おもいっきり科学アドベンチャー そーなんだ!
#21「守り神を連れ戻せ!」

 ウットリとした目で、ミオは赤い空を見つめていた。バドバドも、その隣でウットリとした目をしていた。ミオたちがいるこのバーチャル世界にも、晴れがあれば雨もあり、昼があれば夜もある。当然、夕焼けだってある。
「ミオー、サッカーやろうぜ!」
 そこへトモルとダイがやって来た。空を見上げるミオを不審に思って、トモルが聞いた。
「なにやってんだ?」
「夕焼けを見てるのよ。綺麗だなぁって」
 ミオは感に堪えないと言うように、ため息を洩らした。
「昼間、1日世界を照らした太陽が、夕方その姿を消す直前、最後の輝きを放って真っ赤に燃え上がる…。なんだかロマンチックで素敵じゃない」
「プッ」
 素敵じゃ、のあたりでトモルが吹き出した。ミオは癪に障ってトモルを見た。
「なによ?」
「いや、だって、ミオが全然“らしくない”事言うもんだからさぁ! 『夕焼けとは、波長の長い光である』 前にユリーカ情報で聞いて、覚えたもんね」
「あ〜あ」
 ミオはため息を再び洩らした。
「トモルって本当につまんない。どうして感動的な夕焼けを『波長の長い光』で片付けようとするわけ?」
「別に片付けようとなんてしてないだろ! 単に変な事言うなぁ、って言っただけじゃないか!」
「変な事ってなによ、変なことって! どこが変なの!?」
「だって夕焼けだぞ!?」
 嗚呼。男と女と言うのは、どうしてこうも分かり合えないのだろうか。女は2歳から“女”であり、男はいつまで経っても“男の子”だと言う。この辺りが分かり合えない理由なのだろうか。小学5年生と言う幼い彼らも、既に世の多くの男女が陥る迷宮にはまってしまっている。
「2人ともケンカしないで!」
 ダイが2人の間に割って入ったところで、シュビーンといういつもの音がした。
≪エリアE5に出動せよ。エリアE5に出動せよ≫

 空間に亀裂が入った。そこから、青い移動用ポッド・ブルーペガサスが現れ、後を追うようにレッドペガサスも現れた。
 現れたところは、古代の町のようなところである。石造りの道路が敷かれ、同じく石造りの家々が林立している。古代エジプトの町、と言うとこう言った雰囲気を連想する。
「ユリーカ情報だ」
 誰かが言った。全員、前のモニターに注目する。雨の映像が現れ、ユリーカタワーの声が説明を始めた。
≪空気中の水滴や氷の粒に、太陽の光が反射・屈折して起こる現象を『気象光学現象』という。そのうち最も一般的な虹は、太陽の光が大気中の水滴を通るときの反射や屈折が生み出すものである。
 また、細かな氷の粒を光が通過する時、特に太陽や月の周りを囲むように現れるものを、暈(うん)、日暈(ひがさ)と呼ぶ。高いところに出来た雲を通過した時には、彩雲(さいうん)と呼ばれる七色の雲になることもある。その他には、寒い日の夜明けや夕暮れに見られるもので、氷の粒に太陽の光が反射して柱のように見える太陽柱現象などがある≫
「そーなんだ!」
 気象光学現象、と言えば以前≪青空を取り戻せ≫と言うミッションでも似たような事を聞いた。先ほどトモルが説明した夕焼けの原理も、その時聞いたものだ。同じようなユリーカ情報で、今度はどんなミッションなのか?
≪ミッションナンバー20。神殿の守り神を連れ戻せ≫
「神様を、連れ戻せ?」
 トモルが言った。
「神様を連れ戻すなんて、なんだかロマンチックなミッションね」
 ミオが言うと、
「きっと、石像かなんかが盗まれたんだぜ」
「盗賊を捕まえろって意味かもしれないね」
 トモルもダイも、ミオの言葉など気にしない。
「ちょっと2人とも! どうしてそう夢の無い事を言うわけ?」
「だって、夢じゃミッションはクリアできないもんな」
「ね」
 本当に、どうして男と女はこうも分かり合えないのだろうか。
 同様の事が、ブルーチームでも起こっていた。
「神様を連れ戻すって、どう言う事だ?」
「神様が逃げた、とか?」
「そうかしら?」
 スズカがコータに反論した。
「そんな単純なものじゃないと思うわ。だってミッションっていっつも変な言い回しするじゃない。意地悪って言うかさぁ」
「疑ってかかれって事か?」
「そーよ。単純に考えてると、絶対にミッションはクリアできないわ」
「む。何だよそれ、おれが単純な考え方してるみたいじゃないか!」
「だってコータは直感派じゃない。あたしは理論派ってことで」
「…なんか、バカにされてる気がする…」
「その辺にしないか」
 ガリレイが後ろを見ずに言った。「まだ町にすら下りてないんだぞ」
「そうさ。まずは情報を集めよう」

