おもいっきり科学アドベンチャー そーなんだ!
#8「野ウサギを救え!」

 青い屋根の研究所。ユキオ達は豪華料理を食べていた。スズカ、コータ、チワワンは問答無用で楽しみ、料理を口へと運んでいる。が、ユキオだけは食が進まず、ずっと頬杖をついていた。
「どうかしたの? ユキオ」
 心配そうにスズカが聞く。「いや…」と小さく答えるユキオ。
「なんで、あの時、前の5つのユリーカストーンが、こっちを向かなかったんだろうか…?」
「あれはただのシステムエラー。そうでしょ、博士?」
 心配する事なんて何もないわよ、とスズカがガリレイを見る。
「あ? あ、ああ…うむ…」
 否定するでも肯定するでもなく、あいまいにうなずくガリレイ。それを見て、ユキオが続ける。
「もしこのまま、あの5つがこっちを向かなかったら、残りを全て集めてもゲームは完成せず…」
「元の世界に帰れない…?」
 コータが言うと、ピクッとスズカが反応した。
「や…やぁねぇ。変な事言わないでよ。せっかく楽しくご飯食べてるのに、料理が美味しくなくなっちゃうじゃない…」
「そうだよユキオ」
 嘲笑するようにコータが言った。コータにしては珍しい。
「おれたちが今やるべき事は、次のミッションをクリアする事だけだって」
「…それもそうだな」
 そうは言っても、まだ不安そうな顔で、ユキオはずっと頬杖をついていた。

「…やっぱり、こっちを向いたままだわ」
 望遠鏡を覗き込んで、ミオが言う。タワーの頭、顔の部分は向こうを向いているのだが、前の5つのユリーカストーンが、こちらを向いたままだ。
「なんでだろうね?」
 ダイが首を傾げる。
「なんでかしら…」
 ミオも首を傾げるしかない。
「でもよ、ユリーカストーンがこっちを向いたままって事は、ラッキーかも知れないぜ!」
「え? どうして?」
 ダイとミオが、もう一度首を傾げた。その時、「ご飯ですよ〜」と言うベアロンの声がした。
「やっほ〜い! 待ってました!!」
 駆け出すトモル。猛スピードで走り、食堂のドアを開けた!
 食堂の机に置かれているのは、豪華な料理……ではなく、質素な料理。
「あ…やっぱダメか」
「そう言う事…」
「考える事がせこいバド」
 バドバドのムカつく突っ込みに、トモルが言い返す様子はなかった。

≪エリアE4に出動せよ。エリアE4に出動せよ≫
「ミッションだ!」
 渋々質素な食事を食べている時、ユリーカタワーの声がした。次こそは勝つ! と、トモルは食堂から飛び出した。

