おもいっきり科学アドベンチャー そーなんだ!
#23「恐怖の森を突破せよ!」

「ほぉ〜…」
 ガリレオが、虫眼鏡を覗き込みながら感心していた。
 庭に生えていた黄色い花。それをしげしげと観察する。
「こんなところにこんな植物が生えていたとは…」
「どこからか、種が運ばれてきたんだね」とダイ。
「ついこの間まで、何も咲いてなかったバド」
 バドバドも言った。
「植物の生命力は素晴らしいな」
「バドッ!?」
 それは突然の出来事だった。バドバドの後頭部を、サッカーボールが打ち抜いた。
「なな、何するバドーーっ!」
 犯人はもちろんトモルだ。「ゴメンゴメン!」と言ってこちらに走ってきた。
「うっかり足が滑っちゃって」
 笑いながら走り去る。
「全く。驚くほどの無責任さバド!」

 パンジーの花に、水がかかる。ベアロンがじょうろで水を与えていた。その横で、ミオがパンジーを眺めている。
「綺麗に咲いたわね」
「ええ。毎日毎日、お水をやったおかげですわ」
「ん〜…いい香り……っ!」
 ビュンッと勢い良く、ミオの目の前をサッカーボールがよぎった。
「ちょ、ちょっと! 危ないでしょ、トモル!!」
 見なくても誰が犯人かわかる。ミオは立ち上がって叫んだ。
「いやぁ、ゴメンゴメン! オレのシュートの勢いが強すぎちゃって」
 全くもって、無反省だ。ミオはトモルに一喝してやろうと思ったが、空からの声に遮られた。
≪エリアE7へ出動せよ。エリアE7へ出動せよ≫
 リビングのような部屋の天井から、モニターがニュッと降りてくる。そこには、白い五角形と、それを取り囲む5つのエリアが表示されている。「E」と書かれたエリアの一部が、黄色く点滅していた。
「今度はエリアE7か…。みんな、準備はいいな!?」
 ガリレイが声をかけると、ユキオ達は「はい!」と答えた。ブルーチーム、出動だ。
 リビングの横の穴から滑り台に飛び込み地下へ降りる。ブルーペガサスに乗り込むと、台が上昇していった。
 ついたのは丸い部屋。壁が回転を始め、「E」と書かれた扉が前まで来たところで、停止する。
「ブルーペガサス、ダッシュ・ゴー!」
 操縦桿を引くと、ジェット噴射とともにブルーペガサスが発進する。扉にぶつかる直前で扉が開き、通路が現れる。上へ下へと揺さぶられ、目の前が真っ白になった…。

 空間に亀裂が入り、ブルーペガサスが現れた。子ども達が窓から外を覗く。
「何も無いところなのね」とスズカが言った。
「見たところ、湿地帯って感じかな…」とコータも言った。
 ガリレイはブルーペガサスを森の中の開けた場所に着地させた。その時、再び空間に亀裂が入って、レッドペガサスが現れた。
 レッドペガサスも下降して着地すると、操縦桿の向こうからモニターが現れて、「!」マークが表示された。
「ユリーカ情報だ」
 誰かが言うと、モニターにサボテンの絵が表示された。
≪サボテンは、乾燥地帯などに分布している。植物の育ちにくい厳しい環境を生き抜くために、その体は独特の進化を遂げている。
 植物は通常、葉から余分な水分を放出する。だがサボテンは、葉をトゲに変える事によって水分の放出量を減らしている。サボテンのトゲは、動物から身を守る役割や、砂嵐や強い日差しなどを遮る役目を果たしている。
 サボテンは別の個体の花粉が無ければ種を作ることができない。これは、他の個体の遺伝子を組み合わせることで、環境の変化に強い種を作るためだと考えられている≫
「そーなんだ!」
 砂漠の代表的な植物、サボテン。今回のミッションは、サボテンに関するものだった。
≪ミッションナンバー22。サボテンを受粉させよ≫
「受粉…ってどういうこと?」
 とトモルが聞いた。
「植物の花粉がめしべにつく事だ。植物の種は、受粉する事で作られる」
「それじゃぁ、まずはサボテンを探さないとな」
 その必要はなかった。
ポンッ
 と音がして、ダイの頭に30cmはあろうかと言う大きなサボテンが出現した。
「え?」
 そのサボテンの天辺に、小さな可愛らしい花が咲いた。
「な、なにこれ〜〜っ!」

