おもいっきり科学アドベンチャー
#12「不思議な森のサバイバル!」

 ここは、未完成のゲーム「ユリーカ」の、ナゾの世界。トモルたち少年少女6人は、ある日突然、この世界に吸い込まれてしまいました。そこで、「10個のミッションをクリアして、10個のユリーカストーンを集めれば、ゲームが完成し、元の世界に返れる」と聞き、早速ミッションのクリアに乗り出しました。雷を消したり、川を綺麗にしたり、停電を直したり、赤い空を青くしたり…。そしていよいよ最後のミッションをクリアして、10個目のユリーカストーンを手に入れました。しかし、それを「ユリーカタワー」に納めた瞬間、タワーが伸びて、また10個のストーンを集めなければならなくなってしまったのです。

「なんでこんな事になったのかな…」
「聞いてないぜ…」
「嫌になっちゃう…」
 ここは、ガリレオの研究所。トモル、ミオ、ダイの3人は、ベランダの手すりにもたれかかり、背中を見せるユリーカタワーを眺めていた。
「どういう事なんだ…」
 窓から外を見て、ユキオが呟く。
「俺たちじゃ、ゲームを完成させられないのか? 俺たちに、その資格は無いって事なのか…!?」
「どうしてこんな事になっちゃったのかしら…」
 テーブルに顔をもたれさせて、スズカが言う。すぐ隣で、コータもため息をつく。
「ホント…やる気なくすよな…」
「…やる気があった事なんて、一度も無いじゃない!」
「ひ…ひどいなぁ! 言って良い事と悪い事があるよ!」
「これは言って良い事…いいえ、言うべき事よ! だいたいコータは…」
 と、スズカは説教を始めようとして、やめた。ユキオが黙って、部屋のドアへ歩き始めたからだ。
「どこ行くの? ユキオ…」
 ユキオはそれに答えず、部屋を出た。

 巨大なモニター画面に、ユリーカタワーの映像が映し出されている。まだ、タワーが伸びる前の、デジタル画像。画面の中で、グルグルと回転していた。
「自然は、驚くべき事を、驚くべき容易さと単純さでやってのける…。追いつけないはずが無い!!」
 ガリレイは、自分を励ますように言った。キーボードを高速で叩き、「タワー延長事件」の真相を確かめようとしていた。
「・・・・・・・」
 一方のガリレオは、モニター画面をただ呆然と見つめていた。いったいどうしたらいいのやら…困っちゃうんだよなぁ。