 空間に亀裂が入る。そしてそこから、レッドペガサス、ブルーペガサスが現れた。
 今度のエリアは、草原。少し離れたところには、森も見える。自然いっぱいのところだ。両博士はペガサスをその場に着地させた。
ピーピーピー
 ユリーカ情報の呼び出し音。そして、
ジャン!
 と言う音が流れ、モニターに「!」マークが現れた。
≪動物には、草しか食べない草食動物と、肉しか食べない肉食動物がいる。
 草食動物は長い腸を使って植物を分解し吸収するが、肉食動物は植物を消化しにくいため、草食動物を食べて、彼らが吸収した栄養を取っている。
 肉食動物の餌である草食動物は、ジッとしていない。だから肉食動物は様々な工夫をして狩りを行っている。
 待ち伏せ…忍び寄り…追いかけ…協力…。
 草食動物も肉食動物に捕まらぬよう、様々な防衛手段を持っている。例えば、ウサギの耳はかすかな音も聞き逃さないよう、大きく長いだけでなく、別々に動かして、一度に2つの方向の音を聴くこともできる。
 また、動物には、キツネやタヌキのように、植物も動物も食べる雑食動物もいる≫
「そーなんだ!」
 肉食動物と草食動物。食うか食われるか、弱肉強食の世界。では、今度のミッションは?
≪現在、目の前の野ウサギに危機が迫っている。ミッションナンバー8。野ウサギを救え≫
「野ウサギ?」
 どこにいるんだ? と、ペガサスの窓から外を見る子ども達。…いた。両ペガサスの前方に、2羽のウサギがいる。レッドペガサスの前方には、薄茶色のウサギ。ブルーペガサスの前方には、濃い茶色のウサギ。一心不乱に草を食べている。
「でも、危機って何かしら?」
 ミオが言った。「そう言えば?」と、トモルとダイも首を傾げた。
「ふむ…。とりあえず、捕まえて保護しよう。何かの危険に迫られていても、それなら安全だ」
「そうだね」
 ユキオ達も、同じ結論に達したようだ。8人と2匹が、両ペガサスから出て来た。その気配に気付き、両ウサギは立ち上がって耳を立てる。そしてすぐに、8人と2匹の存在に気がついた。
「さぁ、捕まえるぞ…」
 虫取り網をグッと握り締める8人。ジリジリと、一歩ずつゆっくり近付いていく。待っていろ、ウサギ。今すぐ捕まえて保護してやるからな…。
「それっ!!」
 最初に飛びついたのはトモルだった! だが、するりとかわされ、そのまま森の奥へと入っていってしまった。
「ああ…っ!! 待てっ!!」
 走り出すトモル達! そしてユキオ達のウサギも、一緒に森の奥へ入っていってしまった。
「ああ! 待って!」
 スズカが慌てて駆け出した。その後を、ユキオたちも追う。絶対に、相手より早く保護するんだ!

「くっ…どこ行ったんだ」
 トモル達は、ウサギを見失っていた。辺りを見渡すが、視界がそんなに良くない。ウサギの姿はどこにも見当たらなかった。
「どこ行っちゃったのかしら…。あら?」
「どうしたんだ? ミオ」
 その場にしゃがみこみ、ミオは地面を見た。ダイ、トモルも周りこんで、地面を見る。そこには、小動物の物と思われる足跡が。細長い棒状の跡が並んで2本。そしてそれのすぐ後ろに、丸い跡が2つ。
「これ…ウサギの足跡なのかな?」
「知らないよ、そんな事!」
 せっかく足跡を見つけても、これでは意味がない。ウサギならいいのだが、ウサギではなかったら、ただの無駄骨となってしまう…。
「…そうだ。これを使おう」
 ガリレオが、ポケットから何かを取り出した。一見したところ、赤い携帯電話のように見える。
「なにそれ?」
「これは、インフォギア。ユリーカ情報以外にも、様々な情報を検索できる携帯型端末だ。通信機能ももちろんついている」

「つまり、携帯用情報検索端末だ」
 ガリレイが得意げに言った。
「へぇ〜。便利なものがあるのねぇ」
 スズカが感心する中、コータが青いインフォギアで、その足跡を検索する。数秒後…
「うん、どうやらウサギの足跡に間違いないみたいだ」

「うん、間違いない。これはウサギの足跡だ」
 ガリレオが言った。それを聞き、子ども達は、
「じゃぁ、これを追っていけば…」
「ウサギを見つけられるのね!」
「うん、そう言う事だ」
「よし、早速行こうぜ!」
 足跡を残すとは、バカなウサギだ。これで、確実にミッションをクリアできる!
 と、思ったが…世の中、そううまくは行かない。しばらく足跡を追ったトモル達が見たもの…それは、錯乱した足跡だった。
「な、何よこれ!? どうなってるの!?」
 足跡は幾つにも重なり合い、どう進んだのか全くわからない。しばらくこの辺でうろついたようだ。さらに、足跡はそこから3方向へと伸びていた。
「どっちへ行ったのかしら…?」
「…あっちだ!」「あっちバド!」
 トモルの声と、バドバドの声が重なった。そして2人とも、全く逆の方向を指差していた。
「あっちだよ!」「あっちバド!」
 お互い、一歩も引かない。「ヌヌヌヌヌ…」とにらみ合う。
「あっちじゃないかな」
 全く空気を読まず、ガリレオが3本目の足跡を指差した。トモルとバドバドが、ガリレオをにらむ。
「あ、いや…そんな顔で見られても、困っちゃうんだよなぁ…」
 余り困った風を見せず、頭を掻く。さて、誰が正しいのか…。
「…こんなところで言い争ってたってしょうがないわ。一旦別れましょう」
 ミオが提案した。それしか方法はないようだ。トモルはミオと、ダイはバドバドと、そしてガリレオは1人で、足跡を追い始めた。

