おもいっきり科学アドベンチャー そーなんだ!
#11「石油の秘密!」

 ユリーカタワーの10ある穴のうち、既に9つが埋まっている。残りは、あと1つ…。あと1つ、ユリーカストーンを集めれば、このゲーム「ユリーカ」は完成し…全員(トモル、ミオ、ダイ、ユキオ、スズカ、コータ、ガリレオ、ガリレイ)は、元の世界へ帰る事が出来る…!
ダン!
 質素な食事の載ったテーブルに、ユキオはコブシを叩きつけた。
「いよいよ、次のミッションで最後だ。次こそ絶対に勝って、元の世界に帰るんだ!」
「ええ」「もちろんだ」
 そう思えば、この質素な食事も不味くない。この食事からも、あと何回かで別れられる。もしかしたら、これが最後かも知れない…。
「ガリレイ博士。本当に、次のミッションをクリアすれば、元の世界に帰れるんですか?」
 なにを今更、と言う質問を、コータがする。「もちろんだ」と、ガリレイが力強く答えた。
「俺が作ったゲームだ。間違いない」
「よぅし…頑張るわよ!」
 気合を入れて、スズカは味の無い乾パンを口に入れた。ピグルの温かい視線を感じた。

「いよいよ、あと1個ね…」
 ベランダから、ユリーカタワーを眺めながら、ミオが呟く。「ああ…」とトモル。
「次のミッションも、絶対に勝って…全員、元の世界へ帰るんだ!」
「ねぇ博士」
 ダイが、隣のガリレオに聞いた。「?」と、ガリレオがダイの方に顔を向ける。
「もし、最後の1個をスズカ達に取られたら、いったいどうなっちゃうの?」
「え? う〜ん…」
 少し口ごもり、ユリーカタワーの方をもう一度向く。
「もしそうなったら…このゲームは崩壊してしまう」
「崩壊!?」
「そ、そんなぁ!!」
「じゃぁ、もし次のミッションに負けたら…」
「なに弱気になってるバド!! 勝てばいいバド!!」
 珍しく、バドバドがミオとダイを励ます。一緒になって、ベアロンもニッコリと微笑んだ。
「そうですわ。わたしも、みなさんが勝ってくれるように、祈っていますわ」
 そして…まさに、その時だった。シュビーン…と言う音がして‥ユリーカタワーの声がした。

≪エリアD6に出動せよ。エリアD6に出動せよ≫

「来た!」
 ユキオ達は、突然席を立ち上がった。いよいよ、最後のミッションが発動された!
「行くぞ、みんな!」
「はい!」
 ガリレイに続き、子ども達が食堂をあとにする。「頑張るのよ」と、ピグルの声援が、後ろから聞こえてきた。

 空間に亀裂が入る。2箇所の亀裂から、1機ずつ、移動用ポットが現れた。片方はレッドペガサス。もう片方はブルーペガサス。両ペガサスは、そのまま地面に降り立った。
「ここは…?」
 トモルが身を乗り出して、前方を見る。目の前には、崖と、そこに開けられた2つのトンネル。トンネルの奥は暗く、中がどうなっているかはわからない。そこから線路が延びて、その上にトロッコが、それぞれ1台ずつ乗っていた。
「どうやらここは、炭鉱みたいね」
「たんこう?」
 ダイが聞き返す。「ええ」とミオ。
「石炭を掘り出す、鉱山の事よ」
「でも、こんなところでいったい何を…?」

