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ブラックライトでもう1度遊ぶ

1;問題提起
2007年10月14日に、「ブラックライトで遊ぶ&ブラックライトを作る」という実験レポートを公開した。
その1ヵ月後の2007年11月に、服飾関係だと名乗る方から、一通のメールを頂いた。
そのメールによると、服の「白」には「蛍光の白」と「生成の白」の2種類あるのだそうだ。
蛍光は漂白剤を使っており、生成は漂白剤を使っていないらしい。
そして、漂白剤は紫外線に反応して光る性質があるため、ブラックライトで蛍光の白か生成の白かを見分けることが出来るのだそうだ。
ところで、私の「ブラックライトで遊ぶ」では、上質紙(と思われる紙)は紫に、藁半紙(と思われる紙)は青に光った。
しかし、メールの理屈で行けば、この光り方は逆にならなければいけないのだ。
「ブラックライトで遊ぶ」で使用したブラックライトには、紫外線の他に可視光線の紫色も出ていた。
そのため、「ブラックライトで光らない物質」は紫色に光っているように見えるのだ。
ならば、漂白剤を使っているであろう上質紙は青に、藁半紙は紫に光って見えなければいけない。
しかし事実は逆であった。
何故理屈と実験結果が逆転してしまったのか?
そもそも、私が上質紙だと思ったものは、本当に上質紙だったのか?
今回の実験の目的は、以上2点を確認することである。

2;理論
ここで、光について簡単に説明しておこう。
と言っても、今回のレポートを読む上で知っておいて欲しいことは、次のことだけだ。

「光とは電磁波と言う波であり、波長(波の間隔)が10nm〜400nmの電磁波を紫外線、400nm〜800nmの電磁波を可視光線(光)と呼ぶ」
「可視光線は目に見えるが、紫外線は目に見えない」
「物質は、紫外線を当てると可視光線を出す(つまり光る)場合がある」
なお、nmとは「ナノメートル」と読み、1ミリメートルの100万分の1を表す。

ちなみに、どんな波長の光でどんな色の可視光線を出すのかは、物質ごとに違う。
そのため、以下のような現象が起こる。

 
(左)写真2.1 一見同じように見える白い粉が… (右)写真2.2 紫外線を当てると、この通り!
(なお、上の粉がそれぞれなんなのか知りたいのだが、どこにも書いてないのでわからない。残念だ)

では、驚いてもらったところで実験準備に取り掛かろう。

3;準備
私がメールをもらったのは2007年の暮れで、現在2010年の夏である。
何故2年以上も放っておいたのか? それは、私の手元にブラックライトが無かったからだ。
前回の実験結果が狂った原因の一端は、使用したのが100円ショップで買ったオモチャだからだと考えられる。
しかし、今は私の手元にこんな機械がある。

本物のブラックライト
写真3.1 大学の研究室にあった、本物のブラックライト

少々わかりにくいが、青い箱の上においてある赤や白、黒のボタンの付いた銀色のものがブラックライトである。
手前の黒いところ(布になっている)から青い箱の中に物を入れ、上の覗き窓から中を覗くことが出来る。
白のボタンを押せば365nmが、黒のボタンを押せば254nmの紫外線が箱の中に照射される。赤は停止ボタンだ。
ちなみに、上のブラックライトは取り外し可能で、箱に入らない大きな物でも実験可能だ。

さらに、前回はデジカメの性能が低いせいで写真が撮影できなかったが、
今回は高性能なカメラが付いた携帯電話(機種;SH004)を購入したので、写真を載せることも可能だ。
(上の3枚の写真は、全て携帯電話で撮影したものだ)
前回の実験とは全く異なるスケールで、今回は実験できそうである。

ただし、(これはデジタルカメラ全般に言える性質なのだが)ケータイのカメラでは本来見えないはずの紫外線を撮影してしまう。

紫外線を“見る”
写真3.2 紫外線を照射した様子

写真3.2は365nmの紫外線を照射しているブラックライトを撮影したものだ。
ブラックライトからは、安全のため若干可視光線が出ているが、写真3.2ほど明るく見えるわけではない。
明らかに、デジカメが365nmの光を捉えてしまっている。
そのため、肉眼で見たときとデジカメで撮影したときで、ブラックライトによる光り方が異なってしまう場合がある。
そうしたときは、必ずレポートに明記するようにしている。

