おもいっきり科学アドベンチャー そーなんだ!
#3「激流をさかのぼれ!」


「はぁ…」
 重苦しいため息が、ガリレイの研究所を包んだ。
 子ども達が、味気ない、質素な、しかし栄養満点の朝ご飯を嫌々食べていた。
「2回も連続で負けちゃった…」
 コータがつぶやいた。
「このまま、ずっと負け続けたらどうしよう…」
「いや、そんな事にはさせない!」
 打ち消すように、ユキオが怒鳴る。乾パンを持つ手に力が入る。
「次こそは勝つ。勝って、ユリーカストーンを手に入れるんだ!」

「みんなぁ、朝ご飯よぉ!」
 家の外で伸びをしていたトモルとミオの耳に、ベアロンの声が届いた。
「ひゃっほぅ! 朝飯朝飯!!」
「あ、わたしが先よっ!」
 共に駆け出した2人。我先にと研究所の入り口へ走る。お腹はペコペコ。早く、あのベアロンの豪華料理を食べたい…。
「…ん?」
 入り口まで来て、トモルは2階のベランダに誰かいるのに気がついた(ミオは気づかなかったようだ)。
 2階のベランダには、ダイがいた。その手には、写真…おそらく、父親と母親が写っているのであろう写真がある。ホームシック、ってやつか?
 案の定、ダイは食事の席についても元気が無かった。しかし、それに気づかないミオ。
「さぁ! 今日もいっぱい食べて、次のミッションに備えるわよ!」
「ああ!」
 元気に答えるトモル。しかしやはり、ダイは元気が無い。自然な動作で、トモルはダイに話しかけた。
「ダイ。次のミッションでも絶対勝とうな! そして、早く元の世界へ戻るんだ!」
「…う、うん。そうだね」
 元気を取り戻したのか、取り戻さなかったのか…。トモルには、ちょっとわからなかった。

≪エリアC2に出動せよ。エリアC2に出動せよ≫
「! ミッションだ!」
 トモル、ユキオは、思わず椅子から立ち上がった。トモルは豪華な料理を置いて、ユキオは質素な料理を置いて、食堂を飛び出す。あとに、他の3人と1匹も続いた。
 ブルーペガサスに乗り込むユキオ達。同時に、床が上昇していく。上昇して行った先は、円形の部屋。そして周りに、5つの扉がある。壁が回転し、「C」と書かれた扉が目の前にやって来た。
「よし…今度こそ、トモル達には負けないぞ」
「当ったり前よ!」
「行こう」
 3人は顔を見合わせ、力強く頷く。今度こそ、絶対に負けない!
「ブルーペガサス、ダッシュゴー!」
 ガリレイが操縦桿を引く。ゴーッとジェット噴射が出て、ペガサスが発進する。
 そのまま加速し、「C」の扉にぶつかる…! と言う直前で、扉が開く。そして急下降、急上昇! 気分はさながらジェットコースター。

