メビウスの輪
それは、裏と表がつながっている輪
表を辿っていても、いつのまにかに裏に来ている…
これは、我々の住んでいるこの世界も同じ
表の世界で生活していても、ちょっとした弾みで……


メビウスの輪◎されば世のため人のため◎
ようこそ、メビウスの輪へ。わたしは語り手のメビウス。
さて、今回の話は1人の平凡なサラリーマンにまつわる話。
男は、いつも思っていた。
「俺は、なにか世の中のためになっているのだろうか…?」
そんなある時…。
果たして、世の中のためになる事は、出来るのでしょうか…?
ちなみに、題名に深い意味はないようです。
メビウスの輪◎されば世のため人のため◎

 平凡な会社に勤め、平凡な一社員として、平凡な暮らしをしている、平凡な独身男、只野 聡(ただの さとし)は、会社から帰る途中だった。今日は残業もほとんど無く、現在時刻は午後6時過ぎ。只野は我が家へと向かって歩いていた。
――平凡が、普通が、一番良いんだ。――
 他人は…特に、充実した毎日を送っている他人は、よくこう言う。しかし、只野はそうは思わない。確かに、そうかもしれない、だが俺は、やはり何か、普通じゃない、平凡じゃない体験をしてみたい。目立ったことじゃなくても、何か、世の中のためになるような、大きな事をやりたい。
 只野は、そう切実に思っていた。
 と言うのも、只野は平凡な自分にあまり自信を持てていなかった。
「俺は、なにか世の中の役になっているのだろうか…?」
 そんな事を、最近はいつも考えていた。
 考えながら歩いていると、財布を落とした。が、只野はそれに気付かない。そのまま、通り過ぎてしまった。

「? なにか落ちてる?」
 1人の、いかにも体格も人柄もよさそうな青年が、只野の財布を見つけた。青年は、拾い上げようと屈み込んだ。
 と、まさにその時だった。
 ヘッドライトの光が青年を包んだかと思ったら、車が急ブレーキをかける音がした。
「!?」
 青年は慌てて振り返る。黒い乗用車が、スピンをしながら、ギリギリ目の前で止まった。
「おぉ、ギリギリセーフ!」
 青年は、無邪気に言った。と、様子がおかしいことに気付いた。中が、何か騒がしい!
「助けて!!」
 なんと、女性の悲鳴が聞こえた。
「騒ぐんじゃねぇ!!」
 男の怒声も聞こえた。
 車はバルッとエンジン音を発し、発車しようとした。
「あっ! こらまてっ!!」
 ただ事ではないと感じた青年は、考えるよりも先に車に飛びついた。
「何しやがる、キサマ!!」
「キサマこそ、何やってるんだ!?」
 青年は、運転席横の窓ガラスをカバンでブチ破り、同時に中の男をぶん殴った。
「なっ、何しやがるっ!?」
 勢いでハンドルがきられ、車が大きくカーブする。青年は振り飛ばされないように車にしがみ付き、しがみ付きながら後ろのドアのカギを開ける。そしてドアも開け、中の女性を引っ張り出した。
「キャッ!」
 女性と青年は、一緒に道路に転がった。
「くそっ!」
 車の男は2人をひき殺そうとバックして来た。ギュルルルル…と華麗な音が聞こえる。
「掴まって!」
 青年は女性を抱きかかえると、一気に駆け出し、車が入れないようなわき道にそれ、交番を目指した。
「あっ! 待ちやがれっ!! キサマッ!!!」
 しかし時すでに遅し。青年は車の入れないわき道を突っ走り、男からどんどん離れていった。

