摩訶不思議探偵局〜ハートの奪い合い〜 事件関係者リスト
実相真実(みあい まさみ)
相上育覧(あいうえ いくみ)
及川美雪(おいかわ みゆき)
霧島 澪(きりしま れい)


ハートの奪い合い〜チップの扉・問題編

 澪は、教室の窓を見た。校庭から運動部の元気な掛け声が、まだ聞こえてきている。陽は沈みかけて、赤く強い光が窓から入り込んできている。澪は立ち上がり、教室のカーテンを閉めた。
 そんなことより。澪は再び席に戻ると、目の前の3人の少女を見た。及川の持ってきた第2ゲームが、まさに始まろうとしている。
 及川が持ってきたゲームは「チップの扉」。及川が考えた「正解」を、何回かの質問で見抜くという、シンプルなゲームだ。ただし、質問のたびにチップを場に出さねばならず、場に出たチップは正解しなければ取り戻せない。もし間違えたら、全て没収される。2人とも間違えたら、場に出た全てのチップが及川の手に落ちる。
 このゲームで、及川はチップの総取りを狙っているのだろう、と澪は思った。
 単純に考えて、正解のヒントが欲しい解答者はチップを出さざるを得ない。そして確実に正解するために、手持ちのチップを使い切るだろう。そして、そこで間違えたら? 両プレイヤーの持つ全てのチップが、及川の物になる。
「第1のヒント」及川が高らかに宣言した。「これは、生き物です」
 そして、育覧を指名する。先に質問権があるのは、チップの所有数の多い育覧だ。
 何を質問していいのかわからず、育覧は澪をチラリと見た。しかし、中立の立場で公平さが求められる澪には、口を挟むことが出来ない。
〔教えてあげたいなぁ〕
 と、澪は思った。
 何故ならば。
 このゲームには、必勝法があるからだ。
〔及川は気付いてないんだろうか? それとも、気付いていて、2人は気付かないとたかをくくったとか?〕
 うーん、と考えて、気がついた。
 少なくとも及川は、第1ゲーム「限定ジャンケン」をやるまで、気付いていなかったのだ。そしておそらく、いまは気がついている。
 澪の考えた必勝法。

 それは、「1度も質問せずに、解答する」というものだ。

 解答にチップはいらない。そして解答権は1回しかなく、解答したあとは質問できないしする必要もない。
 ならば。
 最初に解答してしまえば、このゲームでチップを失うことはない。
 それでは「負けない」だけで「勝つ」わけではないではないか……と思うかもしれない。だが、それは違う。
 この「ハートの奪い合い」というゲームにおいては、常に出題者にとって有利なゲームが出される。だから、プレイヤーである以上、チップを得られる可能性は限りなく低い。すると、「いかに出題者にチップを奪われないようにするか」が重要となる。特に育覧は既に出題してしまったので、これ以降はチップを失う一方で、増えることがない。だから、チップを守ることが、勝利への唯一の道なのだ。
 そもそも、「限定ジャンケン」も「チップの扉」も、そして次に真実が出題するゲームも、よく考えれば「ハートの奪い合い」というゲームの一部に過ぎない。目先の勝負にとらわれず、「ハートの奪い合い」で勝利をつかむことを考えなければいけないのだ。「限定ジャンケン」で及川が真実に翻弄された理由も、目先の勝負にとらわれ過ぎたためだと言えるだろう。
〔問題は、真実か。もし真実に正解する自信があるなら、質問してチップを得るのも1つの手だ。ただし、育覧ちゃんが質問すれば、の話だけど〕
 もし育覧が必勝法に気付き解答したら、真実には質問する意味がなくなる。自分が場に出した以上のチップを得ることが出来ないからだ。逆に、育覧が質問するようならば、それは必勝法に気付いていない証だから、一緒に質問して正解を探っても良い。特に、真実と育覧のチップ差は12枚もあるのだから、次のゲームでその差を埋められるほどチップを奪う自信がなければ、質問した方が得かもしれない。
〔さて、育覧ちゃんは気付くかな?〕
 澪は黙って、成り行きを見守った。