 空間に亀裂が入り、光る。その光の中から、ブルーペガサスが勢いよく現れた。
「やっぱり…あの走路はまだ慣れないな…」
 フゥと安堵のため息をついて、ユキオが呟く。ブルーペガサスは、逆噴射をかけながら、地面に下りた。すぐ横を、濁った太い川が流れている。
「見るでチュワン!」
 チワワンが声を上げる。対岸の上空に亀裂が入り、光る。そしてそこから、レッドペガサスが勢いよく現れた。レッドペガサスはそのまま、対岸に着地した。
「トモル…今度こそ負けない…」
 誰にも聞こえないような声で、ユキオが決意を新たにした。
ジャン!
 両ペガサス内に、あの音が流れる。ユリーカ情報だ。全員、モニターの前に詰め寄った。
≪川はどうして出来るのか。それは、海から蒸発した水蒸気が雲になり、雨となって地上に降り注ぐ。雨は水の流れとなって小川となり、小川が合流して川となる。
 また、地中にしみこんだ雨は地下水になって溜まり、泉となって湧き出すこともある。
 河口の辺りは魚がたくさんいる。川が運んだ栄養分が、豊富にあるからだ≫
「そーなんだ!」
 子ども達が感心する。思わずすぐ横の川を見るダイ。栄養が豊富…? そうかも知れないが、すぐ横にあるのは茶色い濁流。あまり、綺麗ではない。
≪現在、エリアC3の川が汚れてしまい、このままでは川に住む魚たちがみな死んでしまう。そこで、ミッションナンバー3。川の上流にある泉に行き、聖なる水を見つけ、川を浄化せよ≫
「川の上流…」
 ミオもすぐ横の川を見る。濁っている。汚れている。
「なんだ、そんな事か!」
 トモルが陽気な声を出し、ガリレオに言う。
「博士」
「ああ」
 ガリレオは頷き、操縦桿を握り締めた。
「レッドペガサス、発進!」
 ガコッと操縦桿を引く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・あれ?」
 ガコッガコッとガリレオは何度も操縦桿を引く。が、ペガサスは動かない。
「う…動かない…」
「え〜っ!?」
 操縦席に詰め寄る子ども達。動かないって、どう言う事!?
「壊れちゃったの!?」
「いや…違う。どうやら、今回のミッションは、ペガサスを使わずにクリアしろと言う事のようだ」
 愕然とする子ども達。ガリレオはため息をついて、首を左右に振った。
「まぁ…条件は、向こうも同じはずだ…」
 そう言って、対岸のブルーペガサスを見やった。

「そんなぁ!!」
 スズカが大声を上げていた。
「上流まで歩いていくの!? わたしそんなの疲れるからいやぁ!!」
「でも、そうしないとユリーカストーンは手に入らないんだよ、スズカ」
 コータがなだめる。が、なお駄々をこねるスズカ。
「でもぉ」
「コータの言うとおりでチュワン。早く行かないと、またユリーカストーンを取られちゃうでチュワン」
「博士。ボートか何か、ないんですか」
「…ある。ゴムボートが、倉庫に入っているはずだ。それで行こう!」
 ガリレイが、勢いよく操縦席から立ち上がった。