「あ、ああ…。どうなっちゃったんだよ、おれの頭ぁ…」
 ブルーチームでは、コータの頭にサボテンが生えていた。5cmほどの小さな丸いサボテンだが、天辺に小さな赤いつぼみをつけている。
「なるほど。コータを連れて乾燥地帯へ行き、サボテンを受粉させろ、と言うわけか」
「そうみたいね」
「み、みんな、どうしてこんな状況で冷静でいられるんだよぉ!」
「大丈夫でチュワン。どうせミッションクリアまでの辛抱でチュワン!」
「そうよ。それにコータには、そのサボテンが必要なのよ!」
「え?」
「もっとトゲトゲしく、荒々しい男になりなさいって事よ!」
「そんな無茶苦茶なぁ…」
 ポン、とつぼみが開いて花が咲いた。

「なんか変な感じがするよ〜。やだよこんな頭ぁ」
 ダイが泣きそうな声でチームメイトに訴えた。
「そう言うなって。いいじゃんか、背だって高くなったし、カッコいいじゃん。オレも欲しいぜ、こんなサボテン」
「勝手な事言わないでよ〜! もしずっとこのままだったら…ボク…ボク…」
「泣くなって、ダイ。ミッションクリアしたら消えるって!」
「博士。早く行きましょう」
「そう言われても…」
 ガリレオは操縦桿を引いてみせた。動かない。
「ペガサスの機能が停止している」
「またぁ?」
「地図の機能だけは生きてるんだが…」
 モニター画面には、この湿地帯の地図が表示された。
 自分達がいるところとサボテンのある荒原地帯とに、印がついている。そしてそこに行くまでのルートが2箇所、表示されていた。
 1つはほぼ真っ直ぐ行く道。ただしそのためには、湿地帯の森を通り抜ける必要がある。足場は悪いだろうし、視界も利かないだろう。
 もう1つは湿地帯を迂回する道。乾いた山を登っていく必要がある。足場も視界も良いが、言うまでもなく道のりは遠い。
「どっちから行った方がいいかしら?」
「どっちでもいいから早く行こうよぉ!」
「そう言われても…困っちゃうんだよなぁ」
 ガリレオが頭を抱えていると、トモルが胸を叩いた。
「よし! ルートはオレが決める!」

「結局最短距離を選んだバド。予想通りバド!」
 バドバドが文句を言った。トモルが選んだコースは、真っ直ぐ湿地帯を突き抜ける道だった。
「うるさいなぁ。いいじゃねぇか、すぐに着くんだからよ〜〜ぉっ!?」
 突然トモルの体が沈んだ。踏み出した足が、沼に取られたようだ。
「気をつけろ。ここは湿地帯なんだぞ」
 ガリレオが忠告してくれたが、もう少し早く言って欲しかった。早く言ってもトモルは聞かないだろうが。
「トモル、大丈夫?」
 ダイが手を伸ばして、トモルを引っこ抜く。足が泥だらけだ。
「ふぅ…助かった。早く行こうぜ!」
 足を振って泥を落とすと、沼を迂回して走っていった。慌てて3人と1匹も追いかける。
「ちょっと! ダイがいなかったら意味ないでしょ!」
 トモルに振り回されるメンバーも、気の毒だ。
 一方のユキオ達は、迂回ルートを選んでいた。登り坂はあるが、湿地帯を進むよりは楽だろう。
 崖下を見ると、森が見える。時々木々の合間から、チラリとトモル達の姿が見える。その姿は、確実に自分たちより前を行っている。
「ねぇ本当にこっちの道で大丈夫? ミオ達ずいぶん進んでるわよ」
「安心しろ。あっちは湿地帯だ。必ず速度が落ちる」
「そうだと良いんだけど…」
 再び崖下を見た時には、トモル達の姿は消えていた。