「わかった!」
 スズカが突然叫んだ。顔を、パッと輝かせる。
「ここは、金鉱なのよ!」
「金鉱…?」
「そうよ。きっと中には、金塊がザックザックあって、それを掘り出せってミッションなのよ!」
 スズカは手を合わせ、大量の金塊に想いを馳せる。まばゆい光を放つ、美しい金。原子番号79。古代より人々を魅了し、後に化学に発展する「錬金術」を生み出した、魅惑の物質…。
「なんで、そんなミッションが出てくるんだよ?」
 コータが素朴な疑問をぶつける。顔を輝かせたまま、スズカはコータに言った。
「きっと、最後のミッションだから、わたし達に金塊をプレゼントしてくれるのよ!」
「そんな事、無いと思うけどなぁ…」
「そんな事あるわよ!」
「無いと思うけど…」
「ある!!」
「ケンカはダメでチュワン!」
 見かねたチワワンが、止めに入った。が、2人はにらみ合ったままだ。
ピーピーピー
 電子音が流れた。「ユリーカ情報だ!」ユキオが言うと、スズカもコータも、にらみ合いを止めた。もうすぐ、答えが出る。果たして金か、それとも…!?
ジャン!
 いつもどおりの音がして、モニター画面に「!」マークが表示される。そして…画面が切り替わった。
≪石油は乗り物などのエネルギー源、またプラスチックや合成ゴム、さらにビニール、ナイロンなどの化学繊維、様々なものを造る上で幅広く利用されている。
 何億年も前に海にいたプランクトンなど微生物の死骸が、上に積もった土砂の圧力と、地中からの地熱により、長い時を経てガスと油と水に分解された。その油の部分が石油になったと考えられている。
 人類が石油を発見したのはおよそ8000年前である。古代の人は地中から染み出たベトベトの黒い物に気が付き、燃える水として利用した≫
「そーなんだ!」
 いよいよ最後のミッション…。間髪入れず、ユリーカタワーの声が続けた。
≪目の前のトンネルは、炭鉱であるが、既に廃鉱になっている≫
「え〜。金じゃないの〜。そんなぁ。つまんなー…」
「スズカ、黙って!!」
 愚痴りだしたスズカを、荒い口調でユキオが制す。ミッションを聞き逃したらどうする! が、ユリーカタワーは、まるでスズカが黙るのを待つかのように、間をおいて、話を続けた。
≪現在、この炭鉱跡を利用し、石油パイプラインが通されている。しかし、その石油パイプラインにヒビが入り、原油が漏れ出している≫
 そして、画面が切り替わり、「MISSION 11」と表示された。
≪ミッションナンバー11。石油パイプラインを、修復せよ≫
「行くぞ!」
 聞き終わると同時に、トモルはレッドペガサスを飛び出した。それに続いて、ミオ、ダイもレッドペガサスを飛び出す。
 トモルはそのまま、真っ直ぐトロッコへ向かった。炭鉱を突き進むには、トロッコが一番だ。が…
「うぐぐぐぐぐぐぐ・・・」
 動かない。
「トモル、どうしたの?」
「炭鉱を進むんだろ? だったらトロッコに決まってら!」
「あ、そっかぁ!」
「感心してないで、手伝ってくれ!」
「あ、うん!」と、ミオ、ダイも一緒になって、トロッコを押す。が…やはり、動かない。
「ど、どうなってんだ、これ…」
 それは、ユキオ達も同じだった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
 3人がかりでトロッコを押すのだが…ビクともしない。テコも使ってみたが、全く動く気配が無かった。
「ダメだ…動かない」
「なんででチュかワン?」
 1人(1匹)だけトロッコに乗り込んでいたチワワンが、顔だけ出して聞いてきた。なんで、と言われても…。
「…あら? ねぇ、何かしら? これ」
 スズカがユキオに聞いた。指差す先は、トロッコの中から突き出た、木の棒。さて、これはいったい?
「あ、そっか」
 ユキオは「よっと」と、華麗にトロッコに乗り込むと、木の棒を少し倒した。
「よし、コータ。押してみてくれ」
「え〜、おれ1人で!?」
「いいから、早く」
「わかったよ…」
 動くわけ無いのに…と、コータは渋々トロッコを押した。すると…
「あ、動いたでチュワン!」
「やっぱりそうだ。これはブレーキだったんだ!」
 トロッコが動かなかったのは、他でもない。ブレーキがかかっていたからだ。
「うわぁ、待ってくれ!」
 慌ててトロッコに乗り込むコータ。
「待ってよぉ!!」
 スズカも、走って追いかけて、乗り込んだ。
「俺もいるぞぉ!!」
 後ろの方から、ガリレイの声がする。息を切らしながら、トロッコに乗り込んだ。ブルーペガサスから持ってきた、大きめの箱も一緒だった。
「ハハハ! トモル! 先に行かせてもらうぞ!」
「あっ、くそっ。先を越されたっ!」
 トモルは慌てて、ブレーキを倒し、乗り込んだ。
「博士、早く!」
 ミオが、後ろに向かって叫ぶ。ガリレオが、レッドペガサスから、箱を持って出てきた。バドバドも一緒に出てきて、こっちへ駆けてくる。
「はぁ、はぁ…よいしょっ!」
 なんとか飛び乗り、一息つく。
「全く。おいらたちを忘れていくなんて、ひどい奴バド!」
「博士、その箱は?」
 バドバドを無視して、ミオが聞く。一抱えもある大きな箱を、ガリレオは軽く叩いた。
「工具を色々な。修復するのに、必要だろう」
 確かに、それもそうだろう。