 パシュッとレッドペガサスから勢い良く、金属製の筒が飛び出した。それは空中で2つに分かれ、中から何か現れた。静かに着水すると、そこには、4人と1匹が乗るには十分な広さの青いゴムボートが出来上がっていた。2つに分かれた筒は、エンジンになっている。
「これに乗っていけば、すぐに着くだろう」
「じゃぁ、早く行こうぜ!」
 急いでボートに乗り込むトモル。ミオ、ダイ、バドバドも乗り込み、最後にガリレオが乗り込んだ。
「オレ、運転して良い??」
 エンジンの上から出ているレバーを握り、トモルが聞く。「ああ、良いぞ」とガリレオが答えると、トモルは喜び…思いっきり、レバーを引いた。
「うわぁっ!?」
 急発進するゴムボート。勢い余って、ガリレオはボートの中に倒れた。思わず笑い出す3人と1匹。
「おいおい、あまり勢いを出すなよ」
「わかってるって!」
 そう言って、もう一度レバーを思いっきり倒す。また倒れるガリレオ。やっぱり笑い出す3人と1匹。困ったような顔をして、ガリレオは起き上がった。
「トモル〜!!」
 と、後方から声が聞こえた。ユキオの物だ。思わず振り返る子ども達。
「悪いな。先に行かせてもらうぞ」
「じゃぁねぇ」
 トモル達のボートを追い越すユキオ達。スズカが意地悪っぽく手を振った。
「あっ! 待てっ!!」
 トモルが思いっきりレバーを倒す! またガリレオが倒れる! だが、今度は笑い出す者はいない。真剣勝負はここからだ!
「向こうのボートもこっちのボートも、性能はほぼ同じ…」
 起き上がりながら、ガリレオが呟く。
「抜かせるかな…」
 しかし心配無用だった。トモル達のボートが、ユキオ達のボートに接近する!
「くそ…」
 負けじとレバーを倒すユキオ。また距離が離れる。
「待て!」
 さらにレバーを倒すトモル。また距離が縮まった。
「うわぁっ!? 危ない! トモル、前を見ろ!!」
 ガリレオが叫ぶ。慌てて前を見るトモル。崖が目の前に迫っている!
「うわあぁっ!?」「きゃあ!!」
 悲鳴を上げるトモル達。トモルはレバーを思いっきり傾けて急カーブする! ぶつか……らなかった!
「くっそう…待て! ユキオォ!!」
 崖にはぶつからなかったが、距離は離れた! また猛スピードを出すトモル。ユキオに追いつくか!?
「どんなものよ! 追いつけるものなら、追いついてみなさい!」
 スズカが後方のトモルたちに向かって叫ぶ。
「トモル! 負けちゃだめよ! 絶対に追い越すのよ!!」
 思わず立ち上がるミオ! 「危ないから座って」となだめるダイ。トモルは気にせずスピードを上げ続ける。
「フッ。勝てるかな?」
 スズカ同様、後ろを見やってユキオが言う。トモルたちはまだまだ後ろにいる。
「ユキオ、危ない!」
「え?」
 ガリレイが叫ぶ。目前に、樹の幹が飛び出している!
「うわぁあっ!?」
 慌ててレバーを傾ける。ぶつかる! …ギリギリのところで、ボートが幹を避けた!
「あぶねぇっ!」
 安心するのもつかの間、今度はトモル達のボートと接触寸前!
 トモルもユキオも混乱し、ボートが滅茶苦茶な方向に動く。それに揺さぶられる他の人々。ボートの端にしっかりと捕まる。
「ちょっと! 危ないでしょ!」
「振り落とされちゃうわよ!」
 ミオとスズカが叫ぶ。トモルとユキオは落ち着きを取り戻し、真っ直ぐ走り出す。
 両ボートの小競り合いが続く。2つのボートの性能はほぼ同じ。追い越したり追い越されたりの繰り返しだ。
「くっ…」「〜〜…!」
 火花を散らしながらにらみ合うトモルとユキオ。勝つのはどっちだ…!?
「だから、前を見ろ!!」
 ガリレオ、ガリレイが同時に叫んだ! 慌てて前を見るトモルとユキオ。目前で、川が2つに分かれている!
「危ないっ!!」
 バシャァッとしぶきを上げて、急カーブする両ボート。トモルは左で、ユキオは右だ!

「………ふぅ…」
 安堵のため息をついて座り込むミオ。後ろを見て、前を見た。
「博士…この先に、聖なる水はあるかしら?」
「う〜ん…そう聞かれても、困っちゃうんだよなぁ…」
 目を細めて前方を見る。しかし、別に何か見えるわけではない。
「こっちに来ちゃったからには、こっちに進むしかないなぁ…」
「大体、トモルが悪いのよ!」
 後ろでレバーを握り締めるトモルに、ミオが言う。
「お、オレ?」
「そうよ。ユキオと競ってばかりで、どっちに行くか考えもしないで」
「でも、あそこじゃどっちに行けばいいのか、どっちにしろわからないと思うよ」
 冷静に突っ込むダイ。「そうだけど…」とミオは折れた。

「どうしよう…もしこっちに聖なる水がなかったら…」
 コータが小さな声で言った。ユキオは半分聞かぬフリだ。
「もしなかったら、またミッションに負ける事に…」
「あるわよ!」
 黙れ! と言わんばかりにスズカが叫ぶ。
「あるに決まってるわ! 今度こそ勝つんだから!」
「だと良いけど…」
 2人の会話を、ガリレイは黙って聞いていた。振り向く事もなく、ボートの先頭で前方だけを見る。特に、何も見えない。
「博士。聖なる水のある泉まで、あとどのぐらいかわかりますか?」
「うむ…」
 ユキオの問い掛けに、ガリレイは一瞬考える。
「海底の石の大きさから言って、ここはおそらく中流だろう。聖なる水は、上流にあるはず…。まだもう少し掛かるだろうな」
「石の大きさ?」
「ああ。川は、上流に行くほど石が大きくなる。上流には岩がたくさんある。それが川に落ちて流されて行くと、次第に角が取れて丸くなり、小さくなっていく。ここの石は、それほど大きくはないが…下流ほど小さくもない」
 濁って見えにくいが、目を凝らして川底を覗き込む子ども達。言われてみれば、そんな気もする。

