おもいっきり科学アドベンチャー そーなんだ!
#6「料理で勝負せよ!」

「♪〜♪〜♪〜」
 鼻歌を歌いながら、ガリレオは望遠鏡を覗いていた。視線の先には、こちらを向くユリーカタワー。5個揃ったユリーカストーンを見て、上機嫌だったのだ。
「博士、今朝からずっとあの調子ねぇ」
 食堂にて、豪華料理を頬張りながら、ミオが言う。その口調は、やや「呆れ」がこもっている。
「きっと、ユリーカストーンが5個も集まって、嬉しいんだよ」と、ダイ。
「あれだな」トモルがフォーク片手に言った。
「集めてたトレーディングカードを、全部コンプリートした感じ」
「どんな感じよ…」
 やはり「呆れ」口調でミオが突っ込む。「でも、ガリレオ博士が喜んでるって事は…」と、ダイ。
「もしかして、ガリレイ博士、泣いてるのかな?」

「うう…う、ううう〜〜…っ。く、くやしぃ〜っ!!」
 望遠鏡を覗き込みながら、ガリレイが泣いていた。視線の先には、あちらを向くユリーカタワー。ユリーカストーンが、1つも見えない。

「あれだな」トモルがナイフ片手に言った。
「あと一枚でコンプリートってところで、目の前の奴に先にカードを買われちゃった感じ」
「だから、どんな感じよ…」
 大きくため息をついて、ミオが突っ込んだ。

「あ〜あ…」
 食堂にて頬杖をつきながら、コータがため息を洩らした。
「一度でも負けると、全てのストーンが向こうに行くなんて、無茶苦茶な設定だよな…」
「ああ…」ユキオも力なく同意する。
「実際のゲームだったら、やる気なくすよ…」
「ホントよ! わたし、こんな生活もう耐えられない!!」
 一口も食べていない乾パンを前へ押しやり、スズカが叫ぶ。
「こんな食事、もう嫌よ!!」
「でもねスズカ」とピグル。
「見た目はそんなだけど、それにはたくさんの栄養が入ってるのよ。エネルギー源の糖質、体を作るタンパク質…」
「それはもう、前に聞いたわよ! それに、わたし達人間は、栄養だけ摂れればいいって物じゃないの!」
 思わず立ち上がり、力説し始める。
「料理って言うのは、素敵な見た目とか、素晴らしい味とか…それら全てを含めて『料理』って言って、それを食べる事が『食事』なの! こんなの、食事じゃないわ!!」
 ついに、泣き叫び始めた。

「おかわり!」
 トモルが、ベアロンにケーキの皿を差し出した。美味い上におかわり自由。こんないい環境、他には無い!
「ベアロンの料理は最高だよ。うんうん」
 ベアロンが差し出したケーキを、口に運ぶ。
「あんまり食べると太るよ」
 ダイがボソッと指摘したが、「オレはそんなの関係ないぜ!」と言わんばかりに、トモルは食べ続ける。
「う…」
 そんなトモルの代わりに、ミオが手を止めた。太る太る太る…。
 ミオは“そういう”お年頃。ケーキを載せたフォークを、思わず皿の上に戻した。

≪エリアE3に出動せよ。エリアE3に出動せよ≫
 その時、突然指令が入った。ガバッと立ち上がるスズカ。
「来たわね…」
 バッ! と顔面パックを剥がし、
「ミッションよ! 次こそ勝つわ!」
 カッコいいんだか、カッコ悪いんだか。とにかく、ガリレイとチワワン、そして子ども達は、ブルーペガサスへと駆け出した。
 スズカも部屋を飛び出したが…すぐに食堂へ戻ってきた。そして、「こんな食事」を鷲掴みにして、後を追った。…空腹には耐えられなかったようだ。

 空間に亀裂が入る。そして、そこからレッドペガサスが現れ、続いて、別の亀裂からブルーペガサスが現れた。
「ここは…?」
「街の上だ…」
 子ども達は窓により、眼下の街を見た。人が大勢いて、お店も開かれている。どうやら、今日は市場が開かれているらしい。
「こんなところで、何をやるのかしら…?」
 と、その時。両ペガサスに、ユリーカ情報が入った。子ども達は、モニターに詰め寄った。
≪カビは動物でも植物でもない、真菌類という微生物の仲間だ。
 カビは何も無いところに突然生えるわけではない。空気中には目に見えないほど小さなカビの胞子が飛んでいて、根を下ろしたところから生えるのである。
 冷蔵庫に食べ物を入れると長持ちするのはなぜか。それは、カビなどの微生物の繁殖を抑えられるからだ。野菜に限らず、冷蔵保存には、乳製品はマイナス1℃、肉や魚はマイナス3℃からマイナス7℃など、それぞれ適した温度があるので注意が必要である≫
「そーなんだ!」
 今回のユリーカ情報は少し短い。しかし、「カビ」と「冷蔵庫」である。一体、今度のミッションは…?
 続いて、画面に「MISSION 6」と表示され、両チームにミッションが告げられた。
≪ミッションナンバー6。明日開かれる子供料理大会に参加して、優勝せよ≫

