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ジュールの実験でカップ麺を作る〜追記

1;問題提起
本実験の公開は2008年8月19日であったが、実は実験レポート公開後、数名の方からメールを頂いた。
もちろん、そのメールはほとんどが「温度が高い方が、早く冷える」に関するものだ。
これはいったい何故なのか、頂いたメールや大学の教科書を元に考えてみよう、
と言うのが、この追記の趣旨である。
実験は全く登場しないし、ハッキリ言って怪しい議論も交じると思う。
また、物理や数学が苦手な人には良くわからない話も出てくるかもしれない。
以上を踏まえた上で、読んでいただきたい。

さて、頂いたメールの中で一番目を引いたのは、「フーリエの法則」と言うものが存在する、と言う指摘であった。
これは物体の熱伝導に関する法則で、以下の式で表される。
   J=−KgradT
……と、まぁ、記号だけ書いてもしょうがないのだが。
Jは熱流速密度、Kは熱伝導率、Tは温度、gradは「勾配」を表す微分演算子である。
……と、専門用語を重ねてしまったが、頑張って全部解説していこう。

まず、熱流速密度Jである。熱エネルギーの流速密度とも言う。
これは、「単位時間に単位面積を通過する熱エネルギー」のことだ。
「単位時間」とは、例えば1時間とか、1分とか、1秒のことで、物理では普通1秒を考える。
「単位面積」も同様である。物理では普通1m2を考える。
「熱エネルギー」とは、まあ、我々が普段使う「熱」であると考えてもらって差し支えあるまい。
ただし、「温度」ではない事に注意してもらいたい。
「温度」が高い物は、それだけたくさんの「熱エネルギー」を持っている。
熱い物に触っていると手が熱くなるが、それは物の「熱エネルギー」が手に移動するからである。
そして、「この移動がどう起こるか?」を表すのが、フーリエの法則である。
で、結局「熱流速密度」とは、「1秒間に1m2の枠の中を通過する熱エネルギーの量」である。
(なお、ここで言う「量」とは、通過する向きまで考慮するので注意)

熱伝導率Kは、「熱の伝わりやすさ」のことだ。
温度Tは、日常用語の「温度」と変わらない。

で、最後にgradであるが……。
これは、数学に登場するxやyのような文字ではなく、+や−のような計算記号(演算子という)である。
使い方(?)としては、高校数学で登場するsinやcosに近い。
熱の移動は、温度が異なる場所AとBがあって初めて成立する。
フーリエの法則に登場するgradTは、「AとBの温度差」を表すと思ってもらえばよい。
(厳密にはちょっと違う。詳しくは後で触れる)
今回の実験(ミキサーの実験、コップの水の実験)では、gradTは「水温と外気温の差」を表す。

結局、フーリエの法則J=−KgradTは、「熱は、熱伝導率と2つの物体の温度差の積のマイナスで移動する」と言っているのだ。
……もう少し正確に言うと、
「熱は、2つの物体の温度差に比例して移動し、その比例定数は『マイナス熱伝導率』である」
と言っているのだ(この「マイナス」が、熱の移動の向きを表現している。つまり、「高い方から低い方へ流れる」を表す)。
そしてこの「温度差に比例する」とは、まさに「温度が高いほど冷えやすい」ことを意味している。
実験レポートにて、私は知らず知らずのうちに「フーリエの法則」を仮説として述べていたのである。

さて。すると問題「何故温度が高い方が冷えやすいのか?」は、「何故フーリエの法則が成り立つのか?」と言い換えられる。
これを調べるのは簡単である。教科書を見ればよい。

