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北極の氷が融けると、海水面は上昇するのか?
1;問題提起
地球温暖化問題が騒がれて久しい。地球が温暖化すると様々な現象が起こるが、そのうちの1つが「海水面の上昇」だ。
温暖化により南極などの氷が融け、海に流れ込むことで、海水面が上昇するという。
ところで。ときどき、「温暖化により北極の氷が融けると海水面が上昇する」と主張している人がいる。
しかし、海水面に影響を及ぼすのは南極の氷である。
何が違うのか?
それは、氷の状態である。
南極の氷は大陸の上に載っているのだが、北極の氷は直に海に浮いているのだ。
そのため、北極の氷が融けても、海水面は上昇しない。
何故なら、「水に浮かぶ氷が融けても、水面は上昇しない」からだ。
氷が融けても水面は上昇しない
図1.1 水に浮かぶ氷が融けても、水面は上昇しないのだ

そう思っていたのだが、先日の塾講師のバイト中、小学生が持っていた問題集に
「温暖化により北極の氷が融けると、海水面が上昇する」
とモロに書いてあった。
「なんだこの問題集は!」と憤慨したのだが、もしかしたら私が間違っているのかもしれない、と不安になった。
冷静に考えると、図1.1は真水で成立する話だ。海水では成立しないのかもしれない。
というわけで、海水の上に浮かぶ氷が融けたとき、海水面が上昇するのかどうかを調べるのが、今回の実験の目的である。

2;原理
実験の前に、「何故水に浮かぶ氷が融けても、水面は上昇しないのか」を解説しよう。
確かに、氷が融けたのだから、その分体積が増え、水面が上昇しても良さそうである。
まずは論より証拠。下の写真を見てもらいたい。
空気の入っていない氷 それを水に浮かべた 融けても水面は上昇しない
(左)写真2.1 空気が入らないように工夫して凍らせた水道水 (中)写真2.2 それを水道水に浮かべた (右)写真2.3 融けても水面は上昇しない

水道水をある方法で凍らせ、空気の入っていない氷にしたものが写真2.1である(方法は後述)。
写真2.2では、その氷を水道水に浮かべ、水道水の水面を200mlの目盛りのところに合わせてある。
写真をクリックすると拡大できるので、そちらをご覧いただきたい(水の中にうっすらと線が見えるが、そこが氷と水の境界線である)。
そして、それを丸1日放置したものが、写真2.3である(もちろん、蒸発を防ぐためラップをしていた)。
ご覧の通り、水面は全く上昇していない。

何故こんな不思議なことが起こるのか?
それは、「氷は融けると、体積が減る」からだ。
氷を水に浮かべると、その大部分が水中に沈む。
実は、氷が融けたときの体積は、水中に沈んでいた部分の体積に一致するのである。
だから、氷が融けると、もともと氷が沈んでいた部分にすっぽり納まるため、水面は上昇しないのだ。
(これは偶然ではなく、「アルキメデスの原理」によって説明できる。詳しくは「考察」にて)

3;方法
今回の実験方法はシンプルである。
まず計量カップで海水を凍らせる。そのあと、凍った海水(海氷)を海水に浮かべ、観察すれば良いのだ。
ただし、ここで1つ、注意することがある。
計量カップをそのまま冷凍庫に入れると、計量カップの周り全体から、海水が冷却されてしまう。
しかし、実際の海では、海水は上からしか冷却されない。
この差があると、実験結果に支障が生じる可能性がある。
(例えば、周りから冷やされることで、海水の成分が氷の中央に偏ってしまう可能性がある)
計量カップと海の違い
図3.1 計量カップは周り全体から冷やされるが、海は上からしか冷やされない

そこで、計量カップの側面と底面を、断熱シートを使って覆う。
そうすれば、海と同じように上からしか冷やされないことになる。
実は、「原理」の項で登場した空気の入っていない氷も、この方法で作成した。
この方法で凍らせると、ゆっくりと冷却されるため、水が完全に凍る前に計量カップを冷凍庫から取り出せる。
カップの上半分程度が凍ったところで取り出すと、空気が氷の中に入らない(下半分の水の中に入っているため、氷には入らない)のだ。
カップをシートで覆い、冷凍庫で海水を凍らせる。それを海水に浮かべ、海水面の変化を調べればよい。

4;準備
まずは透明な計量カップを購入してきた。
計量カップ
写真4.1 計量カップ(490円)