「フフフフフフ…」
 ミッションを聞き、ミオが突然笑い出した。「ど、どうしたバド?」と、恐る恐るバドバドが聞いた。
「今回のミッション、もらったわ!」
 笑いながらミオが叫んだ。バドバドもダイもガリレオも、全く意味がわからない。が、トモルだけ合点が言ったようだ。
「あ、そうか! ミオんちって確か…」
「そう。イタリアンレストランよ!」
「! じゃぁ、ミオってもしかして…」
「ええ。料理なら、まっかせて! わたしが完璧に作ってあげるわ!」
「よっしゃぁっ! 今回のミッションも、オレたちの勝ちだぜ!!」
「いやっほう!」と、トモルが飛び跳ねた。

「よし! これなら勝てる!」
 ミッションを聞き、ユキオは思わずガッツポーズをとった。
「ああ! 向こうに、味のわかりそうな奴なんて、いないもんな」
 コータも笑って同意し、「いえい!」と2人で手を打ち合わせた。
「・・・・・・」
 その横で、なにやらスズカが難しい顔をしていた。
「…? どうした、スズカ」
「えっ? べ、別に、なんでもないわよ」
「…。あ、もしかして、スズカって…料理、できないの?」
「なっ…。ば、バカいわないでよ! 出来るとか出来ないとか、そういう問題じゃなくて、料理がわたしを避けてるの! …あ! あなた達もしかして、料理は女の子が作るものだと思ってるんじゃないでしょうね!?」
「別に、思ってないけど…」
 ユキオはコータと顔を見合わせた。そして、クスッと2人で笑い、スズカを指差した。
「スズカ、料理できないんだ」
「違うわよ!!」
 スズカの顔が、真っ赤に染まった。
「見てなさいよ! わたしにかかったら、こんなミッション、簡単なんだから!」
「え? 何か、作戦があるのか?」
「もっちろん♪」
 お、なんだ? ユキオとコータが期待してスズカを見た。
「まずわたしが指示を出して、2人がそれに従う。さぁ、まずは買い出しよ!!」
「………。それって、作戦?」
 コータの突っ込みも、スズカの耳には届かなかった。

「とりあえず、買い出しに行くぞ」
 ガリレオが言った。うん、と頷く3人と1匹。レッドペガサスが、市場のすぐ近くに降り立った。
 当初の予想通り、今日はここでは市場が開かれているようだ。多くの店が開かれ、色とりどりの食べ物が並べられている。見た目にも美しく、どれを見てもよだれが出てくる。
「おいしそぅ…」
 果物屋の前で、ミオは目を輝かせていた。
「お嬢ちゃん、食べてみる?」
 少し太った女店主が、ミオの目の前に切ったリンゴを差し出した。
「明日は市場がお休みだから、サービスするよ」
「わぁ…」
 ミオはリンゴに手を伸ばしたが…
『あんまり食べると太るよ』
 ダイのセリフが、頭の中で再生された。
「あ、は、ハハハ…」
 ミオは苦笑いを浮かべ、その場を立ち去った。
「うひょ〜! うまそう〜っ!」
 トモルが、巨大な肉を目の前にして、目を輝かせた。
「いい香りぃ!」
 ダイが、果物屋の前で、鼻を動かした。
「コラ!!」
 市場に、ミオの声が響いた。
「ちょっとみんな! 勝手気ままに物を買わないでよ!」
「え〜、ちょっとぐらい良いじゃんかよ」
「良くないわよ! そういう無計画な買い物が、経営破綻のきっかけになるのよ! たくさん買いすぎてあまった食べ物は、腐らせるわけにも行かず、捨てるわけにも行かず、食べて食べて食べつくすしかないのよ! そうして行き着く先は…行き着く先は…ああっ!!」
 ミオは、ポケットから小さなメモを取り出した。そこには、ビッシリと食材の名前が書いてある。
「ここに、今日買う物全てをリストアップしたわ。良い? ここにあるものだけを買うのよ!」
「え〜」
「え〜じゃないっ」
「美味しそうバド!!」
 少し離れたところから、バドバドの声がした。ミオは思わずそちらを向く。魚屋の目の前、バドバドがはしゃいでいた。
「この魚を、店ごと買うバド!」
「へい、毎度!」
「……」
 ミオが、バドバドに歩み寄り…突然怒鳴りつけた。
「バドバド!! 明日の料理、ペンギン鍋にしちゃうわよ!」
「オイラはペンギンじゃないバド!!」
「ならいいじゃない」
「バドッ…」
 ミオの切り返しに、バドバドは固まった。家がレストランを経営しているせいか、料理に対しては人一倍強い情熱を持っているようだ。トモルたちはその情熱に圧され、言うとおりにするしかなかった。