 ハッキリ言って、育覧は必勝法があるなんて微塵も思っていなかった。何をどう質問すればいいのか、そればかり考えていた。
〔生き物で、しかもわたし達が絶対知っている物なんだから、イヌとかネコとか? ああでも、品種まで考えないといけないから、ポメラニアンとかアメショとか?〕
 混乱しつつも、及川の説明をゆっくりと思い出した。
 確か及川は、質問の例として「それを飼っている人はいますか?」というのを挙げていた。チップの枚数に余裕があるし、これをそのまま聞いてみようか。
「では、1つ目の質問です」
 チップを机の上において、育覧は言った。
「それを飼っている人はいますか?」
 及川はすぐに答えた。
「はい」
 それで終わりだ。何か補足説明があるわけではない。
 飼っている人がいる生き物ってなんだろう、と考えて、育覧は気付いた。「わたし達が絶対知っている生き物」なら、たいていは誰かが飼っている。飼っていないのは、国の天然記念物とか恐竜とかだろう。あとは、台所に現れる黒いアレとか。
「じゃ、実相さん。2つ目の質問は?」
「………」
 育覧が質問した以上、真実も質問するべきだろう。机に出されたチップを見ながら、真実は考えた。
〔なんか、引っかかるのよねぇ〕
 真実はチップを1枚、ポケットから出して机に置いた。
「2つ目の質問。それは、活発に動き回りますか?」
 なんだそれは、と育覧は思った。一方の及川は冷静に答えた。
「いいえ」
 動かない。ふぅん、と真実は思った。育覧も首を傾げながら、カメとかカタツムリとかかな、と思った。
 余談だが、カメは意外と速く動く。ゆっくりと動くのは体の大きなリクガメであり、スッポンなどの小さなカメはものすごい速さで走ったりする。ちなみに、『亀は意外と速く泳ぐ』という日本のコメディ映画もある。
 及川が、目で育覧に質問を促す。育覧は何を質問しようかと考えたところで、真実と目があった。
「……なに?」
 真実が聞く。
「いえ、別に……」
 そこで、気付いた。
 質問をすれば、真実にも質問内容と答えが聞かれる。ということは、自分の質問が真実へのヒントにもなってしまう。
〔そういえば、及川さんがそう言ってた……〕
 質問は二人の情報として共有される、と。
 わかりやすい質問をすると、相手にヒントを与えてしまう。つまり、「自分にはわかるけど、相手にはわからない質問」をしなければいけない。
〔わたしは、さっきの真実お姉ちゃんの質問の意図が、よくわからなかった。でもたぶん、真実お姉ちゃんにとっては、重要な意味がある質問。だからわたしも、ああいう質問をしないといけない……〕
 そのためには、相手の知らなさそうな領域の質問をする、などの方法がある。例えば、相手が映画に疎ければ、「『亀は意外と速く泳ぐ』の主役を演じましたか?」などと聞けば、確実に相手はわからず、自分はわかる。
〔そうは言っても、なにを質問したらいいんだろう?〕
 育覧は小首を傾げた。自分に、真実より詳しいものがあるだろうか。そしてそれは、このゲームで役立つ分野のものだろうか。
 自分が詳しく、真実が詳しくない分野。育覧はしばしそのような分野を探したが、特に見当たらない。いいや、一度諦めて、まずは何を質問する考えよう。そう思った。
〔ここまでわかっていることは2つ。1つ、飼ってる人がいる生き物。2つ、活発には動かない〕
 情報量が少なすぎる。まだ2つしか質問していないのだから、当然だ。
 そもそも、「20の扉」では20回の質問が許されているのである。裏を返せば、20回程度質問しなければ、正解にたどり着けないのだ。運が良ければ、10回程度の質問で正解がわかることもあるが、普通は10回程度でようやく輪郭が見えてくる程度である。
 それでも育覧は、可能な限り考える事にした。
〔ゆっくり動く生き物って、軟体動物が多いかなぁ…〕
 育覧は頭の中の情報ファイルから、可能な限り、ゆっくり動く生き物をピックアップしていった。
 カタツムリ。ナメクジ。カメ。ナマケモノ。ウニ。カメレオン。ヒトデ。ウミウシ。イモムシ。イソギンチャク。クラゲ。
〔あれ……〕と育覧はふと気付いた。〔海の生き物が多い〕