4;予備実験
本題の前に、予備実験と称して色々遊んでみよう。
前回の実験で紫外線を照らして光ったものを、改めて検証してみると、次のようになった。
ただしこの予備実験、無駄に長くなったので別ページにて掲載する。

5;実験
さあ、いよいよ本題である。何故前回の実験では、理屈と実験結果が逆転してしまったのか?
そもそも、私が上質紙だと思ったものは、本当に上質紙だったのか?
前回のレポートをもう一度よく読み返してみると、実は私は「上質紙」「藁半紙」に紫外線を照射したわけではないことがわかる。
「前者はいわゆる『上質紙』というもので、後者はいわゆる『わら半紙(中質紙)』というものだろう。」
などと書いてある。ここでいう「前者」とはマンガや教科書、「後者」とは学校でもらったプリント類だ。
つまり、私は「上質紙」「藁半紙」で実験したわけではなく、「マンガ」「プリント」で実験したのだ。
ならば話は簡単である。マンガやプリントが、本当に上質紙と藁半紙なのか、それを検証すればよい。
そのために、今回は文具店で藁半紙を購入してきた。


写真5.1 50枚189円

袋には「更紙(ざらがみ)」と書いてあるが、更紙とは藁半紙の別名である。
前回のレポートでは「中質紙」と書いたが、今回調べてみたところ、中質紙は藁半紙とは別物である。勘違いしていた。
また、上質紙はバイト先からB5のコピー用紙をもらってきた。
その袋には「中性上質紙」と書いてあった。「中性」が何を意味するか不明だが、上質紙であることには変わりあるまい。

さて、ではいよいよ実験だ。
少々サイズが大きかったので折りたたんでB6サイズにし、箱に入れ、ブラックライト点灯!

 
(左)写真5.2 左が上質紙、右が藁半紙である (右)写真5.3 356nm照射!

いかがだろうか。
光り方に、明らかな差が出た!
写真5.3では、藁半紙の方がほとんど写っていないが、肉眼では紫色っぽく光っているように見えた。
上質紙は青、藁半紙は紫に光ったのだ。
また発光の様子も異なり、上質紙は全体が金属光沢のように光って見えたが、藁半紙はザラザラとした印象を受けた。
全体的に淡く光っているのだが、点々と明るく輝く部分があったのだ。

ここで、予備実験に載せた写真を再掲する。

 
(左)写真4.5 読めるレベルまで光ったマンガのページ (右)写真4.11 注目すべきは文字ではなく紙

ここに、2種類の発光する紙の写真がある。すなわち、マンガとメモ用紙だ。
写真ではわかりにくいが、肉眼で見た場合、どちらも藁半紙の発光の仕方とそっくりであった。
上質紙は表面全体が一様に光る。一方で、藁半紙はムラがある。
マンガもメモ用紙も、ザラザラとした光り方をしたのだ。
つまり! 私は前回の実験では「マンガ本は上質紙」としたが、マンガ本は上質紙ではないのだ!

また、学校のプリントと教科書も同様に照らしてみた。

 
(左)写真5.4 学校でもらったプリントの裏 (右)写真5.5 これもやはり光った!

 
(左)写真5.6 物理学科の学生を悩ます量子力学の教科書 (右)写真5.7 マンガ同様、読めるレベルに光った

例によって写真では青白くなってしまっているが、実際にはもう少し青は薄く、灰色に近かった。
写真5.4、5.5のプリントは、大学で全学生に配られた(であろう)事務的な内容のプリントである。
写真ではわかりにくいが、肉眼で見たところ藁半紙の光り方とそっくりであった。
そして写真5.6、5.7は、水素原子内の電子の波動関数を求めるという、物理学科の学生が1度は通る鬼門であるが、
マンガ本同様、肉眼で見ると少なくとも上質紙ではないことがわかる。
私は前回のレポートで教科書もマンガ同様上質紙としていたが、上質紙ではなかったのである!
さらに言うと、上の写真のプリントは上質紙ではないが、実は上質紙と同じ光り方をするプリントもたくさんあった。
つまり私は、マンガ=上質紙、プリント=藁半紙と決め付けていたが、真実は違ったのである。

ちなみに。
上質紙と藁半紙に、明るいところで紫外線を照射したところ、こうなった。


写真5.8 画面上方から明かりで照らしている

お分かりだろうか。左の上質紙は明るいところでも青く光るが、右の藁半紙は明るいところでは光っているように見えなかった。
おそらく、藁半紙の光り方が弱いためだろう。
何故こうなるのかはよくわからないが、面白い現象だったので掲載した。