「タワーへ行く?」
「ああ」
 オウム返しにダイが聞くと、トモルが力強く答えた。
「いったい何がどうなってるのか…知りたいんだ!」
「でもそれは、博士がやってくれてるじゃない」
「博士だけに任せておけないよ!」
「それで、タワーに行くって?」
「ああ!」
 あまりにも自信満々にトモルが言うので、バドバドはため息をついた。
「全く…そんな事したって、なんの意味も無いバド」
「そうね、そうしましょう!」
 ミオが言った。
「わたし達に出来る事をやらないと。もしかしたら、タワーに行ったら何かわかるかもしれないわ」
「さすがミオバド! 良い事言うバド!」
「…なんだよ、それ…」
 トモルの白い目も、バドバドは受け付けなかった。
「でも、博士に何か言ってから行った方がいいんじゃない?」
「博士はデータの解析に忙しそうだし、いいよ。それに、もし何かあったら、インフォギアで連絡すれば良い」
「そっか」
「よし、それじゃぁ…行くぞ!」
「オー!!」
 トモルたちは、ユリーカタワーへ向かって歩き出した。
 ガリレオの研究所、ガリレイの研究所、そしてユリーカタワー…。この3つは、いずれも森に囲まれていた。と言うか、この辺り一帯は、森と海しかない。
 森の中は、気持ちが良かった。普段はレッドペガサスで飛び越してしまうので気付かなかったが、綺麗な花が、ところどころに咲いていた。
「この辺って、気持ち良いわね」
「これでゲームが完成していたら、文句なしだったのにね。…後悔先に立たず、だけど」
「ほら、そろそろ見えてきたぞ…!」
 トモルが言うと、前方にユリーカタワーが見えてきた。
 ユリーカタワーは、巨大な建物の上に建てられている。タワーよりも建物の方がでかいのだが、「ユリーカタワー」は、屋上に立っているタワーだけを指すようだ。トモルたちは、その建物の前にやってきた。
「今度は…これを上るのか…」
 見上げた建物は、とてつもなく高い。外壁に階段が付いているが、何百段もありそうな勢いだ。小学5年生と、小学4年生…それとペンギン(自称「ペンギンじゃない」)に、この階段はきつい。上り終えた時は、全員息を切らしていた。
「疲れたぁ…!」
 トモルとバドバドは、その場に座り込んだ。そして、タワーを見上げる。
「…別に、なんてことは無いんだな…」
 ミオとダイは、タワーの土台に歩み寄り、調べ始めた。見たり触ったり叩いたり…。特に、異常は発見されない。
 トモルもタワーに歩み寄り、「よっと」と、タワーに飛びつくと、そのままスルスルと上り始めた。
『トモルー、危ないわよ〜!』
『どうするの〜?』
 下の方からミオとダイの声がする。トモルは下を見ないで、「タワーの天辺を調べてみる!」と答えた。
 と、トモルは横を見た。前方には…大きな海が広がっている。
「あっちが南だったかな?」
『トモル、どう?』
「海が見える! きっと夕焼けが綺麗だぞ!」
 南なのにか?
『そう言う事じゃなくて、何か異常は…』
『何をやってるんだ!!』
 突然ミオの声を遮る声がした。この声は…ユキオの声だ。
「何をやってるんだ!」
 タワーを下りてきたトモルに、ユキオが再度聞いた。ユキオの後ろには、スズカ、コータ、チワワンもいる。
「何って…そっちこそ、何しに来たんだよ?」
「なに…?」
「あ、そうだ。お前たちは、もうユリーカストーンは集めちゃダメだぞ。オレ達が集めないと、ゲームは完成しないんだからな」
「なんだと…? それはこっちのセリフだ! 俺たちがストーンを集めないと、ゲームは完成しないんだ!」
「へぇ。じゃぁ、なんでタワーが伸びたんだよ?」
「それは、お前たちが余計な事をするからだ! 今度こそ、邪魔するな!」
「それはこっちのセリフだ!」
「なんだとぉ…!?」
 生来のライバル同士であるトモルとユキオは…そこで口喧嘩をやめ、にらみ合いを始めた。そして…トモルがユキオに、飛び掛った!
ドッ
 弾みでユキオはその場にしりもちをついた。
「やったな!?」
 ユキオは起き上がると、トモルに飛び掛った!
 トモルも弾みで倒れたが、負けじと起き上がり、ユキオと組み合う! 互いに相手に倒されれば起き上がり、倒し返す。つかみ合い、押し飛ばした。途中、2度ほど「バキ」と言う音がしたが、誰も気付かない。2人はさらに取っ組み合いを続けた。
「この…っ!」
「やろ…っ!」
「やめなさい!!」
 スズカとミオが、2人の襟首をつかんで、引っ張った。2人の体は引き剥がされ、とりあえず喧嘩は収まった。

「全く…トモルなんかに熱くなって、どうするのよ?」
 トモルに背を向け座るユキオに、スズカが諭すように言った。
『んべ!』
 遠くから、ダイがこちらに舌を出した。
「………。帰るぞ、スズカ」
 ちょっと「ダーク」な口調で言うと、ユキオは立ち上がった。
「これ以上、トモルといるのなんて、ごめんだからな」
「それはこっちのセリフだ!」
 トモルも言うと同時に立ち上がった。
「これ以上、ユキオとなんかいられるか!」
 そしてとっとと歩き始めてしまった。

「ちょ…ちょっと待ってよ、トモル!」
「待ってってば!!」
 トモルは、怒りのためか、普段の倍以上の速さで歩いた。ブツブツと文句を言っているようだが、ミオ達には聞こえない。
「ま、待つバドぉ…!」
 ミオとダイのさらに後ろから、バドバドが走って付いてくる。ペンギン…のような体では、走っても遅い。
「………」
 そこで突然、トモルが足を止めた。その隙に、ミオ達は追いついた。
「もう…はぐれたらどうするのよ!」
「………」
 トモルがふてくされている間に、バドバドがやっと追いついた。
「疲れたバド…バド?」
 息をつく間も与えられずに、バドバドは顔を上げた。ミオも、ダイも、そしてトモルでさえも、その異常に気が付いた。辺りがだんだんと…霧に囲まれてきた。
「や…やだ? 霧…?」
「早く帰らないと、迷っちゃうよ!」
「しょうがないな…一応、博士に連絡しとくか」
 トモルはポケットからインフォギアを取り出して、通話ボタンを押した。が……。

