摩訶不思議探偵局〜彼の犯行、彼女の推理〜
今回、容疑者リストは省きます。

摩訶不思議探偵局〜彼の犯行、彼女の推理〜事件編

 午後4時過ぎ。
ピンポーン
 と、真実は自宅のドアのチャイムを鳴らした。しかし、今日は返事が無い。
真実「…まだ帰ってきてないのか…」
 美登理――つまり真実たちの母親が帰って来てれば、すぐにドアが開くか、返事があるはずだ。それが無いと言う事は、買い物か何かに出かけたまま、まだ帰って来ていない、と言う事だ。今日は真解が家にいるが、風邪で寝込んでいるから、開けてくれるとは思えない。
真実〔しょうがないな…〕
 その時真実は、こぶしを握り締め、気合でドアを…開けるはずも無く、カバンから鍵を取り出して、開錠した。
真実「お兄ちゃん、ただいまー!」
 勢い良くドアを開けた真実は、その場に硬直した。てっきり部屋で寝ていると思っていた兄が、玄関で寝ている。いや、死んでいる?
真実「お…お兄ちゃん!?」
 カバンをその場に落とし、慌てて真解に駆け寄って、肩を揺さぶった。全く返事がない。良く見れば、胸が真っ赤に染まっているし、事件現場でよく嗅ぐにおい…血のにおいもした。
 余談だが、「におい」には「匂い」と「臭い」の2つの漢字があるが、前者は「良いにおい」、後者は「悪いにおい」と使い分けられる。元々「匂」は「良い響き」の意味で、「臭」は「におい」の意味である。本来においに良い悪いの違いは無かったが、長い年月のうちに使い分けられるようになったらしい。
 そんなにおいよりも、真実は命の方が気になった。一瞬パニックになったが、すぐに冷静を取り戻し、真実は真解の顔の前に手を持っていって、呼吸を確認した。…かろうじて、呼吸している。あごを少し持ち上げて、気道を確保した。
真実「えっと、次は……きゅ、救急車!」
 ドアのところに落としたカバンから、真実は携帯電話を取り出した。一瞬、110番を押しそうになり、慌てて119に押し直した。少しのコール音で、すぐに相手が出た。
『救急ですか? 消防ですか?』
真実「救急です! それから、警察も!」
 そう言ってから、先に110番を押してもなんら悪い事は無かったな、と気がついた。

 美登理が帰って来るのとほぼ同時に、救急車も玄関先に滑り込んできた。混乱する美登理を真実が落ち着かせ、救急隊員が真解を救急車に乗せる。真実と美登理も、そのあとから乗り込んだ。
 真解はぐったりとしていて、全く動かない。救急隊員が酸素ボンベを取り付けたり、傷の応急手当をしたりしているのを、真実はただただ傍観していた。チラリと見た傷は、明らかに刺し傷だ。死んでいないところを見ると、心臓は無事なのだろうが、出血はひどい。真解の顔も、なんとなく青い。風邪を引いて体力も落ちているのに、真解は大丈夫なのだろうか……。
 冷静さを取り戻してくると、真実は次なる問題に気がついた。真解は、明らかに刺されている。自分で刺したわけではあるまい。そんな事をする理由が無いし、もしそうなら、近くに刃物が落ちているはずだ。だがそうなると、真解を刺したのは、いったい誰? そして、その目的は、何?