「気持ちいい〜♪」
 風に吹かれ、スズカが言う。トンネルは、もう目の前だ。
「みんな、念のためこれを被っておけ」
 ガリレイが、道具箱からヘッドライトの付いたヘルメットを取り出した。チワワン用の、小さなヘルメットまである。それを被り終えると、ユキオはキッと前を見据えた。
「よし、行くぞっ!」
 ユキオが言った瞬間、辺りが一気に暗くなる。トンネルに入った…瞬間!
「いやぁ〜〜っ!!」
「!?」
 スズカが突然叫んで、ユキオの首に抱きついた!
「戻って!! 戻って!!」
「な、なんだ、スズカ!? 苦しいからやめろ!!」
「戻って!! 戻ってぇ!!」
 絶叫するスズカ。どうしてよいか全くわからず、コータもガリレイもチワワンも、その場に固まる。
「戻って!! 戻ってよぉ…!!」
 ついに、床に伏せ、泣き出し始めたスズカ。理由はわからないが、体中を震えさせている。恐怖か?
「もしかしてスズカ…暗いところが苦手なのか?」
「それじゃぁ、これでどうだ」
 ガリレイは、道具箱から巨大なライトを取り出した。それを、トロッコの前面に取り付ける。バッと言う音がして、明かりがついた。
「わぁ! 明るいでチュワン!」
 そう言ってから、スズカに近寄ったが…スズカの震えは、一向に治まらない。
「戻って…戻ってぇ…」
 そればっかりを、繰り返す。
「もしかしてスズカ、狭いところが苦手なのでチュかワン?」
「スズカって…閉所恐怖症だったのか…?」
 意外な事実が判明したが…だからと言って、どうする事も出来ない。このミッションを終えるまで…スズカには、閉所の恐怖と戦ってもらうしかなかった。

 一方、トモルたちの方には、暗所恐怖症も閉所恐怖症もいないようだった。快調にトロッコを走らせる。と言うか、少し速過ぎるような気がする。猛烈な勢いで、風が前から後ろへと吹きぬけた。
「トモル、ちょっと速過ぎるわよ! もう少し、スピード落として!」
「ああ、わかってるよ!」
「急いては事を仕損じる、だよ!」
「わかってる! わかってるってば!!」
 絶対にわかっていない。暗所恐怖症も、閉所恐怖症もいないようだが、あまりの速さに、ミオもダイも、恐怖で顔を埋めていた。
 と…突然、視界が開けた。トンネルの幅が、一気に広くなり…すぐ横に、もう一本、レールが通っていた。
「ユキオ!」
 そして、そのレールには、ユキオ達が乗っていた。
「! トモル!」
「ユキオ! やめるんだ! そっちが最後のユリーカストーンを手に入れると、オレたちは元の世界に帰れなくなるんだぞ!」
「違う! そっちが最後のユリーカストーンを手に入れると、帰れなくなるんだ!!」
「ガリレイ博士、やめてくれないか! そっちがミッションをクリアしてしまうと、ゲームは崩壊して、誰も元の世界に帰れなくなってしまうぞ!」
「何バカを言うんだ! 間違っているのはそっちだ!」
「戻ってぇ!!」
 1人、場違いな発言をスズカがするが、誰も気に留めない。重要なのは、相手の説得! なんとしてでも、このミッションは、「自分たち」がクリアしなければ…!
「あ!」
 前方を見ると、またトンネルが2手に分かれている! 一瞬の間をおいて…両チームは、また離れ離れになった。
「でも、このトンネル、どこまで続くんだろう?」
 ダイが不安げに、前方を見ていった。まだまだ、終わりは見えない。このスピードで走っているのだから、もうだいぶ奥まで来ているはずなのだが…。
「幽霊とかお化けとか、出ないかなぁ?」
「な、ば、バカなこと言わないでよ!」
 ミオが慌てて否定した。自分に言い聞かせているようにも見える。
「幽霊なんて、出るわけ無いでしょ!」
「? なんの音だ?」
 トモルが異音に気付いた…次の瞬間!
バサバサバサバサ!!
 黒い大群が、トモルたちの頭上を通った!
「きゃあああぁぁぁ〜〜〜っ!?」
「お化けええぇぇ〜〜っ!?」
「慌てるな、ただのコウモリだ! すぐに通り過ぎる!」
 出来る限り冷静にガリレオが言うが、子ども達は全員、床に伏せていた。黒いコウモリの大群が、トロッコの上をものすごいスピードで飛んで行った。
「ほら…通り過ぎた。安心しなさい。向こうも、わたし達に驚いただけだ」
「全く。少しの事でビビり過ぎるバド」
 と言った瞬間、バドバドの目の前を、コウモリが通り過ぎた。
「バドォ〜ッ!?」
 飛び上がるほど、バドバドは驚いていた。