とは言え、どの教科書を見ればよいのか。
物体の熱や温度に関する物理の学問は、大きく2つある。
1つは熱力学、もう1つが統計力学だ。
熱力学とは、水が温まったり気温が下がったりと言った、体感できる現象(マクロな現象と言う)のみを扱い、法則を導く学問である。
統計力学とは、原子や分子の運動など、普通は目に見えない現象(ミクロな現象)を考え、そこからマクロな現象の法則を導く学問である。
どちらも得られる結果は同じだが、「何故?」に対するスッキリ感を与えてくれるのは、どちらかといえば統計力学である。
例えば、「温度が高いとは、その物を構成する分子や原子が、速く動いている状態である」と言う説明を聞いたことがあるだろう。
これは、統計力学的な説明である。熱力学では単に「多くの熱を持っている」としか言わず、なんとなくスッキリ感がない。
と言うわけで、統計力学の教科書を見て、統計力学的な説明を試みよう。

…ただし、その前に1つ断っておこう。
先ほど「温度が高い」の統計力学的説明をしたが、実際の統計力学では、そのほとんどが上のような日本語ではなく、数式で書かれている。
例えば上の説明をするにしても、

などと書く。
というわけで、以下ではまず、数式を使ってフーリエの法則を導く。
その後で、「何故温度差に比例するのか」を日本語を使って説明しよう。
数式のくだりは大学レベルの数学が登場するが、高校数学のsinとcos、微分積分がわかっていればたぶんわかる。
そんな面倒なの読みたくない、結論だけ知りたい、という方は、日本語訳のみ読んでほしい。
一気に飛ばして結論だけ読んでもいいかもしれない。
数式の説明部分でも、わかりにくいところは
枠内
で補足説明を入れた。

さて、前置きが長くなった。いよいよ本題である。

2;数式によるフーリエの法則の導出
熱伝導や拡散など、「ある場所に存在するある物理量(性質)が、別の場所に移動する現象」のことを、物理では輸送現象と呼ぶ。
まずは、輸送現象を表す一般的な法則を導こう。
ただしいきなり導くのは無理なので、各段落ごとに、1つずつある値を求めたり、定義したりして、
最後にそれらを一気に統合して、輸送現象を表す法則を導くことにする。

z軸方向にある物理量が連続的に変化しているとする(xy方向には一定とする)。
物質はすべて分子(原子)で出来ているが、物質の持つ性質というのは、すべて分子の持つ物理量が決めている。
例えば、温度であれば分子の運動エネルギーが現れたものだし、濃度ならば分子の個数である。
この分子の持つ物理量を G(z) とする。
↑f(x)みたいな表記である。

輸送現象では、この物理量を持った分子がジワジワと移動していく様子を数式で表すわけだが、
そのためには「ある物理量が単位時間に単位面積を通って運ばれる正味の量」を求めればよい。
求める正味の量を、Qとする。

物質はすべて分子で出来ているが、分子らはどの方向にも自由自在に動き回る。
しかし分子が動くとき、当然他の分子にぶつかることもある。
「分子が他の分子にぶつかってから、次にぶつかるまでに進む平均の距離」のことを「平均自由行程」と呼び、今はLとしておこう。
また、z=z0 の位置に、z軸に垂直な単位面積Aを考える。


まず、Aを単位時間に通過する分子のうち、その方向がz軸の正方向となす角がθとθ+dθの間であるような分子の割合dN(θ)を計算する(図2-1参照)。ただし、0°≦θ≦180°とする。
dθとかdN(θ)とかのdは、「これはとても小さな量ですよ」と主張する記号(微分演算子)である。「dθ」で一文字の役目をする。


分子が通過した点を中心とする半径Lの球を考える(図2-2参照)。
するとdN(θ)は、この球面の全表面積のうちのθとθ+dθの間の面の面積の割合ということになる。
ある面にランダムに小さなボールを落としたら、何個も落とすうちにいずれ面全体がボールに埋め尽くされるはずである。
落としたボールのうち、「ある範囲に何割が落ちたか?」を知りたいと思ったら、ボールの個数を数えなくとも、「ある範囲の面積÷全体の面積」を計算することで求めることができる。これは、物理学でよく使う考え方だ。


図2-2 水色の部分が、「θとθ+dθの間の面」である。

半径Lの球の表面積は4πL2であり、θとθ+dθの間の面積は Ldθ×2πLsinθである。
これは、こういう公式がある、ということで理解してもらいたい。
すると、求める割合はdN(θ)は、「θとθ+dθの間の面積」÷「全面積」なので、
   dN(θ) = sinθdθ/2
となる。

