おもいっきり科学アドベンチャー そーなんだ!
#18「姫の笑顔を取り戻せ!」

ドカッ!
「危な〜い!!」
「バドォッ!?」
 赤い屋根の研究所から、元気な声が聞こえてきた。
「な、なにするバドォ!!」
 バドバドの頭には、大きなたんこぶ。そして床に転がるサッカーボール。
「ごめ〜ん。大丈夫?」とダイがバドバドに言った。
「だから危ないって言っただろ」
 とトモルが言うと、
「当たってから言ったバド!!」
「お前がとろいからだろ!」
「たまには真っ直ぐ蹴るバド!!」
「ちょっと2人とも!」
 今度はミオだ。部屋の入り口のところに、いつの間にかミオが立っていた。
「なんでこんなところでサッカーしてるのよ」
「…そうは言ってもよぉ…」
 呟きながら、トモルはサッカーボールを拾い上げた。
「あ〜あ、早くサッカーがやりてぇなぁ…。ユキオとは、ミッションじゃなくてサッカーで勝負したいよ…」
 ボールを床に置くと、軽くボールを蹴った。ボールはそのまま床を転がって行き……ゴールに入った。
「やった〜〜!」
 と、ユキオとスズカが両腕を上げて喜んだが、すぐにスズカが、
「はぁ…」
 とため息をつき、ユキオとコータが遊んでいる、卓上ゲームのサッカーボードを見た。
「なんか虚しいわね…。こんな汗もかかない、ゲームのサッカーの応援なんて…」
「俺だって…」
 ユキオは、おもちゃのゴールに入った小さなサッカーボールを摘み上げた。
「本物のサッカーがやりたいなぁ…」
 コータもため息をつきながら、言った。
「そのためにも」とユキオ。「俺たちがミッションをクリアして、1日も早く元の世界に帰るんだ!」
「ええ!」
 と、その時だ…。
シュビーン……
≪エリアA9に出動せよ。エリアA9に出動せよ≫
「ミッションだ!」
 6人は一斉に立ち上がった。前回は失敗したが、次のミッションは必ずクリアして、早く元の世界へ帰るんだ!

 空間に亀裂が入った。そこから、赤い移動用ポット…レッドペガサスが飛び出した。間髪入れず、またしても空間に亀裂が入り、今度はブルーペガサスが飛び出してきた。
 辺りを見渡すと、大きな山が遠くに見え、下の方には森が広がっている。一部に街らしき物も見えた。
ピーピーピー…ジャン!
 ユリーカ情報を告げる、電子音。全員、モニターの前に詰め寄った。さて、今回はいったいどんな?
≪水が固体になった状態を氷と言う。天然の氷は、池や湖などのほか、海上では氷山、流氷として見ることが出来る。また、大気中では雪や雹(ひょう)といった形で存在している。
 液体が固体になることを凝固といい、水は0℃以下になると凍り始める。氷に塩をかけると、氷が融けていくときの吸熱反応などで、周りの温度がマイナス21℃くらいまで下がる≫
「そーなんだ!」
 間髪入れず、モニター画面に「MISSION17」と表示された。
≪ミッションナンバー17。姫の笑顔を取り戻せ≫
「姫の…笑顔?」と、コータが言った。
「どう言うことだ?」
「なによ、氷と何の関係があるのよ。意味わかんない!」
 第一、姫がどこにいるかどうかもわからない。だが4人と1匹が辺りを見渡すと、山の麓近くに城があった。
「あれじゃないか?」
 と言うユキオの指摘にガリレイがうなずき、
「よし、行こう」
 と操縦桿を引いた。
 同時にレッドペガサスも動き出した。