 町に降り立つと、なんとも変な空気だった。人は大勢いるのだが、活気が見られない。市場かと思うほどたくさんのお店が出ているし、買い物客も大勢いるが、異様に静かだ。この雰囲気は、どこかで感じた事がある。
「なんだか、お葬式みたいな雰囲気ね…」
 ミオの喩えが、一番しっくり来るような気がした。
 ミオ達の前から、暗い顔をしてヨロヨロと歩いてくる女性がいた。腕にはかごを抱え、中にはリンゴが入っている。胸まである髪はボサボサで、やはり活気が感じられない。「あっ」と言って、そのまま倒れてしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
 3人が駆け寄って、リンゴを拾い始めた。
「あ、す、すみません…」
「一体、この町でなにがあったんだ?」
「わたし達、神殿の守り神を連れ戻しに来たんですけど」
「え?」
 ザワ…と町の人たちがどよめき始めた。「守り神様を連れ戻しに?」「それは本当か?」口々に言いながら、トモル達を取り囲み始めた。その数はどんどん増えて行き、怖くなったトモルは思わず叫んだ。
「だあっ! ストップストップ!」

「1ヶ月前から、消えた?」
「はい…」
 集団から抜け出せたトモル達は、先ほど助けた女性に話を聞いていた。ここは広場なのだろう、広い空間の真ん中に、噴水が設置されている。普段は子ども達が遊んでいるのだろうが、いまはそのような子達もいない。
「1ヶ月前の大雨の日。この町にある神殿が崩れてしまい、守り神様も現れなくなってしまったのです」
 そう言って女性は、町を見下ろす崖を指差した。
「1ヶ月前まで、神殿はあそこにありました。そして…」女性はそこから腕を左に動かした。「町の人たちが急いで建て直したのが、あちらの神殿です。しかし、神殿を建て直しても守り神様は現れず…。わたし達同様、巫女様もお元気がないご様子で…」
「巫女様?」
「その人に聞けば、何かわかるかも!」
 トモルの提案に、みなが賛成した。
「ありがとうございます」
 女性にお礼を言って、トモル達は神殿に向かった。