「それじゃぁ、石が大きくなってくれば、聖なる水まであと少しって事?」
 ミオがガリレオに聞く。
「まぁ、そう言う事だなぁ」
 川底を覗き込みながら、ガリレオが言った。石はまだ、それほど大きくない。
「バド?」
 後方を見ていたバドバドが、何かに気付いた。川の中に、巨大な何かがいる。
「みんな、何かいるバド!」
「え?」
 バドバドの指差す方を一斉に見る一同。確かに、何か細長い物がいる。
「な…何あれ…?」
 思わずあと退るミオ。その何かが、次第にボートに近付いて来て……バッシャァッ! と水面から飛び出した!
「う…ウナギ!?」
 ガリレオが声を上げる。バシャァ、とウナギは川の中に戻った。
「ウナギだって!?」
 ウナギが潜った付近を見るトモル。5メートルはあろうかと思われるウナギが、そこにいる。
パチッ、パチパチッ…
 小さな音が聞こえる。「?」と首を傾げる子ども達。この音は…静電気?
「で、デンキウナギだ…」
 恐怖にうわずった声で、ガリレオが言う。
「デンキウナギ?」
 トモルが聞き返す。ガリレオは頷いて説明を始めた。
「デンキウナギは体の中に『発電細胞』と呼ばれる発電器官を持っていて、500〜800Vの電気を発生させるんだ。家庭用電気が100Vだから、相当な威力を持っている事になる。下手に触れたりしたら、馬ですら感電してしまうんだ」
「デンキウナギって、あんなに大きいの!?」
「いや…通常、デンキウナギは大きくても2〜3メートルにしかならない」
「でも…」とデンキウナギを指差しながらダイ。「あれはどう見ても、5メートルはあるよ」
「ああ…明らかに、大きすぎる」
 あまりの大きさに恐怖に凍りつくガリレオ達。トモルは、グッとレバーを握り締めた。
「大丈夫だ…逃げ切るぞ!」
 トモルは思いっきりレバーを倒した!
ピクッ
 デンキウナギが反応し、ボートを一目散に追いかける!
「いかん! トモル、ボートを止めるんだ!」
「え? なんでだよ!」
「いいから!」
 訳もわからずブレーキをかけるトモル。あっという間にデンキウナギに追いつかれ…デンキウナギは、ボートの下に潜り込んだ。

「だいぶ石が大きくなってきたわね」
 ボートから身を乗り出して川底を覗き込むスズカ。上流に近付いて来た証拠だ。川岸も、徐々に鬱蒼として来た。
「ああ、そうだな」
 ボートの端に寄りかかり、座り込んだまま、ガリレイが答える。ユキオもコータも座っている。スズカもボートの端に寄りかかって座り、チワワンを膝の上に載せた。
「向こうはどこまで行ったんだろう?」
 コータが率直に聞く。向こうの進行状況がわからないと、なんとも不安になる。
「さぁ…それはわからんな」
 ガリレイが冷静に答えた。
 しばしの沈黙…。しかし、ただの沈黙ではなかった。全員、何かの気配を感じていた。
「ねぇ博士」
 最初に沈黙を破ったのはスズカだった。
「何か、いない?」
「そうだな…」
 キョロキョロと辺りを見渡す一同。そして…すぐに、気配の正体に気付いた。
「! あそこだ!」
 ユキオが突然前方の岸を指差す。驚いてそちらを見る3人と1匹。そこには…4匹のワニがいる!
「わ、ワニィ!? なんでワニなんているのよ!!」
「あ、あっちにも」
 今度はコータだ。
「後ろからも来たぞ!」
 ガリレイも叫ぶ。
 気がつくと彼らは…四方をワニの大群に囲まれていた!