交番
「助けてください!!」
 青年は交番に入るなり叫んだ。
「ど、どうしましたっ!?」
 交番には、2人の警官がおり、2人とも同時に驚いた。青年が、女性を抱えて息を切らし、助けを求めている。なんだかわからないが、すざましい状況だろうと言うことは、すぐに予想がつく。
「わ…わたし…」
 青年にゆっくりと下ろされた女性は、話し始めた。
「わたし…誘拐されそうになったんです。そこを、この方に助けてもらったんです」
「ゆ、誘拐!?」
 警官は、青年と女性を見た。一体、どうやって助けた?
「誘拐犯がわたしを連れ去ろうと車で走ってるとき…たまたま、この方と鉢合わせして…」
「鉢合わせ…?」
 警官は、青年を見る。
「何か、特別な立場の人なのか? きみは」
「あ、いえ、全然。ただ、たまたま道の真ん中に突っ立ってて、車が急ブレーキを掛けたんです。 …あ、そうだ、忘れてた。この財布、落ちてました」
 青年は財布を渡し、話を続ける。
「で、それで…車の中からこの女性の悲鳴が聞こえて、慌てて飛びついて…」
「そ、そんなバカな…」
 警官は、そう言いながらも青年の言葉一つ一つをメモに取る。
「本当なんですよ。火事場のバカ力って奴ですか? それで…窓ガラスをカチ割って、中の男も一緒にぶん殴って…同時にカギも開けて、この女性と逃げたんです」
「だが、車からどうやって…?」
「僕、この辺の人間ですから…車が入れない道ぐらい、知ってますよ。そこに逃げ込んで、ここまで来たんです」
「ああ、なるほど…」
 警官はうなずいて、メモを取る。もう1人の警官が地図を取り出し、2人に見せた。
「それで…まず女性の方。誘拐された場所ってのは…わかりますか?」
「えっと……」
 女性はちょっと考えて、
「たぶん、ここら辺…」
 と地図の一部を指差した。
「なるほど…。男性の方、どの辺で助けたか、わかりますか?」
「あ〜…ここですね、たぶん」
 と、青年も地図の一部を指差した。
「なるほど…。わかりました。では、犯人の特徴や、カーナンバー等はわかりますかね?」
「犯人は…覆面をつけていて、顔はわかりませんでした…」
「カーナンバーも、見えなかったしなぁ」
「まぁ、そうでしょうね」
「でも待ってくださいよ。僕、ほら、窓ガラス割りましたから…」
「ああ、そうか!」
 警官が、ポンと手をうった。
「なるほど。犯人が車を乗り換えなければ、それが最大の証拠…。よし、早速捜査網を張りましょう。とりあえず、いまは応急手当的に、付近を見回ってるパトカーに連絡しますね」
 警官はそう言うと、腰につけた無線機を取り、交信を始めた。

《誘拐未遂事件発生、誘拐未遂事件発生。被害者は保護。目撃証言より、犯人の車の運転席横の窓ガラスが割れている…どうぞ》
 その連絡を受けた巡査2人組みは、慌てて無線に応じた。
「誘拐未遂事件ですね? それで、犯人の車は窓ガラスが割れている…わかりました。どうぞ」
《今現在、どこにいますか? どうぞ》
 巡査は、自分の現在位置を答えた。警官は事件発生ポイントを言い、すぐ近くだから早急に犯人の車を探すよう命じた。
《わかりましたか? どうぞ》
「了解」
 巡査は、無線を切った。
「おい、すごい事件だぞ!!」
「ああ。これで犯人を捕まえれば、オレらの昇進も間違い…おい、見ろ!!」
 2人の目の前を、窓ガラスの割れた黒い乗用車が駆け抜けた。
「追いかけろ!」
「わかってる!!」
 巡査はアクセルを踏み、同時にサイレンを鳴らした。ピーポーピーポーと言う、典型的な音を鳴り響かせ、夕暮れのカーチェイスが始まった。
「前方の車、止まりなさい。前方の車、止まりなさい」
「こちらPP、こちらPP、現在犯人の車を追跡中。どうぞ」
《何? ポイントは?》
 巡査はまた、同じ位置を答えた。
《こちらも、今すぐ応援へ行く。どうぞ》
「了解」
 ガッと無線を切った。