 神殿への道は険しい。神殿そのものは町から見えるが、そこへ向かうための長い長い階段。神殿は崖の上にあるのだから、仕方あるまい。ガリレオは息を切らし、その背中をダイが押していた。スポーツ少年のトモルも苦しげだ。バドバドはもっと大変である。足が短くて、いちいちジャンプしないと次の段に登れない。
「バドバドは大変だよな、足が短くてさ!」
「バッ!? 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」一瞬の溜め。「バドオオオオ〜〜ッ!!」
「うわぁっ!?」
 足が短くても登れないことはない。3段ジャンプの要領で跳ねていけばいい。猛烈な勢いで、バドバドはトモルを狙う。慌てて走り出したトモルだが、頂上近くでつまづき、バドバドに押しつぶされた。
「ふん、どんなもんだバド!」
「お、おおおおお……」
「なにやってんのよ、もぅ…」
 ミオ達が上にやって来ると、「遅かったな、トモル!」と声がした。トモルは聞き覚えのある声に、ハッとして頭を上げた。
「ユキオ!」
「今頃来たのか」
「ま、まさかもう、巫女様から話を聞いたのか!?」
 立ち上がってユキオに迫る。ユキオは「まだだ」とだけ答えた。
「ほ、なんだ」
「ただし。俺たちの方が先に着いたんだから、巫女様に話を聞く権利は俺たちにある」
「なんだと!? たまたま先に着いただけじゃないか!」
「たまたま、じゃない。俺たちの方が情報を集めるのが上手かったんだ」
「そんな事あるか!」
「神聖な神殿の前で言い争いをするのは誰ですか」
 低い声が響いた。だが男の物ではない。少女の声。重そうな扉が開いて、10歳ほどの少女が神殿から現れた。白い服を纏い、長い髪を引きずっている。
「あら、貴方達は…?」
 トモルが先に喋った。
「あ、オレ達…いや、ボク達は神殿の守り神を連れ戻しに来たんです!」
「守り神を…?」
「はい。だから、巫女様にお話を聞けないかなぁ、と…」
「この町の人たちのために、守り神様を連れ戻したいんです」
 ユキオも負けじと言った。このままではトモル達だけに話を聞かせる事になってしまう。
「町の人たちのためぇ? 自分のためじゃないか!」
「そ、それはお前もそうだろ!」
「なんだと!?」
「なにを!?」
 トモルとユキオは犬猿の仲だ。犬と猿は睨み合ったが、先ほど咎められたのを思い出して、バツが悪そうに少女の方を見た。
「………。着いてきてください」
 何事も無かったかのように、少女は神殿の中に入っていった。

「あ、あのさ」
 神殿の中を進みながら、トモルが少女に聞いた。
「巫女様って、どこにいるのかな?」
「私です」
「ええっ!?」
 一同が声を上げて驚いた。少女…いや巫女様は振り返ると、「なにか?」
「いえいえいえいえ!」
 驚いた表情のまま、全員揃って首を振る。巫女様はまた何事も無かったかのように前を向き、歩き始めた。
「本当かな。ぼくより小さい子だよ」
 ダイがミオに囁く。ミオも「信じられない」と言いたげな表情で巫女様を見た。
「目に見えるものだけが、真実とは限りません」
 巫女様が呟くように言う。目に見えるものが真実とは限らない…。一見子どもに見える巫女様は、実は年増だとでも言うのだろうか。「それはどう言う…」とユキオが言いかけた時、「着きました」と巫女様が言った。
 神殿の入り口と同様の大きな扉を開けると、巫女様が部屋の中に入っていく。ぞろぞろと8人と2匹が後から入っていった。
 そこは礼拝室のようだった。壁に大きな絵が彫られており、その前に神棚がある。絵の左右で炎が燃え、神棚には食べ物や花などが託されていた。
「守り神様が現れなくなったのは、今からひと月ほど前です。前の神殿が崩れ、この新しい神殿を建てたのに、守り神様は未だに現れてくださいません。町の人たちは、神殿が崩れたのは何かの前触れで、これから本当に恐ろしい事が起こるのではないかと…怯えて暮らしています」
「はい、はい、はーーい!」
 巫女様とは対照的に、落ち着きの無い高い声でスズカが挙手した。
「守り神様って、どんな格好してるんですか? 男、女? どこに行っちゃったかはわかってるんですか?」
「ちょっとスズカ…」
「だって情報が無かったら、連れ戻しようが無いじゃない」
「………。守り神様は人間では無いので、服など御召になりません」
 巫女様は軽く顔を上げて、壁の絵を見た。一同も釣られてそちらを見る。
 壁に彫られたその絵は、大きな龍の絵だった。2つの山を跨いだ荘厳な龍。西洋風の足と翼のあるドラゴンではなく、東洋風の大蛇のような龍である。
「あれが、私達の守り神様です。この町を囲む2つの山を繋ぐように、その大きな御姿を見せてくださっていました」
 巫女様は神殿の窓の外を見る。そこには2つの崖が向かい合わせになっている。そこを跨ぐように守り神様は現れていた、と巫女様はおっしゃった。