6;結論
というわけで、結論!
前回のレポートの実験結果が理論と食い違ったのは、
私が「マンガ=上質紙、プリント=藁半紙」と決め付けていたが、真実は違ったからである。

ただし、藁半紙で作られたプリントもあるようだ。コピーか印刷か、などの違いだと考えられるが、詳細は不明だ。

7;考察
さて、マンガは上質紙ではないことはわかったが、ではなんなのか?
上質紙でなければ藁半紙、というわけではあるまい。
今回藁半紙を買うために文具店や画材屋に行ったが、そこで紙の種類が意外にも多いことを知った。
和紙や画用紙、ケント紙などは有名だが、これらも紙の種類の名前だ。

マンガ本の紙の種類を調べる前に、上質紙や藁半紙が、何がどう上質でどこら辺が藁なのか、調べよう。
そこで、まず「紙」などの言葉でネット検索をかけた結果、佐川印刷株式会社のHP(http://www.sakawa.jp/)が引っかかった。
それによると、上質紙、藁半紙、そして先ほどちょっと出てきた中質紙は、紙に含まれる化学パルプの割合で区別されているそうだ。
ただ、それ以上のことが今ひとつわからない。
こういうときに役立つのが、JIS(日本工業規格)である。
日本で作られる全ての物の規格を定めた一覧表で、細かすぎてわからない事も多いが、ある程度予備知識を他のHPや本で得ておけば、なんとなくわかる。
さて、JIS規格『紙・板紙及びパルプ用語』を見てみよう。
それによると、上質紙、中質紙、藁半紙の定義はそれぞれ以下の通りだそうだ。

「上質紙」とは「化学パルプだけで製造した紙」
「中質紙」とは「印刷用紙B,C,グラビア用紙などの総称」
「更紙」とは「機械パルプを原料とし、これに少量の化学パルプを加えて製造した下級印刷用紙」

……。当然、「化学パルプと機械パルプって何が違うんだ?」「印刷用紙Bとかってなんだ」となるが、これも調べよう。
まず「パルプ」であるが、これは紙の原料である。
紙の原料といえば木だが、木はセルロースと言う物質を大量に含んでいる(人間にとってのタンパク質のような物だ)。
このセルロースの繊維を集めたものを、パルプと呼ぶ。
そして木材からセルロースを取り出すときに、化学的手法(薬品など)を用いるか、機械的手法(粉砕するなど)を用いるかによって、化学パルプ、機械パルプと言い分ける。

次に、「印刷用紙」とは「書籍、雑誌などの印刷用として製造した非塗工紙」である。
では「非塗工紙」とは何か。
紙はパルプを原料として製造するが、この方法では表面がザラザラしてしまう。
そこで、そのザラザラをなくすために、表面になんらかの塗装を行うのが「塗工紙」であり、
それを行わず、ザラザラのまま出荷するのが「非塗工紙」である。
例えば、ポスターやカレンダーなどは表面がスベスベしているが、これらは塗工紙である。
一方、新聞などは表面がザラザラしている。これは「非塗工紙」なのだ。
印刷用紙が非塗工紙限定なのは、その方が目に優しいからである(http://www.sakawa.jp/yousi.html など)。
表面がスベスベしているということは、それだけ光沢があり、光を多く反射する。それが目に悪いのだ。
そして印刷用紙は、含まれる化学パルプの量によって、A〜Dにまでランク分けされる。
化学パルプ100%のものがA、70%以上がB、70%未満40%以上がC、40%未満がDだ。
基本的に、印刷用紙Aは上質紙、B、Cは中質紙、Dは更紙と考えて問題ないようだ。
(ちなみにグラビア用紙とは「グラビア印刷用の紙」のことで、平滑で不透明性が高い紙の事を指すらしい)

