19世紀の科学者は有名な実験をいくつか行っていて、
その全てが「ジュールの実験」と呼ばれているのだが、今回ここで言う「ジュールの実験」とは、以下の装置を用いた実験である。

羽根車の実験
図1 ジュールの実験装置


右にぶら下がっているおもりが落下すると、水槽内の羽根車が回転し、水温が上昇する、という実験である。
これは元々おもりが持っていた位置エネルギーが、羽根車を介して水の熱エネルギーに変換された、ということを意味し、
ジュールはこの実験で「熱の仕事等量」と呼ばれる値を求めた。
また、当時はまだ「熱とは何か?」がよくわかっていなかった。
熱とは「物質である」という説と「エネルギーである」という説が混在していたのだが、ジュールの実験で「エネルギーである」ことが証明できる。
(歴史上では、この実験を含めたいくつもの実験によって、熱がエネルギーであることが証明された)

さて。で、このジュールの実験であるが、よくよく考えてみるとものすごいことを主張している。
要するに、以下のように述べているのだ。
「水をかき混ぜたら、熱くなった」
そんなバカな!
水をかき混ぜたぐらいで熱くなるのであれば、プールがあっという間に温泉になってしまうではないか!
そんなことが本当に起こるのか!?
しかし、物理の世界では「常識的に考えてありえない」ことがフツーに起こってしまったりする。
なので物理を学ぶためには、様々な実験を通して「常識」ではなく「物理」で物事を考えられるようになる必要がある。
というわけで今回の実験の目的は、「水をかき混ぜたら熱くなる」ことを体感することである。

2;方法
では、どのように実験を行うか。
大学の先生に「ジュールの実験を再現したいんですけど、どうしたらいいですか?」と尋ねてみたところ、「それはかなり難しい」と言われた。
先生もジュールが具体的にどのような方法で実験したのか知らなかったようだが、
「かなり大掛かりな装置を用いた」か、「かなり高精度な実験を行った」かのどちらかであることは確実なようだ。
というのも、例えば[図1]の装置でコップ1杯(150g)の水を1℃上昇させようとすると、
重さ60kgのおもりを10mの高さから落下させる必要があるのだ。
10mといえば、大体ビルの4階程度の高さだろう。そこから60kgものおもりを落とすのは、大掛かりである。
現実的な数字で、例えば10kgのおもりをビルの2階ぐらいの高さ(4m)から落とすと、
コップ1杯の水を0.06℃上昇させることができる。
調べてみたところ、ジュールが行ったのは「かなり高精度な実験」だということがわかった。
そのためにジュールはどうしたかというと、温度計の目盛りを200分の1まで目測できるよう訓練したという。
つまり、温度計の目盛りが0.1℃単位なら、彼には0.0005℃まで読み取れたということだ。
恐るべき真理への執念である。
ジュールの実験を本気で再現しようとしたら、私もジュールのように0.0005℃まで読み取れるよう訓練する必要があるが、さすがにそこまでの執念はない。
どうしようか悩みつつ図書館に行くと、『物理学実験事典』という本を発見。
開いてみると、ジュールの実験の簡単な再現方法が載っていた。
というわけで、今回の実験ではジュールの実験をそのまま再現するのではなく、ジュールの実験を簡略化して行う。
実験の方法はズバリ、「ミキサーを使う」。
調理用のミキサーに水を入れ、スイッチを入れれば、後は電気の力で羽根が回転し、水温を上昇させてくれる、という事だそうだ。

4;準備
ミキサーは我が家にあるものをそのまま使うことにする。
温める水も、普通の水道水である。
そして、今回の目的は「体感すること」であるので、カップ麺を購入してきた。

ごく普通のカップ麺
写真1 近所のスーパーにて購入。158円。


ジュールの実験で、水道水の温度を98℃まで上げ、カップ麺を作ろうというわけである。
実験の前に、このカップ麺の体積、つまり必要な水の量を求めておこう。
寸法を測ると、底面の直径が11cm、上面の直径が14cm、そして水を入れる部分の高さが7cmであった。
とするとこのカップ麺は、以下の[図2]のような図形をy軸を中心に1回転させた形をしているわけである。

カップ麺の模式図
図2 カップ麺の解析学的表示


[図2]の赤い直線は式で表されるので、
このカップ麺の体積Vは、高校で習う「積分」というものを使うと以下の計算で簡単に求められる。
(πは円周率 = 3.14 )
3/14 y + 5.5 = A とおいて、

水は1cm3で1gなので、772gである。
(注;この計算は間違っている。≒まであっているが…正しくは約863cm3、つまり863gだ。
が、それはいま気がついたことで、実験はこの値で進めている)
では、いよいよ実験に取り掛かろう。