「前方の車、止まりなさい!」
 いくらそう叫んでも止まらない。しかも、オマケに相手の車は速い。このままでは、引き離されてしまう!
「おい、もっと速く…!」
「これが限界だ!」
 キキーーーーッ!!
 そのとき、すざましいブレーキ音がした。
 犯人の車の目の前に、パトカーが見える。応援がグッドタイミングで駆けつけたらしい!
「くそっ!」
 犯人は車を降りて、駆け出した。巡査2人も、警官1人も、慌てて車を降りて追いかける。犯人はあまり足が速くないらしく、あっという間に掴まった。
「観念しろ。誘拐未遂及び道路交通法違反の容疑で逮捕する」
 そう言って、巡査は犯人の手首に手錠を掛けた。
「くそっ! くそっ!」
「ハッハッ。悔しがっても、もうおそ」
 ドーーン!!
 突如、爆音が聞こえた。
「何事だ!?」
 4人が振り向くと、なんと犯人の車が炎上している!
「おい、どういうことだ!?」
「あ…ああ…」
 犯人は、半分錯乱状態だ。
「どうしたって言うんだ? 自爆スイッチでもあったのか?」
「ち…違う…」
 犯人は、震えながら言う。
「ボ、ボスが…組織の奴ら、俺を…あの女と一緒に、俺を殺すつもりだったんだな…!!」
「なに、組織?」
 警官が慌てて聞き返す。
「おい、どういう意味だ?」
「い、言えるわけが無いだろう…!」
「お前を殺そうとした者でもか?」
「当然だ!!」
「そうか…」と警官は呟き、犯人に語りかける。
「大丈夫だ。安心しろ。何もかも洗いざらい話せば、お前の身は警察で確実に保護してやる」
「ほ、本当か…?」
「ああ。それに、お前が洩らしたって、組織の奴らにはばれない。お前はいまので、死んだと思われているハズだからな」
「そ、そうか…わかった、言う…」
「詳しくは署でだな」
 警官は、グイと犯人を立たせた。

「で、組織の名は?」
 署では、さらに上の位の刑事が、犯人に詰め寄った。
「な、名前は…」
 犯人は、重い口を開けて言う。
「JMG…」
「ジェイ・エム・ジィ…? おい、それって…!!」
 刑事は驚愕し、一緒に尋問していた別の刑事と目を合わせる。
「ああ…。ジャパン・マフィア・グループ…いま、我々が秘密裏で追っている組織だ!!」
「そんなバカな。ウソなんじゃないのか!?」
 3人目の刑事が言う。
「だが、この事は一般には全く公表されていない…知っているのは、警察内部のごく一部の人間と、組織のメンバーだけだ」
 3人は慌てて犯人に近づく。
「なぁ、あんた。組織のこと、もっと教えてくれないか? 出来れば…そう、アジトの場所なんか、いいな」
「あ、アジトは…警視庁の、隣…」
「と、隣!?」
「そう…灯台下暗しだって、ボスが言って…」
「や…やられた!! おい、今すぐ警視庁に連絡しろ!!」
「ラジャ!!」
 刑事が1人、外へ掛け出る。急いで電話を取り上げ、警視庁に連絡した。
「たっ、大変なことがわかりました!!」

警視庁
「いままで、奴らは警察の情報を手に入れ、我々のウラをかくことがあった…」
 警視庁の会議室で、いかにも、と言わんばかりの刑事が話している。
「今回の情報も、すぐに奴らに伝わる可能性が高い! 早急に、作戦を立て、実行する!」
「ラジャ!!」
 全警官が、言った。
 出来上がった作戦は、名付けて池田屋作戦。アジトの周りを、全員が防弾チョッキを着て、密かに囲む。そして、一気に攻め入る。ただこれだけだが、最も単純で素早い方法だ。
「今回、警視総監より、拳銃を発砲することを特別許可された。もしもボスを発見したら、足程度ならば撃って構わない!」
「ラジャ!!」
 即座に作戦は決行された。犯人の話だと、夜でも全員このアジトにいて、ほとんどの奴がここで寝ていると言う。オマケに、見張りと言う見張りはいない。警視庁の隣ゆえ、泥棒は入らないのだ。これは、そこにつけこんだ作戦だった。
 合図が出され、100人近い警官が一気にアジトに押し寄せた。
「な、なんだっ!?」
「警察だ!!」
 アジトの人間が気付いたときは時すでに遅し。警官が全員、守備位置について、外へ逃げ出す事は不可能だった。
「ボス! 警察が…!」
「なんだと!?」
 ボスはそれを聞いても慌てず、秘密の通路を開け、逃げ出そうとした。が…
「無駄だ!」
 パァン!
 乾いた音と共に、秒速300メートルの弾丸が、ボスの足を貫いた。
「ギャァッ!?」
 ボスはその場に倒れこみ十何人と言う警官が、ボスと、メンバーの1人を取り押さえ、手錠を掛けた。
「やった…ついにやったぞ!!」
 ワァーッ!! と言う、歓声が上がった。

 そして、ボスが捕まったことで、幹部を含めた全てのメンバーが、トントン拍子で逮捕されていき、JMG、ジャパン・マフィア・グループは根絶された。
 この組織は、このままではいつか必ず日本中を恐怖に陥れるだろうと思われていただけに、この事件は警察の間で大変な話題になった。もちろん、根絶されれば隠しておく必要も無く、マスコミにも公表され、日本全国がこの事件を聞いて感心し、安心した。