「ちょっと、霧が出てきたじゃない」
 早足で歩くユキオに、スズカが言う。こちらのチームも、まだ森の中だった。
「なぁ、研究所って、ホントにこっちでよかったっけ?」
 コータが不安げに言う。さっきから、何度も言っていることなのだが。
「わかったよ…。調べてみるよ」
 ユキオもポケットからインフォギアを取り出し、ナビゲーション機能を起動させた。さて、現在位置と、研究所の位置は……。
ザザザ・・・
「・・・・・・・・・・」
 ユキオは固まった。いやいや、そんな事はないはずだ。さて、現在位置と、研究所の位置は……。
ザザザ・・・
「・・・・・・・・・・」
 何も表示されない…。ずっと、ノイズがかかったままだ。
「どうしたの? ユキオ」
 覗き込もうとするスズカを手で押さえ、ユキオは必死に誤魔化し始めた。
「い、いや…え、え〜っと、『霧は、湿度が100%近くなった時に発生する』…」
「そんなこと、どうだって良いわよ。ちょっと見せて」
「あ、い、いや、スズカ、やめろって…!!」
 スズカは3人の中で一番背が低い。ユキオからインフォギアを取ろうと、スズカが迫ってきたが、ユキオが手を上げれば取れない。
「ちょっと見せてよ!」
「いや、ダメだって、スズカ…!!」
 が、実はユキオより、コータの方が背が高い。と言うか、コータは6人の中で一番背が高い。ユキオが掲げたインフォギアを、楽々と奪い取った。
「あ…!!」
 ユキオは奪い返そうとしたが、時既に遅し。コータもスズカも、インフォギアを覗き込んでいた。
「……。壊した…」
「あ、いや…」
 スズカの白い目が、ユキオを見る。
「壊したわね…」
「いや…その…」
「ちょっとどうするのよ!! これじゃ、道がわからないじゃない!!」
「通信機能も壊れてるよ…」
「う…。さ、先に飛びかかってきたのは、トモルだ!」
 ユキオは必死に弁解した。

「ナビゲーション機能も、通信機能も…情報検索だけ出来るけど、他は全部壊れてるわ」
「ゆ、ユキオがいけないんだ。飛び掛ってくるから」
 トモルも、必死に弁解した。
「トモルがいけないんだ!!」とユキオ。
「ユキオがいけないんだ!!」とトモル。
「俺(オレ)は悪くない!!」
「うるさ〜〜いっ!!」スズカとミオが叫んだ!
「それより、どうするのさ!」
 ダイとスズカが、涙目になって言った。
「このままじゃ、ボク達…」
「このままじゃ、あたし達…」
 そして、図らずとも、子ども達は全員同時に叫んだのだった。
「そーなんだ!(遭難だ!)」

 ミッションナンバー12。霧の森から、脱出せよ。もしこれがミッションならば、そんな声が聞こえただろうが…もちろん、聞こえるはずもない。これはミッションなどではないのだ。
「どうするんだよ、ユキオ…。こんなところで、野垂れ死には嫌だぞ」
 辺りは霧。視界は悪く、北も南もわからない。そうだ、考えてみれば、食べ物も持っていない。
「こんなところで死んだら、干物になっちゃうわよ!」
「え〜っ!! そんなの嫌でチュワン!!」
 チワワンはついにパニックになり、3人の周りを走り始めた。
「嫌でチュワン、どうするでチュワン!? いやでちゅわんいやでちゅわんいやでちゅわんいやでちゅわん!!」
「お…俺は悪くない…っ!!」
 ユキオは未だに言っていた。