 まずは情報を集めよう、とブルーチームは結論付けた。一度町へ降りて、人々に聞き込みを開始した。
「守り神様について?」
「ええ、何か教えてください」
 恰幅のいい男性に、ユキオ達は聞き込んだ。
「そうだな…。まあとにかくでかいよ。一方の山の陰から姿を現してもう片方の山に頭を乗せるんだけど、それでも全身じゃないんだ」
 また、小さな男の子は言った。
「守り神様は、毎日夕方、だいたい同じぐらいの時間に出て来るんだ。それを見に、お母さんたちと一緒に神殿まで行った事もあるのに……」
 高校生ぐらいの(この町に高校があれば、の話だが)少女にも聞き込みを入れた。
「守り神様は雨の日は出てこないのよ。それに、普通は夕方に出てくるんだけど、お父さんが満月の夜にも見た事がある、って言ってわ」
「満月の夜…?」
「まるで、雲を掴むような話だな…」
「もう全然わかんなーい! ねぇ、一旦神殿に戻りましょうよ! 巫女様に話を聞きましょ!」
「ああ…そうだな」
 ポツリポツリ、と雨が降り出した。

 ザーザーと降る雨の中を、レッドペガサスが飛んでいた。先ほどまで晴れていたのに突然の雨だ。
 神殿から出たトモル達は、神様を「ドラゴンだ」と結論付けた。壁の絵に龍の絵が描いてあったのだから間違いない。その龍を探すため、2つの崖の間を行ったり来たりしていた。
「だけどどんなドラゴンなんだろうな?」
「あ、あんまり強くないと良いね…」
 小さな声でダイが言う。龍と言うから、ゲームに出てくるような強い敵を連想しているようだ。
 2人はずっと喋っているが、ミオだけは黙っている。龍を怖がっているのかと思ったバドバドが、ミオの横で胸を叩いた。
「安心するバド。もしドラゴンが現れても、オイラがミオを守るバド」
「本当かしら?」
「バドォッ!?」
「え? あ、ああ、違う違う、バドバドの事じゃないわよ」
 笑いながら、顔の前で手を振った。「バ、バドォ…」とバドバド。
「本当って、なにが?」
「龍よ。本当に龍なんているのかしら? もしかして、何かの喩えなんじゃないかしら?」
「なんの?」
「それがわからないのよ…」
 ミオはまた、だんまりしてしまった。

 降りしきる雨の音が、神殿の中にまで響いてくる。土砂降りの雨は現実的だが、静かな音を立てながら降ってくる雨はどこか神秘的だ。水の音には不思議な力があるように思えてならない。
「守り神様について?」
「はい。もう少し詳しく教えてもらえないかと…」
「………。守り神様は、七色に輝いておりました」
「七色?」
「そうです。山を跨いで、その七色の美しい姿を見せていらっしゃいました」
「七色、ねぇ…」
 ユキオとコータが考え始めると、突然不気味な笑い声がした。
「フッフッフッフッフッ…」
「ど、どうしたんだよ、スズカ?」
「あたし、わかっちゃった! さぁ、連れ戻すわよ、守り神様を!」

 突然降り出した雨は、お湯に溶ける砂糖のように、突然その姿を消した。
「やれやれ、雨が止んだようだ」
 レッドペガサスを運転しながら、ガリレオがホッと一息ついた。
「ここって、いつもこんな風に突然雨が降るのかしら?」
 それが、神様を連れ戻す手がかりになるのだろうか?
 ふと前を見たミオは、操縦桿の横に小さな七色の点があるのに気がついた。虹だ。窓についた水滴が太陽の光を7つに分けたのだ。
「…そうか…わかったわ!」
「え?」
「守り神様の正体! 虹よ!」
「虹?」
「そう。虹を龍に見立てていたのよ、きっと! 巫女様も言ってたじゃない。『目に見えるものだけが、真実とは限りません』」
 それを聞いたダイが、「あ!」と言った。
「そう言えば前にお父さんに聞いた事がある。中国では、虹は空を跨ぐ龍だと思われていたって!」
「それじゃぁ…」
「ええ。守り神様の正体は…」

