メビウスの輪
それは、裏と表がつながっている輪
表を辿っていても、いつのまにかに裏に来ている…
これは、我々の住んでいるこの世界も同じ
表の世界で生活していても、ちょっとした弾みで……


メビウスの輪£不純愛物語¢
ようこそ、メビウスの輪へ。わたしは語り手のメビウス。
今回の話はとあるカップルの話。
しかし、一見普通そうな男の正体は、信じがたいものだった…。
そのことに全く気付かない女…。
果たして、2人の行く末は…?
では、ごゆっくりお楽しみ下さい…。
メビウスの輪£不純愛物語¢

「困ったなぁ…」
 いつもは混沌とした街角。しかし、雨のせいでいつもより人が少なく、たまに通る人もいきなりの雨に降られて、走っていた。そんな中、女は傘もなく呆然としていた。女の名前は所佐和 邦子(ところさわ くにこ)。シャレてはいるが、小さな喫茶店で紅茶を飲んでいた。会社からの帰り道、突然の雨に見舞われ、慌ててこの喫茶店に駆け込んだのだ。すぐに止むだろうと思ったが、雨はなかなか弱まる気配もなく、逆に徐々に強くなっていっているようだった。
「困ったなぁ…」
 所佐和は、ため息混じりに呟いた。いくらなんでもミルクティー一杯で何十分もねばっているわけにも行かないだろう。所佐和は、だいぶぬるくなった紅茶をグイッと飲み干し、カウンターへ向かった。お金を払って、外に出たものの、傘がないのだから帰れない。ここから家まで歩いてだいたい10分だ。走れば5分程度でつくかもしれないが、それでも帰ったころにはびしょ濡れだろう。
「どうしよう…」
 所佐和は、喫茶店の壁にピタリと背中をつけた。これなら、少しだけ屋根があって、ギリギリでぬれない。
〔こういうとき、ピュアな恋愛物だと、ハンサムな男の人が颯爽と現れて、傘をスッと差し出してくれるのに…〕
 所佐和は、こういう純愛物語が結構好きだったりする。
 そのとき、男が1人、喫茶店から出てきた。男は傘をパッと広げ、歩き出した。 …が、何故かピタリと足を止め、振り返った。そして、所佐和に近づいてきた。
〔え…? なに?〕
「あの…」
 と、男は話しかけてきた。
「もしかして、傘…ないんですか?」
「え…? え、ええ…はい…」
「あの…もしよければ…入りますか? 傘…」
「え・・・?」
「あ、すみません…俺、困ってる人がいると放っておけない性質で…。すみません、嫌ならいいんです」
「あ…その…」
 どうしよう…と所佐和は考えた。
 でも、見たところこの男…ホントに困っている人は放っておけなさそうな感じだし、雰囲気も良い。カッコいいとは言えないが、妙にカッコいいと逆に嫌な印象を覚える。何故かは知らないけれど、高そうなスーツをピシッと着こなし、高そうなバッグを手に持っている。それにこれはもしかしたら…あの、ピュアな恋愛物に発展するかもしれない…。
「嫌だなんてとんでもないです…。ありがとうございます、入れさせてもらいます…」
 所佐和は、男の傘に入った。
〔…まずは第一段階、成功って所か……〕
 男は心の中で、ニヤリと笑った。

「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね」
 男は、歩き始めるとそう言った。
「俺は、永井 邦夫(ながい くにお)って言います」
「え? 邦夫って言うんですか? わたし、所佐和 邦子って言うんです」
「へぇ。似てるねぇ、名前」
 はは、と軽く永井は笑った。
「そういえば、勝手に歩き出しちゃいましたけど…家、こっちであってますか?」
「あ、ええ。あってます。だいたい、10分くらい行ったところです」
「10分…? へぇ、俺もだいたいここから10分ぐらいなんですよ。仕事帰りにあそこの喫茶店でいつも一杯飲んでから帰るんです」
「一杯…ですか。一杯って言うと、お酒って感じですけど、いいですね、お茶を一杯ってのも」
「そうですか? 俺、どうも酒に弱いんですよね。だから、酒を飲む代わりにあそこでミルクティーを一杯、飲むんです」
「ミルクティー、お好きなんですか? わたしも好きなんですよ」
「へぇ…つくづく似てますね、俺達」
「そうですねぇ…」
 所佐和は、ふと前を見た。もう、自分のマンションだった。
「あ、ここです」
「あ、そうですか」
「その…ありがとうございました」
 所佐和は軽くお辞儀をした。永井はニコッと笑い、
「いえいえ。こちらこそ、突然声を掛けてしまって…すみませんでした」
「そんなこと、ないですよ。どうも、ありがとうございました」
 そういって、2人は別れた。
 所佐和がマンションに入って行くのを見届けると、永井はゆっくりと歩き出した。彼の自宅はここから更に10分ほど先にある、かなりボロいアパートだ。ここの住人がシャレた喫茶店に毎日言っているなど、果たして誰が信じるだろうか?
 永井はゆっくりと、部屋に入っていった。ソファーに仰向けになり、ククッと冷笑した。
〔スタートダッシュは悪くない出来だったな…。だが、まだまだこれからだ…〕