 草を掻き分けて先頭を進んでいるトモルは、またも沼に足を取られた。
「うわぁっ、今度は両足取られたっ!」
「まったく、しょうがないわね…」
 助けに行こうとしたミオを、ガリレオが止めた。
「待った! ここは底なし沼だ!」
「底なし沼ぁ!?」
 一番慌てたのはトモルだ。だが動けば動くほど沈んでいく(動かなくても沈んでるが)。
「た、助けてくれっ!」
 ミオが試しに手を伸ばしたが、届かない。何か届きそうなものは…。
「そうだバド! ダイ、そのサボテンを使う時が来たバド!」
「え?」
 バドバドが、ダイの背中を蹴っ飛ばした。ダイが前のめりに倒れる。
「トモル! そのサボテンを掴むバドォ!!」
「掴めるかぁあっ!」
 確かに、サボテンはトモルの手の届く範囲にあったのだが。
「トモル!」
 ミオが、ツタを投げた。
「それに掴まって!」
 なるほど、これは良い手だ。ツタを何本か取って、ターザンの要領で底なし沼を渡った。全員が綺麗に、対岸に着地した。
「やれやれ、助かったぜ」
「これからは気をつけるん…だぞ…」
 困難は次から次へやってくる。ガリレオの周りに、うるさいハエが飛び始めた。
「ええい、邪魔邪魔!」
 手で追い払うと、ハエは地面に生えている小さな植物に向かっていった。奇妙な形をした葉っぱに止まり、その上をウロウロする。その時、葉っぱが閉じてハエを閉じ込めてしまった。
「なにあれ?」
「ああ、あれはハエトリグサだ。食虫植物の一種だな」
「ショクチュウショクブツ?」
「ハエなどの虫を葉っぱで捕まえて、それを食べる植物の事だ」
「え〜、虫を食べるなんて気持ちわる〜い!」
 ミオがあからさまに毛嫌いしたが、
「厳しい環境の中で生き抜くためにサボテンが葉をトゲにしたように、ハエトリグサも虫を食べる事で厳しい環境を生き抜いてきたんだ」
 と、ガリレオが解説した。
「そうバド。生きていくには知恵が必要バド。トモルなんかじゃ全然ダメなんだバドー」
「な、なんだとぉっ!?」
「とにかく、行こう」
 1人と1匹を放っておいて、ミオ達は歩き出した。それに気付くと、トモルとバドバドも歩き始めた。
 その時だ。
ヴォウン…
 地面が赤く光り、光の中から「それ」が現れた。
ヴォウン…
 黒い、いびつな形をした板に、赤く光る半球がついた「それ」。
ヴォウン…
 誰に気付かれる事もなく全体が赤く輝くと、ハエトリグサの中に入っていった。
ヴォウン…
「ん?」
 異変に気がついてトモルが振り返った時には、もう遅かった。
 5メートルはあろうかと言う巨大なハエトリグサが、そこにあった。
「なんだぁ!?」

 一方のブルーチームの足元にも、「それ」は現れていた。
ヴォウン…
 やはり誰に気付かれる事もなく、「それ」は奇妙な形をした植物の中に入っていった。
ヴォウン…
「ん?」
 異変に気がついて全員が振り返った。5メートルはあろうかと言う巨大な袋が目の前にある。大きな縦長の袋は、植物の体の一部のようだ。
「博士、なにこれ?」
「これは食虫植物の一種の、ウツボカズラだな…。あの袋の中にアリなどの虫が入ると、溶かして栄養分を吸収するんだ」
「え〜、虫を食べるなんてそれでも植物? 信じられない!」
「信じられんのは、このような巨大なウツボカズラが群れて存在している事だ。巨大なだけならまだわかるが…」
 かすかに動く巨大植物を見上げていると、ほんのりと甘い香りがしてきた。形容するならピンク、だろうか。
「? なんの香りだ?」
「なんだか良いにお〜い…」
 フラフラと、スズカがウツボカズラに向かって歩き始めた。
「待てスズカ! こいつは、この匂いで虫をおびき寄せるんだ!」
「え? じゃ、あたし達を食べようとしてるって事!?」
 思わず巨大植物を見上げると、突然大きな袋が動き始めた!
「きゃーーーっ!!」
「逃げろ!」