「オーロラに違いないわ!」
 ブルーペガサスの中で、スズカが堂々と言った。
「オーロラ?」
「そうよ。七色で、大きい…。ユリーカ情報では散々虹について語ってたから、守り神様の正体は虹だと思うじゃない? フツーの人は。でもそれは、分かりやすーい引っかけなのよ!」
「そうかなぁ…?」
「そうよ! それにユリーカ情報って、いっつも必要ないじゃない!」
 スズカは勝手にキーボードをいじって、ユリーカ情報を引き出した。
「『オーロラは、太陽から降り注ぐプラズマが地球の大気と衝突する事で、七色に輝く現象である』」
「そう言われてみれば、ウネウネ動く辺りが龍に似ていなくも無いような…?」
 弱気なコータは、スズカの説明に納得してしまった。
「と・に・か・く! 守り神様の正体は、オーロラで決まり! じゃあ博士、早速オーロラ発生装置を作って!」
「作ってと言われても…そんな簡単には出来んぞ」
「とにかく作ってよ!」
「う、うムム…」
 わがままお嬢様の要求は、いつも強引で断れない。仕方なく、いそいそと作り始めることにした。

「みなさーん! もうすぐ守り神様が戻ってらっしゃいます!」
 と、ミオが言った。神殿の入り口に、町中の人たちを呼び集めていた。巫女様もいる。
「本当に、守り神様が帰って来られるのですか?」
「もちろんですよ!」
 ミオはポケットからインフォギアを取り出すと、「準備良いわよ!」とトモル達に告げた。
「じゃあ博士」
「ああ。放水、開始!」
 虹とは、『太陽の光が大気中の水滴を通るときの反射や屈折が生み出すもの』である。雨が降ったあとに虹が見えるのはこのためであり、ホースで水を巻きさえすれば、いくらでも虹を作る事が出来る。レッドペガサスの放水ノズルから、霧状の水が一気に放たれた。
「ほら、守り神様よ!」
 大仰にミオが言う。空を見上げている人々の口から、少しずつ「あ…」と言う声が出てくる。
 うっすらと、虹が…いや“守り神様”が空に現れた。
「守り神様だ!」「戻ってくださったのか!」「おお、守り神様…!」
 しかし、巫女様だけは無表情だった。
「あれは、守り神様ではありません」
「え? ど、どうして?」
「いつもと現れる位置も時間も違います。守り神様は、2つの山を跨ぐように夕方に現れるはずです。それに何より、あんなに弱々しい姿ではありません」
 人々も、次第にその事に気付き始めたようだ。どよめきが沸き起こり、1人、また1人と首を落として帰り始めた。
「え、あ、ちょ、ちょっと!」
 追いかけようとしたミオだが、無駄な事は分かっていた。巫女様が違うと言うのだから、違うのだろう。
『おーっほっほっほっほっほっ!』
 お嬢様のような高笑いが、突然インフォギアから漏れてきた。いや、相手は本当にわがままお嬢様なのだが。
『残念だったわね、素直でおバカな人たち! 守り神様を連れ戻すのはあたし達よ!』
「スズカ?」
『守り神様はね、虹じゃないのよ、虹じゃ。あなた達は見事、ユリーカ情報に騙されたの!』
 スズカは大笑いした。まるで姫様、女王様、天の上に召されるお方。スズカ達ブルーチームは今、文字通り天の上…宇宙にいた。
『守り神様の正体は、これよ!』
 言ってからスズカはガリレイに命令した。
「博士。オーロラを発生させて!」
「あ、ああ…」
 機械のスイッチを入れる。大きなアンテナのような機械に電流が流れ、先端のボールが輝き始める。ここから強力なプラズマを発生させれば、空気中の分子と衝突してオーロラが現れるはずである。そしてその通り、小さな小さなオーロラが輝きを放った。
「守り神様の正体、それはオーロラよ!」
 インフォギアに向かって大声で話す。全く気持ちが良い。
「…でも、なんか小さくない?」
 気持ちが良いところだというのに、コータが水をさす。
「なによ、文句あるの!?」
「いや、でも、現にみんな帰ってるし…」
「え?」
 モニター画面を見る。人々はゾロゾロと帰っていた。誰一人としてオーロラに気付いていないようだ。
「あ、ちょ、ちょっと! なんでみんな帰るの! 待ちなさい! あ、こら、帰るな、帰るな〜〜っ!!」
 ミオはインフォギアを耳から話した。
「そんなところから叫んだって、町の人には聞こえないわよ…」
 冷酷に、通話をOFFにした。
「あ〜あ…。振り出しに戻っちゃった」