「さって、次は何を買おうかしらぁ??」
 ルンルン、とスズカが軽やかに歩いていた。その後ろから…大きな段ボールをいくつも抱え込んだ3人の男と1匹の犬がついて歩いた。
 ユキオ、コータ、ガリレイ、チワワン…3人と1匹は、荷物係だった。段ボールの中には、先ほどからスズカが買いあさっている食材がギュウギュウに押し込められている。
「まだ買うのぉ!?」
 コータが悲痛な声を上げる。そのセリフにムッとして、スズカがクルリと振り向いた。
「当たり前でしょう!」
「でも、これは買い過ぎだよぉ…」
「いいのよ! 食材を買い足りなくて困るより、買い過ぎて困る方がマシじゃない! ようは、ミッションをクリアすればいいんだから!」
「そうは言ってもぉ…」
 ううう…と、半泣き状態で訴えるコータ。ガリレイは声すら出ず、ユキオはあくまでクールに事の成り行きを見守った。
「あ」
 ユキオが言った。
「あ」
 トモルが言った。
「あ」
 みんなが言った。
 トモル達とユキオ達が…バッタリと、出会った。
 瞬間、お互いに火花を散らしあう両チーム。最初に口を開いたのは、トモルだった。
「へ〜だ。随分と大量に買い込んでるようだな! そういう無計画な買い物が、経営破綻のきっかけになるんだぜ」
「食材を買い足りなくて困るより、買い過ぎて困る方がマシだろう。ようは、ミッションをクリアすればいいんだ」
 反論するユキオ。そして、それに便乗するスズカ。
「そうよそうよ! ホント、ケチケチした買い物しか出来ないんだから…これだから庶民は嫌よね。ホーッホッホッホッ!」
「あ〜ら、わたしたちも、無計画で豪快で傲慢な買い出しが出来なくって、困ってるところよ。オーッホッホッホッ!」
バーチバチバチバチ!!
 両者の間で、激しい火花が飛び交う! バドバドとチワワン、ガリレオとガリレイもお互いににらみ合い、激しい火花を散らした!
「フン!」
 全員が一斉に反対方向を向き、大股で立ち去った。そんな8人+2匹を、市場の人々は遠巻きに見つめていた。

「さ〜て、買い出しも終わったし!」
 買って来た食材を置いて、ミオが言った。
「トモル、ダイ。2人とも、これ、全部ペガサスの冷蔵庫に入れてきて」
「え〜!? なんでオレたちが…」
「いいから!」
 ミオが一喝すると、トモルもダイも、静かにそれに従った。今回のミオは、少し怖い。料理人のタマゴとしての、情熱なのだろうか…?


 …その夜は、暑かった。とてもとても、暑かった。
 ユキオも、コータも、ガリレイも、スズカも、チワワンも…全員、寝ている間に布団を蹴り飛ばすほど暑かった。
 その暑い中、ユキオ達が買って来た食材は、全て…ペガサスの外に、そのまま放置されていた。

「きゃあぁぁ〜〜〜っ!!?」
 朝。スズカの悲鳴で、ユキオ達は目を覚ました。
「どうしたんだよ、スズカ…」
 寝ぼけ眼をこすりながら、コータがペガサスから出てきた。外に置いてある食材の前に座り込んでいる、スズカの姿が目に入った。
「な、な、な、な…」
 動揺で口が動かないらしい。コータの後からユキオ、ガリレイ、チワワンも外に出てきた。そして、計ったように、スズカは頭を抱え込んで、叫んだ。
「なによこれぇ〜〜っ!!」