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
 トモル達は全速力で走っていた。すぐ後ろに、巨大なハエトリグサが迫っている。
「博士! なんで植物が追って来るんだよ!」
「その前にどうして走れるのよ!」
「そ、そんな事言われても…ハァッ、困っちゃうんだよなぁ…」
 ハエトリグサは茎を伸ばし、子ども達を食べようと葉を近づける。そのたびに速度を上げて、湿地帯を駆けた。
「あっ」
 ダイが転んだ。その上に、ハエトリグサの葉っぱが迫る。
「ダイ!」
「バドバド! 行けえぇ!」
 トモルがすぐ近くにいたバドバドの手(と言うか翼?)を掴むと、ハエトリグサめがけて投げ飛ばした。
 投げられたバドバドが、見事ハエトリグサの茎にぶつかる。その隙に、ミオがダイを救出した。
「バドバド! お前も逃げろ!」
「そ、そんな事いまさら言うなバドーっ!」
 バドバドは四方を葉っぱに囲まれた。あっちへ逃げて、こっちへ逃げて、葉っぱの攻撃を回避する。
「バドバドを助けなきゃ!」
 自分の責任だと言う事も忘れ、トモルが叫ぶ。そばに落ちてた石を、ハエトリグサに向かって蹴った。葉っぱの上に石が載ったが、その程度で怯む相手ではない。
 ダイ達も石を拾い上げて、がむしゃらに投げた。いくつかの石がうまく当たり、そのまたいくつかが葉の上に載る。石を虫と勘違いしたか、閉じた葉っぱが痛みで倒れた。
「バドバド! 今のうちに逃げろ!」
「ば、バドォ!」
 命からがら、バドバドは脱出した。

 ウツボカズラが、ユキオ達を探していた。ユキオ達は、彼らの死角になる崖の上で、座って話していた。なんとか崖の上によじ登ったは良いが、このままでは先に進めない。
「どうして奴らは俺たちを追って来るんだ?」
「大きく成長した分、よりたくさんの栄養を必要としているのだろう」
「違うわ!」とスズカ。「彼らはきっと、コータを狙ってるのよ!」
「え、おれ?」
「きっと、その頭のサボテンを食べようとしてるんだわ!」
 どこからそんな発想が出てくるのか。
「どうしてだよ!」
 コータは立ち上がって猛反論に出たが、「シューッ」と音がしたので止めた。崖下のウツボカズラ達に見つかってしまった。ツルが伸びて、崖の上にウツボカズラ達が登ってくる。
「逃げろ!」
 シュルシュルとツルがさらに伸び、ガリレイの足を掴んだ。
「あっ」
「博士!」
「俺はいいから、早く行け!」
「そんな! 博士を置いていけません!」
 ウツボカズラが崖を登りきり、ガリレイに襲い掛かる。
「やめろおぉお!!」
 コータが大声を上げて走った。こんな珍しい事はない。ウツボカズラにタックルを食らわせ、そのまま崖下に落とした。
 勢い良く落ちたウツボカズラの袋の中から、消化液が飛び出した。崖下でうごめくウツボカズラを見て、ユキオは何かを思いついたようだ。
「見ただろ。奴らの狙いはコータだけじゃない」
 ガリレイがスズカに言うと、スズカは舌を出して、
「あっちゃ〜。ごめーん、コータ」
 と謝った。

「とにかく、ハエトリグサをなんとかしないと…」
 レッドチームの面々が、話し込んでいた。
「このままじゃ荒原に行けない」
 しかし、どうすれば良いのか。
「インフォギアで調べてみよう」
 ダイがポケットからインフォギアを取り出して、「ハエトリグサ」を調べた。諸々の説明とともに、ハエトリグサの葉っぱの写真が表示される。
「ハエトリグサの葉っぱって、こんな風になってるんだ」
 先ほどは混乱していて、葉っぱを観察する余裕などなかった。
 ハエトリグサの葉っぱは、そら豆を開いたような形をしていた。内側は赤く、外は緑色をしている。内側には何本か、トゲのような物が生えていた。
「このトゲは何?」
「感覚毛だって。ここに虫が触れると、葉が閉じるみたい」
「じゃあ、ここに何かをぶつけて葉を閉じさせちゃえば…」
 ミオが提案したが、「無理だろ」とトモルが言った。
「だって、オレが石を蹴ったって、葉は閉じなかったじゃないか」
「でも、閉じた葉もあったじゃない」
「待って。確かあの時は…」
 ダイが記憶を呼び起こした。
 あの時、確かにトモルが石を載せても葉は閉じなかった。でもその後でたくさん石を投げると、閉じる葉も出てきた。確かあの時は、2つ石が載った葉だけが閉じていた。
「そうか、わかった! この感覚毛に2回触れると、葉が閉じるんだ!」
「なるほど。生物かそうでないか、を判断するためだな」
「それなら…うん、いける!」
「なんだバド。1人でなに納得してるバド?」
「ハエトリグサをやっつける方法を考え付いたんだよ!」