「戻って、戻ってぇ…」と言うスズカの声も、だいぶ元気が無くなって来た。泣き疲れたようだ。
 静かになってきたトロッコの中、ガリレイがユキオに言った。
「ユキオ、少しスピードが速すぎるぞ!」
「わかってます!」
 ユキオ達のトロッコも、ものすごいスピードで炭鉱内を突っ走っていた。カーブが多く、今にも脱線しそうだ。
「ユキオ! 速すぎるって!」
「わかってる! わかってるよ!」
「なら、早く減速しないか!」
「わかってます!! さっきから、ブレーキを引いてるんですよ!」
「!? どういう事でチュワン!?」
「ブレーキが…かからない!」
「なに!?」
 見ると、確かにユキオは、両手でレバーを握り締め、力いっぱい引いていた。しかし、トロッコは一向に止まる気配を見せない。
「貸してみろ!」
 ユキオの手の上から、ガリレイの手が被さる。そして、思いっきりレバーを倒した!
バキッ
「あ…!」
「な、なんで折れるんだよぉっ!?」
 ブレーキは根元から折れ、もはや使えそうに無かった。
 運の悪い事に、突然目の前が開けた。トンネルの片方の壁が無くなり、崖になっている。その崖に沿って、レールが引かれている…。
ギギギギギギギギギ!!
 車輪とレールのこすれる音!
「まずい…脱線するぞ!!」
 ガリレイが言うとほぼ同時に…トロッコが、宙に舞った!
「うわあああぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」
 4人と1匹を乗せたトロッコは、そのまま暗闇の中へと、落ちていった・・・・・・。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

カラカラカラカラ‥カラ‥カ…ラ…
 トロッコの車輪が、最後の1回転を終えた。衝撃でグニャグニャに曲がった車輪とトロッコは、もはや使えそうになかった。
「ううう…」
 激痛を覚えながらも、ユキオは上体を起こした。運のいいことに、擦り傷と打撲程度の怪我しかしていないようだ。
「みんな…大丈夫か…?」
「俺は大丈夫だ」
「チワワンも大丈夫でチュワン」
 ガリレイとチワワンは、立ち上がって、辺りを見渡した。
「おれも…少し、腰を打っただけだ」
 腰をさすりながら、コータが答える。「スズカは?」と、ユキオが聞いた。
「スズカは…」
 すぐ横に倒れていたスズカに、コータは視線を降ろす。うつぶせに倒れているが…。
「戻って…戻って…」
「…スズカも、大丈夫みたいだ」
「そうか」
 そして、ユキオは改めて、辺りを見渡した。かなり広い洞窟のようだ。天井には、岩で出来たツララのような物が無数に連なり、地面にも、似たような物が上向きに幾つかある。時々、どこかでピチョン…と言う水の滴る音がした。
「ここは…?」
「ここは、鍾乳洞だな。どうやら、ここには炭酸カルシウムが多いようだ」
「炭酸カルシウム?」
「ああ。鍾乳洞は、水が炭酸カルシウムを溶かし、溶けた炭酸カルシウムが、また固まる事によって出来る。炭酸カルシウムは、石灰とも言うな」
「へぇ…」
「とっても綺麗でチュワン!」
 2人が辺りを見渡す横で、コータはスズカを揺すっていた。
「スズカ…もう大丈夫だって。ほら、見てごらん」
「うう…ううう…」
 スズカは、ゆっくりと目を開けた。そして…目の前に広がる光景を見ると、バッと立ち上がり、顔を輝かせた。
「綺麗…!」
「は?」
 突然の豹変ぶり。まるで、金でも見つけたかのような顔だ。
「さぁみんな! もっと綺麗なところに行くわよ!! オーッ!」
 スズカは1人で片手を挙げて、ズンズンと歩き出した。
「なんだぁ…?」
 そんなスズカに、全員、あっ気に取られていた。