「カビだな」
 緑色に染まったパンをブルーペガサスに持ち帰ると、ガリレイは一言そう言った。ペガサスのコンピューターに分析させたが、やはりカビだ。
「そう言えば、昨晩はやけに蒸し暑かったな…」
 とすれば、他の食材も全てダメだろう。後で、なにがダメで、なにが残ったか、調べる必要がある。
「ねぇ、これ表面だけ削って使えないの?」
「…無理みたいだな」
 モニターに映し出された映像を見て、ユキオが言った。モニターに一緒に出た文章を、音読する。
「『カビは、表面だけについているように見えるが、実は奥深くまで根を伸ばし、毒素を出しているため、表面だけ削って食べると、下痢などを引き起こす可能性がある。もしカビが生えたら、即座に捨てるべきである』…だって」
「そんなぁ! じゃ、じゃぁ、早く市場へ行って、もう一度買ってきましょう!」
「それは出来ない」
 ガリレイが操縦席から振り向いた。
「今日は、市場は休みだからな」
「う…ウソ…。そんな…食材も無しに、どうやって料理大会に出るのよぉ〜っ!!?」
 今回のミッションは、確実に負ける…。誰もが、そう予想した。

「さ、て、と」
 髪を結いながら、ミオが冷蔵庫の前まで来た。と、そこで足を止め、冷凍庫を開けた。
「・・・。ちょ…ちょっと、何よこれぇ〜〜っ!?」
「どうしたの、ミオ?」
 ミオの悲鳴を聞き、ダイがのん気に現れた。すぐ後ろに、トモルとガリレオ、バドバドもいる。
「ね、ねぇ…なんでお豆腐やコンニャクが冷凍庫に入っているわけ?」
「え? だって…食品を腐らせないため、だよ」
 首を傾げて、ダイが答えた。
「ダメよ! お豆腐やコンニャクは、冷凍しちゃうと、フニャフニャになって、味が半減しちゃうのよ!」
「そうなの?」
「そうなの!! 大体、物を詰め込みすぎよ!」
「でも、ミオ。大変だったんだぜ。詰めるの。な、ダイ」
「うん」
 お互いに顔を見合わせ、頷く2人。た、大変だった…? ミオの顔が、恐怖に染まった。まさか…!?
 恐る恐る冷蔵庫に手を伸ばし、開けた。その瞬間!
 バァン! と音がして、食材がミオの上に降りかかった!
「キャァッ!?」
 しかもさっきより量が多い! ミオは食材に押され、その場に倒れ込んだ。
「いった〜い…」
「大丈夫? ミオ…」
「大丈夫じゃないわよ!!」
 未だにのん気なトモルに、ツバを飛ばしながら叫ぶ。そして、冷蔵庫から現れた食材を見て、またも悲鳴を上げた。
「何やってるのよ!? 普通、バナナは冷蔵庫になんか入れないわよ!」
「そうなの?」
「そうなの!! それに…」顔をゆがめて、バナナに顔を近づける。「あぁ、魚の臭いがついちゃってるし!!」
 そう言ってバナナを投げ捨てた。
「それに、物を詰め込みすぎよ! これじゃ、冷気が全体に行き渡らずに、全然冷えないわよ!」
「そうなの?」
「…でもさ、味は変わってないし、別にいいんじゃない?」
「良くないわよ! 料理って言うのは、味だけじゃなくて、見た目や食感、それに栄養価まで、全部踏まえた上で、初めて『料理』って呼べるのよ!」
「そうなの?」
「そうなの、そうなの、そうなの!! も1つオマケに『そうなの』!!!」
「そ…そーなんだ…!」
 悲鳴にも近い怒声を浴び、男性陣は小さく答えた。ミオが絶望的な声で言う。
「ああ、まさか、こんな入れ方するなんて…。ユリーカ情報、ぜんっぜん役立ってないじゃない!!」
「ご、ゴメン…ミオ…」
「もう、これじゃほとんどの食材が使い物にならないわよ!! こんなんじゃ…料理なんて作れないわ! 今日は市場もお休みだし、いったいどうしたらいいのよぉ〜っ!?」
 ミオは、ついに泣き出した。