 一方、前向きなトモルたちは…とにかく、前へ歩き続けていた。
「ねぇ、本当にこっちであってるの…?」
「ああ、あってる。絶対そのうち着くさ!」
「着くって…どこに?」
「う…」
 ダイのさりげない一言で、トモルは固まった。人間は、さりげないほど傷付くものだ。「研究所に決まってら!」と、いつもなら言える。だが…トモルは何も言えなかった。
「ねぇ、聞いたこと無い? ずっと同じところを回り続けるって話。人間の体は、左右対称じゃないから、真っ直ぐ歩けない…。森の中を真っ直ぐ歩いているようでも、実は大きな円を描いて、元の位置に戻ってくるって言う話…」
「そ、そんな…。それじゃわたしたち、ここで死んでミイラになっちゃうってことぉ〜!?」
「嫌バドーーっ!!」
 バドバドはついにパニックになり、3人の周りを走り始めた。
「おいらミイラなんてなりたくないバドーっ!! いやばどいやばどいやばどいやばど!!」
ガサガサッ!
「!?」
 突然、すぐ近くの草むらで、大きな音がした。
「な、なんの音…!?」
「き、きっと、何かがいるんだよ」
「何かって何よ!?」
「何かだよ!!」
ガサガサッ!
 音はどんどん大きくなる。3人と1匹は、恐怖のどん底に叩き落された。
「いやぁ〜っ!!」
「な、何がいるのさぁっ!!」
「バドーッ!!」
 ミオは頭を抱えて座り込み、ダイとバドバドは抱き合った。トモルは、立ちすくんだまま、草むらをにらみつけた。
 何がいたって良い…。さぁ、出て来い! オレが相手だ!!
ガサッ!
 出てきたのは…ユキオだった。
「トモル…」
「ゆ、ユキオ…」
「え…?」
 顔を上げ、ミオが立ち上がった。ダイ、バドバドも、立ち上がってユキオ達を見る。ユキオ、スズカ、コータ、チワワン…。全員そろっていた。
「お前ら、なんでこんなところにいるんだ?」とユキオ。
「そっちこそ、なんでこんなところにいるんだよ?」とトモル。
「ふん…帰るんだよ。邪魔するな」
「誰がお前らの邪魔なんて……ははぁん」
 通り過ぎようとするユキオ達を、トモルが嘲笑した。「なんだよ?」とユキオがトモルを睨み付けた。
「お前ら、もしかして同じところをグルグルと回ってるだけじゃないか? 迷ったんだろ?」
「っ。そ、そっちこそ」
「お、オレ達は、探検してたんだよ」
「ふん、迷ったくせに」
「な、なんだと…!? それはそっちも同じじゃないか!」
「迷った事を『探検してた』なんて言うよりは、マシだと思うけどな!」
「何を…!?」
「やめなさい!!」
 またしても喧嘩を始めそうな2人を、今度は事前に止めた。今度喧嘩をされたら、どうなってしまうのか…。
「とにかく、俺はお前なんかに構ってられないんだ!」
「それはこっちのセリフだ!」
 2人は捨てゼリフを言い放つと、反対方向を向いて歩き出したが…
ぐぅ…
 空腹に耐えられず、その場に座り込んでしまった。