 ガリレオは、城の庭にレッドペガサスを着地させた。すぐにトモル達はペガサスから出て、広い庭を見渡した。
「わぁ…!」
 最初に歓声を上げたのはミオだ。目をキラキラと輝かせ、喜んでいる。
「おとぎ話の世界みたい!」
 そこへおとぎ話には出てきそうにも無いものが降りてきた。ブルーペガサスだ。そこから、ユキオ達が出てきた。
「……」
 8人と2匹が向き合った。今回は、勝つ。互いに無言でそう言った時。
「あ、誰かいるでチュワン!」
 とチワワンがレッドチームの横を駆け抜けて、庭の中央、噴水のところまで走っていった。
「おいらも行くバド!」
 バドバドも、チワワンの後を追った。
 噴水の横にいたのは、ピンク色のドレスを着た、長い金髪の少女だ。顔を腕で覆いつつ、噴水の縁にもたれかかり泣いている。
「どうしたでチュワン?」
「泣いていたら、わからないバド」
 しかし少女は泣き止まない。顔を腕に埋めたまま、「うっ…うっうっ…」と啜り泣きを続けるだけだ。
 トモル達も駆け寄ってきて、少女の前に立った。どうしたら良いかわからず、しばらく呆然と立っていると…
「姫さま〜〜!」
 と言う声が聞こえた。声をする方を見ると、タキシードを来た1人の男がこちらへ駆けて来ていた。灰色の髪の毛と、灰色のヒゲ。執事だろうか。
 それよりも、執事は気になる事を言った。「姫」だと?
「ミッションは、≪姫の笑顔を取り戻せ≫…」
「と言う事は、この子を笑わせれば、ミッションはクリア…」
「ようし、先手必勝だ!」
 トモルが姫の前に飛び出した。
「姫さま姫さま」
 トモルの呼びかけに、姫が応えた。初めて顔を上げ、トモルの顔を見上げた。大きな瞳の可愛い少女。
「布団が…ふっとんだ〜!!」
 トモルは唐突に言ったが、もちろん、そんな事で姫が笑うはずも無い。大きな瞳の涙は、引く気配が無い。
「あ、あれ…?」
「じゃ、次はボクだ」
 今度はダイだ。トモルを横へと押しやって、姫の前に進み出た。
「姫さま、ボクと一緒に笑おうよ。靴が笑うと『クックックッ』、下駄が笑うと『ゲタゲタゲタ』、牛が笑うと『ウッシッシッ』、歯医者さんは『ハッハッハッ』。君は、どんな風に笑うのかなぁ?」
 ダイは自信たっぷりのようだったが、案の定、姫は笑わない。頬に一筋の涙が流れた。
「次はおれだ」
 コータが意気揚々と進み出ると、縦じまの赤いハンカチを取り出した。
「取り出したりますは、縦じまのハンカチ。これを手の中に入れてよく揉むと――パッ! なんと、横じまになりました〜!」
「ククッ」
 ガリレオには受けたようだが、姫は笑わない。
「ごめんなさい…1人にしてっ!!」
 ついに姫は本気で泣き出し、城の方へ走り去っていってしまった。
「全く、バカねぇ…」
 ミオがトモルに言った。
「女の子は単純じゃないのよ。あんなくだらない事で笑ったりはしないわ」
「な…くそぅっ!!」
「それにしても、悲しみ過ぎじゃなかった?」とスズカが言うと、「確かにな…」とユキオが言った。
「あの幼さで、あの憂いを秘めた表情…。何か、よほど悲しい事情がありそうだ」
 姫を笑わすためには、その事情を取り除くしかない。手っ取り早く、ミオは執事に聞く事にした。
「あの…」
「はい」
「お姫さまは、どうして泣いていたんですか?」
「それが…」
 そして執事は話し始めた。姫の悲しみのわけを。
「実は本日は、隣国の王子の誕生日なのでございます。そして、本日の夕刻に、その誕生パーティーを開く事になっており、それ用に山の頂上から大きな氷を切り出して置いたのでございますが…先日城の者が大勢風邪を引き、熱を下げるためにその氷を全て使ってしまったのです。今から氷を切り出してきても、夕方までにはとても間に合わない…。このままでは王子の誕生パーティーに行く事など出来ないと、姫は朝からあのように、嘆き悲しんでいるのです…」
 なるほど。事情はわかった。と言う事は、姫の笑顔を取り戻すためには、やる事はただ1つ。
「では、俺たちが氷を取ってきますよ」
 ユキオが執事に言った。「本当ですか!」と執事は驚いた。「そんな事が、できるのですか?」
「できるさ!」
 答えたのは、ユキオではなくトモルだった。
「ペガサスを使えば、夕方までに氷を取ってくることなんて簡単さ。な、博士」
「ああ」
「おお、ありがとうございます」
「だから執事さんは、お姫さまを説得して、王子の城まで連れてきてください」
「はい、かしこまりました」
 執事は頭を下げた。よし、そうと決まったら早くしよう。8人と2匹は、それぞれのペガサスに乗り込んだ。
「あ、氷はなるべく大きな物をお願いします!」
 執事が最後に叫ぶと、両ペガサスは城から飛び出した。