では何故、化学パルプ100%の紙を上質紙と言うのか? 何が上質なのか?
これは逆に考えるとわかりやすい。
中質紙や更紙は、化学パルプをあまり使用していない……つまり、古紙などを使った再生紙や、木材以外の原料を使った紙も含まれるのだ。
上質紙に比べ木材を切り倒す量が少なくて済むので、環境負荷の小さい紙と言えるだろう。
また、化学パルプは機械パルプよりもセルロースの純度が高い。
紙は古くなると黄ばんでくるが、セルロースの純度が高いと、黄ばみにくくなるのだ(http://www.np-g.com/npi_mame/qa/qa_pap05.html)。
こうした「非・古紙(再生紙)」「黄ばみにくい」と言う性質から、化学パルプ100%の紙を上質紙と呼ぶ。
長期保存する場合は上質紙が向いているが、一度読んだら捨ててしまう新聞では更紙を使った方が環境的に良いわけだ。

また、上質紙は値段も張る。
今回買った更紙はB4が50枚189円だったが、ネットショップAmazonでB4上質紙を買おうとすると、250枚で5000円(値引き前)もする。
単純計算で、50枚1000円だ。
先の『未来日記』第10巻は、B6サイズの紙がおよそ100枚使われていた。
紙の値段が単純に枚数と面積(というか体積か)に比例するならば、B6上質紙100枚は
(B4100枚の値段)×(4分の1)=2000×1/4=500円 である。
これが更紙なら 189×2×1/4=94.5円 である。
『未来日記』第10巻は税込み588円であるから、おそらく上質紙は使われていないだろう。

さて。次に「藁半紙はどこら辺が藁なのか?」であるが、これはちょっと調べが付かなかった。
まあたぶん、見た目が藁っぽいとか、昔は古紙の代わりに藁も入れてたとか、そんな理由ではないかと思う。

話は逸れるが、先ほど「中性上質紙」と言う言葉が出てきた。これは「中性紙で上質紙」の意味だと思われる。
では中性紙とは何か。
紙を長期保存しておくと、黄ばむ以外に何故かボロボロになることがある。
これは、紙を作る際に硫酸アルミニウムという酸性の液体を使用するからだ。
硫酸アルミニウムが長い時間をかけてセルロースを溶かすため、紙がボロボロになってしまうのだ。
このような紙を「酸性紙」と言う。
そして、紙の劣化を防ぐために、硫酸アルミニウムを本来使うところでサイズ剤と言う薬品を使うことがある。
これが中性紙なのだ。
「より長期保存が可能になった上質紙」と言うわけだ(http://www.np-g.com/npi_mame/qa/qa_pap05.html)。

で、結局マンガ本の紙はなんなのか?
基本的に、印刷物なのだから「印刷用紙」が使われているのだろう。
そして印刷用紙Aでないことだけは確実だから、中質紙か更紙である。
今回買った更紙とは光り方が若干異なっていたような気がするので、おそらく印刷用紙Cあたりが使われているのではないだろうか。
これを本気で調べようと思ったら、実際に印刷用紙A〜Dを買い揃え、その光り方とマンガの光り方を比較する(あるいは、なんらかの方法で紙の成分を比較しても良い)ことだが、さすがにそれは面倒なので、今回の実験はここで終わりである。

8;感想
今回の実験の発端となった前回の実験だが、結論にも書いたとおり、私はそこで「決め付け」を行っていた。
しかし、科学や数学の世界で、こうした決め付けは絶対に行ってはいけない。
ある程度カンと言うか、「こうじゃないかなぁ」と予測を立てるのは問題ないし、大いにそうすべきだが、
自分の勝手な予測を真実だと決め付けると、今回のようなミスを犯す事になるのだ。
また、これは科学以外の分野にも大いに言えることだと思う。
他人の気持ちを勝手に決め付けることで起こるすれ違いは、社会の中で毎日のように起こっているだろう。
少なくとも、私の周りではしばしば起こる。

ちなみに。何故私の所属する大学の研究室にブラックライトがあったのだろう。
その理由は簡単で、私の所属する研究室が「光物性研究室」という、まさに今回のレポートのように「物質に光を当てたらどうなるか?」を研究しているところだからである。
他にも、「光を使って物質の性質を解き明かす」という研究もしている。むしろこちらの方がメインだ。
そして、私はその研究室にいる大学4年生だ。
すると、私は当然「卒業研究」と言うものをやらねばならない立場であり、大学4年の夏休みといえば、その研究に没頭する日々を送るはずなのである。
つまり私は、今回のレポートを書くために、卒業研究そっちのけで全く関係のない実験をしていたのだ。
………。
むしろ、今回のレポートを卒業研究として提出したいのだが、ダメだろうか。
ダメだろうなぁ、たぶん。
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2010年09月01日 レポート公開 inserted by FC2 system