「博士…いつまでこうしてるの…?」
 ミオが不安そうに聞く。デンキウナギは、まだボートの下にいる。
「静かに…。安心しなさい。デンキウナギはいつも電気を発しているわけではない。自分の身に危険が迫った時や、獲物を捕まえる時にのみ、電気を発生させるんだ。だから、こうしてじっとしていれば、そのうちどこかへ行ってしまうに違いない」
 ボートの下の黒い影から目を離さずに、ガリレオはミオの不安を取り除こうとする。
「そう、静かにしていれば、安全だ…」
 と、その時だった。
「どっか行くバド!!」
 一体何を聞いていたのか。バドバドが突然、ボートの端でデンキウナギに向かって叫び始めた!
「おいら達なんか食ったって美味しくないバド!! さっさとどっか行っちゃうバド!!」
「何やってんのよ、バドバドォ!!」
 ミオが慌ててバドバドを抱き上げて、ボートの端から引き剥がす!
 だが、とき既に遅し。デンキウナギの目が光った!
「いかん! トモル、今すぐ逃げるんだ!」
 頷く間もなく、トモルがレバーを倒す! エンジンを鳴り響かせ、ボートが急発進した! そのボート目掛けて、デンキウナギが突進する!
「トモル! もっと速く!!」
「わかってるよ!!」
 後方の恐怖に耐えながら、トモルは無我夢中でレバーを倒す。しかし、デンキウナギも速い! 両者の距離が、刻々と近付く。追いつかれるのか…!?
バシャァッ!!
 デンキウナギが水面から飛び出した!
「うわぁぁっ!?」
 デンキウナギの体が、枝にこすれる。しかし、デンキウナギのスピードは緩まず、トモルたち目掛けて落下してくる!
バリバリバリバリバリバリ!!
 一段とすごい音がして…デンキウナギが、体をよじる! 空中でもだえ苦しみ、目標を外して川へと落ちた!
「な…何が起こったんだ…?」
 あっ気に取られて、トモルが呟く。川に落ちたデンキウナギは、そのままそこに浮かんだっきり、トモルたちを追いかけてこない。
「ああ…なるほど」
 と、ガリレオが1人合点して、3人と1匹に説明した。
「デンキウナギが、自分の電気で感電したんだ」
「はぁ?」
「デンキウナギの体と発電器官は、厚い脂肪に覆われているんだ。脂肪は電気を通しにくいから、自分の電気でデンキウナギが感電することはほとんどない。しかし、怪我などで脂肪の一部が薄くなると、そこから電気が漏れて、感電してしまう、と言うわけだ」
「そっか。そう言えば今、あのデンキウナギ、一瞬枝に引っかかったもんね」
 ダイが言った。「そうだったっけ?」とトモル。が、そうでなければこうはならなかったはずだ。
「ま、これで安心したわ」
 安堵のため息混じりにミオが言う。と、自分の腕の中のバドバドに気がついた。
「キャァッ!? いつまでくっついてるのよ!!」
 バッ! とミオがバドバドを投げ出した。バドバドがボートの中を転がる。
「なっ…そ、そっちが勝手に抱きついて来たバド!!」
 バドバドが怒るが、ミオは耳を貸さない。他の3人も同様だった。