 城から山まで、ペガサスなら1分も掛からない。すぐに山についた両ペガサスは、山頂に凍りついた池を発見した。池の対岸に、2つのペガサスが着地する。
「あ、ありゃ…」
 着地するなり、ガリレオが言った。キーボードをいくら操作しても、なんの反応も無い。
「機能が停止してる…」
「え〜、またぁ?」
 その事は、ブルーチームの方も、すぐに気付いた。いつもの事だと諦めて、ノコギリ片手に外に出た。
「まさかノコギリで切り出す事になるとは…」
「仕方が無い。早くやるぞ」
「頑張ってね〜!」
 スズカの陽気な声が、ペガサスから聞こえた。3人の男は驚いてペガサスの方を見た。
「頑張るでチュワン!」
 片手を振るスズカの腕の中に、チワワンまでいた。
「スズカも手伝えよ」
「あたし、寒いのって嫌いなの」
「………」
 3人は、スズカをにらみつけた。さすがのスズカも、まずいと感じたのだろう。
「…わかったわよ」
 と顔を膨らませて言った。

ギコギコギコギコ……
 トモル、ミオ、ダイ、ガリレオの4人が、池の氷を切っていた。その横で、バドバドが遊んでいた。
「バドバドバド〜♪」
 やはりペンギンだ。氷の上を寝転がりながら滑り、喜んでいる。
「バドバド! ペンギンだからって、氷ぐらいではしゃぐなよ!」
「おいらはペンギンじゃないバド!!」
 反論しつつも、楽しむバドバド。「バド〜♪」と調子に乗って加速させ、池から飛び出し、壁に激突した。
「バドッ!?」
 その衝撃で、壁の一部が崩れる。仰向けに倒れたバドバドの口の中に、壁のカケラが落ちてきた。
「バドォッ!? しょっぱいバドォ!」
 慌てて口の中に手を突っ込み、カケラを取り出した。この石ころがしょっぱいのだ。「なんだこれバド…」と、バドバドはその白っぽい石ころを見つめた。