 結局、6人と2匹で行動する事にした少年少女たちは、とりあえずその場に座って、作戦会議を開いた。すなわち、これからいったいどうやって帰るか…?
「…そうだ。海だ!」
 トモルが提案をした。
「森の中をさ迷い歩くより、海岸を歩いた方が帰れる可能性は高い」
「そっか! 海からなら、研究所も見えるものね」
「海は南にある。だから、南に向かって歩けば良いんだ!」
「ちょっと待て。どうやって南を知るんだ? 誰か方位磁針でも持ってるのか?」
 ユキオの指摘も、もっともだった。「それは…」と、トモルは二の句が継げなかった。
「…! そうだわ。ユキオ、インフォギア貸して」
「インフォギア? ナビゲーションシステムが壊れてるから、海の位置なんて探せないぞ」
 第一、それが出来てたら、今こういう状況になってはいない。そう言いながら、ユキオはポケットからインフォギアを取り出して、スズカに投げ渡した。
 スズカはそれをうまくキャッチすると、早速情報検索を始めた。ピ、ポ、パ…と音がしたあと、「あった♪」とスズカの嬉しそうな声がした。
「『方位磁針が無くても、方位を知る方法。時計の短針と長針の丁度真ん中を太陽の方へ向ける。すると、12時の方角が南になって、6時が北、3時が西で、9時が東になる』…ですって」
 そう言うと、スズカは立ち上がって、全員の顔を見、手を出した。
「さ、誰か、時計貸して」
 ・・・・・・・・・・・・・・・。
 誰も、何も言わない。
「ちょっと…なによ、誰も時計持ってないの!? 時計ぐらい、持ってなさいよ!」
「って言うか、太陽、見えないし」
 ダイが空を指差した。いつの間にかに暗雲が立ち込め、太陽は全く見えない。
「そ、そんな…」
「ふん、ま、見てなさい」
 勝ち誇ったように、今度はミオが立ち上がった。そして、バドバドを見る。
「さ、バドバド。海までひとっ飛びよ!」
「お…おいら、飛べないバドォ」
「え…?」
「使えないわね、お宅の鳥」
 嫌味たっぷりに、スズカが言った。負けた悔しささと帰れない絶望から、ミオはため息をついた。
「やっぱり、ペンギンには無理か…」
「おいらペンギンじゃないバド!!」
 2人のやり取りを、フンッとスズカは鼻で笑った。
「さ、チワワン! 海の臭いを嗅ぎ取るのよ!」
「はいでチュワン!」
 待ってました! と、チワワンが地面に鼻を近づける。イヌの鼻は、動物の中で最も敏感と言われている…だいぶ前のユリーカ情報で聞いたことだ。
「………。海の臭いって、どんな臭いでチュかワン?」
「え…?」
「…お宅の犬も」
 ミオの逆襲を食らって、スズカは何も言い返せなくなった。
「まぁ良いわ。南へ行くんでしょ? なら、他にも方法はあるわ」
「どんな?」
「木って、北より南の方が茂るんだって。だから、木を見て、枝振りの良い方が南の可能性が高いのよ」
 ミオの説明を受けて、ダイが辺りの木を見渡した。より枝振りの良い方は…?
「…この木、こっちの方が枝振りが良いよ」
 一本の木を指差して、言った。と言うことは、やはりそちらが南なのか?
「よし、じゃ、行こうぜ!」
 トモルが先頭を切って、歩き始めた。

「自然と言う本は、全て数式で書かれている…」
 ブツブツ言いながら、ガリレオはキーボードをひっきりなしに叩いていた。いったい、この異常の原因はどこにあるんだ?
「あの、博士…」
 ドアが開き、ベアロンが室内を覗き込んだ。
「博士、子ども達知りませんか?」
「ああ、すまんが、お茶をくれないか!」
「あ、は、はい、ただいま!」
 ベアロンはそのまま立ち去り、ドアが閉まった。
 が、すぐにまたドアが開いた。
「あの、博士、子ども達…」
「ああ、すまんが、食事はわたし抜きにしてくれ!」
「あ、は、はい、かしこまりました!!」
 ベアロンはそのまま立ち去った。
 急いでキッチンに行くと、ティーポットから紅茶を注いだ。湯気の立つカップを持って、ベアロンは首を傾げる。
「え〜っと、博士に紅茶を持っていって、食事は博士抜きで…何か忘れてるような…。 ‥ああ、そうそう。お掃除お掃除」
 急がなくちゃ、夕飯に間に合わないわ。ベアロンは早足で紅茶をガリレオに届けた。