5;実験
まず、ミキサーに800g(800ml)の水を軽量カップで量って入れる。
写真はないが(生活感丸出しのキッチンの写真をインターネットで公開する気になれなかった)、800mlは意外と多い。
そもそも、我が家のミキサーには1リットルちょっとしか入らないようだ。
そしてその状態でミキサーのスイッチを入れた。
今回の実験は、ともすると非常に暇な実験だ。
水が熱湯まで待ち続ける必要があるわけだが、それではつまらないので、3分ごとに水温を測定してみることにした。
今回は、そのための温度計も既に用意してある。

デジタル温度計
写真2 近所のホームセンターにて購入。2780円。


実験前、ミキサーに入れただけの水の温度は28.0℃であった。
それが2.5分かき混ぜると、なんと31.5℃になっていた。
3.5℃の上昇。実に毎分1.4℃という予想以上の温度上昇率である。
[図1]の装置で800gの水を1℃上昇させようとすると、仮に1トンのおもりを使っても10m以上落下させる必要がある。
凄まじき電気の力だ。
文明の利器に敬意を表しつつ実験を続行すると、以下の[表1]のようになった。
なお、ある理由により2回だけ5分間隔で測定している。

[表1]ミキサーによる温度上昇の様子(水800g)
時間[分]温度[℃]温度差[℃]時間差[分]上昇率[℃/分]
028.0---------
2.531.53.52.51.4
635.43.93.51.1
938.43.031.0
1241.22.830.93
1543.72.530.83
1846.12.430.80
2148.22.130.70
2450.11.930.63
2751.71.630.53
3053.21.530.50
3354.61.430.47
3655.91.330.43
3957.11.230.40
4459.42.350.46
4961.62.250.44
5262.30.730.23
5563.10.830.27
5863.80.730.23
6164.40.630.20
6465.10.730.23
6765.60.530.17
7065.90.330.10


[表1]を見てもらえばわかるように、今回の実験は目標と異なり、70分;65.9℃で終了している。
これは要するに「途中で諦めた」わけだが、その理由は一番右の列を見てもらえればわかると思う。
「上昇率」すなわち「温度差÷時間差=1分間で上昇した温度」を表示しているのだが、この値が次第に小さくなっている。
途中、2回だけ5分間隔で測定しているのもこれが原因だ。3分ではちっとも温度が上昇しなかったからだ。
初めの2.5分で
「1分で1℃以上も上昇してる! これなら40分もあれば実験終了だな!」
と思ったのだが、事実はそれに反し70分経っても65.9℃である。

5分間隔で行ったときは上昇率が少し大きくなっているが、これは「ミキサーを止めない」ことにより温度が下がらなかったためと思われる。
3分毎にミキサーを止めたわけだが、ミキサーを止めている間、水の温度は下がり続ける。
ならば当然、ミキサーを止める間隔が短いほど、上昇率はどうしても小さくなってしまう。
(温度測定は「ミキサーを止める」⇒「フタを開けて温度計を入れる」⇒「4〜5秒で温度を測り、記録する」の順で行っており、
だいたい40秒ほどかかった)

しかしどちらにせよ、上昇率が小さくなり続けていることに変わりはない。
最後の3分など、1分間に0.1℃しか上昇していない。
仮に、ここから先ずっと上昇率が0.1だとしても、98℃にするにはまだあと300分、つまり5時間ほどかかる計算になる。
というわけで、「あ、もういいや」と思って実験終了にした。
そもそも、今回の実験の目標はあくまで「ジュールの実験で温度が上がること」を体感することであり、
フタを開ければ湯気が出て、触ると熱くなるぐらい温度を上昇させることができたのだから、目標は果たしたと言っていいだろう。

6;結論
というわけで結論。
確かに、水をかき混ぜただけで温度は上昇する。
ただし、その上昇率は何故か温度が上がるほど小さくなっていく。


7;考察
今回の実験は、上昇率が小さくなり続けたことから、カップ麺を作ることなしに実験を終了した。
もちろん、やり続ければどこかで再び上昇率が大きくなる可能性はある。
が、「多分それはない」と考えた次第だ。
なお、残念ながら「それはない」と言い切れるだけの根拠を私は持っていない。
そもそも、「何故上昇率が小さくなっていったのか」が、私にはわからない。

その原因として、「比熱の変化」ではないかと仮説を立てた。
「比熱」とは「ある物体1gを1℃上昇させるのに必要な熱量」を意味し、水の場合は約4.2[J/℃・g]で与えられる。
高校や大学の熱力学の授業ではこの値で計算していたが、おそらくこの値が温度によって変化するのだろう。
そう考えれば、今回の現象が説明できるが……。
(とはいえ、これは「上昇率の変化」を「比熱の変化」と言い換えただけで、根本的な解決にはなっていないが)