「な、何よこれ!?」
 同じ頃、スズカ達も同じ問題にぶち当たっていた。あっちこっちへ歩き回り、幾重にも重なり合った足跡。そしてやはり、何方向にも足跡が伸びている。
「え〜っと、こう来て、こう来て、ここでこう来て…」
 スズカは早速、足跡をたどり始めた。同じ場所を、何度も行ったり来たりする。
「で、ここで振り向いて…………。 わかんない〜〜〜っ!!」
「…つまりウサギは、わざと足跡を残して、敵を欺いているわけだ」
 ユキオの冷静な分析に、コータが、
「肉食動物に捕まらない様にする、防衛手段の一つって事?」
「たぶん」
「ふんっ、やってくれるじゃない!」
 地面を見ていた顔を、スズカが勢い良く上げる。
「でも、なんだかとってもやる気が出てきたわ。絶対に捕まえてやるんだから!!」
 ウサギは、敵(スズカ)の性格までは、考慮しなかったようだ。

「ウサギ、ウサギ、どこにいるんだ〜??」
 トモルは、辺りを見渡しながら足跡を追っていた。
「そんなキョロキョロ周り見たって、見つからないわよ」
 足跡の先にいるはずなんだから、とミオが言った。
「あれっ!? ミオ、トモル!」
「え?」
 突然聞こえて来たのは、少年の声…ダイの声だった。
「ダイ!」
「何してるバド!?」
 バドバドも一緒にいる。2手に分かれたはずのトモルとミオ、ダイとバドバドが、バッタリと出会った。
「な、なんで?」
ガサガサ・・・
 3人と1匹が不思議がっていると、すぐ横の草むらが動き…中から、ガリレオが現れた。
「ふぅ…。 ・・・あれ?」
 そしてすぐに、3人と1匹に気がついた。
「みんな…なんでここにいるんだ?」
「…どうやら、いっぱい食わされたみたいね」
「いっぱい食わされたぁ??」
 苦々しげに言うミオ。ミオらしくない発言を、トモルがオウム返しに言った。しかし、本当にこれはいっぱい食わされた。錯乱し、3方向に伸びた足跡。分かれて追えば、全員同じ場所に着く…。
「くあぁぁ〜〜っ!! ウサギのクセに〜っ! 今度見つけたら、ぜってー捕まえてやる!!」
「トモル!! わたし達は、ウサギを助けるために、捕まえるのよ!!」
「わかってるよ!!」
「本当にわかってるのかしら…」
 ボソッとミオはつぶやいたが、怒りに燃えるトモルには聞こえなかったようだ。トモルは虫取り網を握り締め、1本になった足跡を追い始めた。
 足跡を追うと、少し開けた場所に出た。広場のようなところだ。ちょっと先には、池がある。そして、広場の中央付近には…
「ウサギだ!」
 トモルたちは息を潜めた。あの、薄茶色のウサギが、今、目の前にいる…! ユキオたちの、あの濃い茶色のウサギも一緒だ。
「さぁ、今度こそ捕まえるぞ……ん?」
 カサッと少し離れた草むらから音がした。ユキオ達だ。ユキオ達が、そこから現れた。トモルとユキオは、顔を見合わせた。
「あいつら…!」
 しかし、口を開いたのはスズカだった。
「ユキオ、急ぐわよ! あいつらより先に、捕まえてやるんだから!」
「待てスズカ。ユリーカ情報を忘れたのか?」
「ユリーカ情報?」
「≪ウサギの耳はかすかな音も聞き逃さない≫」
「あっ!」
 スズカは思わず口を手で押さえた。そして、押さえながら言う。
「じゃぁ、どうすればいいのよ?」
「…肉食動物に倣うんだ」

「肉食動物をマネるのよ」
 同時に、ミオも提案していた。
「チームプレイだね」
 ダイが言うと、ミオがうなずいた。さぁ、今度こそウサギを捕まえるぞ…!