「よし、出来た!」
 と、両チームとも言った。1辺50〜60cmもある大きな立方体に、氷を取り出す事に成功した。
「でも、こんな大きなもの、どうやって運ぶのよ?」
 ミオが言った。最もな質問だ。
「あれを使おう」
 そう言うと、ガリレオがペガサスに戻り、中から台車を取り出してきた。これに氷を載せて運べばよい。滑車を使って、氷を台車の上に載せた。
 ブルーチームを同じ作戦のようだ。青い台車の上に、氷の塊を載せた。
「よし、行こう!」
 とユキオが行ったが、「待つでチュワン!」とチワワンが止めた。
「氷が、融けてるでチュワン」
「え?」
 見れば、氷の表面が濡れている。そう、氷は融けるのだ。このまま城まで持っていったら、ただの水になってしまう。なんとか、融けないように対策を考えなければいけないのだ。
「いいじゃん、このまま運んじまおうぜ」
 とトモルは言ったが、もちろん誰も賛成しない。
「…そう言えば、さっきユリーカ情報で…」
 案を出して来たのはミオだ。いつもの事だ。
「『氷に塩をかけると、氷が融けていくときの吸熱反応などで、周りの温度がマイナス21℃くらいまで下がる』って言ってたわよね」
「そうか! 氷に塩をかけて、冷やせば良いんだね!」
「氷が融けたら、意味無いじゃんか」
「だから、小さな氷を切り出して、それを塩と混ぜて周りに置くんだよ。そうすれば、その冷気で氷が融けない」
「しかし…これだけ大きな氷だと、相当な量の塩が必要になるぞ…」
 そんな大量の塩、さすがのペガサスにも置いていない。どうするか…と考えたとき、バドバドが言った。
「さっき、しょっぱい物があったバド」
「え?」
 バドバドの案内で、4人が先ほどの壁のところにやってきた。落ちていた石を拾い上げると、トモルがそれを舐めた。
「うげ、しょっぱい…」
「岩塩だ」
「これだけあれば、十分ね!」
「よし、早速切り出しに掛かろう!」
 再びノコギリを手にすると、トモル達は岩塩を切り出し始めた。
 一方その頃、ブルーチームも知恵を絞っていた。が、いい案は浮かんでこないようだ。そうしているうちにも、氷は徐々に融けていく…。
ビュゥ…
 山の上は寒い。冷たい風が、スズカの肌をなでた。
「う〜、寒い…。こんな事なら、魔法瓶に温かいお茶でも入れてくれば良かった…」
「…それだ」
「え?」
「魔法瓶を使おう。この氷を魔法瓶に入れれば、融けないですむ」
「うむ、なるほど…。魔法瓶は、温かい物は温かいまま、冷たい物は冷たいまま保存する事が出来る」
「でも博士。こんな大きな氷を入れられる魔法瓶なんて、あるの?」
「う…ない…」
 ガリレイが肩を落とした。
「ちぇ…。ペガサスの中になら、なんでもあると思ったんだけどなぁ…」
「仕方が無い。魔法瓶を擬似的に作ろう」
「でも…魔法瓶って、どんな仕組みになってるの?」
 スズカの問いに、ユキオはインフォギアを取り出した。ピ、ポ、パ、という音の後、ユキオが読み始めた。
「『魔法瓶の仕組み。魔法瓶は、液体の入った容器の周りにさらに壁を作る事により、熱の通りを少なくする事によって、温度を保っている。また、容器と壁の間の空気を抜き、真空状態にする事で、さらに熱が通りにくくなるようにしている』」
「と言う事は…?」
「つまり、この氷の上に箱を被せ、その中を真空にしてやれば、氷のまま運べる…と言うわけだ」
「でも、これだけ大きな物を被せられる箱なんて、あるの?」
 ガリレイは少し考えて、「いや、無い…」と言った。
「…じゃあ、それも氷で作ればいい。これより一回り大きな氷を切り出して中をくりぬけば、大丈夫だろう」
「でも、外側も氷じゃ、意味無いでチュワン」
「そしたら、上に何か被せて、太陽光線を防げば良い」
 では何を被せるか、と頭をひねった。そしてガリレイが言った。
「バスタオルが大量にあるぞ」
 なんでそんな物はあるのやら…。全くナゾだ。
「でも博士。タオルじゃ温まって融けちゃうんじゃない?」
「いや、平気だ。布には断熱効果があるからな。布を被ると温かく感じるのは、布が我々の体温を外へ逃がさないからだ。逆に氷に布を被せれば、氷の冷気を外へ逃がさない…つまり、融けにくくなる。さらに、布が水を吸収し、その水分が蒸発すれば、さらに氷を冷やす事が出来る。水は蒸発する時、周りから熱を奪うからな」
 なるほど! それは、悪い手ではない。ならば、早速実行しよう。
 布を被せるのであれば、魔法瓶の構造は必要ない。だが、途中で何があるかわからない。出来る限りの処置をした方が良いだろう。ブルーチームは、もう一度氷を切り出し始めた。
 その頃、レッドチームは岩塩をほとんど砕き終え、小さな氷と混ぜていた。それをビニール袋に小分けして、ロープで氷の周りに固定した。これで、準備は万端だ。
「今度こそ、行くぞ!」
 4人と1匹は、台車を押し始めた。
「あ〜! 向こうはもう出発しちゃったわよ!」
 スズカが叫んだ。魔法瓶構造なんてもう良いから、布だけ被せてとっとと運ぼう! そう言ったが、「融けたら元子もないよ」と反論されて、仕方無しに黙った。
「出来たぞ」
 やや遅れて、ユキオが言った。氷の箱を氷に被せ、足踏みポンプで中の空気を抜く。抜ききったところでサッと栓をして、上からバスタオルをかける。これで完成だ。
「急ぐわよ!」
 スズカが珍しくやる気になり、台車を押し始めた。