 そして、いよいよ子ども料理大会が始まった。
 夜の屋外会場。そこに設置されたライトが煌々と光り、レッドチーム(トモル達)、ブルーチーム(ユキオ達)と、それ以外の3チーム(イエローチーム、グリーンチーム、ホワイトチーム)を照らしていた。
「レディース、エーンド、ジェントルメーーーン!!」
 奇妙な口ひげを生やし、中途半端に派手な服を着た男が、マイク片手に叫んだ。この料理大会の司会者だ。会場の中央にある、階段の上に立っていた。
「お待たせいたしました! 今年もやってまいりました、子ども料理大会!!」
 会場の電気が消え、その男だけにスポットライトが当てられる。男はゆっくりと階段を下りながら、語り始めた。
「昔、ある美食家が言いました。
 『あなたが今まで食べてきた料理を、わたしに言ってみなさい。あなたがどんな人物か、当ててみせよう』
 そして今夜、わたしも言わせてもらいます!
 『あなたの作った料理を、わたしに食べさせてください。あなたがどんな人物か、当ててみせよう』
 さぁ、当ててください! 本日の料理大会の審査員の方々ですっ!!」
 バッ! と、男がさっきまで自分がいたところに腕を振り上げる。スポットライトがそこに当たった。いつの間にかに、3人の男女がそこに座っていた。左から順に、和・中・仏(フランス)風の人物が座っている。
「さぁ、この3賢者を唸らせ、勝利の証を手に入れるのは、一体どのチームだっ!? 勝者には、子ども料理大会の優勝トロフィーと、副賞を差し上げますっ!!」
「副賞!?」
 ピクッ、と子ども達が反応した。もしかして、その副賞が…
「ユリーカストーン!」
 全員同時に言った。そうだ。そうに違いない。ミッションも、『相手チームに勝て』ではなく、『優勝せよ』だった!
 子ども達はお互いに顔を見合わせ、頷きあった。勝つ。絶対に、優勝してみせる!
「さぁ、では始めましょう。まず、最初の勝負は…和食料理対決だぁ〜っ!!」
カーン! と、コングが鳴り響いた!

「とは言ったもの…どうする?」
 ユキオ達は顔を寄せ合い、相談し始めた。
 あの後、何にカビが生え、何にカビが生えていないか調べた結果…全てに、カビが生えていた。即ち、彼らには今、一切の食材が残されていない!
「大丈夫よ!」
 スズカが強気に言った。大丈夫? 何故?
「でも、食材は? 何を作るんだ?」
 コータの問い掛けに、スズカは黙って微笑んだ。

「向こうは何か、考え付いたみたいだよ」
 ユキオ達を見て、ダイが言った。ミオは腕を組んで、考え始めた。
 ミオは、「ほとんどの食材が使い物にならなくなった」と言ったが、実際には、冷蔵庫に入っていたものは全てダメになった。残っていたのは、米と塩だけ。ユキオ達より幾分マシだが、たったこれだけで何が作れようか…。
「仕方が無いわね…」
 ミオは恨めしげに、米を睨みつけた。
「こうなったら、原点に戻るしかないわ」
「げん、てん…?」
 トモルが首を傾げた。

トントントントン…
ザクザクザクザク…
ジュゥジュゥジュゥ…
 切る音、焼く音、その他諸々。会場に料理の音が鳴り響く。そして、次々と料理が作り出され、各チームのカウンターテーブルに置かれていった。イエローチーム、グリーンチーム、ホワイトチーム。どこもかしこも、子どもが作ったとは思えないような、立派な料理ばかりが並んでいる。
「おおっ! 素晴らしいっ!!」
 その料理を眺め、司会者が言った。
「見た目にも何と美しい料理! これは味の方も楽しみだ!!」
 しかし、まだ口はつけないようだ。男はそのまま、ブルーチームとレッドチームの方にやって来た。
「かくして、こちらの2チームはっ…!?」
 固まった。
「石と…おにぎり?」
 ザワザワ…会場がざわめく。ブルーチームのカウンターには大きな丸い石、レッドチームのカウンターの上には、三角形の白いおにぎりが2個。
 と、司会者のすぐ横で、和食料理の審査員が石を手に取り、つぶやいた。
「素晴らしい…!」
「は?」
 目を白黒させる司会者。しかし、審査員は感動して続ける。
「この石の形。この石の模様。そして、この石の温度…。全てが微妙に干渉しあい、美しい波長をかもし出している…。石とは何も語らず、しかしそれ故に、全てを語る…。さぁ、触って見なさい」
 審査員が司会者に石を差し出した。恐る恐る、そこに手を伸ばす。
「うわっ! 熱いっ! …おお、そういえば、その昔、絶食中の僧侶は、温めた石を腹の上に乗せて、空腹を紛らわしたと言います! まさか、この子ども達が、そんな事を知っていたなんて…!」
 そこでスズカはバッと司会者のマイクを奪い取った。
「当ったり前よ!」
 そしてそれを、つき返した。
「ただの偶然じゃないの!」
 ミオが小さく言ったが、誰にも聞こえなかったらしい。
「さて、一方のレッドチームですが…」
 司会者がレッドチームの方を向くと、既にそこには審査員がいた。そして…涙を流している。
「ええっ!?」
「素晴らしい…。おにぎりとは、和食料理の原点…。長い歴史を有する和食料理も、全てはここから始まった。その、深い深い歴史が、ここには語られているのだ…」
「ほ〜っ! な、なるほどぉ!!」
 大げさに感激する司会者。そのおにぎりをまじまじと見つめた。
「言われてみれば、その通りです! 全ての美しさは、原点にあり。和食料理の原点とは、即ちおにぎり! レッドチームの子たちは、それに果敢に挑戦した!!」
「え〜っ! そんなのってありぃ!?」
 スズカが叫んだが、司会者の耳には届かない。
「さぁ、いきなりの強者の登場です! 今年の料理大会は、いつもと一味違う! さぁ、お次は一体どんな戦いが繰り広げられるのでしょうか!? 第2回戦のお題は…中華料理だぁ〜っ!」