 ウサギは、一心不乱に草を食べていた。もちろん、実際には辺りへの警戒は全く解いていない。その証拠に、トモルたちがウサギを遠巻きに囲い始めると、ピクッと反応した。しかし、反応しただけで動きはしない。いける…か?
ピクッ
 が、その時、ウサギが何かに気がついた。立ち上がり、森の方を見る。ミオは思わず後ろを振り向いた。そこには…
「キツネ…?」
 2頭のキツネが、こちらを見ていた。
タッ
「あっ! 待てっ!!」
「こらっ! 待ちなさいっ!!」
 突然、ウサギが池に向かって走り出した! 全く予想外の行動! トモルとスズカが、慌てて後を追った!
「おっしゃぁ! そっちは行き止まりだぜっ!」
「これぞまさに、袋のネズミ…じゃなくて、ウサギっ!!」
「もらったぁっ!!」
 2人が同時に、虫取り網を横に振った!
ぴょん
 それを嘲笑う如く、ウサギは華麗にジャンプして、池の飛び石に飛び乗った。
 勢い良く飛び出したトモルとスズカの足元には……何もなかった。
「あ?」
ばっしゃ〜〜ん!!
 そのまま真下に落ちた2人は、全身びしょ濡れになってしまった。
「ど…ど…どうしてこうなるんだ〜〜っ!!」
「今度見つけたら、絶対に捕まえてやるんだからぁっ!!」
 あっという間に池の反対側まで渡ってしまったウサギは…そのまま、どこかへ行ってしまった。

「キツネがいた?」
「ええ」
 タオルで髪を拭きながら、トモルが聞いた。それにうなずくミオ。
「あの時、ウサギはわたし達じゃなくて、わたし達の後ろにいた、キツネを見て逃げ出したのよ」
「! じゃぁもしかして、ミッションの『野ウサギの危機』って言うのは、もしかして…?」
「ええ。キツネの事に違いないわ! だから、ウサギを捕まえるんじゃなくて、キツネを捕まえれば、危機は回避されて、ミッションクリアとなるはずよ!」
「よっしゃぁ! じゃぁ、その作戦で行ってみようぜ!」
 ウサギはすばしこい。だが、キツネなら、もしかすると…!
「でも、どうやって捕まえるバド?」
「そ、それは…」
「調べてみるよ」
 いつの間に持っていたのか、ダイはポケットからインフォギアを取り出し、「キツネ」を検索し始めた。
「え〜っと…『キツネは、目や鼻より、耳に頼って獲物を探す』…」
「う〜ん…ちょっと使えそうにないわねぇ…」
「じゃぁ…『キツネはおどけた行動で相手を油断させ、獲物を捕まえる』」
「おどけた行動?」
 ミオは首を傾げ、インフォギアを覗き込んだ。画面にはキツネの絵がかかれ、そのキツネは、自分の尻尾を追いかけていた。
「ふぅん?」
 わかったような、わからなかったような、ミオの声。その瞬間。
「ふんふんふ〜〜ん…」
 バドバドが突然歌い、踊りだした。
「バド、バド、バド〜」
 短い尻尾を揺らし、腰を振る。次は、阿波踊り。何がしたいのか、まるで理解不能だ。
「何やってんだぁ?」
 瞬間――バドバドの目が光った!
「もらったバドォッ!!」
 バドバドが大ジャンプして…面一本! バドバドのチョップが、トモルの額に見事に当たった!
「いってぇっ!! 何すんだよ!!」
「だから、そうやってボーーッとしてると、キツネに食われるって意味バドォ」
「ちぇっ…なんだよ」
 トモルは口を尖らせた。