「あたし疲れちゃったぁ。もう、お腹ペコペコ…」
 スズカは、ダルそうに一行の最後尾を歩いていた。あれからずいぶん歩いている。しかし、それはみんな同じだ。スズカの愚痴を聞いて、先頭付近を歩いていたミオが、振り返って怒鳴った。
「うるさいわね! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「なによ! あたしは、自分の自然な状況を口にしただけよ! 聞いて欲しいなんて一言も言ってないわ! 自意識過剰女!」
「な、なによそれ!!」
「でも…オレも、食べ物を探した方が良いと思うな」
 トモルがスズカに賛同すると、ミオはトモルをにらみつけ、
「ちょっと! なんでスズカの味方なんかするのよ!」
「ボクも探した方が良いと思う」と、ダイまで言い出した。
「おれも、そう思うな。…ユキオも思うだろ?」
「え? あ、ああ…」
 ユキオは、どっちつかずの返答をしたが、とにかく食料を探しに行く事になった。女子2人とチワワンを残し、トモル、ダイ、ユキオ、コータ、そしてバドバドは、食べ物を探し始めた。
 ここは森だ。実がなっている木が1つや2つ、あったって良いはずだ。トモルとユキオは、先を争って早足で歩き出した。先に食料を見つけるのは自分だ!
「あ!」
 2人は同時に叫んだ。前方に…黄色い、大きな実をつけた木があった。
「あった!!」
 トモルとユキオは駆け寄って、競って木の実を取り始めた。
「でも、それ…食べられるの?」
「え?」
 コータの疑問で、ハッと気づいた。そうだ…いくら実がなっていても、食べられなければ意味がない。まずくて食えない可能性もあるし…もしかしたら、毒かもしれない。
「………」
 そしてトモルは、いい案を思いついた。ジッと、バドバドを見た。
「バド?」
 ガッ! とトモルはバドバドの後頭部を掴むと、無理やり木の実を口の中へ押し込んだ!
「ば、バドォ!?」
 無理やり食べ物を押し込められて、バドバドは涙目になる。飲み込むと、「ウゲ」と舌を出した。
「うう…まずいバド…。とても食べられないバド…」
「ちぇ、なんだぁ。食べられねぇのか」
「しょうがない。他を探そう」
 バラバラ…と、せっかく取った実をトモルもユキオも地面に落とし、歩き出した。他に何かねぇかなぁ…?
キラーン
 4人が立ち去ると、バドバドの目が光った! そしてバドバドは木の実に飛び掛った。
「嘘バドー♪」
 バドバドは、夢中になって木の実を食べ始めた。格別に美味い! 特に彼らは今、敗北者用の味気ない乾パンを食べている。それに比べれば、これはもう…!
「へぇ、そう、まずいんだ…」
「!?」
 背中に感じる強烈な視線…。トモルたち4人が、戻ってきている!!
「ば…バドーーーーー!!!」
 バドバドの絶叫が、森に木霊した。

 6人と2匹は、トモルたちが取ってきた果物を、おいしそうに食べていた。ミオは食べながら、インフォギアで情報を検索して、他愛もない知識を引っ張り出した。
「『果物が甘い理由。果物が甘いのは、動物に食べてもらう事で、種を広い範囲にばら撒こうとしているからである。渋かったり、苦い実は、まだ種が成長しきっていない証拠。種が成長し終わるまで食べられないよう、まずくなっている』…だって」
「へぇ〜」
 トモルは手中の、少し色が薄い実をジッと見た。
「バドバド」
「?」
 そしてそれを、バドバドに向かって投げた。バドバドはそれをキャッチすると、パク、と何の疑いもなく食べた。
「うっ! し、渋いバドォ。今度はホントに食べられないバドォ」
 それを見て、トモルは嬉しそうに笑い、「なるほどね」と1人納得した。