「次はどうする?」
 ユキオ達は、またも相談を始めた。くどいようだが、彼らには今、一切の食材が残されていない。
「そうね…。まぁ、2回ぐらいはいいんじゃないかしら?」
「2回ぐらいって…まさか…?」
 コータの不安を他所に、スズカは、ニッコリ微笑んだ。

「次はどうするの?」
 ユキオ達を見、ミオを見て、ダイが不安そうに聞いた。「どうしよう…」とミオが呟いた。
「中華料理の原点って、なんだ?」
「いえ、次は原点は使わないわ。2度も同じ手は使えないもの」
 ミオが首を振る。中華、中華…。
「…お米を使った中華料理…。あれしかないわね」
 両チームとも、作戦は決まったようだった。

トントントン…
チャッチャッ…
ジュゥジュゥ…
 焼く音に炒める音。素早い作業で、中華料理が各チームのカウンターテーブルに置かれていく。
「おぉっ! どれもこれも美味しそうです! では、先ほど奇抜なアイディアを出してくれた、ブルーチームはっ!?」
 バッとブルーチームを見る。と…
「…ま、また石?」
 カウンターテーブルに置かれているのは、先ほどより少し小さい、角ばった石。
「おおっ! これは…!!」
 ものすごいスピードで、階段から中華料理の審査員である美女が駆け下りてきた。そして、司会者を突き飛ばす!
「こ、この石…なんと美しい!」
「は…? あ、あなたも…?」
「ご覧なさい!」
 審査員が、軽く石を拭くと、美しい縞模様が現れた。
「これは、紛れも無く、豚の角煮石!」
「な、なんですか、それ?」
「豚の角煮石とは、その名のとおり、豚の角煮に似た石の事! その昔、中国の皇帝は、豚の角煮石を非常に好み、金と同じ価値を持たせたと言います!」
「ほぅ! それは素晴らしい!」
 司会者が、またしても大げさに驚いてみせる。
「確かに、この小さな石から、なにか歴史的な重みを感じます!」
「か、感じないでよ、そんなの!!」
 ミオが叫んだが、司会者の耳にはやはり、届かない。
「さぁ、それでは最後のチーム。レッドチームは!?」
 颯爽と歩み寄る司会者。目の前のカウンターテーブルに置かれたものは…。
「…これは…?」
 お皿に盛られた一杯の白いご飯。ライスか?
「ああっ! それはまさか…!」
 ミオが説明する前に、「中華料理の美女」が飛んできて、また司会者を突き飛ばした。ガッとお皿を手に取り、穴の空くほど見つめる。
「この色、この香り…これはもしかして…!」
 そして、一緒に置かれていたレンゲで、それを食べた。
「ああっ! こ、これは、まさに…!」
「今度はなんですか…?」
「これはまさに、塩チャーハン!」
「し…塩?」
「具を一切使わず、コンソメすら使わず…ただ、塩だけで味をつけ、ご飯を炒める…! そのため、味を誤魔化す事が出来ず、料理人の全ての腕が、そこに現れる、究極の料理…! わたしですら未だに到達できないその極地に、こんな子ども達がいとも簡単に到達してしまうとは…! ぁあっ!!」
 なんだかよくわからないが、感動しまくる美女。司会者はとりあえず、それに便乗した。
「なるほど!! そのような料理を作れるとは、最高に素晴らしい子ども達だ!!」
「ただ米と塩しかなかっただけじゃないのか?」
 トモルたちの状況を悟り、ユキオがつぶやいたが、やはり司会者の耳には届かなかったようだ。
「さぁ、全く先の読めない今回の料理大会! いよいよ最後の料理です! 最後のお題は…フランス料理だぁ〜っ!」

「どうする? ロブスターに似た石でも探してくる?」
「いや…さすがに、3回連続で石はまずいだろう」
 顔を寄せ合い、相談するユキオたち。「もう、終わりだよ…」と、コータが小さく呟く。
 しかしスズカが、そんな言葉を跳ね返した。
「大丈夫。まだ手はあるわ!」
「でも、もう石は無理だよ?」
「石じゃないわ。これを使うのよ」
 スズカはポケットに手を突っ込んだ。ブルーペガサスに乗り込む直前、スズカは偶然にも、それを手にしていた。
「これよ」
「それ…朝食に出てきたゼリーじゃん」
 スズカの手のひらの、あの質素な食事のデザートとして出てきていたゼリーを見て、コータが言った。オレンジ色をしているが、オレンジの味がするわけではない。かと言って、何の味がする、と言うわけでもない。無味ゼリーだ。
「こんなもので、どうするんだよ?」
「フッフッフッ…。料理ってのは、味だけが重要なんじゃないの」
 何か意味深な笑みを、スズカが浮かべた。