「ニンジンよ!」
「え?」
 濡れた髪を拭きながら、スズカが提案した。が、あまりに唐突過ぎて、他の者には意味がわからなかった。
「どうしたでチュワン?」
「ウサギだってお腹が空くんだから、食べ物を用意すれば、必ず寄ってくるはずよ。ウサギの好物はニンジン。だから、ニンジンでウサギをおびき寄せれば、簡単に捕まえられるじゃない!」
「なるほど…。餌でおびき寄せる、か…。それはいい手かもしれないな」
 ユキオは同意したが、コータは浮かない顔で、
「でも、ニンジンなんてどこにあるんだ?」
「そ、それは…もちろん、そうよ!」
 スズカは、無理矢理反論した。
「探すのよ! ほら、早く!」

「なぁ、ニンジンって、こんなところに生えてるものなのか?」
 草原の中、子ども達はニンジンを求めて歩き回っていた。草を掻き分け、ニンジンを探す。だが、もちろんどこにも見つからない。
「しっ、コータ」
 ユキオが口に人差し指を当てる。その指で、今度はスズカを指差した。
「ニンジンさ〜ん、どこにいるの〜? ニンジンさ〜ん、出ておいで〜…」
 低い、恨めしげな声…。先ほどウサギのせいで池に落ちたのが、よほど悔しいらしい。
「今は、スズカを刺激しない方が良い」
「そ…そうみたいだね…」
「あったぁっ!!」
 スズカの大歓声!
「ぇえっ!?」
 そんなバカな! と驚くコータ。それを無視し、スズカはしゃがみこんで地面から生えている草を引き抜いた。出てきたのは、赤い根っこ。間違いなくニンジンだ。
「ほらほら、ニンジンよ!!」
「さ…探せば、見つかるもんなんだね…」
「まさに、執念の賜物だな」
 しかも、良く見るといっぱい生えている。スズカは次々と抜き、後ろへ投げる。ユキオ、コータがそれをうまくキャッチした。スズカはまだまだ引っこ抜き、ガリレイ、チワワンもキャッチに参加した。
「でも、なんでこんなにいっぱいあるでチュワン?」
「……。まさか…」
 チワワンの何気ない一言で、ユキオは嫌な予感がした。もしや、ここは…。
「スズカ! 急げ!」
「え? 大丈夫。この調子なら、今回も勝てるわよ!」
「違う! そういう意味じゃないんだ!」
『あっ!!』
 その時、遠くで声がした。ユキオは、恐怖に凍りついた。
『ニンジン泥棒だっ!!』
「ど、泥棒っ!?」
 スズカたちは、驚いて顔を上げた。遠くの方に、数人の男たちが立っている!
「ここは、畑だったのかっ!?」
「そ、そんな…わたし達…泥棒なんかじゃ…ないのにぃっ!!」
 ニンジンを捨て、走り出す4人と1匹! それを追う男たち!
『逃げたぞ! 追え!』
『待て〜! ニンジン泥棒!!』
 声が次第に大きくなる。まずい…これでは、追いつかれるのも時間の問題だ!
「こ、これじゃまるで、肉食動物と草食動物だよ…!」
 逃げながら、コータが言う。
「じゃ、じゃぁ、わたし達がウサギで、あの人たちが…!」
 スズカは逃げながら後ろを見た。遠くに男たちが見える。
「いやぁ〜〜っ!!」
 スズカの頭の中で、男たちがオオカミに、自分たちがか弱いウサギに映った。捕まる! 食われる! 殺される!!
「このままでは、捕まってしまう…!」
 ガリレイは既に息切れしていた。どうする、どうすればいい!?
「こうなったら…!」
 ユキオが、走りながら提案した。

「うっ!?」
 男たちは、それを見て戸惑った。
 男たちの前には、錯乱した足跡。そして、そこから5方向に伸びる足跡。
「よし、俺たちはあっちへ行く!」
「じゃぁ、俺たちはこっちだ!」
 男たちが5つに分かれ、走り出した。あの小憎たらしいニンジン泥棒…。確実に捕まえて、とっちめてやる!!