 なんとかトンネルに戻る事が出来たスズカ達。ものすごい狭いトンネルなのに、スズカは悠々と歩いていた。そんなスズカに、コータがふと、問いかける。
「スズカ…狭いところダメなんじゃなかったのか?」
「…そうだよな。さっきまであんなに騒いでたのに…もう平気になったのか?」
「そんなわけないでしょ!」
 振り返って、膨れ面を2人に見せる。恐怖症が、そんなにすぐ治ってたまるものか。
「わたしはね、早くこのミッションをクリアして、ここから出たいだけなの! フンッ!」
 そう言うとソッポを向いて、また歩き始めた。「…?」と、ユキオとコータは顔を見合わせた。
 しばらく歩いていると、細長い水溜りが現れた。通路の幅の半分以上を、水がふさいでいる。
「なにこれ? 雨も降らないのに…」
「おそらくそれは、地下水の染み出たものだろう。地下水は、トンネル工事の天敵なんだ」
「へぇ…地下を掘るって、大変なのね」
 半ば他人事のように(いや、確かに他人事なのだが)、スズカが感心した。そのまま、スズカは水溜りを渡ろうとし始めた。通路の幅の半分以上を占めているため、片方の壁に背中をつけて、横歩きしなければ渡れない。歩行スピードは落ちてしまうが、しょうがない。
「みんな、足元滑るから気をつけて! …キャッ!!」
 言った瞬間、自分が滑った。パシャッと言う小さな水音がした。
「だ、大丈夫か? スズカ…」
「うう…。 もぉ〜っ!! だからこんなところ、来たくなかったのよ!!」
 スズカは、体中泥だらけだった。