「水をかける?」
 コータが鸚鵡返しに聞いた。
「ああ、そうだ。ウツボカズラには袋があるだろ? あの袋の中に大量の水を注ぎ込めば、もがいて死ぬはずだ」
「でも、水はどこから持ってくるのよ?」
「確かこの辺に湖があるはずだ。そこの水を使えば良い」
 それでも問題は残る。
「誰がおびき寄せるでチュワン?」
「それはおれに任せておけ!」
 コータが胸を叩いた。こんな事は珍しい。今日のコータは、一体どうしてしまったのか。
「どうしたの、コータ。今日はやけに…」
「へへっ。このサボテンのおかげだよ」
「え?」
「いつもより少しだけトゲトゲしく、少しだけ荒々しい男になったのさ!」
 不敵な笑みを、コータが浮かべた。

 ベキベキと音を立てながら、トモル達がせっせと木の枝を縦に裂いていく。Y字に開いたところで、間につかえ棒をはめる。このつかえ棒を外すと、Y字が閉じて葉を押さえつける仕組みだ。感覚毛に2回石をぶつけ葉を閉じさせ、そこに上からこの罠を落とす。それがダイの考えた作戦だった。
 その罠を作っている間、ハエの格好をさせられたバドバドが、森の中をさ迷い歩く。
「全く、なんでおいらが囮役なんだバド…」
 と文句を言いながら。
「おいらは獲物じゃないバド。だいたい、こんな格好したって奴らが引っかかるわけないバド。なんでおいらがこんな…バドッ?」
 背後に巨大な気配を感じた。

 ブルーチームの囮役、コータとチワワンが、崖の上を歩いていた。いつもならコータの方が不安がってそうだが、今日はむしろチワワンの方が不安がっている。そのチワワンをコータが勇気付けた。サボテンが生えただけで、人はこうも変わるものなのだろうか。
 ツン、と甘い香りがした。後ろを振り返ると、巨大なウツボカズラの群れがそこにいた。
「来たな、ウツボカズラ。行け、チワワン!」
「はいでチュワン!」
 言うと、チワワンは一目散に逃げ出した。ユキオ達にウツボカズラを見つけた事を知らせるのだ。
「ウツボカズラが来たでチュワン!」

「バドーーッ!」
 レッドチームの囮役、バドバドが走ってやってきた。
「た、助けてバドーーッ!」
「バドバド! 今助けるぞ!」
 トモルはポジションについた。トモルの前には、ずらりと並べられた大量の石。
「エースストライカーのシュートを受けてみろ!」
 その石を、端から順番に蹴っていく。
 蹴られた石は、ハエトリグサの葉っぱの上に、次々と載っていく。1つだけバドバドの脳天を直撃してしまったが、気にしてはいけない。トモルのエースストライカーとしての腕前(足前、か)は確かな物だった。2個の石を食らった葉は作戦通り閉じ、全ての葉が閉じたのを確認すると、ミオとダイ、ガリレオがツタを引っ張り、罠を上から落とす。
パシンッ、パシンッ
 景気の良い音を立てて、罠が閉じた。これでもう葉は開かない。ミオとダイが、最後にツタでハエトリグサをぐるぐる巻きにして固定する。
「くぉおら、こらこらこらこらこらぁ〜っ!」
 意識を取り戻したバドバドが叫んだ。彼の体は、ハエトリグサと一緒にツタで固定されてしまっていた。
「今日のMVPに向かって、なんていう事をするバド!」
「ははは、ゴメンゴメン」
 しかしハエトリグサも負けてはいない。再び鎌首を持ち上げると、1枚の葉っぱが力任せに罠を破った。植物の力は意外に強い。針金を曲げてしまう事もあるのだ。その葉っぱが、バドバドを食べようと迫る。
「バドォーー!?」
「やめろおぉ!」
 ダイがバドバドの前に飛び出した。30cmはある自慢の(?)サボテンで、頭突きを食らわした。
「シューーーッ!」
 ハエトリグサの悲鳴だろうか。葉っぱを天高く持ち上げると、そのまま力なく崩れた。
 その時だ。
 ハエトリグサ全体が、白く輝いた。あまりの眩しさに、全員目をそらす。
「この光は…」
 ダイには覚えがある。エリアE1で巨大な蚊を潰した時。エリアA5で巨大ロボットを倒した時。あの時も、同じように白く輝いた。
 ダイもミオも、腕の下から光を見つめた。その光の中から、黒くいびつな形をした板が現れた。板の中央には、赤く光る半球が。
ヴォウン…
 「それ」は一度強く白く輝いたかと思うと。
パキン…
 壊れて、消えた。
 後には、小さな小さなハエトリグサだけが残った。