 真実は、『手術中』のランプをジッと見つめた。真実の頭の中では、ずっと同じ疑問が回っている。
「誰が?」「何のために?」
謎事「真実!」
 その時不意に声がした。謎事とメイがやって来た。一応、電話で連絡しておいたのだ。残りの4人にも連絡したから、そのうち来るだろう。真実は椅子から立ち上がって、2人を出迎えた。
謎事「真解は?」
真実「まだ手術中…」
謎「刺された…の?」
真実「…うん」
謎事「誰に?」
真実「わかんない。家に帰ったら、お兄ちゃんが倒れてた」
 真実はまた、ジッとランプを見つめた。
謎「警察は?」
真実「さっき来た。いくつか質問して来ただけで、今は専らうちに行ってる」
謎事「そうか…」
 真実の座っていた椅子の隣には、終始目を泳がせている美登理がいる。無視するわけにもいかないので、謎事は声をかけた。
謎事「え〜っと、おばさん? 大丈夫スか?」
美登理「ええ…ありがと、大丈夫よ、ええ。きっと」
 声はどこか上ずっている。
「真実!」「真実ちゃん!」
 再び声がした。澪と澪菜だ。少し遅れて、那由他、最後に真澄と江戸川までやってきた。結構な人数だ。
澪菜「真実ちゃん、その血…」
真実「え?」
 その時、真実は初めて、自分の制服についた血に気がついた。真解に擦り寄った時、付着した物だ。袖から肩、胸から腹まで、白いセーターの前面がほとんど血で汚れている。
真実「あ、これ、さっきお兄ちゃんに抱きついたから…」
真澄「真実ちゃんの怪我…じゃ、ないわけね?」
真実「うん」
真澄「ならいいけど」
澪「いやいやいや。それだけ血がつくって事は、それだけ真解が出血してたって事じゃないの??」
真実「うん、そうだけど…」
 真実は再び、『手術中』のランプを見つめた。
江戸川「奥さん、大丈夫ですか?」
 江戸川が、1人呆けている美登理に聞いた。「ええ、大丈夫です」と、先ほどよりは落ち着いた声で美登理は答えた。「ならいいんですけど」と江戸川は顔を上げた。
江戸川「とりあえず、情報が必要ね?」
那由他「?」
江戸川「真解くんは、刺されたんでしょ? じゃ、犯人を捜さないと」
那由他「でも、捜すって言っても、どこから?」
澪菜「バカね。それを知るために情報を集めるんじゃないの」
江戸川「情報集めなら、わたし達に任せなさい」
謎事「わたし…“達”?」
江戸川「ね、真澄」
真澄「え、うち!?」
 何もそんな素っ頓狂な声を出さなくとも。真澄は目を丸くしたが、「まぁ、そう言いそうな気はしたけど」と諦めた。
江戸川「じゃ、とりあえず、真解くんの家の周りから聞き込めばいいわね」
 それだけ言うと、2人でその場から立ち去っていった。

 それからしばらくして、『手術中』のランプが消えた。
真実「!」
 真実と美登理はすぐに椅子から立った。自動ドアが開いて、医者が出てきた。手術を執刀した、神崎(かんざき)医師だ。
真実「あの、先生、お兄ちゃんは?」
 真実は立ち上がって、顔を上げた。大きな先生だな、と思った。身長2メートルぐらい?
神崎「傷は深かったですが、急所は外れてましたし、発見も早かったので、奇跡的に命に別状はありません」
美登理「! 本当ですか!?」
神崎「はい。しばらく意識不明の状態が続くと思いますが、遅くても3日…早ければ明日にも、目覚めると思いますよ」
 読み返して気がついた。神崎医師は「3日後では遅く、1日後では早い」と言っている。つまり彼は、「真解は2日後に目覚める」と確信を持っている事になる。ならば何故「2日後(明後日)に目覚めます」と言わないのか。そう思って書き直したが、なんだか断定的過ぎて、逆に違和感を覚えた。日本語独特の「曖昧な表現」が、ここにも活かされている。
美登理「よ、よかった…」
 美登理はその場に崩れるように座り込んだが、真実は怖い表情で神崎医師を見つめた。
真実「それで…傷の状態から言って、事故ですか? 事件ですか?」
 真実には、もちろん答えはわかっている。あれは、確実に…
神崎「…事件、ですね。刺さった傷ではありません。確実に、刺された傷です」
澪「じゃぁ、やっぱり聞き込みに行って正解だった」
真実「うん。もちろん、警察が既にやってるとは思うけど」
神崎「……まぁとにかく、そう言うわけですから」
 神崎医師は再び手術室に戻ると、今度は数人の看護師と、眠ったままの真解と共に出てきた。