「ぐぐぐ…」
 トモル達が、山道を歩いていた。頂上にいたのだから、下るだけで城に着くだろう…と思っていたが、そんなに甘くはなかった。きつい上り坂を、台車を押しながら歩く。
 氷は重い。大きさが同じ場合、水よりは軽いが、それでも重い事に変わりは無い。1辺が1.029cmの氷の重さは、約1グラムだ。これでは大した事なさそうだが、彼らが切り出したのは50cm四方の氷。単純計算でも、100kgは軽く超えているはずだ。そんな物を載せているのだから、ちょっと台車がもろかっただけで…
「あっ!」
 簡単に壊れてしまう。案の定、台車の車輪が外れ、台車は動かなくなってしまった。
「壊れちゃった…」
「どうしよう…」
「仕方が無い…ここからは、ロープを引っ張って運ぶしかない」
 ここから城まで、どのぐらいの距離があるのかわからないが、それしかないだろう。
「わたしは台車を直して後から追う。だから、先に行ってなさい」
 氷を台車から引きずりおろすと、ロープを何本か解き、3人と1匹で引っ張り始めた。…重い。
 ちょうどその時、ブルーチームがやってきた。道端で台車を直しているガリレオを発見してしめたと思ったが、トモル達の姿が無い。
「あ、あそこ!」
 前方に、小さな人影が見える。氷を一生懸命引きずっているトモル達だ。よし、これなら勝てる!
「みんな、スピードアップだ!」
「おお!」
 力を込めて、ブルーチームは台車を押し始めた。出遅れはしたが、これなら勝てる!
「おおおおお〜〜〜〜〜!!」
 気合を込めて、台車を押す。座り込むガリレオの前を通り過ぎ、トモル達に追いつく!
「ゆ、ユキオ!」
「トモル…お前には負けない!」
「オレだって、負けるもんか!」
 両チームは、抜きつ抜かれつで進むが、台車のユキオ達の方が明らかに有利だ。その差は徐々に開いていく。
「…! やった、このミッション、俺たちの勝利だ! みんな、台車に乗れ!」
 ユキオが叫んだ。彼らの目の前には、長い坂道…。ついに下りだ! 台車に乗れば、あっという間に城に着く!
「じゃあな、トモル!」
 ジャッとすごい勢いで、台車が滑って行った。もう、負けだ…。ミオはガックリと肩を落とした。
「お〜い、みんなぁ〜!」
 いや…まだ負けていないか? ガリレオの声がしたので振り返ると、台車を押しながらガリレオがやって来た。直ったのだ。
「よっしゃ! 勝負はこれからだぜ!」
 トモルはガッツポーズをした。勝負はこれから…まだまだわからないぜ!