カラカラカラカラ…
「……。止まった…」
 レールの終点で、トモルはブレーキをかけ、トロッコを止めた。ここからは、トロッコでは行けない。歩いて行くしかなさそうだ。
「じゃ、行くか」
 トモルはトロッコから降りて奥を見据える。真っ暗闇が続くばかりで…何も見えない。石油パイプラインは、まだまだ遠そうだ。
 なんとなくカビ臭いトンネルを、4人と1匹は歩く。トンネルには電球も蛍光灯も無く、ヘッドライトの光だけが、唯一の明かりだ。それと、ガリレオの持つ、大きなライト。しかし、それで奥を照らしても、まだまだ石油パイプラインは見当たらない。歩いているうちに、段々と不安になってきた。
「はかせぇ。石油パイプラインなんて、どこにもないぜ」
「そう言われても…」
「もしかして、トロッコで走ってる時に、見逃したのかしら?」
「そんなはずは…。とりあえず、もう少し奥まで行ってみよう」
 不安になりながら、突き進むと、突然、周りの壁が木の骨組みからレンガに変わった。
「あら…? どうしてここだけ、レンガなのかしら?」
「ふむ…もしかしたら、ここだけ地盤が弱くて、補強したのかも知れんなぁ。みんな、気をつけるんだよ」
「はい」
 言いながら、ダイはトンネルの奥を見た。目を細めてじっくりと見る。と…うんと奥の方に…何かが‥横たわって…?
「あ、あれ! パイプラインだ!」
「え!?」
 ガリレオが、前方へとライトを向けた。その明かりによって…石油パイプラインが、薄ぼんやりと照らされた。ついに見つけた!
「やった! あれを修理すれば…!!」
 言い終わらないうちに、トモルは走り出していた。「待ってよ!」と、ミオ、ダイも続く。
「お、おい。あんまり慌てるなぁ!」
 ガリレオも走り出し、バドバドも後から追った。
ダダダダダ… ベチャ
 先頭を走るトモルが、何か黒いドロドロの液体を踏んづけた。
「あ?」
 それに足を取られ…体勢を崩した!
「キャッ!?」
 反射神経が追いつかず、ミオ、ダイ共にそこに突っ込む! その後ろから、ガリレオ、バドバドまで突っ込んできた!
「うわぁあぁ〜っ!?」
 トモルの体が前方へ吹き飛び、それと一緒にミオ、ダイ、ガリレオの体も前方へと倒れ込む!
ダァン!!
 トモルの頭が、壁の柱に激突した。木で出来たその柱は…その衝撃で、折れてしまった。
「え?」
 そのせいだろうか。何かが降って来た。レンガだ!
 ……そこからは、一瞬の出来事だった。
 折れた柱を中心に、レンガが崩れ落ちてきて、土砂も一緒に雪崩れ落ちる。ドドドドド!と言うものすごい音を立て、レンガが、柱が、土砂が積もり…トモルたちの前方は、完全に塞がれてしまった。
「そ、そんなぁ! あと一歩だったのに…!!」
「いたたた…それよりみんな、怪我は無いか?」
 むっくりと起き上がりつつ、ガリレオが聞いた。ガリレオ自身は、倒れた拍子に腰を打ちつけたようだが、大した怪我ではない。
「オレは大丈夫だ」「わたしも」「ボクも」
 トモル、ミオ、ダイと続いて聞こえ、
「そうか…それなら、不幸中の幸いだ」
 と、ガリレオはホッとしたようだ。
「全然幸いじゃないバド!」
「え?」
「おいら…こんなになっちゃったバド」
 最後に突っ込んできたバドバドは…トモルが踏んだ黒い液体…原油にモロに飛び込んだらしく、体中真っ黒になっていた。

「ん? いま、何か音がしなかったか?」
 ユキオは顔を上げ、レンガの壁を見渡した。
「そう? おれは別に、何も聞こえなかったけど…」
「…そうか」
 まぁ、別に気にするほどの事でもないだろう…。ユキオはそう考えて、音の事は忘れた。
「とにかく、トモルたちに先を越されないように、急がないとな…!」
「ああ」
「だが、あんまり焦るなよ!」
 後方から、ガリレイの声がした。何か違和感を覚え、後ろを振り向いた。ガリレイが、黒い液体が溜まっているとこに、座り込んでいた。
「焦ると、こう言う事になる」
 どうやら、転んだらしかった。もしやさっきの音は、ガリレイが転んだ音…か?
「あ、あれ見るでチュワン!」
 チワワンが突然、天井付近を指差した。全員、そちらを見る。と…なんと、壁が盛り上がっているではないか。
「いかんな…このままだと、トンネルが崩れる危険がある。なんとか、補強しないと…」
「補強…と言っても…」
「博士。何か、瞬間接着剤みたいなもの、持ってないの?」
「あ〜…あいにくと、持って来ていないな」
「じゃぁ…どうすれば…」
「…待てよ」
 と、コータが、ガリレイのすぐ横に座り込み、ガリレイが足を取られた黒い液体を指につけた。
「これって…」
「これはおそらく、漏れた原油が化学反応を起こした物だろう」
 コータは親指と人差し指に黒い液体をつけ、こすり合わせたり、伸ばしたりした。ベトベトしている。
「確か…ユリーカ情報で言っていた…。石油の起源はおよそ8000年前、人々が地中から染み出した、『ベトベトの黒い物』に気が付き、燃える水として利用したって…。って事は、もしかして…」
 言うや否や立ち上がり、ポケットからインフォギアを取り出した。ピ、ポ、パ、と検索する。
「あ、やっぱりそうだ! 『人類は古代から、石油を接着剤として利用していた。石油によって、物が破損した時の修復や、補強を行っていたのだ。また、古代バビロニアでは、石油から作られるアスファルトで、巨大な建物や塔を建設し、その接着剤としても、石油を利用した』だって! やっぱりそうだ。このベトベト、接着剤になる!」
「なるほどな。こいつはおそらく、温めるとドロドロになり、冷えると固まるに違いない!」
「すごいな、コータ!」
「そうと決まれば、早速やるわよ!!」
 4人と1匹は、すぐに接着剤を作り始めた。まずガリレイが、道具箱の中身を空にして、そこに地面に転々と散らばっている原油を入れる。そして、簡易ガスコンロで道具箱ごと原油を熱し、溶かす。その間、ユキオとコータは、壁が崩れないよう、念のため手で押さえていた。原油が溶けたら、スズカがひしゃくでバケツに原油を入れる。それをチワワンがガリレイの所に運び、ガリレイはすぐさまヘラで壁にそれを塗りつけた。
「博士…早くしてください…。もう、手がしびれちゃって…」
「ああ、わかってる。もう少し待ってろ」
 そう言って、ガリレイは溶けた原油を壁に塗る。これが冷えて固まれば、アスファルトのようになって、壁が補強されるはずだ。

