メビウスの輪
それは、裏と表がつながっている輪
表を辿っていても、いつのまにかに裏に来ている…
これは、我々の住んでいるこの世界も同じ
表の世界で生活していても、ちょっとした弾みで…………
メビウスの輪$大逃亡劇¥
こんにちは。わたしは語り手のメビウスです。
さて、今回の話はとある強盗犯人の物語。
お金が無くなり、仕方なしに強盗を決意した犯人は、まんまと強盗に成功。
その瞬間から、犯人と警察との逃亡劇が始まった。
今回の事件は、これから強盗を行おうとしている…そんな諸君に、送る。
メビウスの輪$大逃亡劇¥
「はぁ…はぁ……。や…やったぞ! ついにやった!!」
男は、高鳴る鼓動を抑え、バイクで逃亡していた。
男の名前は大木貢(おおきみつぐ)。大木は、全く働かず、毎日飲んだくれの日々の連続で、ついに財産が無くなってしまっていた。
そこで、大木は銀行強盗を決意したのだった。
決行は雨の夜と決めていた。
そして、今日がその日だったのだ。
ほとんど行き当たりばったりだったのにも関わらず、大木は数億円という大金を手に入れることに成功した。
銀行強盗と言ったって、ピストルを突きつけて「金を出せ!」と叫ぶのではない。泥棒のように、夜中にこっそりと盗み出すのだ。だいたい、ピストルが買える金があったら、もっと別なものを買っている。
「はぁ…はぁ…。よし、このまま逃げ去るぞ」
大木は数億円という大金の入っているバッグを抱え込み、夜の街を走っていた。
雨が降っているがために視界はきかないが、この雨は同時に自分のバイクの音を少しだけ和らげてくれる。
大木は、ともかくものすごいスピードで逃げていた。と言うのも、行き当たりばったりだったために、うっかり警報を鳴らしてしまったのだ。おそらく、もうすぐ警察が銀行につく頃だろう。
そう思ったときである。前方からパトカーが走ってきた。
大木の心臓は、一気に高鳴った。
〔大丈夫だ…。オレが犯人だということは、まだばれていないはずだ……〕
大木はそう自分に言い聞かせ、自分を落ち着かせた。
銀行では、もう大騒ぎだった。
超単純明快な手口で、超大胆、そして超大金を盗まれたのだ。
支店長は信用がた落ちだ、と大騒ぎしていた。
「手口は単純明快で、しかも警報に引っかかるという間抜けな奴…。どんな犯人だ?」
銀行に出向いた刑事の一人、警部である兜剣(かぶとつるぎ)は頭を悩ませた。
「普通、銀行強盗するなら、もっと複雑な手口を使うだろう。なんたって犯人はこんな間抜けな方法を……。それとも、本当に間抜けな犯人だったのか?」
「たぶん、そうだと思います」
銀行の警備員が言った。
「どういうことだ?」
「防犯カメラに、犯人の顔がしっかりと映っていました」
「なに?」
ここまで間抜けだとは思わなかった。兜はそう思いながらも、防犯カメラの映像を見た。すると、確かに犯人の顔が映っている。
裏口のドアをこじ開け、中に進入し、金庫をピッキングし、中から大量の札束を取り出し、バッグに詰め、逃走する……その、一部始終が、カメラに収められていた。
〔ん? この顔どっかで見たことがあるような気がするな……〕
兜ははっと気が付いた。
あいつだ……さっきすれ違った奴だ。
兜は慌てて部下に言った。今すぐに、パトカーに常時取り付けられているビデオカメラの映像を確認しろ! と。そこに、犯人が映っているはずだ! と。
そんなことは知るよしも無い大木。
どこに逃げればいいのかわからず、とりあえず家に帰ることにした(かろうじて家はあるようだ)。
「ふぅ……」
一息ついたが、すぐに思い起こしてテレビをつけた。もしかしたら、いまの強盗のことが報道されているかもしれない。
大木にとっては、あとから考えると運が良かったかもしれない。ちょうどうまい具合にニュースで報道されていた。
もちろん、銀行の防犯カメラの映像も出された。
〔げっ!? オレがハッキリ写ってやがる!!〕
こうしちゃいられない。大木は急いで表へ飛び出し、バイクに乗り込み、逃げ出した。
走り続けると言ったって、行く当ても無い。とりあえず、県を出ることにした。
〔こっちには、数億円と言う大金があるんだ。宿の一つや二つ、簡単に見つけられるさ!〕
しかしそう思っていたのもつかの間。県境にさしかかると、なんとそこには検問が張られていた。
〔げぇっ!? 検問!?〕
しかも、そこには兜もいた。…まぁ、大木は知らないが。
〔ま…まぁ、大丈夫だよな…〕
大木は心を落ち着かせ、検問にさしかかった。
バイクを止められ、ナンバーを見られた。
大木は素知らぬ顔をしていたが、そんなことで警察を騙せるわけが無い。
「ん…? この番号は……? まさかおまえ…」
兜がそう言って資料と見比べた時だ。
「くそっ!!」
大木は猛スピードでバイクを走らせた。
「あっ! こらっ!! 待ちやがれっ!!」
兜と数名の警官が慌てて追ったが、大木はバッグから札束を一束取り出し、後方へ投げつけた。
バサバサバサッ!!