次いで、海水である。
海水の塩分濃度は約3%なので、水道水に食塩を3%混ぜればよいのだが……。せっかくなので。
海
写真4.2 ザザーン・・・
海に行ってきた。

この海はなんというか、我が家の近くにあり、その、まあ、青春系の甘酸っぱい系の思い出が色々あり、あまり行きたくなかったのだが、科学の徒として、真理の探究のために私情は捨てた。
で、ペットボトルに海水を採取した(約500ml)。
ペットボトルに海水採取
写真4.3 なんとなく青春を感じる写真

出来れば、沖の方の海水を採りたかったのだが(理想を言えば、北極海の水を採ってくるのがベストである)、
沖の方に行く手段が無かったため、波打ち際の海水を採ってきた。
また、断熱シートはこれを利用する。
SPACE BLANKET
写真4.4 断熱シート

これは、私が以前JAXAiという、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の展示場のようなところに行ったときに購入したものである。
これは紙よりも薄いペラペラのシートなのだが、宇宙船の断熱材として使用されているものなのだ。
「いつか使うかも!」と思って購入し、このたびようやく使う機会に恵まれた。
計量カップをシートで覆う
写真4.5 計量カップをシートで覆った様子

以上で、準備は終了である。

5;実験
さて。約200mlの海水を計量カップに入れ、シートで覆い、冷凍庫に入れた。
丸1日置いた結果が、これである。
海氷
写真5.1 海水ならぬ海氷

「原理」で登場したとおり、真水を空気が入らないよう凍らせると透明になるが、海水を凍らせると、何故か白くなった。
空気が混入したか、あるいは食塩などの成分が影響しているのかもしれない。
完全に凍り付いてしまったので、これをしばらく常温で、氷が一回り小さくなるまで放置した。
2時間後。
氷が一回り小さくなったので、ペットボトルに残った海水を少し入れ、海水面を300mlにした。
海水に浮かぶ海氷 海水の表面から氷が頭を出している
(左)写真5.2 海水に浮かぶ海氷 (右)図5.3 水色が海水、青色が氷

カップの表面が曇っていてややわかりにくいが、300mlのところに水面があり、氷がほんの少しだけ盛り上がっている。
(左の写真を模式図にしたのが右の図である)
また、氷の底面は130ml程度のところにある。
さて、あとはこれを放置して氷が融けるのを待てば良い。
蒸発を防ぐためサランラップで蓋をして、丸1日放置したものが次の写真である。
融けた海水
写真5.4 海水面の位置に注目

いかがだろうか。
海水面は300mlの位置のまま、変わっていない!
つまり、海氷が融けても海水面は上昇しない、ということである!

6;実験その2
本当にそうか? この結果は疑わしい。
「計量カップの中で起こったことだから、地球規模では違うことが起こる」と言いたいのではない。
実験したあとに気がついたのだが、冷静に考えると、北極の氷は海水だけではない。
海水が凍ったものと、その上に降り積もった雪が固まったものである。
つまり「海氷の上に、氷が載っている」と言う構造になっているはずだ。
そこで、このような二重構造を持つ氷を作成した。
二重構造の氷
写真6.1 下半分が海氷、上半分が水道水の氷

作り方は簡単である。
まず100mlほど海水をカップに入れ、シートで包んで凍らせる。次いで、その上に水道水を注ぎ、同じ方法で凍らせた。
これが一回り小さくなるまで常温で放置し、小さくなったところで海水に浮かべた。
海水に浮かぶ海氷+水道氷
写真6.2 海水に浮かぶ海氷+水道氷

そして、蒸発を防ぐためラップをし、丸1日放置したのが次の写真である。
融けた様子
写真6.3 海水面の位置に注目!

いかがだろうか。
何故か、海水面が下がっている!
………。
この理由に関しては、「考察」で考えることにしよう。
どのみち、氷が融けて水面が上昇することは無さそうだ。

7;結論
というわけで結論。
北極の氷が融けても、海水面は上昇しない。
海水面上昇に関係するのは、南極の氷である。

8;考察
「実験その2」で何故海水面が下がったのか、考える。
真っ先に思い浮かぶ仮説が、「氷の中に空気が入ってしまったから」である。
そして、計算してみると、実際にその通りであることがわかる。
ここでは、空気が入った氷を水に浮かべると、氷が融けたとき水面が下がることを、数式を使って証明しよう。

その前に、そもそも何故氷が水に浮くのか、説明する。
「原理」で少し触れたが、これは「アルキメデスの原理」で説明することができる。
アルキメデスの原理とは、次のような原理だ。