「ミオ、今度はどうするの?」
「そうね…。うまくいくかどうかわからないけど…」
 もうヤケになったのか、ミオは残っている米を全て鍋にぶち込んだ。
「やってみるしかないわね」

「さぁ! では、いよいよ最後の料理を見ていきましょうっ!!」
 司会者がマイク片手に叫ぶ。各チームのカウンターテーブルには、素敵なイタリア料理が並べられている。司会者と、妙な口ひげを生やしたフランス料理の審査員が、それを見てまわる。
「さぁ、それではお次は…注目の、ブルーチーム!」
パッ
 その時、会場の電気が消えた。
「なんだ?」「どうした?」
 ざわめく観客たち。司会者も不審に思って、辺りを見渡した。と、その時、スポットライトが点いた。照らす先は…コータだ。どこにあったのか、タキシードに身を包んだコータが、お皿の載ったキャスターを運んで来た。
「あ、あいつら…!」
 トモルが言った。
「もしかして、最後のために食材を残していたのか!?」
「そんなぁ! それじゃぁ、こっちは絶望的じゃない!」
 ミオは自分の作った料理を見た。向こうがどんな料理を作ったかわからないが…こっちよりは、良さそうな気がする。何しろ…。ミオは、コータの運ぶキャスターと、その上のお皿を見た。
 キャスターには花がちりばめられていて、キャスターとお皿を飾っている。お皿の上には、銀色のフタがしてあり、中身は見えない。しかし、キャスターの豪華さを見る限り、その中の料理は、おそらく…。
パッ
 コータが司会者の所に着くと、会場の電気が元に戻った。司会者が目を白黒させて、コータの運んで来たお皿を見た。この中には、一体どんな料理が…?
「これが、我らブルーチームの料理です! ジャジャーン!!」
 仰々しく言ってみせてから、コータがフタを開けた。その中には…!
「こ、これは…」
 恐る恐る、皿を手に取る司会者。そして、その上でプルプル震える物を見た。
「オレンジゼリー?」
「ン〜! トレビアーン!」
 審査員が、ひげをいじくりながら、審査員の横からゼリーを見つめた。
「またですか!?」
 今度は一体、どんな理由が!? 司会者はもう、あっ気に取られた。
「料理とは、味だけが全てではありません。盛り付け方や見た目、栄養分への気配り。コース料理ならば、料理を出す順番。そしてもちろん、その料理がかもし出す『雰囲気』も、忘れてはならないポイントです!」
「ふ、雰囲気…?」
「彼は今、この料理を出す時、綺麗なタキシードに身を包み、素敵な飾り付けをしたキャスターを押して出てきました! これが、料理を一層美味しくしてくれるのです! また、このお皿! 載っている料理は、一口ゼリーと質素なものですが、その左右に配置された花などの装飾。これが、料理を豪華なものに見せてくれるのです!」
「な、なるほど…! 言われてみれば確かに、ただのゼリーが高級料理に見えてくるではありませんか!!」
 司会者はお皿を横から覗き込んだ。微妙に震える“高級料理”。言われてみれば美味しそう?
「ウソよ! 騙されちゃダメよ!!」
 ミオの必死の訴えも、やはり司会者には届かない。
「ではいよいよ、最後の料理の登場です。レッドチーム!!」
 軽やかにレッドチームに歩み寄る司会者。さて、今度は一体どんな料理が…?
「これは…?」
 お皿に盛られたそれを見て、司会者はまた固まった。このチームは、3回連続お米勝負。今度のメニューは…
「おかゆ?」
「リゾットよ!」
 ミオが大声で反論した。
「『イタリア風おかゆ』って言われたら、元子もないけど、これはリゾットなの!」
「り、リゾットですか…はぁ…」
 司会者の後ろから、審査員が顔を出した。そして、リゾットを口に入れる。
「ン〜、トレビアーン! 確かに、イタリアやフランスで言うリゾットは、日本で言えばおかゆです。しかし、ラーメン、うどん、スパゲッティ…。全て名前も違えば味も違いますが、根底にある考えは同じ。同じ料理でも、土地や文化の違いによって、様々なバリエーションに分かれるのでございます」
「な、なるほど…! つまり、長い年月を重ね、変化・進化し続けた料理の歴史…。それが、この一皿に語られている、と言う事なのですねっ!!」
「そ、そんなのただの屁理屈よっ!!」
 スズカの声を、ユキオが抑えた。
「まぁ、確かに言われてみれば、ラーメンやカレーだって、和食になってるもんな」
「そうだけどぉ…」
 悔しそうなスズカの声も、やはり司会者には届かなかった。
「さぁ! これで、全ての料理が出揃いました! 後は審査をするばかり! 皆様、しばらくの間、お待ち下さいっ!!」
 やれやれ…と、司会者は階段を上っていった。