 気のせいかもしれない。だが、生き物を分類する上で、「水生」か「陸生」に分類するのは、うまいやり方だ。通常の「20の扉」であれば、序盤で出すべき質問の1つだと言える。
〔だけど、そうすると真実お姉ちゃんにもヒントになっちゃうよねぇ……〕
 育覧はチラリと、対面の真実を見た。悪戯好きの猫の目と、視線が合う。育覧は大きな瞳を揺らし、視線をそらした。すると今度は、澪と視線があった。助けを求めるような育覧の視線に対し、澪は肩をすくめて見せた。それを見て、真実が小さくニヤリと笑う。
「早くしてくれない?」
 真実が育覧を急かすと、
「あ、す、すみません」
 育覧は素直に、チップを1枚場に出した。
「3つ目の質問です。それは、水中で暮らしていますか?」
「いいえ」
 即答であり、それ以上の返事は無い。だがこれで、陸生であることがわかった。選択肢は、一気に減る。
 育覧は再び真実を見た。今度は視線が合わない。真実は場に出た3枚のチップを見ながら、次の質問を考えているようだった。
〔陸生、か〕と真実は考えた。〔陸生で、活発に動かず、飼育している人がいるもの〕
 条件は少しずつ増えているように思える。しかし、問題がある。
「飼っている」の言葉の定義が、あいまいだ。愛玩用か、食用か、研究用か、それ以外なのか。
〔もし、さっきの『飼っている』を研究用も含めて『はい』と答えたのなら、たいていの生物は該当する事になる〕
 某殺虫剤の会社には、黒いGが大量に飼育されているというウワサである。
「4つ目の質問」チップを投げる。「それを飼っている人の大部分は、食用または研究用に飼っている?」
 及川は少し考えたあと、
「いいえ」
 と答えた。ふぅん、と真実も育覧も静かに反応する。「食用または研究用」ではない。
 ここまで出た情報を頭に入れ、育覧は考えた。
 次の質問は何にしよう。
 そこで、〔あれ?〕と首を傾げた。
「えっ、あれ?」
 育覧は慌てて、及川と真実を交互に見た。
「子役のくせに、ポーカーフェイスが苦手なのね」
 と真実が嫌味のように言った。すると育覧は、一呼吸置いてから
「いまはオフなんです」
 さっきまでより少し低い、静かな声で答えた。直前まで泳いでいた視線が一点に収束し、真実の目を真っ直ぐ見つめている。口角もやや上がっているようだ。突然雰囲気が変わったように見えて、澪は少し驚いた。
「やるじゃない」
 と真実も感想を漏らす。
 真実の感想に微笑みで答えつつも、育覧の頭の中は「?」で一杯だった。
〔『食用または研究用』ではないって……結局、どういう意味なの? 食用ではないの? それとも、研究用ではないの? あるいは、両方とも違うの? それに『大部分は』ってことは、少しは食用の人もいるってこと??〕
 さっきの質問で、真実は純粋に自分の聞きたい事を聞いただけである。育覧を混乱させるつもりは毛頭無かった。だが、図らずも育覧が混乱したらしいと見えて、真実は1人ほくそえんだ。いわゆる「論理的思考力」が、育覧には無いらしい。
〔『食用ではないか、研究用ではない』ってこと?? あれ、でも、『食用じゃないけど、研究用』とかだったら、どうなるの?? イエスなの? ノーなの??〕
 ポーカーフェイスを保ちながらも、育覧は頭を抱えたい気持ちで一杯だった。
 育覧は再び澪を見た。澪は困ったような顔で何も言わないが、その表情を見るだけで、育覧はなんとなく冷静さを取り戻せた。
〔回答の意味はわからないけど、わかったこともある。真実お姉ちゃんは、『飼っている』と言う言葉の意味を知りたかったんだ〕
 そして、おそらく真実はその疑問を解決した。
〔真実お姉ちゃん、うまいなぁ……。『自分にはわかるけど、相手にはわからない質問』ばかりしている〕
 次はどんな質問をすればいいのだろう、と育覧は首を傾げた。
 こちらの質問も、それに対する回答も、まるまる相手に聞かれる。だから、普通に質問したのでは相手へのヒントになってしまう。真実はチップ枚数が少ないのだから、真実にとってわかりにくい質問をすれば、真実が得られるヒントは極端に減り、正解にたどり着けなくなるはずだ。
〔チップ枚数?〕
 あ、と育覧は気付いた。このゲームは「20の扉」ではない。「チップの扉」だ。質問できるのは、チップの枚数まで。このゲームの開始時点で、育覧のチップは18枚。対して真実のチップはたったの6枚。この枚数差を活かさない手は無い。