投げつけると同時に札束がバラバラになり、兜たちの目をかく乱させた。
「うわっ! ね、猫騙しか!? …じゃない、鼠小僧か!!」
カネを投げて相手をひるませる。大木の作戦はうまく行き、大木はなんとか逃げ切ることに成功した。
〔ふ〜…危ねぇ危ねぇ。しっかし、ちょっともったいなかったか?〕
ま、まだ数億円あるんだし、と考えて、諦めることにした。
大木はなおも走りつづけた。
そして、隣の県も越えた頃…朝日が昇り始めた。
〔…朝か…。そういえば、一睡もしてなかったな…〕
そう思うと、大木は少し眠くなってきた。
近くに宿を探し、そこで一休みすることにした。
しかし、宿主もバカではない。
警察からの連絡が既にここまで届いており、さらに新聞やテレビでも報道されていて、大木の顔は覚えていた。
宿主はすぐさま警察に連絡した。
宿主からの連絡を受けた兜は大喜びだった。
そして、すぐさまそこへ向かった。
〔やれやれ…一件落着だ〕
しかし、その考えも甘かった。
警察が宿についた。
「あ、どうも刑事さん。こちらです…。こちらに大木が…」
「ご協力ありがとうございます。そちらですか」
「ええ…」
兜はゆっくりと大木の泊まっている部屋へと近づいた。そして大木の部屋の前につくと部下に顎で命令をして、ドアの前に並んだ。
そして、鍵を開け、一気に踏み込んだ!
「警察だ! 大木貢、窃盗容疑で逮捕する!」
少し目が覚めかけていた大木は慌てて飛び起き、バッグを掴んで窓から逃げた。念の為1階に泊まったのだ。
「窓から逃げたって無駄だ! 外には警官が配置してあるんだ!」
兜は窓から逃げさる大木に向かって叫んだ。
だが大木はそんなこと知ったこっちゃない。窓から逃げ、急いでバイクまで行こうとした。
だが、周りには警官がいっぱいいる。銃も構えている。
「くそっ!」
大木はまたおもむろにバッグを開け、お札を何枚も投げつけた。
さすがの警官も、これにはひるむ。その隙を突いて、大木はバイクに乗り込み、一気に走り出した。
「あっ!! てめぇら、早く追え!! 追うんだ!!」
慌てて白バイに乗り込む警官、慌ててパトカーに乗り込む警官。だが、時既に遅し。大木は逃げ切ってしまった。
「くそっ。せっかくのチャンスだったのに…」
兜は舌を打ち鳴らした。
大木はバイクを飛ばしていた。
途中、一度ガソリンスタンドによったが、あまりに飛ばしすぎてまたすぐに無くなってしまいそうだ。今度無くなってもガソリンスタンドに行くのは危険だ。また警察に言われる可能性があるし、警察だってガソリンスタンドで張り込んでいるかもしれない。
〔顔が変えられたら……〕
と、大木は気がついた。
整形外科に行けば良いんだ。
いまはまだ明け方。この時間帯なら、客は少ないに違いない。
カネはいくらでもある。大木は近くのコンビニで電話帳を開き、無名の整形外科に行くことにした。
整形外科。
「先生…これだけカネはあるんですよ?」
「そんなこと言われましても……」
大木は整形外科医に手術をするように言っていた。
「やらないのか? おい…」
「え…あ………」
大木はあいにく、ナイフは持っていなかった。バッグの中に、ピッキング用具は入っていたが、そんな物で脅すことは出来ない。
だが、犯罪者と言うだけで、相手に相当な心理的ダメージを与えられているはずだ。大木はそう考え、声を出来るだけ怖くした。
「やらないのか? やらないってんだったら……」
「わ…わかりました! やりますよ。やればいいんでしょ!!」
「ああ。そうだ…。ただし……ヘタな真似したらどうなるかわかってるな…?」
「え…ええ。わかってます! わかってますとも!!」
かくして手術は始まった。
手術事体は2、3時間で終わったようだが、整形手術と言うのは術後の方が長い。
それまで、居所が警察にばれない事を大木は願った。
そして、ばれなかった。
「ありがとう。先生。じゃ、これは約束のカネだ」
大木はそう言って、札束をドンと渡した。
「あ……あ…ど…どうも…。ありがとうございました…」
「じゃ、オレは行く。いいな? オレがここに来たってことは絶対誰にも言うなよ?」