「けっかはっぴょ〜〜っ!!」
 マイクに向かって、司会者が叫んだ。ワーーッ! と一気に会場が盛り上がる!
「さぁ! 大会史上、類を見ない奇抜な料理が次々と出てきた今大会ですが、果たして、栄光はどのチームに輝くのでしょうかっ!?」
バッ
 会場が暗くなる。そして、ドロドロドロドロ…と言う太鼓の音と共に、光の輪が各チームの上を飛び交う。
 勝つのはレッドチームか、それともブルーチームか…!? トモルとユキオは、お互いににらみ合った。絶対に負けない…!
「第6回、子ども料理大会の優勝チームは…!」
 緊張の瞬間! スポットライトが一瞬消え…司会者の声と共に、点灯した!
「イエローチームですっ!!」
「やったぁ〜〜っ!!」
 イエローチームに光が当たり、イエローチームの少女たちが飛び跳ね、抱き合う! 勝った! 優勝した!!
「………って、ぇえ〜っ!?」
 トモル達、ユキオ達は目を見開いた! そんな…イエローチームだって!?
「優勝したイエローチームには、優勝トロフィーを差し上げます!」
 司会者が言うと、アシスタントの女性がトロフィーを持ってきて、イエローチームのリーダーに手渡した。
「ちょっと待ってよ!!」
 ミオが進み出た。負けじと、スズカも進み出る。
「わたし達は!?」
「あんなに絶賛してたじゃない!」
「え、あ、いや…」
 冷や汗を流す司会者。2人の少女の強烈な視線を感じる。
「ま、まぁ、確かに、両チームとも、とんちがきいてて面白い事は面白かったのですが…」
「とんちじゃなくて、料理!!」
「え、あ、いや…」
 ゴホン、と咳払いして、マイクに向かって喋る。
「と、とにかく、優勝したイエローチームには、続いて、副賞として…包丁の10点セットを差し上げます!」
 そう言うと、またアシスタントの女性が、イエローチームに箱を渡した。箱を開けると、中には包丁の10点セット(各種包丁や、とぎ石、まな板など)が入っていた。
「包丁だって!?」
 今度はトモルとユキオが、司会者に詰め寄った。
「ユリーカストーンじゃないの!?」
「ミッションはどうなるんですか!?」
「は? あ、あの、わたしにはもう、何がなんだか…」
 そう言って、逃げるように階段を駆け上がる。
「あっ、こらっ!!」
 トモルが叫んでみたが、止まらない。どうなってるんだ…!?
「ミッションは!? どうなっちゃうの!?」
「どっちが勝った事になるんだ!?」
 混乱する子ども達。と、その時、あの声がした。
≪ミッション・エンド≫
 その言葉にハッとして、空を見上げる子ども達。ミッション・エンド…?
「クリアじゃなくて、エンド…」
「そういう終わりもありって事か」
 トモルの言葉に続いて、ユキオがクールに言った。引き分け、とも言えるし、両者敗北、とも言える。
「ちょっと待ってよ」
 スズカが言った。
「それじゃぁ、勝者の料理はどうなっちゃうの?」

ガコガコガコ
 ユリーカタワーが困っているかのように動いていた。
 右を向いたり、左を向いたりするタワー。しかし、どちらのクリアと言うわけでもないので、どちらの方を向くわけにも行かない。結局、真正面を向いた。あの淡いピンクの霧も、無しである。

「え〜っ!!」
 トモル達が叫んだ。その視線の先には、質素な料理。
「なんで!? オレたち、負けてないのに!」
「でも、勝ってもないわけだからなぁ…」
 ガリレオが冷静に言った。どうやら、引き分けだとこうなるようだ。
「そんなぁ!! やっぱりあの時、食べておけばよかったぁあ!!」
 ミオの声は、今にも泣き出しそうな声だった。

 ユリーカタワーは、ミオの声になど気にもせず、正面に広がる海を眺めていた。


⇒Next MISSION「仲良し花火を打ち上げろ!」

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