〔そっか、だからわたしは、真実お姉ちゃんと同じ質問をすればいいんだ!〕
 育覧が真実と同じ質問をすれば、真実が得られる情報量は半減する。育覧は、真実のチップが尽きてから、悠々と質問すればいい。真実のチップが尽き、解答したあとも、育覧にはまだ11枚もチップが残っている。その11枚をうまく使えば、正解にたどり着けるに違いない。しかも、正解にたどり着いたあともチップが残っていれば、「それは○○ですね?」という“質問”をすることが出来る。
〔ルール上は何も問題ないはず。それにこれは、『チップの扉』。質問できる回数は20回ではなく、チップの枚数分……つまり、2人合わせて24回も質問できる!〕
 とは言え。全く同じ質問を繰り返したのでは、育覧自身が得られるヒントが全くなくなってしまうかもしれない。先ほどの「食用または研究用」の意味も、まだよくわかっていないのだから。
〔なら、真実お姉ちゃんの質問の意味を、調べるような質問をしよう〕
 そこで育覧は再び、「食用または研究用」に頭を戻した。
〔生き物を『飼う』目的といえば、まずはペット。それから食用と、研究用。あとは……展示用?〕
 例えば、動物園などの動物たちは、展示用に「飼われている」。
 しばらく考えた末、育覧はチップを1枚場に出した。
「5つ目の質問です。それは、動物園にいますか?」
「はい」
 及川は即答してから、
「動物園によるけど、ほとんどの動物園で見かけるわ」
 と付け加えた。初めての補足である。
「補足がつくこともあるのね」と真実。
「良心的でしょ?」ふふん、と及川は鼻で笑った。
 とにかく、「動物園によくいる」と言うことがわかった。「飼っている」と言う意味は、そういう意味だったのかもしれないな、と育覧は思った。
〔動物園にいて、ゆっくり動く、陸生動物……〕
 ナマケモノとかカメレオンだろうか、と育覧は思った。しかし、カメレオンの種類まで答えろと言われても、困る。ヒメカメレオンとコノハカメレオンくらいしか知らないし、しかもそれが、頭の中のカメレオン画像のどれを指すのか、わからない。顔と名前が一致していない、と言う状態だ。
 対する真実は、スカートのポケットを布の上から押さえた。ポケットの中のチップは、あと4枚。叩いても増えたりはしない。
〔ギリギリの枚数かしらね〕
 残り4回の質問で、確実に正解にたどり着かないといけない。真実が解答するまでに、育覧も4回質問するので、実際には8回の質疑応答があるわけだが、育覧の質問には期待しない方がいいだろう。必ずしも、真実に有利な質問をするとは、限らないからだ。
〔仮に20回質問できれば、100万個以上の中から1つに絞ることも出来るけど……たった6回じゃね。64個の中から選ぶことしか出来ない〕
 1回の質問に対して、回答は「はい」か「いいえ」の2通りである。つまり、1回質問するごとに、正解の可能性のある選択肢を半分に出来るのだ。2回なら4分の1、3回なら8分の1、そして20回なら104万8576分の1だ。
〔……最後は、カンで答えなきゃダメってことか〕
 真実は気を揉んだが、実はそれは、元ネタの「20の扉」でも言えることである。「20の扉」の正解は、当然だが出題者が知っている物だ。そして、有名で、時流に乗っているものが来ることが多い。だから、選択肢をある程度まで絞ったら、その中から「相手が出題しそうなもの」を選べば正解できるのだ。
〔及川さんが出題しそうなものって、何かしら〕
 真実と及川は、さほど親しいわけではない。先週の会話が、今までの中で最長の会話かもしれない。仕方が無いので、真実は「限定ジャンケン」での及川の行動を振り返ってみた。
〔……顔に出やすいタイプだから、核心を突いた質問をすれば、顔に出るかも〕
 ジーー、と及川の顔を見つめる真実。及川は怯んだように、「何よ?」と聞いてきた。
「見てないで、早く質問してくれない?」
「わかったわよ」
 真実はチップを1枚、取り出した。それを手の中で弄びながら、しばし考える。