「・・・・・・。た、助かったでチュワン…」
 男たちが走り去るのを見て、チワワンは安堵のため息をついた。
「ウサギを助けるつもりが、ウサギの知恵に助けられちゃったでチュワン…」
 錯乱し、伸びて行った足跡は全くの偽物。ユキオたちは、錯乱した足跡のすぐ横の茂みに隠れていた。
「だが、まだ安心できない。すぐに彼らが戻ってくるはずだ。今のうちに逃げるぞ」
 言うや否や、ユキオは立ち上がった。コータやガリレイも立ち上がったが…スズカだけが、座ったまま震えている。
「…? どうした、スズカ」
「わたし、わかっちゃった…」
「…?」
 わけがわからず、眉をひそめる。わかったって、何が?
「さっき、あの人たちに追われて、気付いたの…。肉食動物に追われるウサギの心が…。すごく怖かった…。わたし達、ウサギを救おうとして追いかけてるけど、ウサギにとっては、肉食動物もわたし達も、関係ないのよね…。ウサギにとっては、どっちも恐怖なのよね…」
「…だから?」
 サラリと一言で、ユキオが言った。「え?」とスズカがユキオを見上げる。
「肉食動物だって、食べなければ生きてはいけない。肉食動物がウサギを追うのは自然な事だ。オオカミがウサギを食べたって、残酷でもなんでもないんだ」
「その通りだ、スズカ」
 座っているスズカの頭に手を載せ、ガリレイが言う。
「肉食動物は生きるために草食動物を捕まえて食べ、必要以上は殺さない。そんな肉食動物よりも、必要以上に動物を殺して、食べ残したら捨ててしまう、そんな人間の方が残酷ではないか?」
「………」
 スズカは黙り込んでしまった。でも、怖かったものは、怖かったんだもん…。
「そんな事より、今はミッションのクリアだ。いつまでも座ってると、“肉食動物”が戻ってくるぞ」
 ユキオの一言で、スズカは立ち上がった。

「『キツネは、自分の縄張りを持っていて、いつも同じルートで餌を探す』…だって」
 ダイは、インフォギアから顔を上げた。
「って事は、さっきキツネが通っていた場所に落とし穴を掘れば、キツネを捕まえられるって事だよな!?」
「ああ、そう言う事になるな!」
 ガリレオもうなずき、全員が同意した。よし、作戦は決まった!