「今回は余裕ね。このまま一気にお城まで行っちゃいましょう!」
 スズカは台車の上ではしゃいでいた。ジェットコースターのように、風景がビュンビュン後ろへ遠ざかる。
「そうはさせない!」
 後方から声がした。トモルの声だ。ユキオ達は思わず振り返った。
「しまった。台車が直ったんだ!」
 しかも何故か、向こうの方が速い。ユキオ達はあっという間に追いつかれ、あっという間に追い抜かれた。
「ちょっと〜! なんで向こうの方が速いのよ!」
「…! 空気抵抗だ!」
 ガリレイは、バタバタと音を立ててはためくバスタオルを見た。これが空気抵抗を受けて、スピードが遅くなっているのだ。
「向こうだって、ミオの髪が空気抵抗受けてるじゃない!」
 確かに、ミオの髪は長い。だが、そういう問題ではない。
 仕方が無い。台車を一旦止め、バスタオルを取る事にした。
「氷が融けちゃうでチュワン!」
「もう少しで城に着く。それまで持つことを祈ろう」
 そしてまた、台車に乗った。

「余裕余裕! 絶対勝てるぜ!」
 徐々に木が増えてきた。森に入ったようだ。小道の中を、台車が滑る。
「! 危ない!」
 ガリレオが叫んだ。目の前に、木の枝が突き出ている! 子ども達は慌てて頭を下げた。
ビリッ
「あ! ビニール袋が破けちゃった!」
 ダイが声を上げた。保冷として載せていたビニール袋が破け、塩水が中から出てきてしまった。
「安心しろ、城はもうすぐ…。このまま突っ走るぜ!」
 トモルの言うとおりだった。すぐに森から抜けて、城の姿を見る事が出来た。もう、ゴールは目の前だ…!

「おお、皆様!」
 城の前で、執事が出迎えてくれた。「皆様」と言うのは…トモル達だった。
「本当に氷を持ってきてくださるとは…ありがとうございます。さ、どうぞ。中へお入りください」
「え、良いの!?」
「どうぞどうぞ」
「やったぁ!」
 執事に連れられて、パーティー会場へ4人と1匹は入っていった。
 中には、大勢の人がいた。そして、テーブルの上に並べられた豪華料理の数々。
「お〜、すっげ〜!」
「美味しそうバドー!」
 早速食べようとしたトモルを、早速ミオが止めた。
「ダメよ、トモル!」
「なんだよ、ちょっとぐらい良いじゃねぇか…」
「そうバド!」
「ダ〜メ!」
 ミオの言葉に、トモルとバドバドは膨れ面を作った。
「あ、お姫さまだ」
 ダイが言った。人ごみの向こうに、金髪の少女がいる。
「…そう言えば、あの氷はなんに使う物なのかしら?」
 言われてみれば、用途は聞いていなかった。氷の彫刻でも作るのだろうか。それとも…。
 その時、パーティー会場の大きな扉が開き、執事が入ってきた。布をかけた台車を押している。人々が左右に分かれて道を作った。執事はその道を進み、王子の前までやって来た。
「王子様。お誕生日、おめでとうございます」
 一礼をすると、
「御約束の物、お持ちいたしました」
 と言って、布を取った。そこには、たくさんのカキ氷。
「わぁ…! ありがとう!」
 王子は玉座から飛び降りると、カキ氷に駆け寄った。
「なるほど、カキ氷を作るためだったのね」
「これだけの人数なら、大きな氷が必要だよね」
 王子にも、カキ氷が配られた。王子が姫を見つけ、姫も王子を見つけた。2人が近づき、王子は
「姫さま、ありがとう」
 と言って、ニッコリ笑った。それにつられて、姫もニッコリと笑う…
「やった…!」
 トモル達は思ったが…王子がカキ氷を口に入れた、次の瞬間…。
「……ん?」
 人々がカキ氷を口に入れた、次の瞬間…。
「……ん?」
「ん?」
 様子がおかしい。一瞬の静寂の後、全員一斉に叫んだ。
「しょっぱ〜〜〜い!!」
 トモル達は、事態が飲み込めなかった。何が起こったのだ? しかしすぐに、ダイが気付いた。
「あ! そっか!」
 その声で、ミオも気付いた。「そうだわ!」
 ガリレイも気付いた。「そうだった!」
「なんで?」と聞くトモルに、
「そりゃそうバド〜…」と弱々しげにバドバドが言った。
「さっき、ビニール袋が破けた時に、塩水が氷に…!」
「あっ!」
 洗えよ! なにやってんだ、あの執事!
 そうは思わなかったようだが、これは大失敗だ。姫の顔が、見る見るうちに曇っていく。
「う…うう…うわぁ〜ん!!」
 とうとう泣き出してしまい、姫はパーティー会場を飛び出した。
「姫さまぁ!」
 執事が慌ててその後を追った。
「うわあぁ〜〜ん!」