「振り出しに戻ったな」
 ユキオが冷静に言った。
「なんでなんで、どうしてよ〜っ!」
「やっぱり、守り神と言うのは虹なんだ。そう考えた方が筋が通る」
「でも、ミオ達だって虹を作ったじゃない」
「いや…たぶん、時間と場所が問題なんだ」
 今度はユキオが勝手にキーボードをいじり始めた。
「町の人の証言によると、守り神様は夕方、神殿の横に現れていた。古い神殿の位置と、夕方の太陽の位置。この2つの条件から、虹が発生していた場所を割り出すと……ここだ。ここに虹を発生させれば良いんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
 スズカは目を・にしてユキオを見た。なんか悔しい。
 スズカの視線に気付いて、ユキオが振り返る。スズカは顔を赤らめて、
「な、な、な、な、なによなによ! あたしが間違えたから、ナゾが解けたのよ! 感謝してよね!」
 わがままお嬢様は、相変わらずだ。

「前の神殿には現れていたのに、新しい神殿には現れない。ここに何かあると思うんだ」
 珍しくトモルがまともな意見を言った。守り神様はひと月前の大雨の日から姿を消した。ならばそこに連れ戻すヒントがあるはずだ。
「ふむ、そうだな。じゃあ古い神殿を調べてみよう」
 レッドペガサスにミオを乗せ、古い神殿の上空へ向かった。
 一体なにが起こったのか。古い神殿は見事にぺしゃんこにつぶれ、見る影も無くなっている。巫女様はよく無傷で助かったものだ。ここから虹が見えていたのなら、ここに秘密があるのかもしれない。そう思って神殿に近づいた時、ガタガタッと大きくペガサスが揺れた。
「キャァッ、な、なに!?」
「気流だ! 一旦上昇するぞ!」
 ガリレオは操縦桿を引き、ペガサスは急上昇した。ペガサスが大きく揺れた拍子に、ダイは椅子から転げ落ちて窓に頭をうった。
「いたっ」
「ダイ、大丈夫か?」
「いてて…う、うん…。ん?」
「どうした?」
「虹が…虹が見える」
 ダイが窓の外を見た。崖の奥の方に小さな虹が見える。どうしてこんなところに虹があるのだろう。水も無いのに。
「博士、あの虹の近くを調べよう」
「ああ」
 ペガサスが虹に近づくと、トモル達は意外な物を発見した。
「こんなところに、滝がある…」
――守り神様が姿を消したのは、ひと月前の大雨の日――
――守り神様は夕方に現れる――
 そしてミオは、全てのナゾが解けた探偵のような表情になった。