カン! カン! カン! カン!
 埋まってしまった通路を掘り起こすべく、トモルたちは、各々ツルハシを壁に打ち付けていた。コロコロと破片は転がるのだが、一向に向こうに抜ける様子はない。
「早くするバド! 早くしないと、向こうに負けちゃうバド!」
「うるさいな…お前も手伝えよ!」
「おいらは力仕事できないバド!」
 カン! と、トモルが力任せに(怒り任せに?)壁にツルハシを打ち付けた。と、大きな破片が飛んで、うまい具合にバドバドに当たった。
「バドッ!?」
 ベチャッ。思わずよろけて倒れたところには、また原油が溜まっていた。
「あ…う…最悪バド…」

「よし…終わったぞ!」
「ふぅ…」
 一瞬で、子ども達に安堵感が駆け抜けた。が、そうのんびりもしてられない。
「急いで、石油パイプラインを見つけないと…」
「あ、見るでチュワン!」
 またチワワンが言った。今度はなんだ? と、チワワンの指差す前方を見た。そこにあったのは、まさしく石油パイプライン!
「やったぞ!!」
 ユキオたちは、急いでパイプラインに駆け寄った。
 しかし、石油パイプラインに到達しただけでは、意味がない。急いでヒビを見つけ出し、そこを修復しなければ。幸いにして、破損箇所はすぐに見つかった。縦に30cmほどのヒビが入り、そこから原油が漏れ出していた。
「ここが破損箇所か…」
「でも、どうやって直そう?」
「フゥ…。おバカさんねぇ」
 得意げなスズカの声。嘲るような口調ではないが、ムッとしてユキオとコータは振り向いた。
「コータがいい物、見つけてくれたじゃない」
「え? おれが?」
「これよ、これ!」
 得意げに言うスズカの横には、あの、ガリレイ博士の道具箱…。

ボロボロ…
「開いた!」
 トモルは喜びに満ちた声を上げた。小さいが、穴が貫通した!
「よし、じゃぁ今度はそこを中心に掘り進めよう」
「はい!」
 トモル、ミオ、ダイがよってたかってそこにツルハシを打ち付ける。穴は見る見る広がっていき…あっという間に、ひと1人通れるほどに広がった。
「やったー!」
「ついに貫通したぞー!!」
 3人で「ばんざーい!」をする子ども達。それに優しい笑みを向けるガリレオ。
「…みんな、おいらの事忘れてるバド」
 体中を真っ黒にしながら、バドバドは、さっき倒れたところにまだ寝そべっていた。
「よし、それじゃパイプラインの修復を……ああ!!」
 時、既に遅し…。穴の向こう、石油パイプラインの目の前に…ユキオ達がいた!
 ユキオ達は、原油を使って接着剤を作り、それをヘラでヒビに塗っていた。もうほとんど…ヒビは塞がっていた。
「よし…出来たぞ!」
 ユキオが立ち上がった。修復箇所からは、一切の原油の漏れが見当たらない。
「やれやれ…持ってきた工具より、この道具箱の方が役に立つとはな」
 まだ原油が少し残っている道具箱を覗き込んで、ガリレイが呟いた。と、その時…ガリレイ達の頭上が、光った。青く丸い閃光が、空中に浮かび、それが徐々に薄くなる。すると、中からユリーカストーンが現れた。
≪ミッション・クリア≫
 ユリーカタワーの声がして、ユリーカストーンがゆっくりと降りてきた。ユキオが手を伸ばし…ユリーカストーンを、手に取った。
「やったぞ…10個目のユリーカストーンは、俺たちが手に入れた!!」
「やった〜っ!!」
「そ…そんなぁ…」
 絶望の眼差しで、トモル達はその光景をずっと見ていた。