「ちょ、ちょっと…どうするのよ…?」
 チワワンを抱きしめながら、スズカが震えている。四方を囲むワニたちは、次第にその距離を縮めていく。ユキオ達も、ワニを睨みつけながら、冷や汗を流す。思わずツバを飲む。
「ユキオ。こうなったらボートを捨てるしかない」
 ガリレイの助言に、ユキオは黙って頷く。しかし、どこから陸に上がる? ユキオは、ワニ達の隙間を探した。
「…! あそこだ」
 たった一箇所、抜けられる場所があった。ワニ達のまだいない岸。そこに、ユキオは静かにボートを動かす。ジリジリとワニが迫ってくる。
 震えるスズカとコータとチワワン。冷や汗を流すユキオ。
「怖いでチュワン…」
 怯えた目で辺りを見渡している。
 ボートが、ゆっくりと岸に着く。ワニとの距離は、ますます狭くなった。
「ワニは陸の上でもかなり速い…。みんな、合図と一緒に走るぞ」
 黙って頷く子ども達。ガリレイが小さく深呼吸して、合図をかけた。
「行くぞ…イチ、二の、サン!」
 一斉にボートから岸へ飛び移る! そして、そのまま全力疾走! それに気付いたワニ達も、一気ににユキオ達に接近する! 川から陸に上がり、走る走る!
「みんな、後ろを向くな! 走り続けるんだ!」
 ガリレイが叫ぶ。チワワンがスズカの腕から出て、自分で走り出す。こっちの方が速いし、スズカも走りやすい。
 そして…なんとか、ワニの大群を引き離した。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
 4人と1匹は、手を膝につけて、苦しそうに息をしていた。
「な、なんとか逃げ切れたみたいだね…」
 ワニが追って来ていない事を確認すると、コータが言った。「ああ、そうだな」とユキオ。
「だが…ここからは、歩いていくしか無さそうだな」
「え〜! 歩くの〜!? めんどくさ〜い!」
「じゃぁ、戻るか?」
「う…」
「わかったわよ」と、スズカが歩き始めた。
 道のりは険しい。樹木が茂り、地面は根っこだらけで、ところどころにごつごつした岩がある。そして、ずっと上り坂。だが、それは同時に、ここが上流だという証拠でもある。
「頑張れ。聖なる泉は、もうすぐだ」
 ガリレイは、子ども達を励ました。

「どうすんのよ、これ…」
 ミオは佇んでいた。トモル、ダイ、ガリレオ、そしてバドバド…全員、ミオが言いたい事もわかっていたし、自分も言いたかった。
 ミオ達の目の前には、大量の岩が転がっていた。川の水は、岩の間を縫うように流れている。とても、ボートで抜けるのは無理だ。
「だから…上流に来たって証拠なんだろ?? な、博士!」
 あくまで陽気に、トモルが聞く。「まぁ、そうだなぁ…」とガリレオは答えた。
「しょうがないよ。ここからは歩いて行こう」
 ダイの提案に、反対する者はいなかった。…いや、反対できる者は、いなかった。
 トモルは岸にボートを寄せて、地面に足をつける。全員がボートから降りると、一行は聖なる泉を目指して歩き始めた。
「川沿いに歩き続けていけば、迷うことはないだろう」
 と言うガリレオの提案で、トモル達は薄汚い川の横を、延々と歩き続ける事になった。

「あ! 見て!!」
 スズカが叫ぶ。さっきまで、あんなに疲れた疲れたと言っていたのに、突然走り出した。
「ねぇみんな! これ、水門じゃない!?」
 スズカが指差す。そこには、分厚い鉄で出来た水門があった。
「確かに…これは水門だ」
「って事は…」
「この向こうに、水がある!」
 子ども達は顔を見合わせた。
「でも、どうやって開けるでチュワン?」
「これを回せば良いんじゃないか?」
 ユキオが水門のすぐ横にあるハンドルに手を置いた。かなり大きいハンドルだ。
「じゃ、早く回してよ!」
 スズカの命令に一瞬ムッとしたが、黙ってコータ、ガリレイと一緒にハンドルを回し始めた。
ギィギィギィ
 古い金属の出す独特の音がして、ハンドルが回る。何年も使われていなかったかのようにさびているが、回転はスムーズだ。
ギィギィギィ
 少しずつ、しかし確実に水門が開く。スズカとチワワンが、目を輝かせて水門を見つめた。
 さぁ、あと少し…あと少しで、水門が完全に開く。あと少しで、聖なる水が流れる。あと少しで、ミッション初勝利となる…!!
 ・・・・・・・・・・・・・・。
「…何も流れないな」
 水門を開ききったユキオが呟く。水門は完全に開いたが、水一滴流れてこない。
「ウソォ! なんでぇ!?」
 その場に崩れるスズカ。コータは急いで、水門の横の階段を駆け上がり、水門の向こう側を見た。そして、わかった。
「みんな、見てくれ!」
 上からコータの声がする。ユキオ達は階段を上り、駆け寄った。そして、水門の向こう側を見て、愕然とした。
「み…水が一滴もないじゃない!! せっかくここまで来たのに!!」
 スズカが悲鳴を上げて、頭を抑える。また負けるのか…!?
「いや…でもちょっと待って」
 コータが何かを思い出した。
「確か、ユリーカ情報では…地中にしみこんだ雨水は地下水となり、泉となって湧き出す事もある…って言ってたよね?」
「! と言う事は、ここのどこかに泉の水源があるかもしれない…」
 全員で、枯れた泉を見渡す。と、チワワンが突然駆け出した。
「あ、チワワン!?」
 チワワンは枯れた泉に下り、泉の中心部へ駆ける。そして、そこにある大きな岩の底部を指した。
「これ! これでチュワン!」
 4人は一斉に泉に下りて、チワワンの元に駆け寄った。岩の根元から、わずかながら水が染み出している。
「と言う事は、この岩をどかせば…!」
 勝てる! 子ども達は顔を見合わせた。