「は…はははは…はい。も…もちろんいいませんとも…」
大木はバイクにまたがり、走り出した。
日本中を騒がした、あの3億円強奪事件の時効は7年だった。それが長いか短いか…それは、事件との関係によって、大きく変わる。
警察にとって、7年と言うのはものすごく短い。まるで1日のように過ぎ去ってしまうと言う。
だが、犯人にとっては、それはそれは長く辛い日々。永遠のようにも感じてしまうという。
大木の時効も、7年間だった。それは大木がテレビを見て知った。
〔7年……か…〕
大木はその7年間、日本中を逃げ回った。北は北海道から、南は沖縄まで。東西南北ひた走った。ただ、その愛用のバイクだけは捨てなかったため、何度も警察に見つかっては逃げた。そしてそのたび、念の為にと整形手術を行った。
そしてついに7年の月日が経った。
〔もうそろそろ…7年か……。あと少しで時効だ!!〕
大木は心の中で大喜びした。しかし警察は大慌てしていた。
「何故いつもあと少しと言うところで逃げられてしまうんだ!!」
兜が大声で怒鳴り散らしていた。
「いいかおめぇら! 時効まであと1日しかない!! 明日の夜0時0分に、あいつは時効になってしまうんだ!! 追え! そして捕まえろ!!」
警察は全力をあげて大木の足取りを探った。
そして…なんと、奇跡的に見つけることが出来た。
「でかしたぞ! 急げ! あと1時間だ!!」
兜率いる一行は、大木を追った。
一方大木は、最後の1時間、最後の最後まで油断せずに走り続けていた。どことも言わず、当ても無く。
〔あと…1時間だ!〕
そして残り30分となり、10分となり、5分、3分となったときだ。
「警察だ! 大木貢!! お前を窃盗容疑で逮捕する!」
と、大木の後方から、パトカーで兜が追って来た。
〔け…警察だぁ!? あと3分……逃げ切ってやる!!〕
大木は逃げた。兜は追った。
あと2分。あと1分。残り30秒……。
警察はもう手を伸ばせば大木に届きそうなぐらいだ。
大木の耳にも、兜の耳にも、どこからとも無く時計の音が聞こえてきた。
兜の耳にはとてつもなく速い時計の音が…大木の耳にはとてつもなく遅い時計の音が……。
〔あと…あとちょっとだ!!〕
大木は腕時計を見た。アラーム付きで、0時0分になるようにセットしてあるのだ。
兜もパトカー内の時計を見た。こちらも0時0分になるようにセットしてあるのだ。
〔やばい…逃げられる!〕
〔あと少しで…逃げ切れる!〕
チッ…チッ……チッ………チッ…………チッ……………チッ…………‥‥・・ピピピピピピピピピピピピピピピピ
「!?」
大木も兜も、同時に時計を見た。
0時0分だった。
「よっしゃーー!!」
「ぐわあああぁ!!!」
2人は同時に叫んだ。兜はパトカーを止め、大木もバイクを止めた。
「終わった…勝った……」
大木は、胸をなで下ろした。
「くそっ…くそぉっ!!}
兜は大いに悔しがった。
大木はふと、バッグを開けた。どのぐらいカネが残っているのか気になったのだ。
そして愕然とした。
バッグの中には、あのピッキング用具しかなく、カネは1銭も残っていなかったのだ。
「な……な……」
大木の様子に気付き、兜がパトカーを降りて近づいた。
「どうした? もう時効は過ぎたぞ?」
「け…刑事さん……お…オレを捕まえてください…」
大木のかろうじてあった財産…あの家は、実は借家だったようだ。もはや、住むところも無く、食べるものもなく、金も無い。働き口も無い。大木には、刑務所と言う生活が絶対保障された場所に行くしかなかった。
「刑事さん…オレを捕まえてください…」
「残念だが……そうはいかない。時効は過ぎてしまったしな……。捕まえて欲しければ、もう一度何かやらかすんだな…」
「そ…そんな……お……オレを捕まえてください!! オレを逮捕してください!! お願いします!! お…オレを……!!」
大木には既に、犯罪を行う気力は残っていなかった。
教訓;犯罪など、行うものではない。
〜あとがき〜
(都合により省略)
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