「よし、落とし穴は出来た!」
 最後の干草を穴にかぶせ、トモルが言った。ここにキツネが落ちれば、もう自分では上ってこれない。うまくキツネを落とす事さえ出来れば、そのままミッションクリアだ!
「でも、どうやってキツネをおびき寄せるバド?」
「それは、これを使うんだ」
 トモルはポケットから、ゼリーを取り出した。あの、質素な食事についてくる、オレンジ色の無味ゼリー…。料理大会ではユキオ達が利用していたが、今度はトモル達が使う番だ。
「これを落とし穴の上に置いて…キツネが食べようと近づけば、そのまま落ちるってわけだ!」
 ゼリーを容器からだし、落とし穴の上に置いた。そのまま、トモルたちは近くの茂みに隠れる。キツネが来るのは、いったいいつか…。出来れば、早く来て欲しいところだが…?
「来たっ!」
 意外に早く、キツネが来た。無味ゼリーの匂いに引かれたのか?
「ほらほら、キツネェ。美味しい美味しい、栄養満点のゼリーだぞぉ」
 息を潜めて声を出す。トモルは念を送った。
 キツネは一歩一歩落とし穴に近づく。穴の上には無味ゼリー。穴の横まで来ると、キツネは無味ゼリーをしばらく見たが……そのまま無視して歩み去り、池の水を飲み始めた。
「完全無視されてるバドッ!!」
「うぉっ!? なんだよ!? オレ達、キツネが見向きもしないようなもん食ってたのかぁっ!?」
 叫! 思わず頭を抱えて、トモルが叫んだ。その声にキツネが反応し、こちらを見た!
「トモルのバカッ! 見つかっちゃったじゃない!」
「あっ! えっと、じゃ、じゃぁ…」
 ガシッと、トモルはバドバドをつかんだ。
「いっけ〜っ!!」
 そして、思いっきり放り投げた!
「ばど〜〜っ!?」
ボテッ
 キツネの目の前に落下した。「痛いバド…」と立ち上がるバドバドを、キツネが睨みつける。バドバドは、恐怖に凍りついた!
「バドバド! 逃げろ!!」
 自分で投げておいて、バドバドに叫ぶ。言われなくても! とバドバドは立ち上がり、走り出した!
「バドバド! うまく穴に誘導するんだっ!」
「そ、そんなの無理バドォッ!!」
 泣きながら走るバドバド。迫るキツネ。速いぞキツネ、遅いぞバドバド!
「バドバド、急げ!!」
「バ、バドォッ!!」
 ジャンプ! バドバドは、華麗に穴を飛び越えて…キツネは、見事穴に落っこちた!
「やったぜ!!」
 茂みから飛び出し、早速穴に駆け寄る。ミオ、ダイ、ガリレオも後から続いた。
「バ、バド…。死ぬかと思ったバド…」
 バドバドは座り込み、胸を撫で下ろした。そんなバドバドを見て、子ども達は穴を覗き込んだ。確かに、キツネが落ちている。威嚇しながら、キツネはこちらを見上げた。
「やった! ミッションクリアだぜ!」
 それから子ども達は空を見上げた。ミッションクリアのメッセージは…!?
・・・・・・・・・・・・・・・
 来ない。
「な、なんでだよ!?」
「なんでバド!?」
 空に向かって、1人と1匹が叫んだ。

「どこ行ったんだろ、ウサギ…」
 網を握り締め、辺りを見渡すユキオ達。ニンジンを一本も持たない今、全てが振り出しに戻っていた。
「あ、見て、あそこ!」
 その時、スズカがウサギを発見した。
「キツネに追い詰められてるわ!」
 スズカが指差す先には、キツネとウサギ…。そして、ウサギの背後には、崖が広がっている!
 キツネが一歩近づくと、ウサギも一歩退く。だが、もうほとんど後ろがない。
「なんとかしなきゃ…!」
 しかしどうする事も出来ない。そしてまた、キツネが一歩ウサギに近づく。と…ウサギの足元が、崩れ落ちた!
「いやっ…やめてえぇ〜〜〜〜っ!!」
 慌てて駆け寄るスズカ! そのスズカに驚いて、キツネは逃げ出した!
 スズカは崖に駆け寄ると、下を覗き込んだ。ものすごく高い。この高さから落ちたのなら、もう絶望的…!
「あ、いた!」
 しかし、ウサギは死んでいなかった。崖の、一段低くなったところに、ウサギはいた。だが、そこも狭く、しかも今にも崩れてしまいそうだ。
 スズカは早速、虫取り網でウサギの救出を図る。手を伸ばしても届かないが、虫取り網なら…!
「入って、お願い…!」
 ギリギリまで身を乗り出し、ギリギリまで網を伸ばす。だが、ギリギリでウサギに届かない。迫り来る網に怯え、ウサギは一歩一歩後退した。ウサギの足元の石が、崖の下まで落ちていく。
「お願い…キツネはもういないから…お願いだから、網に入って!」
 グググ…。これ以上身を乗り出せば、自分が落ちてしまう。だが、ウサギを救わなければ…!