〔もしわたしが出題者なら、相手が絶対知らないものを出題する。でも、及川さんは『絶対知っている』と言っていた。何故そんなものを出題するのかしら? …それはたぶん、わたし達をミスリードする自信があるから。でも、質問に対してウソはつけない。と、言うことは……〕
 手の中のチップを、放るように場に出した。
「6つ目の質問。それは、細長い体をしている?」
「いいえ」
「?」
 首を傾げたのは、育覧である。質問の意図が全くわからない。ヘビでも想定していたのだろうか。しかし、もしこの答えが「はい」なら、育覧に重要なヒントを与えることになったはずだ。そんな危険を、真実が冒すだろうか。
〔あ、でも、ヘビってことは無いか。活発に動き回るだろうし〕
 反対に、カメレオンの可能性は潰えていない。
 育覧は、チップを1枚場に出した。
「7つ目の質問です。それは、細いですか?」
「は?」
 豆鉄砲を食らったような顔で、及川が答えた。
「いいえ。……細長くないのよ?」
「でも、電車は長いけど細くもないですよ」
「あ、そっか」
 及川は納得した。
 一応、今の質問には育覧なりの意図があった。彼女が言ったとおり、電車は長いが細くない。つまり、正解が「電車」なら「細長いか?」と言う質問には「いいえ」と答えが返ってくるが、「長いか?」と言う質問には「はい」と返ってくる。6つ目と7つ目の質問で、正解は「細くはないが、長いかもしれないもの」だとわかったことになる。
「育覧ちゃんさ」と真実が言った。「もしかして、わたしの質問と似た質問をしよう、とか考えてる?」
 育覧はニコリとほほ笑んで、
「はい」
 と答えた。静かな、少し低い声で、続ける。
「真実お姉ちゃんが不正解を出した後、じっくり質問させてもらいます」
 生意気な小娘め。真実は一瞬苦々しげな顔を浮かべたが、すぐにすまし顔に戻し、チップを1枚取り出した。
「悪いけど、それは無理よ。たぶん、正解できるから」
 強がっては見せたが、真実は内心、無理かもしれない、と思っていた。正解はほぼ絞り込めている。だが問題は、「種類まで答えろ」と言う条件だ。理系少女と自負する真実でも、生き物に関する細かい知識は持っていない。そういう知識を持っているのは、真実ではなく親友のメイの方だ。
 手の中でチップを弄ぶ。真実は理系少女だと自負しているが、一番の自慢は記憶力である。どんな細かいことでも、ちょっと見ただけで覚えられる。
 だから真実は、懸命に思い出すことにした。遊学学園の最寄り駅から、この教室までの道のりの全てを。その道中で見られるありとあらゆる物を。
「8つ目の質問」
 真実は、4枚目のチップを投げた。それは机の上のチップとぶつかり、コン、と乾いた音を鳴らした。
「それは、地名から名付けられた?」
「!」
 及川は目を見開いた。核心を突いたようだ。すぐに平静を装ったが、もう遅い。
「はい」
 その答えに、真実はニヤリとした。
「えっと…?」
 意味がわからず、育覧は困惑していた。地名由来?
 物の名前が地名から付けられるのは、良くあることだ。イリオモテヤマネコやガラパゴズゾウガメ、アフリカゾウなどはそのものズバリである。生き物以外でも、例えばナトリウムはナトロン湖から、ナポリタンはナポリから命名されている(ただし、ナポリとは何の関係も無い)。
 育覧はチップを1枚放った。これで、場に9枚のチップが出た。既に、少し山になっている。
「9つ目の質問です。それの由来となった場所は、日本ですか?」
 及川は、苦虫を噛んだような顔で答えた。
「はい」
 余談だが、「苦虫を噛んだような」とは「不愉快そうな」という意味の慣用句だが、ここで使われる「苦虫」は「噛んだら苦そうな虫」のことで、特定の虫を指すわけではない。無論、「ニガムシ」という虫がいるわけではない。
「それじゃ、実相さん。10個目の質問は?」
 その問いに、真実はニヤリと笑って答えた。
「質問は、しないわ」
「え?」
「もう正解はわかったから。解答するわ」
 本当か? 澪は、手元のピンク色の封筒を見た。ゲームの間、全く発言しなかったが、澪も考えていたのである。だが、澪はまだ、何もわかっていない。
〔ここまで出てきた質問は、なんだったかな…〕
 手中のメモを見る。「限定ジャンケン」の一覧表を書いたメモの裏に、澪は全ての質問と回答をまとめておいたのだ。