 ユリーカタワーの前に、ユキオたちは集合していた。
「これで10個目か…!」
「長いようで短いようで…色々な事があったけど…」
「あたし達、これで元の世界に帰れるのね!」
「ああ、その通りだ」
 ガリレイが、感慨深げにうなずいた。
「みんな…時にはつらい事を言ってしまったが、今まで、よく頑張ってくれた…。礼を言う。…ありがとう」
 ガリレイは、子ども達に向かって、小さく頭を下げた。「ガリレイ博士…」と、子ども達も、感慨深げに小さく言った。
「さ、ユキオ。早く、ユリーカストーンを入れて」
「ああ」
「ダメだ!!」
 ユキオが入れようとした、まさにその時、制止が掛かった。…トモルの声だ!
「ダメだ、ユキオ! それを入れちゃ…!!」
 向こうから走ってきた。トモルの他に、ミオ、ダイ、ガリレオ、バドバド…レッドチームの全員が集合していた。
「ユキオ達が最後のストーンを入れてしまうと、ゲームは崩壊して、誰も元の世界に帰れなくなってしまうんだ!」
「違う。そっちが入れると、元の世界に帰れなくなるんだ」
「違うわ! 間違ってるのはあなた達の方よ!」
「だから、そのユリーカストーンを、こっちへ渡して!」
「ダメだ! それに、負けたお前たちが入れたところで、なんの意味もないだろ!」
「そーよそーよ! ユキオ、早く入れちゃって」
「ああ」
「ダメだ!!」
 トモルの悲痛な叫びにも関わらず…ユキオは、ユリーカストーンを差し込んだ。
ガコ…
「!!」
シュビーーー…… と言う音を立てて、ストーンが光る。
 90度回転し、ガリレイの研究所の方を向く。前の9個も180度回転し、最後に、塔の最上部、顔のようになっている部分も、180度回転した。そして、額のピンクのクリスタルから、淡いピンクの霧が噴射され、ガリレイの研究所に降り注いだ。
「…や…やった! これで元の世界に帰れる!」
「やっと、帰れるぞ! ハハハハハ!!」
 ガリレイまで、大声で笑う。「そんな…」と、トモル達は悲しげな目で、その光景を見つめていた。
コココココココココ…
 突然、地面が小さく揺れ始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
 揺れはさらに大きくなり、トモル達の視界が揺れる。
 と、次の瞬間!
 突然、塔の最下部が光り輝き…砕け散った。
「!?」
 それと同時に、塔の下の地面が光り始め…ゆっくりと、塔が…上昇を始めた? いや、塔が、突然伸びだした!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
 地響きに合わせ、塔が伸びる伸びる…。新たに現れたところは、円錐形のように、上の方が細く、下の方が太い。10秒ほど掛けてゆっくりと伸びた塔は…今までの、倍近い高さになっていた。そして、新たに伸びた部分には、見覚えのある黒い六角形の穴…。
「1、2、3、4…」
 子ども達は思わず、口をそろえて穴の数を数え始めた。
「5、6、7、8、9、10…」
 穴の数は、10個。そしてあの穴の形は、紛れもない…ユリーカストーンを納めるための穴…!
「って事は…あと、もう10個集めろってこと!?」
 誰もが絶望感と脱力感に襲われ……叫んだ。
「そんなの…いやだあぁあぁぁあぁあ〜〜〜〜っ!!!」

 混乱をよそに、ユリーカタワーは、高くなった視線と、新たに見えた景色を、楽しんでいるようにすら見えた。

⇒Next MISSION?「不思議な森のサバイバル!」

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