  液体や気体(あわせて流体と言う)の中にある物体は、その物体が押しのけた流体の重さに等しい大きさの浮力を受ける

例えば、水の中に体積1cm3のボールを入れたとしよう。
これにより、1cm3の水がボールによって押しのけられる。
1cm3の水の重さは1gなので、ボールには上向きに1gの力を受けるのだ。
「1gの力」と言うのは、ここでは「1gの物体を支えるのに必要な力」と言う意味で使っている。

氷が水に浮くのは、水が凍ると体積が増えるのに、重さは変わらないからである。
例えば、10gの水を凍らせたとしよう。出来上がった氷は、元の水より少し大きくなっているが、重さは10gのままだ。
これを水に沈めると、氷は体積が増えた分、10gよりも多くの水を押しのけることができる。
すると、水から受ける浮力の大きさも10gより大きくなってしまう。
氷の重さは10gだから、10gよりも大きな力を受けたら、氷は上に上がっていく。
だから、氷は水に浮くのだ。

アルキメデスの原理を数式を使って書くと、次のようになる。
F=ρVg
図8.1 浮力=密度×押しのけた体積×重力加速度

「密度×押しのけた体積」が「押しのけられた流体の質量」であり、それに重力加速度をかけると重さになる。

では、空気が入った氷が融けると、何故水面が下がるのか、数式で説明しよう。
質量Mの氷を水に浮かべたとすると、次のような式が成立する。
ρVg−Mg=0
図8.2 「<浮力>と<重さ>がつりあっている」という意味の式

氷の質量がMなので、その重さはMgである(「Mグラム」ではなく、「質量×重力加速度」である)
(1)式を変形すると、こうなる。
   V=M/ρ ――(1)'
また、質量Mの氷は、融けると体積がVになる。
何故なら、氷が融けても質量は変わらないので、質量Mの氷が融けると、質量Mの水になる。
質量Mの水の体積はVなので、質量Mの氷が融けると、体積はVになる。

次に、氷に空気が入っている場合を考えよう。このときは、次のような式が成立する。
ρV'g−(M+m)g=0
図8.3 「<浮力>と、<空気+氷の重さ>がつりあっている」という意味の式

普段は「空気の質量」など滅多に考えないが、ここでは考える。
すると、水に入れる物体全体の重さは、氷の重さ+空気の重さ=Mg+mg=(M+m)gとなる。
(2)式を変形すると、こうなる。
   V’=(M+m)/ρ ――(2)'

さて、ここで(1)'と(2)'を比べてみよう。
この2式から、VよりもV’の方が、「+m」がある分大きくなっていることがわかる。
さらに、質量Mの氷が融けると、体積Vの水になる。
氷に空気が入っていた場合、もともと押しのけられていた体積はV’であったのに、
氷が融けて空気が氷の外に飛んでいくと、その体積はVになる。
V’よりVの方が小さいのだから、氷はもともと押しのけていた体積よりも小さくなってしまうのだ。
つまり、その分“余り”が生じる。
その“余り”に、もとあった水が入り込むため、水面が下がるのである。
(この余りの体積は、入っていた空気の体積に一致する)
空気が入っている分、融けると体積がより小さくなる
図8.4 空気が入った氷が解けると、水面が下がる

日本語で説明すると、「空気が入っている分、体積がより小さくなるので、水面が下がる」とでも言えるだろうか。
なお、「では北極の氷が融けると、海水面が下がるのか」というと、そんなことはない。
北極の氷は雪が自重で押しつぶされて固まったものだが、押しつぶされる際に空気が抜けているからだ。

9;感想
今回は、以前から耳にしていた「氷が融けても水面は上昇しない」という現象を、初めて目の当たりにできて嬉しかった。
頭では知っていても、実際に見てみると感動するものである。
さらに、「空気が入った氷が融けると、水面が下がる」という全く聞いたことのない現象を発見し、驚いた。
しかもその理由を、自分の力で説明することができたのが痛快だった。
淡々と書いているが、いま、結構興奮している。

ところで、今回の実験のきっかけは、問題集内容に疑問を抱いたことだ。
問題集には「北極の氷が融けると海水面が上昇する」とあった。
しかし、今回の実験により、それが間違いであることが示せた(と思う)。
このHP設立のそもそものきっかけが、「本やテレビで言っていることは必ずしも正しいわけじゃない」と気付いたことだが、
今回はなんと、学校で習うことが必ずしも正しくはないと示す結果になってしまった。
まさに、寝耳に水である。

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2010年11月15日 レポート公開 inserted by FC2 system