Q1.飼っている人はいる? A1.はい
Q2.活発に動き回る? A2.いいえ
Q3.水中で暮らしてる? A3.いいえ
Q4.飼ってる人の大半は、食用または研究用? A4.いいえ
Q5.動物園にいる? A5.はい
Q6.細長い? A6.いいえ
Q7.細い? A7.いいえ
Q8.地名由来? A8.はい
Q9.日本の地名由来? A9.はい

 澪は顔を上げた。それと同時に、真実が告げた。
「それは、○○ですね?」

所有チップ数【真実2枚、育覧13枚、及川6枚。場のチップ9枚】

Countinue

〜舞台裏〜
ようやく、この「ハートの奪い合い」も後半に突入しました。四苦八苦しながら書いているキグロです。
謎事「ニガいのか」
いや、クルしいんだよ。

さて今回の「チップの扉」は、「問題編」と「解答編」に綺麗に分けられるゲームとなりました。
真解「そういえばそうだな」
果たして、及川さんの考える「正解」とはなんなのか? 是非知恵を絞って当ててみてください。
謎事「オレは全然わかんねえんだけど」
本編中で真実が言っている通り、ヒントだけから正解を導くことはまず出来ません。最後はカンが必要になります。
……なので、先に言ってしまうと、「たまたま当たった」というご都合主義的な展開になることは否めません……。
真解〔まあ、結局は真実が勝つんだろうな、とは思ってるけど〕

ところで。前回の「限定ジャンケン編その3」を公開した直後に、Fさんからメールをいただきました。
謎事「Fさん?」
ハンドルネームの頭文字です。
真解〔ハンドルネームなら、頭文字にする必要ないんじゃないか?〕
謎「どんな内容だったんですか?」
なんと、澪くんが考えた「チップの扉の必勝法」を、見事に言い当てていました!
謎事「おお、すげー!」
うーん、さすがに簡単過ぎたかー、と作者の私としてはちょっと残念。

真解「というか、必勝法があるなら、育覧ちゃんに使わせる展開にした方が良かったんじゃないか?」
そうしたら、話盛り上がらないでしょ。

ではまた次回。

作;黄黒真直

チップの扉・解答編を読む

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