Aを通過した分子のうち、その速さがvから v+dv の間である分子の個数を dn(v) とすると(今度は割合ではなく個数である)、
dN(θ)×dn(v) という掛け算は、「速さがvからv+dv、方向がθ+dθの間にある分子の個数」を表す。
dN(θ)は方向だけを指定し、dn(v)は速さだけを指定している。
例えば、1000人に国語、算数、理科、社会のうち好きな科目を1つだけ選んでテストを受けてもらったとき、算数か理科を選んだ人が合わせて300人いて、
また1000人全員のうち50点から60点の間だった人の割合が 2割だとすれば、
「選んだ科目が算数か理科で、得点が50点から60点だった人数」は、2割×300人=60人と計算できる。
なお、dN(θ)×dn(v) は普通 dN(θ)dn(v) のように×を省略して書く。



Aを通過した分子のうち、その方向がz軸の正方向となす角がθで、速さがvである分子は、単位時間にvcosθだけz方向に移動する(図2-3参照)。
わかりにくいが、v×cosθである。ちなみに、そもそも「速さ」とは「単位時間に進む距離」のことである。


分子は平均して L だけ進むわけだが(平均自由行程の定義である)、平均自由行程のど真ん中でAを通過すると仮定する。
(実際にはそんなことは滅多に起こらないが、平均してこのように通過するはずである)
すると、z軸の正の方向とのなす角がθの位置にある分子(この分子はこのあとAを通過する)のz座標は、
   zs = z0 + (Lcosθ)/2
と表される(図2-4参照)。

図2-4 高校で習ったcosの定義を思い出して欲しい

この式は、分子の「出発点(Start)」の座標である。「到着点(Goal)」の座標は、
   zg = z0 - (Lcosθ)/2
となる。ここで、cos(θ+180°) = -cosθ という公式を使った。
するとこの分子は、出発点zsの物理性質G(zs)を、到着点zgまで運んだことになる。
そして、数学的に
   G(zs) = G(z0) + {(Lcosθ)/2} dG(z0)/dz
となることが知られている。
式の最後にある dG(z0)/dz は、「Gをz=z0の位置で、zで微分する」という意味の記号である。
また、「=」っぽい記号は「=」の親戚で、「ほぼ等しい」を表す記号である。
これはテイラー展開と呼ばれる式変形だが、詳しい説明は省く。
多くの分子が面Aを行き来し、物理性質G(z)を運んでいるわけだが、1つの分子が運ぶ正味の量qは、平均すると
   Q = -Lcosθ(dG(z0)/dz)
となる。

さて、かなり長かったがここまでが準備である。
求めたいのは、「物理量が単位時間に単位面積を通って運ばれる正味の量Q」である。
今さっき求めた q = -LcosθdG(z0)/dz は「1つの分子がAを通過するときに運ぶ輸送量」であるから、これに分子の個数をかけて、単位時間に直せばよい。
分子は何個あるのか、というと、∬dN(θ)dn(v) 個である。
∬は二重積分と呼ばれる積分記号である。dN(θ)dn(v)のθとvを少しずつ変え、足していくことを意味する。
先ほどのテストの例でいえば、
「選んだ科目が国語で、得点が0点から9点だった人数」+「選んだ科目が国語で、得点が10点から19点だった人数」+「選んだ科目が国語で、得点が20点から29点だった人数」+……
+「選んだ科目が算数で、得点が0点から9点だった人数」+「選んだ科目が算数で、得点が10点から19点だった人数」+「選んだ科目が算数で、得点が20点から29点だった人数」+……
+…+…(科目が理科で、得点が…)
+…+…+「選んだ科目が社会で、得点が100点だった人数」
を計算すれば、テストを受けた人数が求まるはずである。∬dN(θ)dn(v) は、そういう意味だ。