ガラガラガラ…
 虚しい音を響かせて、ユキオ達が城の前にやって来た。誰もいない。
「間に合わなかったか…」
 ため息をついた。負けてしまった…のか?
「うわあぁ〜〜ん!」
 そこへ、姫が城から飛び出してやって来た。
「あ、お姫さま…?」
「笑ってないぞ」
「って言うか、思いっきり泣いてない?」
 姫はその場に倒れこみ、大声で泣き始めた。
「姫さま〜!」
 例の執事が、追いかけてきた。
「姫さま、元気をお出しください」
「嫌よ! あんな事になって…きっともう、王子に嫌われてしまったわ!! うわあぁ〜〜ん!」
 呆然と立ち尽くすユキオ達。いったい何があったのか、話がまるで見えない。
「うっ…ううう…」
 泣きながら、姫が顔を上げた。そして突然泣き止んだ。
 目の前には、ユキオ達が運んできた、大きな氷……。

「美味しい!」
 新たに出されたカキ氷を食べて、王子が言った。
「姫さま、ありがとう!」
 王子が笑うと、姫も笑った。よかった。嫌われなかった!
 その時だ。
≪ミッション・クリア≫
 ユリーカタワーの声がして、天井に青い光が浮かんだ。その中からユリーカストーンが現れて、スズカの腕の中に納まった。
「やった〜!!」
「そんなぁ〜…」
「大どんでん返しバド〜!」
 喜ぶユキオ達を見て、トモル達はガックリと肩を落とした。

 空間に亀裂が入った。ユリーカタワーの前に、ブルーペガサスが現れた。ユキオがユリーカストーンを持って、脚立を上る。ユリーカタワーの穴にストーンを入れると、真正面を向いていたタワーが回転し、青い屋根の研究所に淡いピンク色の霧を噴射した。
 いつもどおりのイベントの後、ユキオ達は研究所へ帰った。そこには既に、豪華料理が用意してある。早速席に着くと、グラスを掲げた。
「かんぱ〜い!」
 チン♪といい音がした。
「でも、こんな事もあるんだねぇ」
「まぁ、ミッションは『姫の笑顔を取り戻せ』だったからな」
「ああ。最後まで諦めずに頑張れ、と言うことだな」
「ほ〜んと! 諦めなくって良かった!」
 スズカは早速、豪華料理を食べ始めた。

 その頃、どんよりとした空気に包まれていたのは、トモル達だ。
「納得いかないバド!!」
「まぁまぁ。こう言う事もありますよ」
 ベアロンが慰めようと子ども達に声をかけた。
「でも」とミオ。「お姫さまに笑顔が戻って、よかった」
「ああ、そうだな。心からの笑顔は、周りの人まで幸せにする。本当によかった」
 ガリレオの言葉に、みんなうなずいた。そうなのだ、笑には不思議な力がある。笑顔を忘れてはいけない。
「……とは言っても…」
 と、ミオは自分のお皿を見た。
 銀色のプレートの上に載った、貧相な料理…。これを見ても笑顔でいられる者など…いるはずも無い。
「はあぁ〜〜…」
 深い深いため息を、子ども達はついた。

 冷たい夜風に吹かれつつ、ユリーカタワーは今日も無言だった。

⇒Next MISSION「蒸気機関車の秘密!」

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