 トモルたちはその場に座り込み、ジッと空を見上げていた。半ば、諦めかけていた。
「きっと…」
 しばしの沈黙を破り、ミオが言った。
「キツネを捕まえたって、ダメだったのよ」
「え?」
 ミオの言葉に、全員がミオを見る。そもそも言い出したのは、ミオだろう…?
「きっとウサギにとっての危機は、キツネ以外にもいっぱいあったのよ。キツネ以外の肉食動物がいるのかもしれないし、どこかに罠が仕掛けてあるのかもしれない。だから、やっぱりウサギを捕まえて、保護しないとダメだったのよ」
「そ…そんなぁ!」
「おいらの苦労はどうなるバド…」
 バドバドが深いため息をついた。
カサッ…
 後ろで、小さな音がした。「?」とトモルが振り返る。
「ぁあっ!!」
 そこにいたのは、あのウサギ!!

 ジリジリ…スズカの網が、ウサギに近づいていた。が、警戒してウサギは全く入る気配を見せない。
「ダメだ…おびえてるよ…」
 コータもユキオも、横から下を見ていた。あと少しなのだが…。
「お願い、入って…!」
 スズカの哀願も、ウサギには伝わらない。網だって、キツネだって、ウサギにとっては同じものなのだ。
 と、その時だった!
ボロッ
 とウサギの乗っていた足場が崩れ、ウサギが落下した!
「あっ!!」
 慌ててスズカは身を乗り出し、網にウサギを入れた! が…
「きゃあぁ〜っ!!」
 今度は自分が落ちてしまうっ!
「スズカ、危ないっ!!」
ガシッ
 ユキオとコータがスズカを抱きかかえ、その2人をガリレイがつかんだ。
「は、博士…苦しいです…」
 服を捕まれたユキオは、襟がのどを締め付けていた。
「こっちだって、落ちそうなんだっ!!」
 老体に鞭をうち、「せぇのっ!!」と勢いづけてユキオ達を引き上げる。ドサッと、4人が後ろに倒れた。
「た、助かった…」
 陸に上がり、スズカはホッと胸を撫で下ろした。そして、網の中にはちゃんとウサギが。
「良かったね、ウサちゃん♪」
 満足げに、スズカはにっこりと笑った。ウサギは、網から這い出て、その場に立ち上がり…突然、その体が青く光り始めた。
「…!?」
 青い光はそのまま丸くなり、そして中からユリーカストーンが現れた。
≪ミッション・クリア≫

「待てぇっ!!」
 トモルはヘッドスライディングのごとく、ウサギに飛び掛かった!! ‥瞬間、ウサギが消えた。
「あ、あれ??」
ばっしゃ〜〜ん!!
 腹ばい状態で、トモルは池に落ちた。そのままの姿勢でプカッと浮かび上がると、待っていたかのようにユリーカタワーの声がした。
≪ミッション・ロスト≫
「な、なんだよそれ〜っ!!」
 全身びしょ濡れで立ち上がり、トモルが叫んだ。
「ちくしょぅっ!! あと少しだったのに〜っ!!」

 ユキオ達は、ユリーカタワーの前に立っていた。
「じゃぁスズカ、ユリーカストーンを入れるんだ」
「ええ」
 ガリレイの言葉に、スズカがうなずく。今回は、ちゃんと作動してくれるだろうな…? 不安げな表情で、ユキオはスズカを見守る。
ガコッ
 ユリーカストーンが、タワーにはめ込まれる。ストーンが光り、青い屋根の研究所を向き……残りの5個も、正常に動いた。ユリーカタワーの頂上、顔の部分から、淡いピンクの霧が発射され、青い屋根の研究所に降り注いだ。

「さぁ、ご飯ですよ」
 ベアロンが、帰ってきたトモル達に言った。ご飯と言っても、あの非常食だか宇宙食だかわからない、貧相な乾パンだけだ。
「はぁ…」
 トモルは、その乾パンを見て、ため息をついた。貧相なだけなら、まだ良いんだ。でもこのご飯は、キツネですら、見向きもしないようなご飯なんだぜ…?
「はああぁぁぁ・・・・・・」

 トモルの深い深いため息を背に聞きつつ、ユリーカタワーは、月のウサギを眺めていた。


⇒Next MISSION「無人島の大レース!」

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