「海だー!!」
 一行は、ついにここまでやってきた! やっと、海にたどり着いたのだ。
「わ〜い、海だ海だ〜♪」
 ダイは駆け出して、波打ち際ではしゃぐ。靴が濡れるのも構わずに、海水に足をつけては蹴り上げた。
「ダイってば、子どもみたい」
 母性本能でもくすぐられるのか、ミオはダイを見て微笑んだ。と言っても、ミオもまだ小学5年生で、十分子どもなのだが…。
「のど渇いたぁ。水飲みたいぃ」
「もっとお子ちゃまがいた…」
 スズカを見て、ミオは呆れてつぶやいた。
「ああ、もうあたし疲れたぁ!」
 ドサッとスズカはその場に座り込んだ。「もう1歩も歩けなぁい!」と、口だけは休ませずにしゃべり続ける。
「ちょっと、そんな事言ってる場合じゃないでしょ! 急いで戻らないと!」
「でも、キャンプする用意はした方がいいと思うな」
 またトモルが言うと、ミオがまたトモルをにらみつけた。
「ちょっと! だから、なんでさっきからスズカの味方なのよ! 甘やかしちゃダメよ!」
「いや、そうじゃなくてさ。雨が降りそうだし」
「雨?」
 ミオが上を見上げると…途端に、雨が降り出した!
「これは…本当に、早く帰らないと…」
「ダッシュで帰れば、濡れなくてすむかしら!?」
 スズカはすぐさま立ち上がり、その場で足踏みを始めた。雨が降っている時点で、既に濡れているのだが。
「でも、研究所がどっちにあるか、わからないぞ」
「なんだよ、ユキオ。お前、研究所の方向もわからないのか?」
「じゃぁトモル。お前はわかるのか?」
「決まってら。もちろん、右だ!」
「なんでわかるんだよ?」
「カンさ!」
「はぁ!?」
「だからユキオ、お前は左へ行けよな!」
「な、なんでお前に行く方向まで指図されなきゃいけないんだ!」
「もう、2人とも、言い争ってる場合じゃないでしょ!」
 スズカが2人の間に割ってはいる。
「す、スズカがまともな事を言ってる…」
 それを、ミオが物珍しい目で見た。こ、こんな事が…。
「だって、雨が降ってるのよ!? 早く帰らないと、靴がドロドロになっちゃう! お洋服だってお気に入りなのに!」
「……やっぱり」
 ませたお嬢様は、まず真っ先に自分の事を考えるようだった。
「とりあえず、あの岩陰に隠れよう」
 コータの提案に、全員がすぐに従った。崖のような場所に開いた、洞穴。その中に、6人と2匹は駆け込んだ。これで一応、雨はしのげるが…。
「わたしたち、これからどうなっちゃうのかしら…」
「ヘックシュ!」
 ダイが小さなくしゃみをした。それを気遣い、トモルが横からダイを見る。
「ダイ…お前、震えてるじゃないか!」
「だって、寒いんだもん!」
「トモル! お前がいけないんだぞ」と、ユキオが言い出した。
「お前が俺に飛び掛らなければ…」
「なんだと! そっちこそ、ストーンを集めなければ…!」
「あなた達、よっぽど暇なのね」
 ミオのさりげない一言に、「う」と2人は固まった。この状況下…口喧嘩するほどの気力が残っている物は、もうこの2人ぐらいしかいない。
「そんなに競争したければ、枯れ枝を集めてきてよ! なるべく湿ってないやつね」
「オッケー、任せとけ!」
「トモルより、多く枯れ枝を集めてくるよ」
「へっ、言ってくれるぜ。枯れ枝集めなら、オレの右に出る者はいねぇぜ!」
「いいから! ほら、よーい、ドン!」
 ミオの掛け声と同時に、2人は外へ向けて走り出した。

 雨は降っていたが、幸いにも、乾燥した枯れ枝が集まった。後は、ここに火をつけるだけだ。
「キャンプによく行くから、火を起こすなんて簡単よ」
 と、火種用に枯葉を木の下に入れながら、ミオが言った。枯れ枝は、うまく空気が通るように組み合わせ、空気の流れを妨害しないよう、枯葉を詰める。枯葉に火をつければ、あっという間に焚き火が出来上がる。
「さ、トモル。ライター貸して」
「持ってないよ」
 即答。が、ミオも即返事する。
「マッチでもいいわよ」
「持ってないって」
「・・・・・・・」
 ここに来て、ミオは状況を悟り…5人の顔を見渡した。
「だ、誰か、ライターか、マッチは……」
 ・・・・・・・。
 誰も、何も言わない。
「じゃ、じゃぁ、直射日光とレンズ…は、無理か…。ひ、火打石でもいいわ!」
「そんなの、誰が持ってるんだよ」
「それじゃぁ…ライターもマッチもなくて、どうやって火を起こせって言うのよ!」
「それはやっぱり…」と、ダイ。「木と木をこすり合わせて…」
「でもあれ、ものすごく時間がかかるんじゃなかった?」
 スズカが指摘するが、それ以外に手はない。
「やるしかなさそうだな」と、ユキオが半ば諦めて言った。

 結局、新たに太目の木と、手ごろな枝を見つけてきて、即席の火起こし器を作った。ユキオが、猛スピードで手を動かし、枝を回す、回す、◎す、◎す…。
「交代だ」
 ユキオが疲れてきたように見えたので、トモルはユキオの向かいに座った。この方法の一番の難点は、交代だ。枝を一瞬も休ませる事無く、交代しなければならない…。トモルは枝の上方で手を動かし、ユキオの動きにあわせた。そして、トモルが枝を挟むと、ユキオが手をどかした。
 以後も、何回をそれを続けるのだが…一向に、火がつく気配はない。
「ダメだ…やっぱり、無理だ」
「もっと簡単にできないの?」
「…! そうだ。確か、前に何かで見た。あれは、そう、確か…」
 パチン、とトモルは指を鳴らした。
 早速、枯れ枝を一本とって、トモルはそれを2つに折った。両端を紐で縛り、さっきまで回していた枝を、間に通した。枯れ枝の両端から、さっきまで回していた枝の一番上に、紐をつなげる。ちょうど、十字の形になった。
「よし、できた」
 後は簡単だ。真ん中の枝を回して、紐を巻き取ると、手を下ろす。紐が回ると、枝も回る。後はそれが繰り返される。
 あっという間に枝の根元から煙が出始めた。そこへ枯葉を投じると、一気に火が大きくなる。そして…大きな焚き火が完成した。