「うおおぉぉぉ〜〜〜!!」
「ひぐうぅぅぅ〜〜〜!!」
 ユキオとコータが、木の棒を岩の下に突っ込み、テコの原理で持ち上げようとしていた。
「頑張って! もう少し!!」
 スズカはさっきから何一つ力仕事をしていない。女の子だからか?
 岩が少し揺れる。そのたびに、岩の下から水が染み出してくる。間違いない。この下には、地下水源がある!
「おりやあぁっ!!」
 2人が同時に叫び、棒を一気に押した! 瞬間、岩が大きく動き、水が勢いよく噴き出した!
「逃げろ!」
 ガリレイが言うまでもなく、3人と1匹は慌ててその場から全速で逃げた。ワニの一件といい、今回は走ってばかりだ。
 何とか泉の壁をよじ登ると、子ども達は振り向き、噴き出る水を眺めた。その水が泉に溜まり、同時に川へと流れていく。
「見て! 川がどんどん綺麗になっていくわ!」
 興奮した声で、スズカが言った。ユキオ達も振り向く。見る見るうちに、川が浄化されていく。
 そして、あの声がした。
≪ミッション・クリア≫

「川が…綺麗になった…」
 ミオが呟いた。
「って事はオレたち…」
 トモルが呟いた。
「負けた…って事だね…」
 ダイが呟いた。
≪ミッション・ロスト≫
 その声が聞こえると、子ども達は同時にため息をついた。

 ブルーペガサスの中が、初めて笑い声で溢れていた。
「やった…! 初めての勝利だ!」
 ユキオも興奮を隠せず、ガッツポーズを取る。その手には、ユリーカストーンが抱えられている。
「さぁ、早く帰って、ユリーカストーンを収めるぞ」
 ガリレイはそう言って、操縦桿の横の取っ手のようなレバーを引いた。
「イクジットスイッチ・オン!」
 ガチャ、とレバーを90度回転させると、ブルーペガサスが光り…そして、消えた。