 だいぶ外も暗くなってきた、と言う事で、真実と美登理以外は全員、一度帰る事にした。真実と美登理の2人だけは、病院の面会時間ギリギリまで、病室にいるつもりらしい。
 ちょうどその時、真解の父親、解実がやって来た。真実たちが5時過ぎに電話をかけて、それからすぐさま飛んできたのだ。病室に入るなり、早口で状況を聞いてきたが、命に別状はないという事を聞くと、ほっと胸をなでおろしていた。
解実「そうか、それなら良かった」
美登理「ええ、本当に」
真実「………」
 真実は、ベッドの横に椅子を持ってきて座り、ジッと真解の顔を見つめていた。
 スヤスヤと眠っているのだが、表情はどこか苦悩に満ちているような気がする。意識を失っていると言う事は、夢すら見ていないのだろう。なのに、何故こんな苦しそうな表情なのか……。中学3年生なのに、幾度となく殺人事件に出くわして、心身共に疲れているのかもしれない。
 名探偵だって人間だ。殺人事件に出会えば、気が滅入る。それが連続すれば、鬱にだってなる。警察ならまだしも、真解はまだ中学生だ。平気な方がおかしいのだ。
「こんばんは」
 ドアが開いて、病室に人が入ってきた。着ている白衣の胸ポケットに、『猪狩広恵』(いかりひろえ)と書かれている。看護婦のようだ。猪狩は3人に、もうすぐ面会時間が終わりますので、と告げた。「わかりました」と言って帰り支度をする真実たちの横で、猪狩は病室のカーテンを閉めたり、ベッドの横のスタンド電気を消したりと、消灯の準備をしていた。
美登理「それでは、失礼致します」
 頭を下げる美登理の挨拶に、猪狩は微笑みで答えた。

 次の日の朝。真解が収容された大泉(おおいずみ)病院の1日は、1人の看護婦の悲鳴から始まった。
横瀬「あなたが、第一発見者の出嶋 笑(でじま しょう)さんですね」
 その20分後には、もう警察が病院にやって来ていた。警官たちの指揮を勤めていたのは、神奈川県警の横瀬神海警部補と
皆木「あなたが発見した時の様子を、詳しく教えてください」
 その同僚で最近コンビを組み始めた、皆木弥生(みなぎやよい)警部補だった。
出嶋「はい…。この病院では、夜勤の人は、夜勤が終わった朝に病院内を見回らなければいけないのですが…」
 出嶋が言うには、こういう経緯だったそうだ。

 午前6時直前。夜勤終了間際に、出嶋は病院内を見回っていた。最上階から順に見回っていき、もうすぐそれも終わりかと思われた2階。まだ暗い廊下に、一筋の明かりが見えた。
出嶋〔あそこは男子トイレ…〕
 患者さんが入っているのかとも思ったが、この病院では2階は全て個室。トイレなら全ての個室に設置してあるから、わざわざ廊下のトイレを使用する必要は無い。この時間帯、もちろん医師はいるが、医師たちならば全員、1階のトイレを使用するはずだ(医師たちは、全員1階に待機している)。
 すると、可能性は消し忘れか。あるいは、不審者か?
出嶋「どなたかいらっしゃいますか…?」
 ゆっくりと、男子トイレの扉を開ける。かすかに、嗅いだ事のあるにおいがする。看護婦として、今まで幾度と無く嗅いだにおい。血。
出嶋「…ひっ!」
 トイレには、胸にナイフを突き立てられた、神崎医師の死体が転がっていた。

Countinue

〜舞台裏〜
微妙に中途半端ですが、実はキリが良い所なので、ここで中断。こんにちは、キグロです。
真実「やっぱり、お兄ちゃんの行くところ、必ず人が死ぬのね」
それじゃぁただの死神じゃん。それに、死ぬ事件ばっかりってわけでもないし。
真実「だけど、死ぬ事件が圧倒的に多いじゃない。今回含めた21話のうち、15話も殺人よ。約75%が殺人じゃない」
……そりゃま、そうだけどさ。

そう言えば、この間図書館で。
真実「殺人事件に遭ったの?」
そんなわけあるかい。『推理小説は、何故人を殺すのか』と言うタイトルの本を発見して。
真実「面白そうなタイトルね。なんで殺すの?」
いや、全部読んだわけじゃないからアレだけど…。確かに言われてみれば、なんでかな、とちょっと思った。
真実「自分で書いてるじゃない。推理小説」
……ボクが書いてるのは、推理小説じゃなくてパズルだから。パ・ズ・ル。
真実「逃げたわね」

人が死なないミステリーを書く日を夢見て(既にあるけどさ、そういうミステリーも)。
では。

作;黄黒真直

再会編を読む

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