 町の人々は、今日も神殿にやって来た。守り神を見るために、毎日毎日あの階段を登ってくるのだ。守り神が現れなくなっても、その習慣は続いている。今日こそ現れるに違いない、と言うわずかな望みを持って。
 巫女様も外に出てきて、空を見上げていた。今日こそ、守り神は現れてくれる…。
「あ…」
 誰かが言った。「あ」「あ」とその声は広まった。
「守り神様だ! 守り神様が、戻ってきてくださったぞ!」
 人々は皆、空を指差した。大きな大きな守り神…虹が、2つの山を跨ぐように天にかかっている。昼間、ミオが見せたような位置も時間も姿も違う守り神ではない。正しい位置と正しい時間に現れた、力強い神様。
「やった〜っ!」
 とスズカは大喜びし、ユキオとコータはハイタッチをした。
「これでミッションクリアねー!」
≪ミッション・クリア≫の声を、スズカ達は待った。さぁ早く来てくれストーン、来てくれ料理。だがおかしなことに、いつまで待ってもミッション・クリアの声はかからない。おかしい。何故だ?
「あ…」
 誰かが言った。「あ」「あ」とその声は広まった。
「守り神様が、消えてゆく…」
 やっと現れてくれた守り神様が、薄く、淡くなっていく。
「博士! もっと水撒いて!」
「いや、ダメだ。もうタンクが空だ」
「え、そんな…」
 放水機が止まり、水が無くなった。それと同時に、虹も姿を消す…。
「いや、待て!」
 ユキオが外を指差した。町の人々も空を指差す。
「守り神様が、再び姿を現したぞ!」
 一度消えかけた姿が、また色濃くなっていく。力強い神様の姿が、そこに現れた!
「ど、どうして!?」
 スズカ達は混乱していた。もう、こちらの放水は止まっている。水が無ければ虹は出来ないはず。一体、どうして…!?
「守り神様が、戻ってきてくださった…。本物の、守り神様……」
 巫女様が言った。ユリーカタワーが告げた。
≪ミッション・クリア≫
 ユリーカストーンが現れたのは、レッドペガサスの内部だった。

「何故だ!? どうしてお前たちは水も撒かずに虹を作れたんだ!?」
 ユキオがインフォギアに向かって叫んだ。トモルは「へっへぇ」と得意げに笑って言った。
『ミオが気付いたのさ。守り神様の正体は虹。その虹を作り出すための水は、雨ではなく滝から出たものだったんだ。守り神様が出なくなったのはひと月前の大雨の後。その理由は、雨で川の流れが変わってしまったからさ!』
 次のセリフをミオが取った。
『そこまで気づけばあとは簡単。新しい神殿から虹が見えるよう計算して川の流れを調整し、新しい滝を作れば良い。こうして、あなた達の作った一時的な虹じゃなくて、今までのように毎日現れる本物の守り神様を連れ戻せたのよ!』
 ミステリーの名探偵になったような優越感に、ミオ達はたっぷりと浸っていた。

 重々しく、ユリーカストーンをタワーに入れる。タワーの目が光り、正面を向いていた顔が赤い屋根の研究所の方を向いた。さぁ、これで豪華料理が食べられるぞ!
「でも、今回のミッションがクリアできたのはミオのおかげだぜ。ありがとう」
 柄にも無く、トモルがそんな事を言った。
「うんうん、神様の正体が虹だなんて、ボク達じゃ絶対考え付かなかったもん」
「そんな…」
 照れ隠しのように、ミオが首を振った。長い髪が左右に揺れる。
「ミッションをクリアできたのは、みんなのおかげよ」
「そう言うなって。これからも、どんどん変な事を考えてくれよな!」
 トモルは、本当に余計な事を言う。
「……変な事?」
「え?」
「変な事ってなによ、変な事って!」
「え、だ、だってよ…」
「変な事って、なによ〜〜っ!!」
「う、うわわあぁっ!」
 嗚呼。男と女と言うのは、どうしてこうも分かり合えないのだろうか。

 なんでも知ってるユリーカタワーは、その身を真っ赤に染め上げていた。

⇒Next MISSION「ダイヤを集めろ!」

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