 数日後、所佐和は仕事の帰りに例の喫茶店に寄ってみた。永井は……いない。
〔あれぇ? いないじゃない…。まだ仕事が終わってないのかな? それとも、もう帰っちゃったとか…〕
 所佐和は、とりあえずミルクティーと小さなモンブランを頼んだ。
 所佐和は…そう、あれ以来、何故か永井が気になってしょうがないのだ。気のせいだと自分に言い聞かせていたが、とうとう我慢できずにこの喫茶店へやってきたのだ。
 ミルクティーとモンブランが席に運ばれてきた。所佐和はそれを口に運びながら、ドアをずっと見ていた。もしかしたら…来るかもしれない。恋の女神がいさえすれば……。
 そして…恋の女神かどうかは知らないが、ドアが開いた。永井だ。永井がやって来た。
 ほとんど無意識的な動作で入って来た永井。店員の「いらっしゃいませ」と言うセリフがなんとなく常連の者に対する言い方のような気がする。「こちらへどうぞ」と店員が永井を促した。その瞬間、永井が店内に目をやった。そして、所佐和を見つけた。
「あ、店員さんすみません。待ち合わせなんですが…」
「あ、すみません。えっと…どなたと?」
 そして永井は所佐和の席にやって来た。
「ご一緒してよろしいですか?」
「あ、え、ええ。どうぞ…」
 では、と言って永井が席に座った。これで、向かい合う形になる。所佐和はドギマギした。モンブランを食べるペースも乱れ、永井を見ることすら出来なかった。
 永井がミルクティーを頼んだ。本当にいつも一杯やっているらしい。
「偶然ですね」
「えっ? え、ええ…」
〔本当は、違うんだけどな…〕
 所佐和は、心の中で呟いた。
「所佐和さんも…ここに良く来るんですか?」
「え、いえ…。ホンの、偶然です。ちょっと、立ち寄っただけなんです…」
 所佐和は、あまり永井を見ないようにして、話した。モンブランを食べるペースが少し速まる。
「どうしました?」
 あまりに妙なので、永井に聞かれてしまった。
「あ、いえ、別になんでもないですっ!!」
 一瞬舌を噛みそうになりつつも、何とかそう言う。「そうですか…」と言って、永井は運ばれてきたミルクティーを口にした。
「あ、あの永井さん…?」
「なんですか?」
「永井さんって、奥さんとか、いらっしゃるんですか?」
「いえ…まだ独身ですよ。でも、もうすぐ30ですから、そろそろ良い人を見つけろって、親から色々言われてるんですけどね」
「そ、そうなんですか…」
「所佐和さんは?」
「えっ!? わ、わたしは…その、まだわたしも独身です…」
「へぇ。そうなんですか。でも、美人ですから、もてるでしょ?」
「いえいえ、そんなとても…」
 お世辞とはわかりつつも、ついドキドキしてしまう。美人…美人…。
 所佐和は、すっかり永井の虜になっていた。

「あの、永井さん…突然、こんなことを言われても、困るかもしれませんけど…」
 帰り道、所佐和は永井と一緒に帰り、マンションの前で切り出した。
「なんですか?」
「その…もし迷惑でなければ、うちで夕ご飯、召し上がって行きませんか?」
「え、いいんですか? でもなんで…?」
「そ、その…ご、ごめんなさい。わ、わたし…彼方に、一目惚れ…してしまった…みたいです…」
「えっ…」
 その言葉に、永井は固まった。いや…正確には、固まったフリをした。
〔おいおい、マジかよマジかよ!? 計画じゃぁ、こっちから告る予定なのに…。余計な事する女だ。まぁいい。これから、何とか計画を修正しよう〕
 永井は、顔に、微笑を浮かべ、そっと、所佐和を抱きしめた。
「永井さん…?」
「…所佐和さん…実は、俺も実は、そうなんですよ。貴女に、一目惚れをしてしまったようです。…付き合って、いただけますか?」
「……」
 所佐和は、永井をギュッと抱きしめ、
「はい」
 と力強く返事した。

 永井 邦夫。本名、寺山 辰巳(てらやま たつみ)。現在28歳、独身。最近、勤めていた中小企業を首になり、現在の職業……結婚詐欺師。
 会社を首になった後、寺山が行き着いた結論が、結婚詐欺師になること。会社に勤めていた頃、少しではあるが、もてていた。特に、純情そうな後輩の女子社員から、憧れの目を向けられていたのだ。寺山は、己のその魅力を活かし、結婚詐欺師になることを決意した。所佐和はその被害者第一号だ。実際にはまだ被害は受けていないが。
 喫茶店に通っているというのも真っ赤なウソ。所佐和が純愛物語が好きだと言うことを調べ上げ、尾行しながらチャンスを狙っていたのだ。そして、偶然を装い所佐和に接近。あとは、己の魅力を活かし、所佐和を虜にした。
〔交際を始めて数週間後、低額の金を借りる…〕
 寺山は、とある雑誌で結婚詐欺師の手口と言うのを読み、それをそっくり真似していたのだ。
〔そして、何があっても翌日にそれを返す。何かがあった方が、効果大。そして、金額を徐々に吊り上げていく…〕
 そうして、最終的には、所佐和を捨てるのだ。
〔本当は数人の女を同時に虜にするのが一番良いらしいが…まぁ、初めだからあのバカ女1人だけで良いだろう〕
 慣れてきたら、2人、3人と増やせば良い…。寺山は、そう考えてほくそ笑んだ。