「すみません…財布、落としちゃったんですけど…」
 只野は、家に着くと財布を落としたことに気がつき、慌てて引き返してきた。が、財布が見つからず、とりあえず近くの交番に入ってみた。交番には、1人の警官がいた。
「え〜っと…どんな財布ですか?」
「その…黒い、革の財布なんですけど…」
「黒い革…」
 警官は、記憶をたどり、
「ああ、それなら届いています。ちょっと、待っていてください」
 と言って立ち上がった。そして奥へ入って行き、10秒もしないで出てきた。
「これですか?」
「ああ、そうです、これです、これ」
 只野は、ホッと胸をなでおろした。
「えっと…拾ってくれた方に、1割あげるんですか?」
「あ、そうですね。いくら入ってますか?」
「えっと〜…1万円程度…」
「では、千円でいいです」
「わかりました」
 只野は財布から千円札を抜き出し、机に置いた。
「それでは、失礼します…」
 只野は、そう言ってドアを開けた。
「これからは、気をつけてくださいね」
 警官は、出て行く只野に言った。
「はい、もちろんです」
 只野はそう言って、交番を後にした。
 今度は落とさないように、只野は財布を内ポケットにしまった。そう…青年を足止めし、誘拐犯の車を止め、女性を助け、誘拐犯を逮捕し、その命を助け、さらにはJMG、ジャパン・マフィヤ・グループを根絶させ、日本を救う…そのきっかけとなった、財布を。
 そんなことも知らず、平凡な会社に勤め、平凡な一社員として、平凡な暮らしをしている、平凡な独身男、只野 聡はふと夜空を見上げて、呟いた。
「俺は、なにか世の中の役になっているのだろうか…?」

教訓;「人はみな、誰かに助けられながら生きている」と、よく言う。これはつまり、言い換えるとこうなるのではないだろうか。「人はみな、誰かを助けながら生きている」と言うことに…。

〜〜〜〜あとがき〜〜〜〜
こんにちは。キグロです。
いかがでしたか? 今回の物語は。
平凡なサラリーマンが、なんと日本を救っちゃう、と言うお話でした。
ってか、一番活躍してるのって、青年じゃ…。
しかもなんで只野が交番行った時、青年と女性はいなかったんだ、みたいな。
まぁ、ともかくそんな話でした。

ところで、今回の教訓。内訳を挙げると、こういうことなんですよね。
「人はみな、誰かに助けられている」
でも、この「誰か」も当然、「人」なわけです(まぁ、人じゃないこともあるようですが)。
となれば、この「誰か」もまた、「誰か」に助けられているハズです。
そうすると、この「誰か」を助ける「誰か」もまた「誰か」に助けられていて…が永遠に続き、最終的に「全員、誰かを助けている」と言う結論に達するわけです。
もちろん、それがどのような形かはわかりません。
目に見える形かも知れませんし、只野のように、自分の知らないところで助けているかも知れません。
それはわかりませんが、ただ1つ確実に言える事は、
「自分も、誰かを助けている」
と言うことです。
「自分の存在意義は?」「自分は、この世に必要な人間なのだろうか?」
たぶん、こんなことを考える人は、結構いると思うんですよね。
そして、存在意義が見つからずに、己を苦しめ、悩ませてしまう…。
だけど、安心してください。誰にでも、その人だけの存在意義があり、誰かに必要とされているハズなんですから。
ボクがふと自信を喪失しかけた時、思い浮かべる言葉です。
まぁ…日本を救うかどうかは、わかりませんけどね。
でも、これでも今回の話、結構小さく収めたんですよ。
初めは、只野さん、地球を救うつもりだったんですから。
どっかの研究で、地球が地球規模の天災に出会う事がわかったんだけど、只野の日常的行動で救われる…ってのが最初で、
その方法が思いつかなかったから、今度は宇宙人が地球を侵略しようとしたんだけど、只野の日常的行動で失敗に終わる…と言うのが次。
で、最後が今回の物です。
これは、「財布を落とす」と言う日常的行動から、連鎖的に考えて行ったものなのですが…ね(しかも、1時間足らずで考え付き、執筆に要した時間も40分程度)。
では、いつになるかはわかりませんが、また次回、お会いしましょう。

作;黄黒真直

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