 空間に亀裂が入り、ブルーペガサスが現れた。ユリーカタワーの目の前だ。
「これでやっと、1つか…」
 脚立を上りながら、ユキオが呟いた。
「早く入れてよ、ユキオ」
 スズカが急かす。「ああ」とユキオが答える。
「よいしょ…」
 スッ…ユキオが、ユリーカタワーにストーンを収めた。
 ストーンが光り、収めた部分が90度回転して、ガリレイの研究所の方を向く。
 ユリーカタワーの頂上もガリレイの研究所を向き、その頭のピンクのクリスタルから、淡いピンク色の霧が噴射され、ガリレイの研究所に降り注がれた。
「2対1、か…」
「大丈夫。まだまだ逆転できるわよ!」
「まだ負けてないでチュワン!」
「ああ、そうだな」
 励ましあうユキオ達を…トモル達は、ガリレオの研究所から見ていた。正確には、望遠鏡で、ユリーカタワーを見ていた。
 タワー自体は向こうを向いているが、なんてことは無い。ユリーカストーンは2個ともこっちのものだ。
「大丈夫よ。まだ2対1で勝ってるわ。勝ち越しよ」
「そうだよな」
 ミオの励ましにうなずいて、トモルはもう一度望遠鏡を覗き込んだ。
 …と、その時、信じられないことが起こった。
 その2個のユリーカストーンが…突然光り、180度回転して、向こうを向いてしまった!
「えっ…!? な、なんでよ!?」
「どうなってんだ!?」
 トモル達同様、ユキオ達も驚いていた。
「な、どういうことだ!?」
「ユリーカストーンが、全部こっちを向いた…!?」
「…実はな…」
 ガリレオとガリレイは、同時にそれぞれのチームの子ども達に、説明をした。
「ユリーカストーンは、自分たちが取ったものだけでなく、今まで収まっていた全てのユリーカストーンが、最後に取った方を向くんだ」
「じゃぁ、この3つは、正真正銘俺たちの物って事ですか!?」
「そのとおりだ」
 ユキオ達の間に…パッと笑顔が広がった。

「お帰り、みんな」
 ニッコリと笑って、ピグルが子ども達を食堂へ迎え入れた。
「みんな、ユリーカストーン争奪戦初勝利、おめでとう。ミッションに勝ったご褒美として、今日の料理は…」
 バッと、料理の上にかけてあった白い布を、ピグルがめくった。その下には、今までの質素な食事とは究極にまでかけ離れた、超豪華な食事たち。パン、スープ、ケーキ、ジュース…。
「おいしそ〜っ!!」
「ユリーカストーンが3つともおれ達の物になった上に、こんな豪華料理まで食べられるなんて…!!」
 スズカとコータが感動の声をもらす。ユキオも、思わず顔がほころぶ。
「さぁさ、どうぞ、食べて頂戴」
「いただきま〜す!!」
 言いながら子ども達は席に駆け寄り、座るや否や、食べ始めた。

「お帰りなさい、皆さん…」
 子ども達を迎え入れたベアロンの調子が、いつもより暗い。「?」と子ども達は顔を見合わせた。
「今回もみんなが頑張ったって事は、良くわかってるわ。でも…」
「でも…?」
「ごめんなさいね…。ミッションに負けると、こんな料理しか作れなくなっちゃうのよ…」
 バッと、料理の上にかけてあった白い布を、ベアロンがめくった。その下には、なんとも言えない質素な料理…。
「なっ、なにこれ…!?」
「ま、負けるとこうなっちゃうの!?」
 ダイも思わず声を上げた。
「そんなぁ…」
 空腹にはなっていたが…一挙に、食欲が削がれてしまった。

「この際だから…仕方が無い。みんなに、はっきり言おう」
 ガリレオが弱弱しく言う。ただ事ではなさそうだが、もはや反応する気力がない。
「何でも言ってくれよ博士。もう、なに言われたって驚かないから」
 半ばだるそうに、トモルが答えた。「そうか…」と一息入れてから、ガリレオが言った。
「実は、10個のユリーカストーンを全部こっちに集めないと…ゲームは崩壊して、君たちどころか、向こうの子達も元の世界に戻れなくなってしまうんだ」
「えっ!?」
「だから、何としてでも、10個のストーンを我々が集めなければ…」

「じゃ、じゃあ…」
 ユキオは思わず身を乗り出していた。
「俺たちが10個のユリーカストーンを集めるのに失敗したら…」
「ああ…。このゲームは崩壊し、我々はもとより、向こうのチームも元の世界に帰れなくなる!」
「だったら…」
 ユキオはコブシを握り締めた。
「だったら…」
 トモルはコブシを握り締めた。
「だったら、絶対にオレ(俺)たちがユリーカストーンを集めるんだ!!」

 決意する2つのチームの狭間で、ユリーカタワーは、静かに夜空を見上げていた。

⇒Next MISSION「バドバドとチワワンを探せ!」

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