単位時間に直すためには、vcosθ をかければよい。これが「単位時間に進む距離」だからだ。

すると、求める量Qは、
   
ということになる。あとはこれを頑張って計算すればよい。ただし、面倒なので途中計算は省略する。
(計算方法が知りたい方は、是非大学の理工系の学科へ進学して欲しい)
計算すると、以下のようにすっきりとした式になる。
   Q = -(Ln<v>/3)(dG(z0)/dz)   (☆)
なお、ここでnは全分子の個数であり、<v>は分子の速度の平均
   <v> = ∫vdn(v)/n
である。

さて、これが輸送現象を表す式である。いま知りたいのは熱伝導の式である。
熱伝導は、熱が輸送される現象なので、Gには熱を表す分子の物理量を代入すればよい。
最初の方で、熱や温度について触れたが、熱とは分子の運動エネルギーである。
が、ここでは分子の運動エネルギーではなく、「熱とは分子の熱量である」と考えよう。
熱量とは、文字通り「熱の量」のことだ。
   熱量=物質の質量×比熱×温度
という公式があるので、それぞれ分子の質量m、比熱C、温度Tを代入しよう。
これがGであるから、(☆)のGにmCTを代入すると、
   J = -(Ln<v>mC/3) dT(z0)/dz   (*)
となる(フーリエの公式に合わせて、QをJに書き換えた)。
dG/dz が dT/dz に変化したのがわかるだろう。
dG/dz は「Gをzで微分する」という意味だが、「zが変化したとき、変化するもの」でなければzで微分できない。
z(つまり場所)が変化すると、温度Tだけが変化し、分子の質量mや比熱Cは変化しないので、温度Tだけ微分すればよいのだ。

(☆)式ではGをzで微分している。xやyでは微分していない。
その理由は、ここまでの計算がすべて「z方向にのみ物理量が変化して、xやy方向には変化がない」としているからだ。
しかし、現実ではz方向にのみ変化する、ということはあり得ず、xやy方向にも変化する。
実は、それを踏まえ、x、y、zの三方向で変化する場合を考えると(つまり、三方向全てで微分すると)、
   dG/dz は gradG
に変化するのである。
この変化を(*)式に反映させると、
   J = -(Ln<v>mC/3)gradT
となる。
この式の Ln<v>mC/3 をすべてKで置き換えてしまえば、冒頭のフーリエの法則
   J = -K gradT
に変身する。
これが、数式を用いたフーリエの法則の導出である。

3;フーリエの法則の日本語訳
さて、以上でフーリエの法則が導けた。
ここでは、この導出をもとに「何故温度差に比例して熱が移動するのか」を日本語で説明しよう。
とは言え、このくだりではgradT以外の数式は登場しないので、安心してほしい。

その前に、gradTに関して1つ説明しておかねばならないことがある。
最初に「gradTは『AとBの温度差』を表す」と書いたが、これは厳密には間違いである。
もう少し正確に言うと、
「ある場所(普通はAとBの真ん中)から、どのぐらい離れたとき、どのぐらいの温度差が生じるか?」
を表すのがgradTである。

何故こんなものに比例するのか?
それを説明するために、まず2つ説明する。

1つ目。
まず、AとBを場所ではなく、物だと考えよう(水と空気、と考えてもらえば良い)。
温度の異なる2つの物体AとBをくっつけたとき、その温度分布は普通、下の図3-1のようになるはずである。