 囮役のコータは逃げていた。巨大ウツボカズラを、作戦の場所まで導くべく。
 誘い込んだ場所は行き止まり。ウツボカズラが堪忍しろと言わんばかりに「シューー」と音をだす。
「いまだ!」
 コータが叫ぶと、「いっせーの、せ!」でユキオ達が石を押した。湖に直結するその石をどかすと、水が流れ出た。流れ出した水はそのままウツボカズラに降り注ぎ、袋をパンパンにする。水の重さに耐えられなくなった袋が次々と破れ、ウツボカズラはその場に倒れた。
「やったぁ!」
 その時だ。
 ウツボカズラ全体が、白く輝いた。あまりの眩しさに、全員目をそらす。
ヴォウン…
 ウツボカズラの中から、「それ」が現れた。
ヴォウン…
「あれは…?」とユキオが言った。
ヴォウン…
「あれは…?」とコータが言った。
ヴォウン…
「あれは…」とスズカが言った。彼女には覚えがある。エリアD5で不気味な工場に入った時。エリアB3で幽霊船に乗った時。
ヴォウン…
 「それ」は一度強く白く輝いたかと思うと。
パキン…
 壊れて、消えた。
 後には、小さな小さなウツボカズラだけが残った。

「見えたぞ! ゴール地点だ!」
 トモルが叫んだ。ゴールまであと一歩。走行速度を上げる。ユキオ達がいなければ、これでクリアだっ!
「ああっ!」
 しかし、いた。コータが頭を振り、サボテンから花粉を落としていた。地面に生えている小さなサボテンの花に花粉が降り注ぐと、空から声がした。
≪ミッション・クリア≫
 そして空中に青い光の球が現れると、その中からユリーカストーンが出現してユキオの腕の中に納まった。
 ポンッと音がして、2つのサボテンは姿を消した。

 19個目のユリーカストーンをユリーカタワーに収めると、いつものイベントが起こった。これでまた、ブルーチームは美味しい料理にありつける。だが、気になる事があるのもまた確かだ。
「なんだったのかしら、あれ」
 とレッドチームでも話していた。赤い屋根の研究所。食堂にてミオが言った。
「ハエトリグサが白く輝いた時、中から変なのが出てきたのよ」
「目の錯覚じゃねえの?」
 見ていないトモルは、まるで信用しない。
「おいらは見てないバド」
 バドバドも信用していないようだ。
「ぼくは今までに2回も見てるよ。これで3回目だ」
 ダイは訴えたが、それでもダメだ。
「博士はどう思う?」
「そう言われてもなぁ…。困っちゃうんだよなぁ…」
 ガリレオも見ていないようだ。
 ブルーチームは、見た人数が多かった。ユキオ、コータ、スズカ…。
「あれは一体、なんだったんだ?」
「あたし、前にも見たことある。博士、なんだと思う?」
「そう言われても、俺は目撃していないからな」
「チワワンも見てないでチュワン」
「でも…」
 いつまでも続きそうだったので、ピグルが割って入ってきた。
「どうしたんです、みんな。せっかくミッションをクリアしたんだから、食べなさい。食べて元気をつけなくちゃ」
「そうだな…」
 ユキオはフォークを握り締めた。
「次はいよいよ最後のミッションだ。次のミッションもクリアして、元の世界に帰るぞ!」

 あれは一体なんだったのだろう。そもそも、何故子ども達はこの世界に吸い込まれてしまったのだろう。
 全ての答えを知るユリーカタワーは、妖しげに、そして不気味に立っていた。

⇒Next MISSION「シャボン玉の秘密!」

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