そう思って本屋で『理科年表』を見てきたが、どうやら比熱でも説明できないらしいことがわかった。
比熱は確かに、温度によって変化する。
液体の水の比熱は温度が低い方が大きく、温度が上がるにつれ小さくなり、沸点に近くなると再び大きくなる。
が、その変化は0.02[J/℃・g]程度である。
今回の実験結果を説明するためには、計算上10倍近い比熱の変化が必要となるのだ。
(1分間に与える熱量をQとすると、最初に1分間の比熱は約Qだが、最後の1分間の比熱は10Qにもなる)

他に考えられる理由は、「外気で冷やされた」と言うことだ。
今回、ミキサーは特に断熱しなかった。
そのため、ミキサー内の水の熱はどんどん外へ逃げて行っただろう。
毎回同じ上昇率(3分で3度)であったとしても、
「ミキサー内の水から逃げる熱」が、温度が高ければ高いほど多いとすれば今回の現象を説明できる。
しかし…「温度が高い方が冷えやすい」なんて事があるんだろうか?
外気温との差が大きいから、その分冷えやすいとか?
確かに、温度計を室温より低い温度の物体に突き刺すと、
初めは勢いよく温度計の目盛りが下がり、物体の温度に近づけば近づくほど、目盛りの下がる速さは遅くなっていく。
「温度差が大きい方が、より早く熱を奪われる」と言われれば、そんな気もしなくはないが……。

この仮説(「温度が高い方が冷えやすい」=「温度差が大きい方が、より早く熱を奪われる」)を検証するために、
「コップに熱湯を注ぎ、その温度変化を1分単位で測定する」という簡単な実験を行った。
その結果が、以下の[表2]だ。
表2 コップの水温の変化(外気温28.0℃)
時間[分]温度[℃]温度差[℃]時間[分]温度[℃]温度差[℃]時間[分]温度[℃]温度差[℃]時間[分]温度[℃]温度差[℃]
082.1---1062.71.42053.10.83046.90.5
178.93.21161.61.12152.40.73146.40.4
276.22.71260.41.22251.70.63246.00.4
373.71.51359.41.02351.10.63345.60.4
471.81.91458.31.12450.40.73445.10.5
570.11.71557.31.02549.80.63544.70.4
668.31.81656.40.92649.10.73644.20.5
766.81.51755.60.82748.60.53743.80.4
865.41.41854.70.92848.00.63843.40.4
964.11.31953.90.82947.40.63943.00.4

この[表2]を要約すると、「温度が高い方が、早く冷える」と言うことだ。
温度が高いうちは1分間に1℃以上の速さで温度が下がっているが、温度が低くなるにつれ遅くなり、
40℃台では1分間に0.5℃程度の速さで温度が下がる。
「何故こうなるのか」はわからないが、「とにかくこうなる」と言うことはわかった。
と言うわけで、今回の実験で温度が高くなるにつれ温度が上昇しなくなったのは、
ミキサーを断熱しなかったことにより、中の水がすごい勢いで冷めていったため、と考えてよいだろう。

7;感想
よく「新しい発見をすると、そこから新たなナゾが生まれる」なんて聞くが、今回の実験はまさにそんな感じだった。
とりあえず「水をかき回すと熱くなる」ことは実感できたので、満足である。
直接「熱」を与えなくても、物体の温度を上昇させることはできるのだ。
しかしそうすると最初の疑問、
「水をかき混ぜたぐらいで熱くなるのであれば、プールがあっという間に温泉になってしまうではないか!」
が再び浮かんでくる。
この疑問は、先ほど書いた「比熱」を使って説明できる。
今回の実験では水は1リットル弱だったが、プールは数百リットルはあるだろう。
物体の温度を1℃上昇させるためには、「比熱×質量」の熱が必要になる。
要するに「量が増えれば増えるほど、温度を1℃上げるのに必要なエネルギーが増える」と言うことだ(当たり前であるが)。
プールの水をかき混ぜても、プールの水の量が多いため、
よっぽど長い時間、とめどなく、しかもミキサー以上のスピードで水をかき混ぜ続けなければ、火傷するほどの熱湯になることはない。
(それに、プールでは次々と新しい水が流れ込んできていることも火傷しない理由の1つだ)
なので、安心してプールで暴れられるのだ。
ところで、当のジュール本人も、上記のような疑問を抱いたらしい。
彼は新婚旅行の途中に大きな滝を目撃し、「あの滝の上と下では、水温が異なるはずだ!」と温度を測定しに行ったという。
そのとき彼の妻が何を思ったかは、想像に難くない。
理系の男とは、付き合わない方が身のためである。

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追記
「温度差が大きいほど、早く冷える」に関して、何通かメールを頂いた。
それらをもとに、何故こんなことが起こるのか、検証してみた。
追記レポートをご覧ください。


2008年08月19日 レポート公開
2010年10月06日 追記公開 inserted by FC2 system