図3-1 2つの物体をくっつけたときの温度分布は、単純に考えてこうなる

左側のAの方が温度が高く、右側のBの方が温度が低いのだが、境界面付近では徐々に温度が近づくような分布になるだろう。
さて、先ほど「ある場所」と書いたが、ここではそれを境界面とする。
すると、ここでのgradTは、
「境界面からどのぐらい離れると、どのぐらいの温度差になるか?」
を表すことになる。
そして「gradTが大きい」とは、「ほんの少し離れただけで、温度差が大きくなる」を意味し、
反対に「gradTが小さい」とは、「かなり離れないと、温度差が大きくならない」を意味する。
これに比例するということは、「ほんの少し離れただけで、温度差が大きくなるときに、温度が一気に下がる」ということだ。
また、「かなり離れないと、温度差が大きくならない」ということは、「Aの奥深くは温度が高いが、表面付近はBに近い温度になっている」ことを意味する。
感覚的には、「温度が低い」と言って差し支えない状況だろう。
(当たり前だが、人間は温度を「自分が触れたところ」でしか感じることができない。奥深くは触れないので、そこの温度が高くても「温度が低い」と感じるわけだ。逆にgradTが大きければ、表面近くの温度が高いので、「温度が高い」と感じることができる)

2つ目。
冒頭にも書いたが、「温度が高い」とは、分子が速く動いている状態のことだ。
これは主に気体のことを言っているが、液体や固体でも同様である。
(固体の場合は「動く」というより「振動する」と言った方が正しい)
熱の移動は、速い分子が別な場所に移動したり、近くの分子にぶつかったりすることで生じる現象である。
今回の実験のように、2つの物質が別な物質で仕切られてる場合(水と空気は、ミキサーやコップに仕切られていた)、
熱の移動は、
「動きの速い水の分子が壁にぶつかり、壁の分子を振動させる」→「壁の分子の振動が、内側から外側に伝わる」→「外側の壁の分子が、動きの遅い空気の分子にぶつかり、空気の分子が勢いよく弾き飛ばされる」
といった過程で行われる。
が、面倒なので、説明の都合上、壁はなかったものとして、
「動きの速い水の分子が、動きの遅い空気の分子にぶつかり、空気の分子が勢いよく弾き飛ばされる」
と考えることにしよう(こう考えても、物理上は特に問題ない)。
また、空気の分子を勢いよく弾き飛ばした水の分子は、動きが遅くなる。ビリヤードの玉突きを思い出してくれればよい。

ではいよいよ、何故gradTに比例するのか説明する。
ここでの説明は、今回の実験に沿い「コップの中の水(お湯)」と「コップの周りの空気」で考えることにする。
さて、水は分子で出来ていて、水の分子はみんな、好き勝手にコップの中を飛び回っている。
当然、水分子同士が衝突することもある。
いま、gradTが小さいとする。つまり「(表面から)かなり離れないと、(空気との)温度差が大きくならない」とする。
すると、水が冷えるためには、水のかなり内側にある分子が、表面付近まで飛んできて、空気の分子の衝突しなければならない。
しかし、水の中心から表面付近までは、かなり距離がある。
その長い距離を移動する間に、他の水の分子にぶつかってしまうのである。
すると、速い水の分子は表面まで到達できず、結果、水はなかなか冷えなくなるのだ。
もちろん、ここで衝突された水の分子は勢いを増すが、これがすぐに表面につくかと言えば、そうはならない。
こいつもまた、どこかで誰かにぶつかってしまう可能性が高いし、そもそも、衝突後に一番近い表面を目指してくれるとも限らない。
仮に最初の分子が、自分から一番近い表面を目指して飛んでいたとしても、衝突された分子が反対方向目指して飛んでいく可能性もあるのだ。
これが繰り返されることで、遅々として表面まで到達できないのである。

図3-2 こんな感じで、なかなか表面に到達できない

逆に、gradTが大きい場合。つまり「表面のすぐ近くに、速い分子がある」場合には、このようなことは起こらない。
動きの速い水の分子が、すぐに空気の分子に衝突し、空気の分子が勢いを増す代わりに、水の分子が勢いを落とす。
そして、水の温度が下がるのである。

これが、フーリエの法則の日本語による説明である。

4;結論
長くなったので、日本語でまとめよう。
要するに。
「人間は、gradTが大きいと温度を高く感じ、小さいと低く感じる」のだが、
「gradTが小さいと、動きの速い分子がなかなか表面に到達できず、熱が移動しない」ので、
「温度差が小さいほど、冷えにくい」言い換えれば「温度差が大きいほど、冷えやすい」となるのである。