 しばらくすると、雨もやんだ。焚き火が体を温めてくれたし、体力も戻ってきたが…。
「これから、どうするの?」
 いまだに、帰る方向はわからなかった。
「なんとかして、博士に連絡しよう」
「どうやってだよ? まさか、大声で叫べ、なんて言うなよな?」
「無茶な。声が届くもんか」
 と、ユキオはふと気がついた。
「そうか…。音は無理でも、光…目に見える合図なら…」
「目に見える合図?」
「ああ、のろしだ。のろしを上げよう」
「え、でも、この程度の煙じゃ、のろしにならないわよ」
「大丈夫。こうするのさ」
 そう言うと、ユキオはさっき持ってきた枝のうち、枯れていない枝…生木を拾い上げた。間違えて持ってきたまま、その場に置いておいたのだ。それを、ユキオは火に投じた。
「何するの! そんな事したら、火が消えちゃう…!」
「大丈夫、見てろって」
 すると、見る見るうちにどす黒い煙が、すごい勢いで出始めた。ゲホゲホ、とダイやコータが咳き込み始めた。
「め、目がしみる…」
「息ができない…」
 子どもたちは慌てて洞穴から外に出た。煙は、洞穴にいっぱいになり、外にもあふれ出した。そしてそのまま天高く上る。

 ベアロンは、掃除機を止めて一息ついた。やっと掃除が終わった。次は夕食の準備だ。
「…あら?」
 そして何気なく見た外に、黒い煙を発見した。
「……そう言えば…子ども達は、どこに行ったのかしら?」
 同じ頃、ピグルも窓の外を見ていた。
「あら? あの煙は…」

 すぐに、レッドペガサスとブルーペガサスが、子どもたちの前に現れた。
「イェイ!」
 と、トモルとユキオは、お互いに手を叩き合わせた。が、すぐににらみ合って、
「ま、俺がのろしを考え付いたからだけどな」
「ま、オレが火を起こしたからだけどな」
「いつまでやってるの♪」
 ミオの口調に、さっきまでの怒りの調子は見られない。他の3人も、2人の間を駆け抜けて、ペガサスから出てきた両博士の下へと行った。その後を、トモル、ユキオも追いかけた。これでやっと、帰れるんだ!
「ユリーカタワーの調査! そんな事をやっていたのか!?」
「でもまぁ、無事でよかった…」
 両博士とも、驚きを隠せなかったようだが、無事だったことに安心したようだ。
「博士、異常の原因はわかったんですか?」
 ユキオが、ガリレイに聞いた。「うむ…」とガリレイは口ごもる。
「どうやら、プログラムに異常がありそうだという事はわかったのだが、まだ…」
「その事は、全部わたしに任せておいてくれ!」と、ガリレオが突然ガリレイに向かって叫んだ。
「何を言う! そっちこそ、プログラムをいじったんじゃないのか!?」
「なんだと!? わたしに瓜二つだからといって、そんな事を言っていいものか!」
「俺がお前に似ているのではなく、お前が俺に似ているんだ! 真似をするな!」
「全く…誰かさんにそっくりね」
 ミオの視線が、トモルに痛く突き刺さった。話題をそらすように、トモルが切り出した。
「ま、異常でも普通でもどっちでもいいさ! 今度の10個は、絶対にオレ達が集めて、ゲームを完成させるだけさ!」
「いや、違うな、トモル。ストーンを集めてゲームを完成させるのは、俺たちだ!」
「とにかく…次こそは、勝つ!」
 子どもたち、両博士、そして奇妙な動物バドバドとチワワン…。全員、ペガサスに乗り込むと、それぞれの研究所へと帰っていった。一度は失くしたやる気が、彼らの中にふつふつと湧き上がってきた。

 そんな彼らの意気込みを知ってか知らずか、ユリーカタワーは、今日も静かに変わりない世界を見つめていた。

⇒Next MISSION「決闘! 恐怖の巨大生物!」

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