「結婚…してくれないか?」
「え…」
 寺山は、ついにここまで来た。所和佐にプロポーズしたのだ。そして、後は結婚式当日に行方をくらますのみ。被害は全て向こうが被る。こっちは、一切損失なし! 指輪だって、ちんけな安物だ。
「ありがとう…」
 所佐和は、涙を流した。
「邦子…」
 寺山は、所佐和をそっと抱きしめた。

結婚式当日
〔今日…行方をくらます訳か…〕
 寺山は、そう思いながら、何故か車を結婚式場に向けて走らせていた。
〔行方を…くらます…〕
 頭の中で、そう念じながら。
〔…くらます…くらます…くらます…。くらますんだ!!〕
 しかし、車は結婚式場へ向かう。
〔何故だ? 何故俺はいま、式場へ向かっている? 何のために!? あの女を置いて逃げるんじゃないのか!? 何のためにいままでやって来たって言うんだ!?〕
 しかし、車はスピードを上げる。寺山は、更にアクセルを踏む。
〔何故だ? 何故逃げれない? …まさか、俺は……いや、認めるな! 考えるな! 逃げるんだ!!〕
 寺山は、思いっきりアクセルを踏んだ。その瞬間だった。
「!?」
バアァン!
 交差点から飛び出してきた車に、寺山の車が見事当たった。

「邦夫!!」
 病院へ、所佐和が駆けつけてきた。
「邦…子…」
「邦夫! いや! 死んじゃいや!!」
 所佐和は、寺山に泣きすがった。
「邦子…だが、俺は…もう…」
「ダメ! 死なないで!! お願い!」
「いや…無理だ…。これは、天罰だ…」
「何言ってるのよ! 彼方は何も悪いことなんかしていない! 邦夫には、天罰なんか…」
「邦子。俺は…お前に、隠していたことがある…」
「…え? 何…?」
「…俺は…永井 邦夫じゃない…」
「…え?」
 所佐和が固まった。言っている意味がよくわからないらしい。
「俺の本当の名前は…寺山、辰巳…。結婚…詐欺師だ…」
「え、け、結婚…詐欺……」
「だけど…いまは違う…」
「どういうこと…?」
「…詐欺師の言うことなんか、信じないかもしれないけれど……俺は…お前を…邦子を、愛してる…」
「…邦夫…?」
「初めは…初めの予定では、今日、俺は行方を…くらますつもりだった…。でも…出来なかった…。気付いたら…式場へ向かっていた……。そして…ドカンだ…。ハハ…ハ…」
「く、邦夫…ウソでしょ…?」
「本当だ…俺は…詐欺師だ…。金持ちでも、重役でも、なんでもない…。だけど…信じてくれ…邦子…。俺は…いつしか…お前を、本当に愛していた…信じてくれ……」
「邦夫…」
 所佐和は、寺山の手をギュッと握った。
「ええ。もちろん信じるわ…辰巳…」
「…ありがとう、邦子…。許して…くれ…」
 所佐和は、目を潤ませながら、小刻みに頷いた。
「許す…許すわ…だって、わたし……」
 涙を拭いて、所佐和が言った。
「わたし、貧乏人とは結婚したくないから。もう、関係ないわ」

教訓;愛は、犯罪美学をも狂わすのかも知れない。

〜〜〜〜あとがき〜〜〜〜
いやぁ…かなり、恥ずかしい内容でしたね。キグロです。
夢中で書いていたら、現在時刻は夜中の0時過ぎ。
そろそろ寝なければ。
どうでも良いけど今回、なんか2人が付き合いだすまで妙に時間が掛かって、付き合い始めてからはフルスピードで物語が進んだ気が…。
本当は、もうちょっと結婚詐欺の手口を織り込ませたかったんですけどねぇ。
まぁいいや。
ところで、今回ふと思ったんですけど、「メビウスの輪」って、やけに金銭がらみの話が多いんですよね。
あのサブタイトルの左右につける記号。
あれ、話の内容に合うようにつけてるんですけど、どうも、お金の記号を使うことがやけに多くて…。
でも、同じ記号は使いたくない物ですから、色んな国のお金の単位を書かなきゃいけないと言うことで…。
いやはや、大変ですわ。
でもまぁ、パソコンだから「記号」ってうって変換すりゃいいだけなんですけど。
では、また次回作で会いましょう。

作;黄黒真直

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