なお、gradTとは「ある場所からどのぐらい離れると、どのぐらいの温度差になるか?」を表す。

5;考察
このレポートを書いているときにふと思い出したのだが、何年か前に
「水を凍らせるときは、温度が低い状態より、温度が高い状態から冷やした方が、早く凍る」
という話がテレビで紹介され、ネットに物議を醸したことがある。
この話の真偽は定かではないが、「温度が高いほど冷えやすい」と言う日本語を曲解すると、上のようになるかもしれない。
実際に重要なのは温度差であり、しかも冷えて温度が下がれば、その温度差に応じた冷えやすさにしかならない。
元の状態が高かろうが低かろうが関係ない、と考えるべきだろう。
また、今回はフーリエの法則について研究したが、フーリエの法則は「熱がどのように移動するか」を表した法則で、
「gradT(温度差)が大きいほど、熱を早く奪われる(早く得る)」という法則であった。
これは「熱」であって「温度」に関する法則でないことに注意したい。
温度に関する法則としては、次のニュートンの冷却法則がある。
   C(dθ/dt) = -σ(θ-θ0)
これは、「温度が時間とともにどう変化するか」を表す法則であり、冷却にかかる時間を知ることができる。
(恐らく、フーリエの法則を変形していけば、この式が出てくると思われる)
ここでもやはり、重要なのは温度差であり、「温度差が大きいほど、温度が早く下がる(上がる)」と主張している。
注目したいのは、式の最初のCである。これは物体の熱容量だ。
レポートの数式部分でもCが出てきたが、こちらは比熱であり、熱容量と比熱の間には
   熱容量=物体の質量×比熱
の関係がある。
つまり、物体の温度変化にはその物体の質量も関係し、質量が大きければ大きいほど温度変化がゆっくりであることが、ニュートンの冷却法則からわかる。
ということは。先の「水を凍らせるときは云々」の真偽であるが、
もしかしたら、単に温度が高い水ほど蒸発しやすいので、冷やす間に蒸発して水の量が減り、それで温度が下がりやすくなっただけかもしれない。
ただ、水が水蒸気になったり氷になったりする現象は相転移と呼ばれ、この相転移を理論的に解析するのは実は非常に難しい。
私も大学で相転移について習ったが、未だに全く理解していない。
「温度が下がれば凍る」というほど、単純な現象ではないのである。
なので、もしかしたら温度が高い状態から冷やした方が、早く凍るということもあるかもしれない。

6;感想
今回はこのHP初の試み、「実験せずに数式だけで議論する理論研究」であったが、非常に疲れた。
子ども向けの科学の本を読むと、すべての説明が(当然だが)日本語で書いてある。
しかし現場の科学者たちは、日本語よりもむしろ数式ばかり使って考えている(と思う)。
本に書かれている日本語は、その数式を翻訳したものなのだ。
今回、「フーリエの法則の日本語訳」を書いたが、実はその文章は、その直前の数式による導出を見ながら書いたものである。
(もっとも、gradTにのみ注目して書いたので、全部を翻訳したわけではないが)
科学者が一般人に科学の理論を説明するときは、一生懸命数式を日本語に翻訳している。
今回はそれを体験出来たので、とても面白かった。

また、今後理系に進みたいと思っている中学生、高校生の方々がこれを読んで、
物理をやるためには数学が必要
だと実感してくれれば、私としては幸いである。
三角関数も微分積分も、大学の物理ではフル活用するのだ。
反対に、このレポートを読んで「難しすぎる!」と感じ、理系を諦める中高生がいたら、私としては不本意である。
このレポートが難しいのは、物理が難しいからではなく、私の説明が下手だからである。
ほ、本当だってば。

7;参考文献
『なっとくする統計力学』都筑 卓司/著(講談社、1993)
他数冊
…ただ、『なっとくする〜』は数式部分の参考にしたのだが、そこの説明が明らかに間違っているので、注意。
このレポートでは、その部分を直してある(もしかしたら私が違うのかもしれないが)。

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2010年10月06日 追記公開 inserted by FC2 system